恭也⑩
タケルに荷物を渡し損なった。ギリギリまで頭の片隅に追いやっていたからだ。
ナオさんから返信が来ているか確認しようと携帯電話を手に取ると遥人君から電話が掛かってきた。
「お疲れさま」
『おつかれ様です!タケルさんまだいますか?』
「帰ったよ」
『え、もう帰ったんすか』
遠くから莉奈ちゃんの残念そうな声が聞こえた。そして莉奈ちゃんは電話口を替わってタケルとどんな話をしたのか訊いてきた。テレビを観ながらご飯を一緒に食べただけと言うと何故か黙った。
『夕夏さん、今度みんなで集まりませんか?』
莉奈ちゃんは声を弾ませた。
「うん。莉奈ちゃんタケルに会いたがってたもんね」
『タケルさんなら会いましたよ』
「そうなの?」
『はい、さっきお店に私もいたんです』
「そうだったんだ」
『その時に遊園地行きたいねって話になって、遥人のお母さんがたまにはお店休んでいいよって言ってくれたから4人でデートしませんか?』
デートの言葉に疑問を持った、私とタケルは付き添いみたいなものだ。
「遥人君と出掛けるの久しぶりなんじゃない?2人だけのほうが」
言いかけたところで莉奈ちゃんが押し切った。
『いいんです!』
来月、4人で遊園地に行く事になった。ちょうどクリスマスイベントがあるからと言って莉奈ちゃんは張り切っていた。これまでタケルと遊びに出掛けた事はなかった。抜け出した施設の人達がまだ探しているかもしれないと思うと人が多い場所に出掛ける気になれなかったからだ。でも今は倉前恭也という身元がわかっているのだから見つかっても問題はないはずだ。
入浴後、髪を乾かしていつもより早くベッドに入った。けどなかなか寝付けない。喉が渇いてお茶を入れに台所へ行った。
部屋に戻る時、棚の上に置いたままになっていた招待状の封筒を手に取った。
―――――花絵ちゃんにとって一番幸せな事
よく考えてから出しなさい―――――
母の真面目な声色を思い出す。
部屋の照明を暗めに落とした。封筒からピンクのカードを抜き取り、布団にくるまりながら薄暗い灯りのもとカードを見て考えた。
週明けの出勤はいつだって気分が滅入る。またあの人と顔を合わせなければならないと思うからだ。
普段通りの時間が過ぎていった。昨日は莉奈ちゃんの明るい声を聞いて少し安心した。振り返ってみると大袈裟だったように思う、家が離れていてもタケルはあの家にいる。会いたければ会いに行けばいいんだ。
17時になって私はデスクを片付け始めた。日中は年末に向けて増えた雑務を出来るだけ手早くこなした。気分転換に新しい服を買いに行こうと思いついたからだ。クリスマスというイベントが久しく楽しみになり始めている。




