疑惑⑫
横山さんが来た。私は写真を封筒に戻さず向き合った。
「これ、なんのつもりですか」
「あら、何これ。どうして柳瀬さんとあなたが写ってるの?」
「横山さん、白状したらどうなんですか」
「何が言いたいの?その封筒はさっき安西さんがあなたの書類立てに入れたのよ」
それを聞いて一瞬怯んだ。
「あなた変ね。何を根拠に私を責めてるの?」
横山さんは腕を組み私を見下ろす。
「あなたがしてるって事、いつか証明してみせますから」
「どうでもいいけど、ちょっと態度を改めてくれる?証拠もないのに訳のわからない事言われて私も付き合ってられないの」
謝りたくない。喉が閊えて顔が熱くなっていく。
横山さんは見透かすように私を見ると自分のロッカーへ手を伸ばし気にも留めず着替え始めた。その隣で幼稚な反抗になった事を後悔した。
着替え終わり髪をほどいた横山さんは香水をひと振りすると静かにロッカーの扉を閉めて出て行った。
まるで相手にされていない、何故こんな気持ちにならなければいけないんだ。ただの嫌がらせにしては手が込んでいる。安西さんがどういうつもりで私のところに封筒を入れたのか、私は人の彼氏を狙う卑しい女に思われているんだろうか。
帰りに駅のロータリーでナオさんの車がないか辺りを見渡した。誰かに話を聞いてもらいたい。電話を掛けてみようかと一瞬考えた、けど今朝の事を思い出して電話する勇気がなくなった。ナオさんは優しいから顔に出さないけどきっと鍵の件は迷惑だったに違いない。じゃあね、と言って車を出すときナオさんの表情はどこか虚ろだった。
駅のホームで電車を待っている間にメールを打った。
今朝は早くから本当にすみませんでした。また今度よかったら―――
また今度よかったら、なんて打った自分が情けない。その部分は削除した。後に続く文章を考えてみたけどしっくりと来るものがなく謝罪の言葉だけをそのまま送信した。そしてもう1つメールを打った、安西さんへ送るメールだ。
長い間お疲れ様でした。さっきは気の利いた事も言えず、申し訳ありませんでした。これまで安西さんに指導していただけて良かったです。お世話になりました。体調が悪いと聞いていましたので心配しています。良くなられたら一度食事にでも行きませんか?
あまりにも硬い文章に苦笑した。封筒の事には触れないようにした。いつか誤解が解けるよう願ってメールを送信した。柳瀬さんが言ったみたいにまずは安西さんの気持ちが癒えるのを待つのがいい。癒える、それは正しい表現なのか。色々な不安が混在して頭がすっきりしない。
電車が到着して乗り込むと小さな子供が座席に膝をつき景色を見ていた。母親は靴を脱ぐよう優しく促している。電車が発車して暫くすると窓の外には川が見えた。秋になり陽が落ちるのが早くなった、薄暗い陽光が反射している。ナオさんの横顔を思い浮かべた。また駅で偶然に会う事があれば、今度は私の悩みを話してみようか。聞いてもらえば少しは気が楽になるかもしれない。ナオさんに対する気持ちがどういうものなのか、このところ自分では判断がつきにくくなってきている。智香への後ろめたさも薄れ始め、自分が卑しい女である事がわかった。




