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当て馬騎士の逆転劇〜こいねがえば叶うはず〜  作者: 橘中の楽
終章 当て馬騎士の逆転劇
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第六十二話 問題の候補者

俺たちの間に落ちた気まずすぎる沈黙を打ち破ったのはニーヴだった。

いつの間にか隣に来ていた彼女は、俺の手を引いて「私にも聞かせてください」とせがんできた。

俺は返事をしていいのかわからず、シリル君とニーヴを見比べた。

シリル君はいまだにショック状態にあるようだった。

俺の口からは謝罪がこぼれ出ていた。


「シリル君、ごめん、俺の言ったことは忘れてーーー」


俺の言葉でシリル君の顔から感情が抜け落ちた。

そして、無理やり貼り付けたような笑みを浮かべ、彼は言った。


「いや、いいんだ、謝ることじゃない。…ひと月で再会するとは思ってなかったし、プロイセンでは一切回復しなかったローゼシエの魔力があいつを一目見たってだけでずいぶん増えてるのに、ちょっとびっくりしただけだ」


シリル君は泣きそうに見えた。

思わず手を伸ばせば、怯えたように一歩下がられた。


「…運命っていうのは、すごいな。ちょっと残酷だ」


シリル君はこんなことを言って、転移魔法でどこかへ行ってしまった。

俺は慌てて魔素の気配を探知する。

腰元にいたニーヴの手をできるだけ優しく外す。


ーーーシリル君は自室に引っ込んだのか。じゃあ転移先は窓の外でいいな。


「ニーヴ後で話はしよう。なんか盛大にすれ違った気がするから、シリル君を追いかける」


ニーヴは俺の言葉に重々しく頷いた。


「早く行ってあげてください。シリル君は思い込み激しいから」


さらっと吐かれた毒舌が、俺はなんだか懐かしくて笑ってしまった。

ニーヴがびっくりしたように俺を見上げてきた。


「ーーーローゼシエ、いいことありました??」


さすがニーヴ、鋭いな。

いいことあったよ。でも後でね。


シリル君の自室の外に転移した俺は、浮遊魔法を使いつつ部屋の中を伺ってみた。

…反応がない。気配隠してないし、俺が来たこと気づいてるだろうに無視しやがってんな?


「…突入するか」


面倒だったので窓と防御魔法ごとぶち破ろうと思って、特大の魔法球を作り上げていれば、慌てた様子で足音が近づいてきて、程なくして窓が内側から勢いよく開かれた。


顔を出したシリル君はま深いフードをかぶってた。俺の手に浮かんだ特大の赤い魔法玉を見てフードの下からのぞいている口元が引き攣っていた。大丈夫だよ、開けてくれんなら投げたりしない。

