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花びらは掌に宿る  作者: 小夏つきひ
最終章~桜~
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桜⑩

何があった?マユナに連絡がつかない。病院へ行くため電車に乗ろうとしたのに意識がなくなり辿り着けなかった。今もひどい頭痛で体が怠くて動けない。

頼みたいことがある。マユナに会いに行って状況を伝えてほしい。マユナのメールにはパスワードを設定してある。


書かれているパスワードを入力しメールを開いた。でも、行って状況を説明したところで理解してもらえるだろうか。会いに行くかどうか決めかねて返事を書かずにノートを閉じた。



夕夏が家に来た、まだ置いてあった僕の荷物を持ってきてくれた。会えて嬉しかった。そんな時に限って頭の奥に痛みが走り始め、意識が遠退く予感がした。荷物を受けとりドアを閉めた。部屋に戻るとベッドに倒れた。 自分が恭也として目覚める時、何をしているのかと考えると不安になる。それでつい夕夏を避けてしまった。

暫くベッドの上で蹲っていると痛みが引き始めて体が少し楽になった。この調子なら変わらずに済みそうだ、そう思った途端、無性に夕夏に会いたくなった。さっきの態度を夕夏は怒っているだろうか。

携帯電話を探して夕夏の番号に電話を掛けた。電車に乗っているのか、それともやっぱり怒らせてしまったのか、夕夏は電話に出ない。留守電に切り替わるガイダンスが流れた時、また頭痛が始まった。期待と不安に振り回される、僕が僕として生きていける可能性は低い。

きっと近いうちに僕は完全に消えてしまう、頭の中が破壊されていくような痛みに耐えながらそう悟った。留守電にメッセージを吹き込んだ。『これ、僕の携帯らしいから登録しておいて。明日の夜来てほしい… 必ず』

夕夏に会えるのはこれが最後になるかもしれない。



結局昨夜は恭也へ変わる事なく眠った。店で働いている間、夕夏に説明すべきか考えた。

「タケルさん、体調どうっすか?」

遥人君が皿洗いをしながら聞いてきた。一昨日も顔色が悪いと言われ途中で帰らせてもらった。

「今は何ともない、迷惑掛けてごめんね」

「うちは大丈夫っすよ。いや、もちろんタケルさんが居てくれるほうが助かるんですけど、無理はしないほうがいいっすから」

「ありがとう」

「ところで夕夏さんと最近会いました?…あっ!」

拭いていた盆を落としてしまった。

「昨日会った。夕夏から連絡があった?」

「会えたんならいいんですけどね。夕夏さん、俺に時々タケルさんの様子聞いてくるから」

「そうだったんだ?」

「はい。てか莉奈から聞いたんすけど、あれっすよね、タケルさん…」

遥人君が言いかけたところで夕方の開店を待つ客が3名早くも入って来た。おじさんとおばさんは2階に上がっていて、遥人君は手が塞がっているため僕が出る事にした。

「まだ準備中なのであと10分待ってもらえませんか?」

「外寒いからさあ、中で待たせてもらうよ」

「はい」

温かいお茶を淹れて出した。厨房に戻ると遥人君が近付いてきて小声で言った。

「夕夏さんとの事、俺ら応援してますから」

「ああ… 莉奈ちゃん伝達早いね」

「いやー、いずれそうなるとは思ってたんすよねー。まじ嬉しいっす。協力します」

「ありがとう、気持ちだけもらっておくよ」

「いやいや、気持ちだけなんて言わずもう今度の遊園地で告っちゃうのもアリじゃないっすか?」

「そうだね」

「え!?今なんて」

莉奈ちゃんと遥人君は全くよく似ている。

「鼻に洗剤の泡ついてるよ」

「うわっ」

慌てて鼻を拭う遥人に笑って見せた、でも心の中は複雑だった。



夜8時を過ぎて夕夏が家に来た。夕食はとても食べる気になれなかった、それで夕夏の分だけを作った。

夕夏は僕の作ったご飯を食べて嬉しそうにしている、こんな平凡な光景が儚く見えて仕方ない。

ドーナツを買ってきたと夕夏が言った。そのとき、頭の奥に迫り来る痛みに気付いた。洗面所に行って顔を洗った、今日だけはどうにか変わらずに居たい。徐々に痛みが増してくる、じっとしていられず夕夏を連れていつもの散歩コースへ出掛ける事にした。見えないようにあの小さなカードをそっとポケットに入れた。

夕夏はあれこれ話題を出してはいつもより口数少ない僕の様子を探っている。その声を背中で聞きながら、もしも自分に未来があるなら何をしたいか想像してみた。

恭也が再び消えてしまえば……

思った瞬間、マユナという女性の顔が浮かんだ。

「結婚式、行くの?」

夕夏が持ってきた僕の荷物の中にピンク色のカードが紛れ込んでいた。夕夏は結婚式には行かないと言い張る。夕夏は母親と電話で話している時、今と同じように声を尖らせて反論する事があった。単なる怒りの感情なら気にならない、でも、夕夏はどこか迷いのある寂しげな表情をしていた。ずっとそれが胸に引っ掛かっていた。

夕夏の幸せの為に出来る事があるとしたらこれかもしれない、そう思ってカードを手に握らせた。



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