疑惑⑪
部長が言った意味を知ったのはそれから1週間経ってからだった。昼休憩から戻ってくると事務所に安西さんがいた。
「安西さん!」
久しぶりに見る安西さんの瞳は輪をかけて薄澱んでいる。私の姿を映すとこっくりと頭を下に傾けた。
安西さんはデスク周りを片付けに来たようだ。引き出しの中身を整理し紙袋に詰めている。誰も安西さんに話しかけようとしない。このまま言葉も交わさず行ってしまうのだろうか、そう思うと悲しみが込み上げてきた。私は安西さんにあの事を伝えるのを控えていた。今の状況で写真の人が親戚の女子大生だと説明して納得させるのは無理があると柳瀬さんが言ったからだ。変化に気付いた時に話を聞いてやれなかった自分が悪い、沙織の気持ちが落ち着いて余裕ができるまで待ちたい、と。柳瀬さんの考えを否定する権利もなく、私は悶々としている。
「皆さん、お世話になりました。大変ご迷惑を掛けてしまい申し訳ありません」
静かな事務所に安西さんのか細い声が浮いた。皆手を止めて安西さんの方を向いた。
「お疲れ様でした」
全員が同じ一言を放ちそれぞれの業務を続けた。安西さんは最後部長へ頭を下げると事務所を出て行った。
仕事に集中できない。それを悟られないよう特別用もない書類やファイルを整理してみる。すると覚えのない封筒が挟まっているのを見つけた。茶色い封筒、誰か営業の社員が処理を頼む為に入れていたのかもしれない。中身を確認しようと手を入れた時、指先に違和感があった。
写真のようなものが入っている。封筒の口を広げて中を見ると折りたたまれた紙があった。そっと取り出し紙を広げた。
“ 橋詰夕夏を信用してはいけない ”
その文字を見て体が硬直した。
「橋詰さん」
経理の山下さんに呼ばれ慌てて紙を封筒に戻しデスクの引き出しに突っ込んだ。
「はい」
席の前に立つと山下さんは提出していた書類の誤字脱字が多い事について指摘し始めた。これまでの失敗についても淡々と説教されたが頭の中は封筒の事でいっぱいだ。あの封筒に入っている物が何なのか、そればかり考えている。
「ちょっと、話聞いてるの?そういう態度が毎回心配になるのよね。あなたがしている作業は入口なんだから、そこで止まってたらこっちまで遅れる事になるの。チェックを怠らないで」
山下さんは最もな事を言っている。
「すみませんでした。気を付けます」
私の返答があまりに短いものだったからなのか、山下さんは息が止まったように固まった後、僅かに首を横に振った。
退社時間になり帰り仕度をした。ロッカーで誰も上がって来ない事を確認してから封筒の中身を全て取り出した。
手が震える、一体これは何なのか。2枚の写真はそれぞれ私が映っている。1枚目は柳瀬さんと車内で頭を寄せて携帯電話を覗き込んでいる写真、2枚目はタケルと夜道を歩いているところを撮られている。どちらの写真もアングルのせいか関係を持っているかのように見える効果がある。でもこれは合成なんかじゃない・・・
階段から足音が聞こえる、誰か上って来る。