魔力を消して、窓の方へ近寄っていけば、表情の見えないシリル君は窓の正面に立ったままなかなか退こうとしない。


「蹴られたくなかったら退いて?」


身体強化しながら言えば、シリル君が即座に体をずらした。

ようやく中へ入れそうだ。


頭をかがめて室内に滑り込む。

シリル君へと手を伸ばす。顔が見えないのがいやで無理やりフードを外した。

晒されたシリル君の顔を見て、思わず声をあげそうになった。慌てて口に手を当てて堪える。

いやだって、目元真っ赤だし、どう見てもーーー


「一人で泣いてたのか…俺のせい?」


シリル君は目元をゴシゴシと擦り、「泣いてねえ」と言った。

見え見えの嘘つくじゃん。


それにしても俺が昼間会ったのは誰なんだろう。

青竜の知り合いで、この様子だとシリル君も心当たりがあるらしい。

青竜が暮らすフランク王国の王族とかだろうか?いや、あの黒髪から考えれば、黒魔法のブリテンの方がありえるか。


ーーーでも、もう詮索はやめようかな。

あの不思議な人はシリル君の地雷みたいだし。


俺はシリル君を刺激しないように、静かにその場にしゃがんだ。

涙でぐしゃぐしゃになった顔を下から覗き込む。

「見てんじゃねえ」とシリル君が鼻声で凄んでくる。


「ねえ、なんで泣くの?教えてよ、俺忘れてることばっかだし、言ってもらえなきゃわかんないよ」


シリル君は全然話してくれない。

でもすぐに追いかけてよかったと思う。

どうせシリル君は一人で泣いて明日になったらいつもみたいに不機嫌そうな顔で俺の前に現れて、今日のことなんてなかったことにする気だったんだろう。

俺が頼りないのか、この人は全然弱み見せてくれないからなあ。


黙って見上げ続けていれば、シリル君が「こんなとこ見られたくねえのに」と細い声で言った。


「お前の前ではカッコつけてたいんだよ。なんで来たんだよ、優しくすんなよ。手放してやれなくなったらどうすんだよ」


…いろいろ聞きたいけどな、まず一つだけ言わせてくれ。


急に立ち上がればシリル君の涙が一瞬止まった。

はは、びっくりしてる。


俺はシリル君のほっぺたを遠慮なく両側からひっぱった。

シリル君が「いへえ!」と抗議してきたが知らない。


ーーーだって泣きたいのはこっちだよ!


「優しくすんに決まってんだろ?!ちゃんと思い出したんだぞ!赤竜になる直前、俺が死にかけてた時だってシリル君は必死に看病してくれたし、俺がやけになって魔獣みたいな生活してた時だって、毎日探してくれて、帰ってきてからも俺が思い出せるまでいろんな話を繰り返し繰り返ししてくれて。自分だけ先払いしといてな、いざ返そうとしたら逃げるってどういうことだよ!というか手放す気なの?!俺捨てられんの?」


勘弁してくれよ、と言った俺は結構情けない顔してたと思う。

ーーー何故だかわかんないけど、俺にとって「追い出されるかもしれない」っていうのはきつかった。

また捨てられるのはいやだって思いで頭がいっぱいになる。

忘れてしまった記憶の中で、俺は誰かに捨てられたのかもしれない。


シリル君が頬を鷲掴みにしてた俺の手を剥がして、手を伸ばしてきた。

頭にそっと添えられた手。

不器用に撫でられながら「俺はお前を捨てねえよ」と言われる。

よかった、と胸を撫で下ろしていれば、シリル君が気まずそうに付け足してきた。


「俺の感覚ではローゼシエは借りもんなんだよ。ーーー帰りたいって言われたら、元の場所に返さないといけないと思ってる。言い方が悪かったな」


「大丈夫だから元気出せ」とさっきまで大泣きしてた人に言われ、俺は笑ってしまった。

困ったような顔のままのシリル君に言ってやる。


「次に俺のこと手放すって言ったら俺が大泣きしてやるから」


シリル君は何故か苦い顔で「お前は俺のことでは泣かないだろ」と首を振った。

何故言い切れるんだシリル君よ、確かにできれば泣きたくないけど!


シリル君の表情が完全に晴れたわけではないが、泣き止んだみたいだし、もう夜も遅かったしで俺は自分の城に帰ることにした。

転移魔法を発動しようとする俺を見守っていたシリル君に、一個言い忘れていたことがあったのを思い出す。


「さっき俺の前ではカッコつけてたいって言ってたけど、シリル君はいつでもかっこいいよ。ーーーただ、俺はシリル君の弱いとこも見たい。泣いてる時は隣で背中をさすってあげたい。だからもう一人で泣いたりしないで」


返事は求めてなかったので、俺は転移魔法を発動した。

去り際にシリル君の顔が真っ赤になってた気がするから、ちゃんと残ってればよかったかもしれない。



翌日。

天気は快晴。ただし午後から天気の急変に注意。春一番が吹くかもしれません。

半分夢の中にいたリアのお気にいりのお天気お姉さんのコメントだ。

抜けるような青い空。なかなかの試験日和だと思う。


俺は騎士団の訓練場にいた。

目の前には無事書類審査を通過した騎士候補生五十名。

今日の実技試験で本採用者を決める手筈だ。


20歳に満たないような若者から白髪が混じったロマンスグレーのイケオジまで。候補者たちは誰しもが緊張を顔に滲ませ、自分の番号が呼ばれるのを待って…いればよかったんだけどさ。

