封筒⑭
食後の眠気を忘れてしまうほど興奮状態になっている原因は、ランチから戻るや否や浴びせられた横山さんの一言だった。
2人揃って暗い顔してどうしたのかとドアの前で嘲笑った。ストーカー行為の犯人は横山さんだと疑ってやまない私から見ると、安西さんを煽っているように思えてならない。あの歪んだ微笑にどんな企みが隠されているのか想像すると腸がふつふつと沸く。
安西さんが退職する日まであと2ヶ月余り。柳瀬さんと距離を置くと言っていたけど退職してしまえば会う機会は殆ど無くなってしまう。婚約破棄、なんて縁起の悪い言葉が浮かんだ。疑心暗鬼になっている今の状態でこれから先に前向きな変化なんて訪れるように思えない。
午前中に終わらせられなかった書類の整理をしながら柳瀬さんと安西さんの仲をうまく取り持つ方法はないかと考えた。そして時々横山さんを見てはホッチキスを強く握って資料を頑丈に留めた。今度は歪まずきっちりと芯が噛みついた。
今日は各停に乗って帰ろう、座席に座ってゆっくり考え後がしたい。
扉が開くと湿った冷気が足首に絡み付いた。電車の揺れが少し心地いい。安西さんは今晩あたり話をするのかもしれない。柳瀬さん、どんな反応するのかな。
次に思い出したのは病院での彼の事だった。通路で会ったとき彼は疲れた様子だった。病室に戻ると莉奈ちゃんは待ってましたと言わんばかりに目を輝かせ、自己紹介を始めるとその後は質問の嵐だった。相部屋であることに気を使って途中談話スペースへ移動した。莉奈ちゃんは他人との壁があまりに薄く、初対面の人が少し引くほどお喋りだ。そして遥人君はテンポ良く莉奈ちゃんの話に合いの手を入れている。
「お兄さんの事、なんて呼べばいいんだろう?」
莉奈ちゃんは突然私に質問した。
「名前ないんですよね?私がつけてあげる。えーっとぉ・・・ タケル!」
「あ、タケルって感じする!さすが莉奈」
私は終始唖然とした。
不快にしたんじゃないかと心配して彼を見るとなぜか笑みを浮かべていて、むしろさっきより顔色が良くなっている気がした。彼が何を思ったかはわからないけど、莉奈ちゃんの一方的な話は案外良い効果があるみたいだ。
「お話中ごめんなさい」
看護師が来た。カウンセリングに彼を連れていくらしい。
「じゃあ私達帰るね。また、どこかで会ったらその時は宜しく」
私がそう言うと3人は揃って固まった。莉奈ちゃんと遥人君は寂しそうに肩を落とした。
「ありがとう」
彼が私の目を見て言った。交番で別れた時と同じ顔をしている。そして、病院に来て私達が言葉を交わしたのは今のが初めてだったと気が付いた。




