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花びらは掌に宿る  作者: 小夏つきひ
花絵
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花絵①

「隆平!」

「……」

「りゅうへい~」

また宙を見てぼんやりしている後ろ姿に声を掛けた。

「おう」

「修学旅行の用意できた?」

「まだだよ」

「そうだろうと思った。もう再来週にはバスに乗ってるんだよ、早く用意しないと」

「そうだな」

「足りない物があったら電話して。買い物ついでに届けるから」

「サンキュー、また連絡する」

修学旅行を機に気持ちを伝える、それは中学2年の春にぼんやりと思いついた事だった。花絵に相談すると、協力するって言ってくれた。

覗くように廊下に目を向けるとドアにもたれる花絵の横顔が見えた。 

「じゃ、私行くね」

隆平はひらひらと手を振ると、廊下側をちらりと見てから机の上の教科書やらを片付け始めた。

吹奏楽部の演奏が響き渡るグランドの端を歩きながら、その賑やかな音楽に紛れるように質問をした。

「花絵、最近隆平となんかあった?」

「何も」

「2人が喋ってるところ最近見ないなーって思って」

「話す事がないからだよ」

「ふーん、そっか」

無表情はいつもの事、冷たく言い放っているようで時々見当違いもある。それでも今のは多分冷たいほうのだと思った。



彫刻が施された重いドアを開けると清潔感のある上品な香りがした。 

「お邪魔しまーす」

シャカシャカと床を掛ける足音が聞こえクッキーが全速力で花絵に飛びついた。

「ただいまクッキー」抱きしめる花絵の顔に今日初めての笑顔が見えた。普段無表情な分、笑うといつもはっとさせられる。私達とクッキーの出会いは近くのペットショップだった。まだ子犬でコロコロと小さなケージ内を転がり無邪気に遊ぶクッキーに私達は一目惚れした。小学校の授業が終わるとほぼ毎日隆平と三人でペットショップに通った。今日も行くよねって言い出すのはいつも花絵だった。授業の終わりが近付くにつれてそわそわしている花絵が可愛くて隆平と目を合わせてこっそり笑った。あんまり長い間通うもんだから、花絵パパが折れてクッキーを迎えに行ってくれた。

「いらっしゃい夕夏ちゃん、桃のタルトがあるの、さっきデパートで見つけたのよ。後で出すわね」

笑った時の柔らかく弧を描いた目元が優しい印象で、花絵ママはたくさんの表情を持っている。美人な顔立ちは似ているのに、あの無表情さはパパとママどちらにも似ていない。桃のタルトがある事と花絵ママの笑顔が私のテンションを上げた。

「え、嬉しい!」

「みんな好きだもんね。隆平君も来てくれたら良かったんだけど……」

「今から誘う!?」鞄から携帯を取り出そうとチャックを開けた。

「先に部屋行ってて」

聞こえたはずなのに花絵はクッキーを抱いたままリビングに行ってしまった。

「聞こえなかったのかしら?」

最近の花絵と隆平の距離感を知らない花絵ママはきょとんとしている。

「隆平も塾とかあるみたいだし、今日は誘うのやめときます」

そうは言ったものの、正直残念だった。初めて桃のタルトを3人で食べた思い出が遠くに行ってしまったような感じがして、少し寂しくなった。


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