明らかに場違いな奴が二人くらい混じってるせいで、なんかスタート時点から変な空気になってんだよな。


「試験No.1、ジョ=シュアシャーマナイトだ」


うんうん、俺の隣に座ったシリル君が頭抱えちゃうのもわかるよね。

一発目からこれかよって感じだよね。


「ねえ、シリル君、あれどう見ても黒竜の愛し子じゃない?」


黒髪のマスキラを指差して俺が言う。

シリル君はすぐに俺の手を下げさせた。「人を指さしちゃいけません」じゃなくてさ、質問に答えようぜ?


会場に集まっていた候補者だけでなく、試験のために動員されていた騎士メンバーまでもがざわついてた。

「本物のブリテン国王?」「なんでここにいんの?」「ドッキリ?」なんて声が聞こえてくる。

なるほど、これがシリル君が言ってた問題児そのイチね。


腕を組んで頷いていたら、ジョ=シュアシャーマナイトとバッチリ目があった。

次の瞬間、ジョ=シュアシャーマナイトの魔力が華やいだ。


「デニス、元気そうだな!」


…俺のことをデニスって呼ぶやつはだいたいブリテンの時の知り合いだ。

全く思い出せない俺は無難に頷いておいた。


ちょ、そんなあからさまに落ち込んだ魔力の動きしないで?

結構親しかった感じだんだな?ちょっと待ってな、今日は無理でも頑張って思い出すからな?


再びシリル君に聞いてしまう。


「なんであの人あんな叱られた子供みたいな顔すんの?国王なんでしょ?俺、聞いた感じ騎士団長だったんだよね?年齢的に学友だったわけでもないよね?」


シリル君が俺の方を恨めしそうに見た。

そして言った。


「ジョシュアはお前のことをとてもとてもとても気に入ってた。16歳で騎士団長に取り立てたのもあいつだし、騎士団長じゃ飽きたらず側近にまでして四六時中仕えさせてた。諦めろ、また付き纏われるぞ」


付き纏われるって言い方が怖い。

俺は恐る恐るジョ=シュアシャーマナイトに視線を戻す。

彼は流石に俺の方を見ていなかった。隣にいる候補者に話しかけているようだ。


隣にいる候補者はジョ=シュアシャーマナイトが何を言っても「おお」「ああ」「ん」しか言ってなかった。

…国王相手にタメ口って何者だ、しかも不自然に背中のマントが膨れている。

たまに動いてないか?赤ん坊でも隠してるのか?


「試験No.2、パーシ=ヴァルエゲート。外交官に『陛下がご乱心なんです』って泣きつかれて止めようかと思ったんだけど、面白そうだったからついてきた。午後二時からベルギーの宰相との会談入れちまってるから手短に頼む」


…ツッコミどころしかねえな?!

「手短に頼む」ってめちゃくちゃ偉そうだし、もう試験受ける気ないのバレバレだし、ていうかしれっと面白いからついてきたって言っちゃってるしな!


俺は再びシリル君の方を見た。

シリル君は遠い目をしてた。

やっぱか、あれが問題児ナンバーツーか。王弟だっけ?納得の貫禄と魔力だぜ。


他の候補者が普通の自己紹介を続けていく中、俺はブリテン国王兄弟を観察してた。

魔力値がすげえ高い。

特に国王の方。

人間とは思えない澄んだ魔素をしている。

立ち姿から武人としても超一流なんだろうなっていうのがすぐわかる。

「要人」だろうに護衛がいないのもそのせいだろうな。

多分こいつらより強いのいないんだろ。

ちょっと戦ってみたいなあと考えてたら、ワクワクが顔から出てしまっていたようで、叱るようにシリル君に膝を叩かれた。

集中しろ、と口パクされる。

ごめん、でも何に集中すんの?


自己紹介が済んだところでシリル君がおもむろに立ち上がった。

シリル君が皆の前に進み出た。

会場に緊張感が走った。(問題児二人はずっとコソコソ話してる。聞こえてくる単語的にこの後のベルギー宰相への対応について話し合ってそうだ。ほんとに何しに来たんだろうな?)


