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花びらは掌に宿る  作者: 小夏つきひ
花絵
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花絵⑧

お盆なうえに雨が降り始めたことで外に人はほとんどいない。公園に着いてから滑り台を一周回って見たり雑草の茂みを見たけど仔猫はいなかった。

「みーちゃーん、みーちゃーん!」

花絵が名前を呼ぶたびに俺は悲しくなった。

顔に流れる雨水を何度も手で拭って近所を歩き続けた。どれくらい時間が経ったのかわからなかい、不安を抱え続ける時間はとても長く感じる。


まさかとは思いながら通学路沿いにある川を覗いてみると、コンクリートでできた土手の斜面に引っ掛かるように茶トラの仔猫がへばり付いていた。

「みーちゃん!」

この川は細く浅い、もし子供が落ちたとしても溺れる心配はなさそうな程だ、でも仔猫の場合は危険だと思った。花絵は土手に足を掛け下へ降りようとしている。

「待てよ!俺が行くから」

腕を引っ張ると振り払われた、仕方なく俺は花絵が上がってくるときに引き上げてやろうと様子を見ることにした。5メートル程の高さがある土手を座って少しずつ移動していく、川に落ちそうなギリギリのところにいる仔猫を花絵は捕まえた。表情からして、やっぱり仔猫は弱っているようだった。

「登ってこられるか?」

仔猫を抱えたまま片手で登ってこようとした。危なっかしいのを見て俺も近くまで行こうと土手を降り始めた。仔猫を差しだしてくるのを受け取って俺は上まで登り切った。ぐったりとしている仔猫を一旦地面に寝かせて花絵に手を貸そうと振り向いた。

「花絵!!」

花絵の体は川の中に半分浸かり斜面に肩をもたれかけていた。慌てて降りて後ろから両脇を抱えた。腕に血が流れ雨で滲んでいる、滑り落ちたときにかなり擦ったみたいだ。

「俺におぶされるか?上まで登ってやる」

花絵は痛みに耐えるように目を細めて頷いた。人を背負いながら斜面を登るのは正直きつい、全身に力を入れてコンクリートのくぼみを掴みながら必死に登った。草の生えた地面にやっとの思いで辿り着き花絵を降ろした。荒くなった息を整えようと仰向けに寝転がると口の中に雨が入ってくる。花絵は動かない仔猫をすぐに拾い抱えた。そしてゆっくりと立ち上がると家とは反対方向に歩き出した。

「どこいくんだよ」

「動物病院に連れて行くの」

「1回家に戻ってからにしよう」

「駄目だよ、みーちゃんこんなに弱ってるのにそんな時間ない」

花絵の目を見て、止めることはできないと思った。動物病院がある場所を尋ねると隣の駅から少し歩いたところだと言う。お金を持っていない俺達には歩く方法しかなかった。



「君達どうしたの?」

駅前の駐輪場が見えるところまで着いたところで自転車のブレーキ音が響いて前を見ると、傘を差した高校生くらいの男の人が立っていた。白地に緑のボーダーが入ったポロシャツを着ているその人は、花絵が仔猫を抱えているのを見て気になったようだ。

花絵が口を開こうとしないので俺が代わりに説明した。

「仔猫が家から逃げ出して、それで探してたら雨が降ってきて……」

「なるほどね、もしかして駅前の動物病院に連れて行こうとしてるの?」

花絵は目を見開いて彼を見た。彼は花絵の腕が擦り剝けているのを静かに見つめた。

「あとちょっとだから俺が自転車に乗せてあげるよ。悪いけど、君は走ってついて来てくれるかな」

俺は花絵が楽になればそれで良かった、花絵は自転車の後ろに横向きに座り片腕で仔猫をしっかり抱えたまま彼の背中のシャツを遠慮がちに握った。

「危ないからちゃんとここ持っててね」

そう言って腰に手を添えさせた。自転車の後ろを走りながら花絵を見ていた、ワンピースを着ているから横向きに座ったんだろうけど落ちてしまわないか気になった。でも段差がある度彼は花絵が腰に添えている手を上からぎゅっと押さえた。俺はそれを見るとなんだか嫌な気持ちになった。



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