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当て馬騎士の逆転劇〜こいねがえば叶うはず〜  作者: 橘中の楽
第二章 捨てられた騎士
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第五十八話 長い一日

俺はニーヴの言葉には答えず、リアの手を引いた。


「…まだ、行くとこがあるの?」


リアは嫌そうに顔を歪めていた。

…ごめんなあ、こんな大人の汚いとこ見せることになって。


どれでも今の俺はリアに運んでもらうのが一番速く移動できるので、猫の手を精一杯使って、道案内をする。


急がなけれないけない。

間に合わないなんてことはないと信じたいが、ライラの魔力が竜巻のように荒れ始めている。


リアの浮遊魔法で俺たちはライラの離宮までやってきた。

するとすぐさま最上階の窓が内側から開けられた。

切羽詰まったような声が降ってくる。


「ーーーおせえ!デニス、早く来い!」


俺を抱えたリアがすぐさま上へ飛んだ。

ニーヴが慌てたように「ボクも行く!」と叫んでいたが、気にしていられなかった。

開け放たれた窓が近づいてくる。

俺は待ちきれずにリアの腕から抜け出し、自ら窓枠へと飛び込んだ。


「ローゼシエ?!一人じゃあぶなーーー」


リアには悪いが戦いに巻き込むつもりはなかった。

尻尾でノブを引いて窓を閉めてしまう。

窓枠に着地すれば、すぐさま「デニス、無事か?」とすぐそばから声がした。

視線を向ける。

パーシヴァル様だった。

俺は返事の代わりに小さく鳴いた。

大丈夫だったかと問われれば微妙なラインだが、どう見てもこの部屋の方が大丈夫じゃなさそうだったからだ。

ライラの私室であるはずのその部屋は黒の魔力で埋め尽くされていた。

ジョシュア様の魔力が感じ取れないはずだった。

黒竜…ライラの黒魔力が全てを覆い着くしているようなのだった。


「デニス、ジョシュアが今敵と交戦してる。こっちについてきて」


パーシヴァル様が小さく叫んだ。

返事も待たずに身体強化で走りだした黒のマントを追いかける。

俺たちは壁際を走り抜けた。

顔にまとわりついてくる黒の魔素を払い除けつつしばらく進めば、前方にジョシュア様と背中に庇われるライラの姿が見えてきた。

同時にライラたちの正面に立つ、予想外の人物の存在も目に入る。


警戒して気配を探ったが、幸いにも青竜はその場から去ったようだった。

魔力の痕跡だけが残っていた。

でも、大人しく帰ったわけではないようでーーージョシュア様と睨み合っている敵の右手には禍々しい青魔力を纏った短剣が握られていた。

…殺意しか込められていなさそうな短剣は、どう見ても青竜が用意したものだった。

メッセージは明確だった。

「ジョシュア様を殺せ」ということだろう。

…そして、ここでお前が出てくるんだな。


「ーーーデニス、信じたくないかもしれないけど、ジョシュアと今戦ってるのは…」


俺は「にゃー」ってひと鳴きした。

わかってるよ、って意味を込めて。

パーシヴァル様に見えていて俺に見えてないわけないだろ。

ーーーあえて言葉にしたんだろうけどさ、確認のために。


俺はお前のこと信じてたよ…でも、結局お前は敵国のスパイなんだよな。


ジョシュア様と戦っていたのは俺の元副官エリザベータだった。


ジョシュア様がエリザベータを拘束しようと魔法剣で斬りかかる。

しかしエリザベータもやはり一流だった。

自分へ飛んでくる斬撃には見向きもせず、腕を一振り。

殺意の塊である短剣が重力法則を無視してあらぬ方向へと飛んでいく。


投げるのが失敗した紙飛行機のような頼りない飛行で上へと登っていったナイフを時が止まったように目で追ってた。

ナイフが一瞬止まった。

落下を始める。

ほっと息をつこうとした時ーーー気づいた。

ナイフま自由落下していなかった。

わずかに斜め下へ向かって落ちていた。


ナイフの切先にはライラがいたのだ。


俺は慌ててナイフへ向けて魔力弾を撃ちながらライラの前へと躍り出る。

魔力弾はナイフを掠めていった。

俺は追加で手の平から弾丸を撃ち続ける。


俺の乱入に驚いたライラが戦闘中にふさわしくないくらい無垢な瞳で俺の姿を捉えていた。びっくりしている暇があったら自分に刺さりそうなナイフの防御をしろよ、と思う。まあ、戦闘慣れしてない彼女には酷かもしれないが。