シリル君が咳払いをしたことで問題児二人もようやくおしゃべりをやめた。

シリル君が青筋を浮かべつつ、最前列の二人を睨んでいるのだが、可哀想な近くに立ってる受験者がびびらされてるだけで、問題の二人は「なんで怒ってんだ?」って顔してた。パーシヴァルなんて背中に背負ったものに話しかけちゃってるしな!

「もうちょっと待ってな?」ってどゆこと?何入れてんの?

二人ともシリル君の怒りに動じないなんてさすがだ。

知り合いって言ってたもんな!


シリル君が疲れたように頭を振った。「こいつら相手にしてると疲れる」と言う呟きが聞こえる。

がんばれシリル君!折れるなシリル君!


シリル君が空間を切り裂くように右手を振って黒い穴を開け、しばらく手を突っ込んでゴソゴソした後、拡声の魔道具を取り出した。

突然現れて消えた亜空間に候補者の間で驚きが走る。

まあ無理もない。この騎士団くらいだよな、空間魔法が日常なの。


シリル君は拡声器に口を当て「試験を始める」と宣言した。


「いつもであればこの最終試験は騎士団員と戦ってもらって、ワンカウンテッド以上取れたら入団にしてる…が、今回はちょっと特例がいるので、形式を変える。一番から順番に二人組を作って候補者同士で戦え。審査ポイントが高かったやつは入団させる」


シリル君は話しながらずっと一番と二番をチラチラみてた。

そうだよな、お前らが来たせいでこうなったんだぞって言いたいんだよな。

当の本人たち「俺らで戦うのか」ってワクワクしちゃってるみたいだけど!


「じゃあまず一番と二番赤い競技場内に入れ。あーローゼシエ、防御魔法頼みます。こいつらがはしゃぎ出したら多分俺じゃ抑えきれない」


お、ここで俺の出番か!

俺はこんくらいでいいかなーって思いながら壁際に寄った候補者たちと戦闘フィールドを仕切るシールドを貼った。

候補者たちが「すげえ」とか言ってるのが聞こえる。

…ここまで大規模なシールドって普段見ないのかな?


ここで、俺の貼ったシールドを国王の方がペタペタと触ってた。

横に立っている弟に何か言った。

弟が首を小刻みに振った。

国王の方が首を傾げてるな。どうした?

あ、弟の方が背中に背負ってたものを国王に渡した。


お、国王こっちくる。


ジョ=シュアシャーマナイトが俺の立っている方へと走ってきた。

赤い半透明の壁の向こうに立った彼は俺をまっすぐに見て両手に抱えてた黒い塊を差し出してきた。


「これ、預かっててくれないか」


…なんで俺?

困惑するも、ジョシュアがあまりにも当然のように差し出してくるので受け取ってしまう。

黒い上等なマントに包まれたソレは俺に手渡された瞬間、微妙に動いた。


「ーーーこれ、生き物か?」


魔力の匂いはしない。

…魔力の匂いがしなさすぎておかしいな?超高度な隠蔽魔法か何かか?

俺が手元の黒い塊を凝視していれば。ジョシュアが再び口を開いた。


「シールドもうちょっと強めに貼ってくれ。パーシヴァルが本気でやりたいって言ってたから多分洗脳魔法だとか補助系の魔法も飛び交うと思う」


…まじかよ。

俺は苦笑いしながら「りょーかい」と頷いた。

俺はあんまり解析は得意じゃないんだよな。

そうか、この人間たちそんなのもできるのか。


俺がシールドに込める魔力を増やしていけば、ジョ=シュアシャーマナイトが満足そうに頷いて戻っていった。


入れ替わるようにシリル君がやってくる。「何それ?」と膝に乗せた黒い塊を指さされた。俺も知らない。むしろ何なのか聞きたい。

シリル君は俺の貼り直したシールドをしばらく観察した後で引いた顔をしていた。

ジョ=シュアシャーマナイトと俺のやりとりも聞いていたのかもしれない。


「あいつらこんなとこで本気で戦う気なの?嘘でしょ、プロイセン城吹っ飛ばす気なの?」



結論から言えば、プロイセン城は吹っ飛ばなかった。

開始三秒で弟の方が剣を放り投げてた時点で「騎士団の試験とは?」って感じだったけど見応えとしては十分すぎた。

弟の方がやりたい放題でブラックホールは作るわ流星群みたいな無差別攻撃はするわで試験っていうより魔法大戦争って感じだったけど、ちゃんと闘技場は無事だった。国王の方が全部黒魔法で吸収してたから。すげえな、黒の魔素の容量どうなってんだあの人間。


