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花びらは掌に宿る  作者: 小夏つきひ
花絵
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花絵③

お風呂から上がって部屋に戻るとランプが点滅しているのが見えて携帯を手に取った。

―――隆平だ。

「もしもし」

『夕夏、明日ってなんか予定ある?』

「ないよ」

思い出す前に答える。

『じゃ買い物付き合ってほしいんだけど』

「いいよ、何時からがいい?」

待ち合わせを決めて電話を切った。それからは髪も乾かさずにクローゼットを物色し始めた。



「この機会に服買い替えろって言われてさ」

隆平は面倒そうに言った。私だったら大喜びで服を買いに行くけど。

「で、私に選んで欲しいって?」

「頼むわ」

私が隆平の服を選ぶのは小学校ぶりだった。隆平のお母さんと3人でCモールに行って、服選びに付き合った事がある。そして帰りに駅前の喫茶店で一緒にパフェを食べたのを覚えている。

「あ、これいいんじゃない?」

「じゃそれにする」

「ちょっとぐらい迷いなよ」

と、言いながらも選んだ服にすんなりOKが出た事が嬉しかったりもする。まあ、正直なんでもいいんだろうけど。

「サイズ合うのかな…」

シャツを広げて隆平の背中に当ててみる、すると毎日見ているはずなのに思ったよりも背が高く感じた。

「あんまり小さいと動きにくいから余裕ある方がいい」

振り返って私を見下ろす隆平の顔をまともに見ると、一瞬体が動かなくなった。

「わかった、もうひとつ上のサイズにしとく」ハンガーに掛けなおそうとすると手が滑ってシャツを落としてしまった。すぐに拾うと今度は肘を隣にあったカートにぶつけて痛っと小さな悲鳴をあげてしまう。

「大丈夫か?」

「うん」

半笑いの隆平と顔を赤くした私はジャージのセットアップを探しにフロアを移動した。

買い物を終えてエスカレーターで2階へ移動する途中、甘い匂いが漂ってきた。シュークリームだ。店の横にある今月のおすすめには、「レモン香る塩バニラ」と書いてある。

「あれ食おうぜ、奢る」

「やったー!ありがと」

日曜日はやっぱり人が多い、シュークリームも並ばなければ買えない。

「後で久々に俺んちでゲームする?」

「いいね、そうしよう」

焼きあがったシュー皮にクリームを絞り入れる様子をガラス越しに眺めながら、ふと進路の事が頭に浮かんだ。花絵は将来獣医になると心に決めている、その為に通う大学と専攻科目まで既にリストアップ済みで勉強に励んでいる。花絵の場合、励んでいるというよりは勉強している姿が自然体なんだと思う、動物の事になるとあんなに熱心になれる花絵を羨ましいと思う時がある。

「隆平さあ、最近花絵が怒るような事何かした?」また騒音に紛れてあの質問をしてみる。

シュークリームを作る工程に興味がないのか、隆平はイートインコーナーを眺めている。聞こえていないようなのでもう一度言おうと口を開くと声が重なった。

「怒らせるような事って?」

「んー、例えば……そういえば花絵の怒ったとこ見たことないね」

「あいつは怒ってても表に出さないタイプだろ」

「まあ、そうだね」

幼稚園からずっと一緒だけど、誰かに感情をぶつけるような場面を一度も見た事がない。花絵のあまりに無口で淡々としている態度にクラスメイトが陰口を言っているところを目撃した時も花絵自身は物怖じせず、言い返しもせず堂々と目の前を通り抜けていった。それからも愚痴ひとつ溢さない。

人の言う事は気にしない、花絵のそんなところが私はとても好きだ。



隆平の家に向かって川沿いを歩きながらシュークリームを頬張った。期間限定のレモン塩バニラは来年も出るんだろうかと話していると、交差点を横切るクラスメイトを見つけた。

「今あそこ通ったの高橋じゃない?」

そっちの方向を指して友達であろう隆平に訊いてみる。

「高橋だな」

声は掛けないらしい。

「塾に行くのかな、リュック背負ってた」

「俺らこれでも受験生だからな」

そうだね、と返事をしながら日曜の昼間こんなに呑気にしている私達は多分まずいと思った。ただ私にとっては特別な時間であって今が大切なのだからこれでいい。

「夕夏は好きな奴いる?」

質問に聞き間違いがないか頭の中で何度か繰り返した後、私の両足は停止した。

「急に何?」

「だから、お前って好きな奴いるの?」

軽くも重くもない、どこか腑抜けな感じで聞いてくるのにはどんな意図があるんだろう。

「いると思う?」

「質問で返すなよ」

「いない」

咄嗟に嘘が出た。

「ふーん…」

立ち止まった私を気にも留めず隆平はまた歩き出した。いる、と答えていたら隆平はそれは誰かと尋ねただろうか。大きく風が吹いて黄色いTシャツが私の目に焼き付いた。まだここに立ち止まったままだと気付いてないのは、誰が頭に居るせいなのか。考えると少し不安になり、急いで後を追いかけた。


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