恭也⑤
翌朝会う約束をして携帯の番号を交換すると妹は自分のホテルへ帰って行った。玄関で見送るとき店での事を謝ってきた、まだ半信半疑なのか私とタケルの様子を観察するように見ていた。玄関の扉が閉まるとこれまで無口だったタケルが喋った。
「夕夏はどう思った?」
「どうって」
「…なんでもない」
「明日、何かわかったらいいね」
背中に声を掛けた。
「うん」
不安の方が大きいのかタケルの返事は暗い。
朝10時、白枝駅の改札前で待ち合わせをした。
「おはよう」
先に到着していた麗華ちゃんはラズベリー色の大きなスーツケースを持ち今日も疑いの眼差しで私達を見る。
「お兄ちゃん、鍵持って来た?」
タケルはダウンジャケットのポケットからキーケースを取り出して見せた。
「こっちです」
麗華ちゃんに続いて歩き出した。進んでいくと歩き馴れた道だとわかりタケルと目を合わせた。
「この道、タケルと何度か歩いた事あるの。初めて会った時、鞄とか持ってなかったからもしかしたら近くに住んでるんじゃないかって思って」
「あの、どうしてお兄ちゃんの事タケルって呼んでるんですか」
「それは…」
“タケル”と呼び始めたのは莉奈ちゃんだ。夏に流行っていたドラマの主人公の名前を付けた、なんてこのブラコンな妹には言えない。
「仮の名前で呼び始めたの、本名知らなかったし」
「…」
角をいくつか曲がると神社の入口が見えた。
「あそこの信号を右です」
戸建てが並ぶ道をまっすぐに進み、一番大きな家の隣にそのハイツはあった。階段を上って203号室の前で足を止めた。
「ここがお兄ちゃんの家だよ」
タケルはキーケースの鍵をゆっくりと挿し込んだ、右に回すとすんなり解錠できた。
ドア内側の郵便受けはいくつものチラシや郵送物でみっちりと詰まっていた。台所は綺麗に片付いていて普段から使っていないように見える。
奥のドアを開くと中は8畳程のワンルームだった。外観は新築に見えなかったけど、リフォームされているのか洒落た内装になっている。ベッド、本棚、あとは小さなテーブルとソファがあるだけで物が少なくシンプルな部屋だ。
「ここに、住んでたんだ」
タケルを見た、反応は薄い。
「電気は使えてるし、支払いができてるんだね」
「みたいですね」
「でも、半年以上経ってるのに家賃も全部払ってるなんて」
「お兄ちゃん貯金はいっぱいあるんです。前に通帳みちゃった」
麗華ちゃんはタケルの顔を見ていたずらに笑った。そしてクローゼットの扉を引いた。洋服でびっしりと埋まっている。その下に小さなチェストがあり、引き出しを開けると財布や通帳が見つかった。
洗面所まで隅々見て回った。女の人が来る事があるならヘアゴムのひとつでも置いてありそうな気がするけど、それらしきものは見当たらない。
「本当に女の人が原因なのかな」
「パパが嘘つく訳ありません!」
「ごめん。そんなふうに見えない部屋だから」
時計を見ると11時を過ぎていた。
「麗華ちゃん、ここを何時に出れば間に合う?」
「2時です」
「それじゃまだ時間あるね。お昼一緒に食べない?」
「でもこの辺にお店なんかないですよね」
「コンビニで買って来ようよ。それか、うちに戻ってご飯作ってもいいし」
「うち?」
「うん。タケルと私は後で家に帰るし」
「ちょっと待って下さい、なんか勘違いしてませんか?」
声色が変わった。遥人君の店で会った時と同じような冷たく棘のあるトーンだ。部屋のドアが開いてトイレからタケルが戻って来た。




