恭也⑥
「お兄ちゃんは今日からここに住むんです。あなたの家には帰りません」
「そんな急に?」
「だってここが元々お兄ちゃんの家だったんだから、ここに住むのが当然でしょ?」
タケルは言った。
「僕はここに住んでた時の記憶すら思い出せない」
「思い出せなくてもここで暮らす事はできるじゃん、お兄ちゃんは私がパパとママを説得させるまでここに居て。それと」
麗華ちゃんは私を見た。
「お兄ちゃんの面倒見てくれた時のお金だったら払いますからいくら必要か言って下さい」
「お金は求めてないよ」
「だったらもうお兄ちゃんに構わないで下さい、これから先は私がどうにかしますから」
呆気にとられて黙った。考えてみれば妹が言う通りかもしれない、住んでいた家に戻るのは当然の事だ。私の家で暮らさなければいけない理由なんて無い。
「でも、働いてるお店はどうするの?」
「あなたが心配しなくても、お兄ちゃんが決めればいいと思います」
「じゃあ、お昼ご飯はどうしようか…」
「こっちは勝手にしますから、あなたは帰って下さい」
とどめを刺されて何も言えなくなった。するとタケルが珍しく怒り気味に言った。
「そんな言い方ないんじゃない?助けてくれた人に言う事じゃないだろ」
妹は少し萎縮してから反抗した。
「とにかく、この人の家に泊まるのはやめて。じゃないと私ここで一緒に住むから!」
沈黙が流れた。私にはどうしようもないという事を思い知らされて立ち尽くした。
「ごめん、私帰るね」
鞄を持って玄関に向かった。
「夕夏!」
追ってきたタケルに来ないでほしいと笑みを作り目で訴えた。
電車に乗ってまっすぐ家に帰った。あの部屋のドアが閉まる音が胸の中に響いている。もしかしてタケルとはこれで最後なんだろうか。タケルは携帯電話を持っていない。
家に着いて携帯電話にお母さんから3回、遥人君から2回着信があった。遥人君にまだあれからどうなったかを知らせていない。けど、今は話す気分じゃない。それでお母さんから電話する事にした。呼び出し音が鳴るとすぐに通話になった。
『もしもし、夕夏?』
「着信あったんだけど」
『着信あった、じゃないわよ!ほんと電話出ないんだから』
「ごめん、忙しくて」
『はいはい、忙しい時にごめんなさいね』
「本当だってば」
『何に忙しいのよ』
「… 用事は何なの?」
『今度のお正月、帰って来るわよね?』
長野に来て初めての正月、どうするか全く決めていなかった。
「帰ると思う」
『思うじゃなくて帰りなさい。お父さんも楽しみにしてるから』
「うん」
『この間そっちに荷物送ったけど、届いてる?』
「…まだ」
先週ポストに不在票が入っていた、再配達依頼を依頼するのをすっかり忘れていた。
『箱の中全部確認してね』
「全部って?」
『届いてからのお楽しみ~』
やけに上機嫌だ。
「受け取ったら連絡する」
『はいはーい』
電話を切って、さっそく不在票を探した。明日は日曜だから午前中には受け取れる。再配達ダイヤルのガイダンスに沿って番号を入力した。
「遥人君、気になってるよね」
結局電話する事にした。着信履歴から遥人君の電話番号を選択して発信ボタンを押した。