緊張感の足りない彼女の動きに苦笑いしながら、俺は彼女の肩に着地する。

近くの床に刺さったナイフからは相変わらず悍ましい魔力が立ち上っていたので、追加で赤魔法を打った。

一発、二発、三発。

ナイフに籠った青魔力が俺の赤魔力と反発して、甲高い音を立てた。

ナイフは衝撃でひしゃげ、最後には青の光を失ってことりと真横へ転がった。


俺はようやく一息ついてジョシュア様たちの方へと視線を戻した。

エリザベータの戦闘スタイルは常識を逸していて、ジョシュア様がすげえやりにくそうにしているのがわかった。

信じられるか?エリザベータは自分への斬撃を全く防御しねえんだ。

ジョシュア様の斬撃は今だって脳天に向けてまっすぐ伸びていた。

即死間違いなしの斬撃をエリザベータは避けない。

軌道を直前でずらしたジョシュア様も困惑している。

防御の仕草くらい見せろやイカれ野郎が!


エリザベータは格上との戦い方を熟知しているようだった。

取り調べもせずに容疑者を叩き切ってしまうわけにはいかないことをよくわかっていて、自分への致命傷までも読んで、動いていた。


ジョシュア様の斬撃がエリザベータのポニーテールの先を掠め、桃色の髪が切り落とされ、黒魔力の渦に乗って散らばった。

ジョシュア様が再び剣を構えーーー斬りかかろうとしたので、俺は跳躍して、二人の間に割って入った。


「…その魔力、デニスか?危ないぞ、そこを退け」


ジョシュア様はいつも通りにないだ声で俺に忠告してきた。

だけど俺は返事の代わりにベーっと舌を出してやった。


ーーーこいつは俺が留めをさそう。


ジョシュア様から視線を外し、ロングソードをだらりと下げたエリザベータに向き直った。

エリザベータがまるで俺が来るのがわかっていたかのように泣き笑いを浮かべた。


「もう一度会えるとは思いませんでした…ずいぶんかわいい姿ですね」


エリザベータは囁くように呟きーーー嗤った。


「この瞬間を待っていたのです。ーーーあの女から防御が外れる瞬間を」


エリザベータは「転移!」と叫んだ。

背筋を氷が滑っていたように悪寒がした。

悪夢を見ているみたいだった。

反射で足が動いたけど転移魔法で現れる武器など防げるわけがない。


殺意の込められたナイフは2本だった。

ナイフはライラを挟み撃ちするように現れた。

目をまん丸に見開いている彼女は自分に向けられた刃二体してあまりに無抵抗だった。


「「ライラ!!」」


ジョシュア様と俺が同時に叫んだ。

ナイフの刃が彼女に向かって吸い込まれていく。

3センチ、2センチ…。

世界がスローモーションに見えた。

ふざけんな。

何のために赤竜だよ。

エリザベータの暗器の存在に何で気づけなかった?

そもそもライラからなんで離れた?

何でもっと早くエリザベータを殺しておかなかった?


どれほど後悔しても、明確な殺意を込めたナイフは真っ直ぐに黒髪の少女へと迫っていた。

ようやくライラが悲鳴の形に口を開く。

遅すぎる反応。


でも、ナイフが刺さったのは彼女ではなかった。

初め、何が起こったのか、きっと誰もわからなかった。

ライラのいた場所にジョシュア様が立っていて。

その腹部と背中には、青い魔素を垂れ流すナイフがブッスリと突き刺さっていた。


「…う、うそ!ジョシュア?ジョシュア?!」


ジョシュア様はいつだって最強の魔法使いだった。

ナイフの防御が間に合わないと確信してから咄嗟に自分とライラの場所を転移魔法で入れ替えたらしい。


「何で?!どうして邪魔するの?!ジョシュア=シャーマナイト!!」


ライラのすすり泣く声にかぶさって、エリザベータの悲鳴のような声が響く。


俺はひどく冷静だった。

ジョシュア様の腹部から大量の赤い液体が流れ出てるのを横目に見ながら、しもべ魔獣を飛ばした。

…大丈夫、息さえあれば、白金竜様が直してくれる。


「…後から魔力言い値で貸します。至急ブリテンへ着てください。ジョシュア様が死にかけてます」


メッセージを受け取ったしもべ魔獣が城の壁をすり抜けていくのを確認した。

俺はエリザベータへと歩み寄った。


魔力を振り上げた瞬間、エリザベータが跳ね起きてロングソードを下段に構えた。


「ーーーあなたとは、戦いたくなかった!!」


エリザベータは叫びながら斬りかかってきた。

一連の攻撃が素早い上に淀みない。

ジョシュア様とあれだけ打ち合っていたのだ。

全身傷を負っているようだったが、よく観察すれば右手と瞳だけは一切傷ついていなかった。

殺しに必要な部位だけ守ったのだろう。

何がここまでエリザベータを掻き立てるのかはわからない。

それでも、こめかみの傷から流れた血で染められたような瞳は俺だけを見据え、爛々と光を放ち続けている。


初めてみたエリザベータの本気。

剣戟は全てが一撃必殺を狙っていた。

常人に存在する迷いが一切なかった。

澄んだ殺意。ただ機械のように標的を攻撃し続けるプロイセンの暗殺集団。

お手本のように騎士団で剣を振っていたエリザベータは今まで全く自分を見せていなかったのだ。


鳥肌が立った。

知らなかったさ。本気を出したらシリル君並みに魔力あんのかよ!


