封筒⑫
「ハシヅメ ユウカさん?」
「はい、名前を言ったら通してもらえると聞きました」
「患者さんのお名前は?」
「名前がわからないんです。記憶喪失でここへ検査しに来てる人なんですけど」
受付のお姉さんは怪訝な顔をしてファイルを調べている。
「確認して来ますのでお待ちいただけますか」
「はい、お願いします」
遥人君と莉奈ちゃんはそわそわしている。
「すげー、めっちゃワクワクする」
「うんうん、早く部屋行きたいね」
暫くしてお姉さんが戻ってきた。
「今日はおひとりで来られると聞いてるようですけど、後ろの方は?」
「私の親戚です、ちょうどそこで会って」
「そしたら後ろのお2人にも帳簿に名前を記入してもらいますね」
「はい」
受付を無事通過してエレベーターで彼がいるという5階に向かった。病室は相部屋だった、他のベッドには面会者が来ているのか静かな話声が聞こえる。
彼のベッドは空だった。
「あれ、いないじゃん。緊張して損しちゃった」
莉奈ちゃんは頬を膨らます。
「売店にでも行ってるんすかね?」
「ちょっと聞いてくるからここで待ってて」
部屋を出ようとすると看護師が入ってきた。
「すみません、そこのベッドの患者さんどこにいるか分かりますか?」
「今は検査に行ってますね。だいたい1時間だから、もうすぐ戻ってくるはず」
「そうですか。ありがとうございます」
「失礼ですけど、どなたですか?」
「私は」と言いかけたところで邪魔が入った。
「この人が記憶喪失のお兄さんを助けたんです!」
後ろから肩にずっしりと重みが加わり、耳元で弾けたような声がした。
「莉奈ちゃん声大きいよ」
「ごめんなさーい」
莉奈ちゃんは乗り出した顔を引っ込めた。
「そうだったんですか。来てもらった事、喜ぶと思います。唯一知ってる人だろうから」
「まだ何も思い出せないんですか?」
「そうですね、他にもちょっと悩みがあって」
病室が静まり返っている事に気が付いた、看護師さんが左右に大きく目線を動かしたのでこれ以上話すのは止めることにした。彼のベッドに戻ると遥人君がパイプ椅子を広げて用意してくれていた。
「この棚、なんもないな」
「ほんとだ、なんか寂しー」
確かにティッシュの箱すら見当たらない。
「私、トイレに行ってくるね」
廊下を歩きながら色々な思いが巡った。昨日は特に痛がったり苦しそうな様子はなかったけど、記憶を失くしたのは何かの病気が原因なのか、それとも辛い経験からなのか。昨晩ここに泊まりながら何を思っただろうーーー
角から出てきた人が足を止めて私を見ている、その人が彼だと気付くのに数秒かかった。青い病衣を着ているせいでそう見えるのか、随分と顔色が悪い。




