疑惑⑱
「あの」
ぐったりと頭をもたげている彼女に声を掛けた。
「誰?」
「足、怪我してますけど歩けますか」
彼女は重そうに瞼を開き足元を見た。
「大丈夫だから、ほっといて」
体を起こしその場を離れようとしたが、足が痛むのかすぐに座り込んだ。
とりあえず肩を担いで立ち上がらせた、酔った体は思いようについて来てくれない。行く予定だった近くのコンビニまで連れていき、イートインコーナーの椅子に座らせた。応急処置できる一式を買って戻り傷を見た。
恐らく転んだ時に何かで切れてしまったんだろう。血は止まっているけど傷は深い。
「痛い!」
消毒液が染みて痛がるのを気にせず手当てを続けた。
次に連れて行ったのはファミレスだった。足首に大きなガーゼを貼り付けて男に肩を担がれ入店したのを見た店員は引き気味だ。やっと腰を下ろす事が出来た俺は、ここまで世話をやく必要があったのかと疑問に思った。
メニューを開くとハヤシオムライスの写真が目に留まり、卓上ベルを押した。その音で気が付いたのか、あゆみさんは腕に伏せていた顔を上げた。
「注文するけど、何か食べますか?」
俺の手元を見つめて彼女は言った。
「ねぇ、どうして別れてくれないのよお」
「え?」
目を閉じ黙り込んだ彼女は再び顔を腕に伏せた。さっきの店員がお冷を持って注文を聞きにやって来た。
「お決まりでしょうか」
「ハヤシオムライスとドリンクバー2つ」
「かしこまりました。復唱します」
何かを呟く声が聞こえて店員はあゆみさんを見たが、俺が注文は以上だと伝えるとパントリーに戻って行った。その呟きが俺には「ヨウスケ」と聞こえた。
ドリンクバーとトイレを往復し朝を迎えた。目を覚ましたあゆみさんは知らない男が目の前でコーヒーを飲んでいる理由を知らないようだった。店を出た後は1人歩いていくし、偶然帰る方向が一緒だった俺を不審者扱いする。散々な夜になったけど、今こうして肩を並べているのはこの人に惹かれるものがあったからだ。
「霧が晴れてるから綺麗に見えるね」
俺はもて余した手をズボンのポケットに入れた。
「ここ、来たことあるの」
あゆみさんは夜景を眺めながら言った。
「へぇ」
誰と来たのか想像がついた俺はポケットの中で指を擦り合わせた。
「あそこに飛行機が滑走路に降りて行くのをずっと見てた。それで、これから私達はどうなるのかって聞いてみたの」
言葉が見つからない。飛行機は突如、点として空に現れてはこちらに向かってくる。
「なんて言ってた?」
「時期が来たらちゃんと迎えに行くって」
あゆみさんの声は遠い地面に吸い込まれていくように小さくなった。
「待っていられる?」
「待つに決まってるじゃない」
会話に蓋をするようにあゆみさんは顔を背けた。
また風が長い髪をなびかせている。触れたくなる衝動を掻き消そうと俺は空に現れる飛行機の点を探した。