ーーーとはいえ、彼女にもわかっているだろう。

いくら強かろうが、始祖竜相手には勝てない。

しかも属性まで同じ俺が相手だ。

俺がきてしまった時点でエリザベータが勝利を得ることなど不可能なのだ。


「シールド」


目の前の赤魔法の壁へエリザベータの放った斬撃は全て吸い込まれていった。

打っても打っても当たる気配のない攻撃、形勢が傾くのも時間の問題だった。


「ーーーエリザベータ、もうやめよう」


返事は返ってこなかった。

俺はあえてシールドを解除した。

初めの勢いを失っているエリザベータの剣が目の前に迫った。

俺は魔力を込めた手でそれを受け止める。


「…終わりだよ、エリザベータ」


魔力を込めた。

エリザベータの剣が熱で溶けて、形を失った。

たたらを踏んだ彼女を今度こそ逃すわけにいかない。俺はエリザベータを赤魔法のロープで拘束した。

パーシヴァル様に眴し、すぐさま魔封じの枷をつけてもらいながら、ライラとジョシュアの元へと戻る。

黒い絨毯に血が吸い込まれていた。

ライラは大量の透明魔石をこぼしながらジョシュア様に黒魔力を流していた。


「ジョシュア、死なないで、ジョシュア、お願いだから…」


ライラの横を通り過ぎて、俺はジョシュア様の心臓にそっと前足を置いた。

…さすがジョシュア様、意識を失っていても魔力が循環してるみたいだ。ライラの助けがあるとはいえ、青竜様の魔力に押し負けてないな。

ほっとけば大量出血で死ぬだろうけどーーー白金竜様が転移してくる気配がするから、その心配はないだろう。


俺はそっと二人のそばを離れーーーパーシヴァル様と拘束されたエリザベータのそばへと戻った。

オレンジ色の瞳は虚空を睨んでいた。


「ーーーエリザベータ、なんでこんなことをした」


パーシヴァル様が問いかけた時…なぜか、エリザベータの体が触れられないほどの熱を帯びた。

俺とパーシヴァル様が慌てて彼女から距離を取る。

咄嗟に魔法を手に込めた。

パーシヴァル様が俺たちを守るようにシールドを展開した。

緊張が走った。

でも、魔力の気配はあったのに何も起きなかった。

不審に思った俺たちは互いの顔を見合わせた。

魔力の発生源を調べるために俺がエリザベータのそばへかけよれば、呼吸がおかしそうなことに気がついた。

すぐに口元へ走って耳を寄せる。

エリザベータは喉から水で濡れたような音を立て、苦しそうに震えていた。


「あ゛あ゛」


こぷりとエリザベータの口から血が溢れた。

異変に気づいたパーシヴァル様が「おい!やめろ!」と焦燥の声をあげる。


「やめるんだエリザベータ。魔力の核を使って魔法なんか使ったらーーー」


パーシヴァル様の言葉にーーーエリザベータは血を吐きながら嗤ったんだ。


「心臓がなくなる、でしょ?…知ってる。それが目的」


リン。


転移魔法の鈴の音がして、エリザベータは大量に吐血した。

エリザベータのコゲついた騎士団服が彼女の血で真っ赤に染まった。

ひゅうひゅうと苦しげな呼吸音。

それも徐々に弱まっていく。


魔封じの枷で魔力が使えない状況を逆手に取って自害したのだ。自分の心臓魔力元にして、心臓を身体から転移させることによって。


舞台の幕が落ちるみたいにエリザベータの瞼は閉じていく。

最期の力を振り絞って俺らに呪詛を吐いていったんだ。


「団長…右の胸ポケット。あとーーー黒竜、お前だけは許さな…」


糸が切れたみたいに頬を地面に打ち付けて。

エリザベータは動かなくなった。

真っ青を通り越して白くなったライラが一言も発さずにエリザベータの亡骸を見下ろしていた。


右ポケット?

なんで黒竜を許さない…?


