封筒⑨
白枝駅にまもなく着く頃、携帯電話が震えているのに気が付いた。画面を見るとお母さんからだった。
「はい」
「夕夏、今何してるの?」
「えーっと…」
色々ありすぎて言えない。
「あのね、ユキエ叔母さんが夕夏に野菜送ってあげたいっていうから住所教えてあるのよ。多分今日の夜には着くって言ってたから、受け取ったらお礼の電話入れておいてね」
「そうなんだ、わかった。電話する」
「最近どうしてるの?」
「仕事も落ち着いてきたし、まあまあだよ」
「良かったじゃない。あっ、そうそう!花絵ちゃんのママから聞いたんだけどね……」
また始まった、と思った。お母さんは度々花絵の近況を報告してくる。私が避けていることを知っていて、なんとか仲を戻そうとしている。
「で、あとは?」
「… もう、冷たいんだから。まっ、元気にやってるなら安心したわ。今度そっちに顔出しに行くから」
「いいよ来なくて。お正月には帰る予定だから」
「お正月までに1回は帰って来なさいよ。じゃないとこっちから行くからね」
「わかったわかった、じゃあね」
改札で電光掲示板を見ると遅延は既に解消されていた。次の電車まではあと13分。あの神社に行って良かったのか悪かったのか、本当はあの倒れていた彼のおかげで気が紛れて虚しい気持ちで帰らずに済んだことにほっとしている。電車が来るまでベンチに座っている間、ずっと彼の顔が頭に浮かんだ。
家に着くと今度は来客があった。ドアの前に莉奈ちゃんが立っている。
「莉奈ちゃん、どうしたの?」
「夕夏さん!聞いてほしいことがあって……」
莉奈ちゃんはサラサラロングの茶色い毛先を胸元で弄りながら今にも泣きそうな顔をしている。
「入って、ここ暑かったでしょ」
訪ねてきた理由はきっと遥人くんの事だろうなと思った。それにしても今日はよく問題が起こる日だ。
遥人君は近所の中華飯店・唐風軒の息子で莉奈ちゃんはその彼女。高校生2年生の恋愛について時々こうして世話をすることがある。店には週1ペースでご飯を食べに行っている。何かと声を掛けてくれる優しい店長、あの美味しい料理と賑やかさを兼ね備えた唐風軒は引っ越してきて間もない私にとって唯一心安らげる場所となっていた。閉店間近まで店にいた時、遥人君に会いにきていた莉奈ちゃんが私に話しかけてくれて仲良くなった。
「遥人とケンカしてるんです」
グラスに入ったサイダーの泡を見つめながら哀愁たっぷりで呟いた。
「なんでケンカしたの」
「今度の休みに映画行こうって誘ってたんですけど、今日遥人に電話したら忘れてたって言われて」
「うーん、忘れてたって言われるとちょっと悲しいかもね」
「そうなんですよ!お店の手伝いもあるから忙しいのはわかってるんですけど、最近2人きりで会う事なかったから本当に楽しみしてて…」
「言い合いしちゃったの?」
莉奈ちゃんは膝を抱えたまま頷いた。
「他の同級生カップルはもっといろいろ遊びに行ってて楽しそう、とか。一番言っちゃいけない事なのに約束忘れられてたのが辛くてつい……」
「遥人君、今日もお店だよね?あとで食べに行こうか。きっと遥人君だって、莉奈ちゃんが自分の言った事を後悔してるってわかってくれてるよ」
莉奈ちゃんはただ涙を拭っている。今は何を言っても駄目かもしれない。
「ちょっとゆっくりしてて。明日の用意するから」
暫くしてインターホンが鳴った、そういえばユキエ叔母さんが野菜を送ってくれたと言っていた。莉奈ちゃんの様子が気になりながらインターホンの画面ボタンを押した。




