赤⑥
この数年間、やりきれない思いを何度味わったことだろう。洋介が私との別れを選ばない理由はいつか迎えに来るからなんだとずっと自分に言い聞かせてきた。
そして、長らく待ち続けたチャンスはやって来た。
予約販売の服を取りに行った先で年の離れた男女が目の前を横切った。引っ掛かるものがあり立ち止まって後ろ姿を見ていた。2人はアクセサリー店に入っていき、私はガラス越しに姿を探した。
あれは洋介の隣にいた女だ。目当ての物があったのか、声を掛けた店員はすぐに準備を始めた。すると女が財布を取り出した。紙袋を持った店員と2人がこちらに向かって来るのを見て、急いで入口から離れた。どういう関係なのか知りたくなったが、間もなく男が歩きながら洋介の妻の腰に手を回したのを見て理解した。
混乱を落ち着かせようとカフェに入りアイスコーヒーを注文した。飲み干したグラスを手に握ったまま中の氷を見つめた。若い男に貢ぎ遊んでいるような女に洋介を取られたと思うと全身が怒りで震える。洋介が知ったらどんな気持ちになるか。
洋介が知ったら?――――――
その時ある考えに行きついた、この事を洋介に知らせて離婚させればいいんだ。手放しそうになっていた希望が鼓動し始めた。
話があると言って洋介を呼び出した。いつもより早くに迎えに来た洋介は困惑の色を見せた、当て付けに嘘の別れをほのめかしていた私が何を切り出すのか気にしているようだった。車に乗り込み人のいない場所へと移動した。
「ねえ、私が電話したときどんな話すると思った?」
洋介は焦った顔をした。
「なんで笑ってるんだよ」
私は面白くなって頬を緩めた。
「別れ話じゃないわよ」
「違うのか?」
「残念、ここまで待って諦める訳ないでしょ」
「ビビらせるなよ。で、何の話だ?」
「私、とんでもないもの見ちゃった」
「とんでもないもの?」
「そう、大スクープよ。どうする?聞く?」
「大袈裟だな」
「大袈裟になるわよ、だって洋介の奥さんの事なんだから」
洋介は一瞬顔を強張らせた。私が話題を避ける人物だからだ。洋介はハンドルに右手を置いて指先を遊ばせた。
「あゆみは顔を知らないだろ?」
「洋介が奥さんと2人でいるところを前に見掛けたの、だから知ってる」
洋介は目を細めて聞いた。
「スクープって何だ?」
「若い男に貢いでる」
「は?」
私は見た事全てを話した。洋介は何も言わず耳を傾けていた。
「ね、大スクープでしょ。証拠を用意すればさっさと離婚できるはずよ」
私は腕組をし、これから始まる未来を想像した。きっと洋介もこのチャンスを逃すまいと喜ぶはずだ。
「その話、本当か?」
「作り話して何になるのよ」
突然洋介は声を出して笑った。
「なんだ、そんなの親戚かもしれないじゃないか。勘違いだろ」
予想もしなかった洋介の反応を見て戸惑った。
「親戚?腰に手を回すような男が親戚な訳ないじゃない」
「それ、人違いなんじゃないか。1回顔見たからってそんなにはっきり区別できないだろ」
「私を疑うの?」
「怒るなよ。そりゃあ証拠写真でもあれば俺も信じられるけど、ないだろ?」
黙っている私を見て洋介は声を張った。
「絶対人違いだって」
何故か認めようとしない洋介に腹が立った。どうして余裕綽々と笑っているのか訳が分からない。
「証拠写真があればいいのね」
「ああ、もし撮れたらな」
「わかった。撮るわ」
「むきになるなって。できるはずがない」
「知り合いに探偵がいるの」
私は嘘をついた。
「その人に依頼すれば、きちんとした証拠が用意できる」
「もしその証拠が本物だったら俺、離婚するよ」
「約束して、私本気なんだから」
洋介は私の目を見て約束した。そして車のギアを倒すと行きつけの店へと車を走らせた。