暴れ尽くした弟の方が突然「疲れた」ってつぶやいて、国王の方が「そうか、じゃあ終わるか」って頷いたとこで急に二人は戦うのをやめた。

国王の方が片付けはちゃんとしますとでも言いたげに弟の展開した魔法を一個一個無効化していって、ちゃんと端っこに落ちてた剣まで回収する。


その後で国王の方が棒読みで「まいった!」って叫んだからね。

シリル君が頭抱えてたのも無理はない。

まあそうだよね、何を見せられたんだろうって感じだったよね。


俺がシールドを解除してると試合を終えた二人がこちらへ歩いてきた。

俺は黒い塊をジョシュアに返す。

ジョシュアはそのままパーシヴァルに渡した。

…結局なんなんだよそれ!


シリル君が非常に嫌そうな顔をしながら、側近で騎士団長を任せてるファルコを呼び寄せて「あとは頼んだ」って言ってるのが聞こえる。


シリル君は俺たち三名を連れて騎士団の控室に入った。

長方形の机に向かい合って座る。

俺の正面は弟の方だった。黒い塊は足元へ置き、頬杖をついて、何やら観察されている。

気まずくなって目を逸らせば、ふっと小さく笑われた。


「本当に俺たちのこと覚えてないんだね」


彼の発言に隣のシリル君が苛立ったのがわかった。

でも弟の言葉には純粋な驚きしか込められてないのが俺にはわかったのでシリル君を手で制する。


「ーーーそうだな、パーシ=ヴァルエゲート「パーシヴァル」


被せるように名乗られる。

おお、そうなのか、区切る場所違うのか。


「パーシヴァル、よろしく。ローゼシエとみんなは呼ぶ」


パーシヴァルは「知ってる」と頬杖をついたまま答えた。

俺のことは知ってるのか、まあ赤竜だし調べられてるのかもな。


パーシヴァルが名乗ったことで、続いて国王の方に視線が集まった。

人間と思えない魔力を持った彼は俺をまっすぐに見つめて「ジョシュアだ」と名乗った。


ジョシュアね。君も区切るとこだけ変えて申し込んできたのね。


自己紹介が終わるやいなや、シリル君が超低音で「何しにきた」と言った。

ジョシュアが驚いたように「私たちは仲直りしたのになんで怒ってるんだ」と返す。シリル君の眉間に青筋が浮かんだ。パーシヴァルがポケットからキャンディを取り出して口に放り込んだ。


まずい、こいつら天然な上にすげえマイペースだ!


もしかしてあれだろうか。ジョシュアの言う「仲直り」とは先月結んだと聞いたプロイセンとブリテン間の「友好条約」のことだろうか。

「仲直りした」とか言うから一瞬なんだかわかんなかったぜ。幼稚園児の喧嘩の仲裁に出てくるフレーズチョイスすんなよな。


シリル君が激しく貧乏ゆすりしながら「友好条約を結んだばっかなのにこんなふざけた真似しやがって、外交官に謝れ!あいつらも忙しいんだぞ!」と彼にしては珍しく声を荒げて言った。

怒りの矛先のジョシュアは真顔で「忙しくなさそうなやつを指名した」と答えた。パーシヴァルが吹き出す。笑ってないで止めてやれよ…。


シリル君が頭を抱え出したので、ジョシュアは自分が喋っていいと思ったようだ。こっちを向いた。え、俺に話しかけてくんの?このタイミングで?


