封筒②
朝8時に出社、出勤初日は次々と社員の人に挨拶をしてまわり、自分の業務について説明を受けているうちに昼休憩の時間になった。朝礼では私が父親からの紹介で入社したことは告げられなかったけど、部長からは後からこっそりと聞かれた。困ったことがあればなんでも相談してくれと言われたが、その目はどこか企みを含んでいてあまりいい気がしなかった。昼休憩に入るためデスクの書類を整理していると、朝からずっと一緒にいる安西 沙織が話しかけてきた。
「橋詰さん、良かったら私とお昼一緒に食べない?」
「はい」
「私は近くのお店に食べに行くんだけど、お弁当持ってきてるんだったら私もコンビニで買ってくるから」
「いえ、今日はお弁当持ってこなかったので」
「それじゃ外に食べに行こう、美味しいランチのお店があるの」
ファミレスではなく個人経営しているような洋食屋だった。テーブルには赤と白のギンガムチェックのクロスが掛けられていてオレンジ色の壁が店内を明るく見せている。所々に絵が飾られていてその額縁には埃が積もった感じがなく、居心地がいい。
「何にしよう、ここのハヤシライス美味しいんだよ」
メニューを開いて私に見せてくれた。
「私、今日はハヤシライスって決めてるからゆっくり選んでね」
「ありがとうございます」
メニューを最後のページまで見てから店員を呼んだ。
「ハヤシライス二つ2つお願いします」
何を話そうか話題に困っていると、安西さんが社内の話をしてくれた。社員それぞれの立場や年齢、私の年齢も聞かれたので23歳と答えると若いねと言われた。安西さんは28歳で入社して6年らしい。
「私もうすぐ結婚して退社するの」
「え!?」
テーブルの下で自分のスカートを握った。
「さっき外回りに出掛けて行った柳瀬さんって人、わかる?」
「えーっと、ストライプ柄のネクタイしてた背が1番高い人ですか?」
「そうそう。あの柳瀬さんと私が付き合ってるの」
安西さんは少し恥ずかしそうに笑った。
「何月で辞めるんですか」
「まだはっきりしてないんだけど秋頃になると思う。橋詰さんの採用が決まったのは欠員がでるからだったの」
「そんな… 安西さんの仕事を秋までに私が覚えるなんて出来ないです」
「大丈夫だよ。橋詰さんは初めての就職で不安だろうけど、うちの会社小さいから業務もそんなに多くないし問題ないよ」
「でも…」
今朝教えられた内容を思い出しながら不安になった。
「橋詰さんはなんで食品加工の事務を選んだの?」
痛いところをつかれた。想定範囲内の質問だったけど、実際に答えようとすると喉がつまった。
「なんとなく、事務がいいかなって…」
つい目線が落ちてしまった。いいタイミングでハヤシライスが到着してほっとした。
「まあ最初はそんなもんだよね。私もなんとなく選んで運よく採用になっただけだったから」
スプーンに巻かれた紙ナプキンを外して安西さんはハヤシライスを見下ろした。
「いい匂いしてる~。さ、食べよっか」
「はい」
会社に戻ると3人だけが残っていた。お先にお昼戴きましたと安西さんが言ったので私も続いて言った。2人の社員は返事を返してくれたけど、横山という女性社員は一瞬こちらを見ただけで、すぐパソコンに目を向けた。その様子を見て安西さんは表情を変えた。あまり仲が良くないのかもしれないと思った。




