疑惑⑨
目を開けて天井を見つめた。無音な空間で耳を澄ませる、さっきまで何をしていたのか思いだそうとした。 布団で寝ているタケルの横顔を見た。カーテン越しに光が差している。
「朝!?」
壁時計の針は6時を過ぎたところを指していた、まだ仕度する時間がある。安堵して携帯電話を探した。充電ができていないから電源が落ちている。コードを繋げて電源ボタンを長押しした。
着信のお知らせ―――
履歴に表示されたのは“ナオさん”の文字だった。着信時間を確認すると昨夜の23:10、23:43となっていた。メールが入っている、それもナオさんからだ。
もし急ぎで必要だったら明日の朝、あの駅に届けてあげるから連絡して。
用件が掴めない。その上にメッセージもうひとつある事に気が付いた。
さっき車に荷物を取りに行ったら車内に鍵が落ちてたんだけど、ゆっかちゃんのじゃないかな?
鍵・・・
急に頭が冴えた。ベッドから飛び起きてテーブル横に置いた鞄を掴み両手で中を探った。会社の鍵がない。猛烈に緊張しながら時計をもう一度見た。
駅に持ってきてもらうしかない。こんな早朝に電話してもいいものか躊躇しながら発信ボタンを押した。どうしてもあの鍵が必要だ。それに鍵当番は朝の準備をしないといけない。
呼び出し音が流れ端末を耳に押し当てる。出ない。仕度をしながら何回か掛けてみよう。最悪は経理の山下さんに電話するしかない。山下さんは常時スペアキーを持っている。でも当日になってから言うのは覚悟がいる。
歯磨きと髪のブローを澄ませるとテーブルに置いた携帯電話が着信音を響かせた。応答ボタンを押してすがる思いで呼び掛けた。
「ナオさん」
「ゆっかちゃん、おはよう」
「朝早くから電話して、本当にごめんなさい」
「鍵だよね?」
「そうなんです、私の鍵なんです。しかも会社の!」
「え、会社の?じゃあやっぱり今から届けたほうがいいね」
「ほんとにすみません」
急いで残りの仕度をした。
待ち合わせの駅まであと2駅となった時だった。手に握りしめた携帯電話がメールを受信した、道が混んでいるから少し遅くなる、直接会社に行くから住所を教えて欲しいとのことだった。手帳を開き、何か会社の住所が書かれているものがないか探した。
電車を降りてからコンビニでサンドイッチと缶コーヒー、小さなチョコを買った。鍵を届けてナオさん自身仕事に間に合うのかどうか今になって考えた。
15分ほど歩いて会社の前に到着した。鍵を忘れた本人がここでのんびりと待っていることを申し訳なく思う。
数分経って、もうすぐ着くとナオさんからメールが入った。
「何してんの?」
目の前に横山さんがいる。
「鍵、早く開けなさいよ」
「持ってないんです」
「言ってる意味がわからないんだけど」
「すみません、もうすぐ鍵を届けてもらう予定なので少し待ってもらえませんか」
眉間にきつく皺を寄せて横山さんは私を睨んだ。今回ばかりは受け止めざるを得ない状況だ。ところで横山さんは鍵当番ではないのに何故早くに来ているのか。疑問を抱きながら気まずい空気でナオさんを待った。途中耐え切れず少し離れた向かい側にある駐車場に向かった。
その時見覚えのある黒い車が近付いてきた。ナオさんだとすぐにわかった。薄くスモークを貼った窓が徐々に開き、車は路肩に止まった。
「ごめんなさい!!」
膝に手を充て深く頭を下げた。
「おはよう」
ナオさんは私服を着ている。
「今から出勤ですよね?」
「いや、今日は有給取ってあったんだ。ちょっとした用事があってね。だから全然気にしなくていいよ」
「本当に助かりました」
「連絡取れて良かった。俺は今から自由の身だから安心して仕事頑張って」
「ありがとうございます、気を使ってもらって」
ナオさんの視線は私の背後に向いた。