「デニスーーーではなくローゼシエ、と呼ぶべきか。赤竜様なんだからな。まず、我々から言わせていただきたい」


ジョシュアはそう言って、椅子から突然立ち上がった。

続いてパーシヴァルも腰を上げた。

二人は揃って、何故か俺の前まで歩いてきた。

俺もなんとなく立ち上がる。


二人は綺麗に揃った仕草でーーー膝をつき、俺に向けて首筋を曝け出した。


…?


「急にどうした?」


首を傾げていれば、慌てたようにシリル君が俺の袖を引いた。

振り返る。

シリル君の顔色が悪い。


「ーーー本来目上に対してしかやらないブリテン式の礼だ。国王が絶対にやるはずのない最敬礼だよ。…『立って良い』とかそんな感じのことを言え。ジョシュアがやってるの見てるだけで心臓に悪いから、早く!」


俺は促されるまま「立っていい」と言った。

二人が流麗な仕草で立ち上がる。

ジョシュアの夜空のような瞳が俺を見ていた。

俺の背筋が自然と伸びた。この瞳を俺はよく知っている気がした。


「このような茶番を繰り広げてもローゼシエに一日でも早くお会いしたかった。来月に赤竜さまの記念式典があるのは承知の上だが、そこまで待てなかった。ーーーローゼシエ、邪竜様に交渉し、私の命と黒竜の安全を願ってくれてありがとう」


ジョシュアはそう言って俺の手を取った。

額につけられる。

ーーーこれは俺でも知ってる、貴族がやる感謝の仕草だ。

パーシヴァルは半歩後ろで、先程のふてぶてしさとは打って変わって、ずっと胸に手を当てて、腰を曲げている。

…多分あれもブリテン式の感謝なんだろう。シリル君が信じられないと言いたげな目でパーシヴァルを見てるからな。


俺としてはもう数年前の出来事だし、「なんでそんなことをしたのか」を綺麗さっぱり忘れてしまったのでぎこちなく頷き返すのが精一杯だった。

…邪竜様と取り交わした約束は思い出したんだけどなあ。


「感謝は受け取った。俺がしたくてやったことだ。今日以降は水に流してーーー」


気楽にやっていこうぜと言おうとした俺の言葉は、顔を上げたパーシヴァルによって遮られた。


「無理ですよ、忘れろって?ありえない要求です。貴方様は自分がどれだけのことをブリテンにしたのかちゃんと知るべきです」


あれ、おかしいな、なんで俺が怒られるみたいになってるの?

シリル君に助けを求めてみたが、首を振られた。

ちゃんと聞け、と前を向かされる。くそ、味方がいねえ。


いつの間にかジョシュアと立ち位置を入れ替えているパーシヴァルは外交用の綺麗な笑みを浮かべながら、王子らしい気品のある立ち姿で滔々と語り始めた。


「全部忘れてしまったの言うのならば説明しましょう。シリル王は全然こっちのことをローゼシエに話していないんでしょう?いいですか、貴方はブリテン側から一方的な形で騎士団長の座を奪われてプロイセンへと移動しました。その後で赤竜化したのですが、国をかえても国王陛下夫妻への支援を続けてくださいました。自分がいなくなった後の騎士団が崩壊寸前と聞けば、自分の側近を送り込んで立て直しをさせ、保守派…反国王派が王妃への執拗な嫌がらせを行なっているときけば、我々に代わって直接手を下し、全ての黒幕として裏で手を引いていた青竜様がブリテンから手を引くように交渉、最後にジョシュア陛下にも危害が及ばぬように邪竜様から約束を取り付け、自分の役割はすんだとばかりに記憶を失われたのです。ナイチンゲールも真っ青な献身っぷりです。我々が忘れられるわけがないんです。この場に来ることを許されなかった黒竜はローゼシエが必要とするのであれば火の中水の中駆けつけると言ってますし、我々も同じ気持ちです。手始めに『赤竜様感謝の日』を祝日とすることを議会で決定しました。来月記念式典をするのでぜひ出席してください」


お、落ち着け。と手を前に出してしまったのだが、パーシヴァルは「全て事実です」と綺麗な笑みのまま言った。

またまたシリル君の方を見てしまう。

流石に話を盛ってるんじゃないかと思って。

でもシリル君は苦々しい顔でパーシヴァルを睨んでるだけだった。

ーーー嘘は言ってないってことか?え、じゃあこれ全部俺がやったことなの?


「ーーーそいつ、お人好しすぎない?」


思わず言ってしまっったのだが、三人から一斉に「お前のことだよ」と突っ込まれる。

まじか、記憶を失う前の俺何やってんだ。


何を言えば良いかわからず(覚えてないし!)俺はとりあえず思いついたことを言った。


「ーーー火の中水の中駆けつけるって、今代の黒竜は結構愉快なやつなんだな!」


…言ってしまってから、失敗に気づく。

シリル君が動揺したように椅子から落ちそうになってたし、ジョシュアとパーシヴァルが目がこぼれ落ちるんじゃないかってくらい驚いた顔で俺のことを見てきたから。


知ってるぞ、その反応。

というか今の話からも明らかだが、俺と黒竜は仲良かったんだな?そうだな?


「黒竜のことだけじゃなくてブリテンのことはやっぱ思い出せないみたいだ」


言い訳するみたいに言えば、シリル君があからさまにホッとしたのがわかった。

正面の二人は少しだけ残念そうに、でもわかっていたように頷いている。


「黒竜ーーーではなく、『ライラ』と呼んであげてください。ローゼシエ」


パーシヴァルの言葉に俺は何気なく「わかった」と頷きーーーハッとしてシリル君の方を見た。

だって、ライラってどっかで聞いた気がして。

なんだっけ、最近だよな、聞いたの。


…あ。


「黒竜はライラって呼び名なら、俺の騎士団には入団できないね。シリル君、ライラさんと昔喧嘩でもしたの?」


俺の発言に凍りついていたシリル君が、最後の方でがっくしと肩を落としていた。ジョシュアとパーシヴァルは「違うそうじゃない」と呟きながら首を振っている。

…なんだ、シリル君が嫌いな「ライラさん」は黒竜じゃないのか。絶対そうだと思ったのに。


頭痛が痛いと言った表情のシリル君が地を這うような声で「赤竜様感謝の日ってなんだ」と話の軌道を戻した。

そうだった、パーシヴァルそんなことも言ってたな。


パーシヴァルがそのままの意味だよ?と首を傾げる。


「新しく祝日を制定したから式典を開くの。赤竜様にも是非来てもらいたいんだよね」


どうです?と人の良さそうな笑みを向けられ、俺は深く考えず頷こうとした。

シリル君が俺の腕を叩かなければこの場で俺の出席が決まってたはずだな、うん。


シリル君は俺に向けて「軽々しく返事をするな」と低い声で言った。

俺はすぐに「ごめん」と謝る。

だってシリル君の魔力がすげえ悲しそうなんだよ。理由とかの前にそんな顔しないでほしい。


パーシヴァルがシリル君に向けて「過保護が」と舌打ちしてた。

…お前はそっちが素だよね、そんな気がする。

流れるように言い争いに移行するシリル君たち。

うーん、仲良しだなあ。


「何年ローゼシエを閉じ込めれば気が済むんだよ!4年も待ってやっただろ?!いい加減一日くらい貸してくれよ!」


「お前らがそう言うから友好条約を結んだし、出入りの条件も緩和しただろうが!また譲歩しろってか?押し付けがましいぞ!」


「何が押し付けがましいだよ!ローゼシエのためって言いながらシリル君が嫌なだけだろ?!」


「っつ、悪いか!心配なんだよ!ローゼシエは出かけるたびに心臓やら記憶やら無くしてくるんだぞ?過保護なくらいでちょうどいいんだよ!」


二人して「ローゼシエ」「ローゼシエ」ってひとの名前を何回も連呼すんなよ…。

というかシリル君がこんなに生き生きと言い争うやつ俺以外にいたんだな。


ちょうどそのタイミングでジョシュアが「仲良いなあ」と呟いたので笑ってしまった。俺も似たようなこと思ってたけど、声に出しちゃダメだろ。

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