俺は呆然とするしかできなかった。

そのあたりでどこからか現れたシャロンが騎士たちを連れてなだれ込んできた。


「何事?!ーーーって、ジョシュア?!」


蟻が巣穴から出てくるみたいに人が増えて室内に溢れた。

俺は四本足で呆然と立ちすくんでいた。

みんながジョシュア様の傷に動揺したり、エリザベータの亡骸を見て顔を顰めるのを見てた。


シャロンも青ざめながら治癒魔法を使っているようだった。

そのあたりで白金竜も到着した。

切り離されたような思考で「ジョシュア様は助かりそうだな」ってぼんやりと思った。


混乱の中、パーシヴァル様がいち早く冷静を取り戻した。

一名を取り留めたものの意識が戻らないジョシュア様が医務室へ運ばれていった。取調べの邪魔にならないように俺は部屋の隅へ連れて行かれた。

人形のようにエリザベータが写真を撮られ、どこかへ運ばれていくのを黙って眺めた。

事件の後始末が済んだのはすでに夜の帷が降りた時間だった。


パーシヴァル様が「今日はこれで解散しろ」と指示を出す。

緊急対応に当たっていた文官の一人から「事件の詳細は開示していただけないのでしょうか」と疑念の声が上がったが、


「これはPAだ。ーーー必要な情報は後日開示する予定」


とパーシヴァル様が詮索を拒んだため、それ以上の追求はなかった。

最後まで残っていた文官へ騎士たちが、後ろ髪引かれるようにしながらも去って行く。


最後の一人が扉を閉ざした所でーーーパーシヴァル様がこちらへ近づいてきた。

差し出されたのは血で汚れた封筒と便箋。

真っ白な紙には「デニス=ブライヤーズ様」と几帳面そうな字で書かれている。


ーーー見慣れたエリザベータの字だった。


俺は浮遊魔法で封筒を受け取る。

封は開けられていた。


ーーーこれ、読まなきゃダメだろうか。

躊躇いなくライラを殺そうとしたエリザベータ。

ジョシュア様に致命傷を負わせたエリザベータ。


ーーー俺の知っている副官は、紛れもなく暗殺者だった。


手紙を読むのを躊躇していれば、パーシヴァル様が服についた埃を払いながら言った。


「中身はプロイセンで確認すれば?ーーーもう夜だ、帰った方がいい」


パーシヴァル様の言葉で俺の中にようやく時間の感覚が戻ってきた。

パーシヴァル様は俺のことをヒョイっと抱え上げると早足で窓枠へ寄っていった。

ガラス戸がおしあげられ、外の冷たい空気が顔に打ちつける。

パーシヴァル様は身を乗り出して何かを探す仕草をした。

そしてすぐに無言で手招きをしている。


近づいてきたのは双子だった。

…帰ってなかったのか。あれから何時間待っててくれたのか。

俺はパーシヴァル様の手からニーヴの懐へと移された。


リアが俺の咥えている血のついた便箋を見て顔を顰めた。


「…何、それ、ずいぶん物騒なもん持ってるな」


パーシヴァル様が俺の代わりに「ーーー今日はそっとしておいてやれ。デニスも動揺してるから」と返事をしていた。

まだ何か言おうとしたリアの口をニーヴが抑えた。


「…帰りましょう、兄様。話は戻ってから聞けばいいのです」


リアが渋々頷いた。

俺は転移魔法に包まれる気配を感じながら、ふと王宮の奥へと視線を向けた。

黒の大きな魔力の気配がふたつ寄り添いあっているのを確認する。


ーーーさようなら、心の中でつぶやいた。


リアの魔力で俺たちはプロイセンの俺の城へと帰ってきた。

二人を寝室へ送り届け、俺は自分の体へ戻るためにカウチへ向かった。

俺の体の横にはシリル君がいた。

ずっと待っていてくれたようだった。

シリル君は俺猫の姿から元に戻るのを無言で眺めていたがーーー異空間から取り出した血のついた便箋を見て、顔色を変えた。


「ローゼシエ、まさかエリザベータは…」


俺は黙って頷いた。

シリル君がショックを受けていても驚きはなかった。

二人は親しかったし、こんな早い別れが来るとは俺だって思ってなかった。


ーーーでも、シリル君の動揺はエリザベータの死に対してだけじゃなかったんだ。


シリル君はゾンビみたいな顔色で俺の方へと近寄ってきた。


「ジョシュアはーーー死んだのか?」


首を振った俺を見て、シリル君は形容し難い顔をした。

百面相する彼を見ながら傘を取り出して薔薇を咲かせる。

シリル君はゾンビ歩きのままどんどん近づいてきた。

カウチに座る俺の足元、シリル君が崩れるように座り込んだ。

様子のおかしいシリル君に声をかけようとしたその時ーーー


「悪いデニス…。ーーーでももう黙ってるのも頭がおかしくなりそうだから、正直に言う。ジョシュアの暗殺計画を俺は知ってた」


は?


信じられない言葉が聞こえて、俺は傘を取り落とした。

傘がぶつかったシリル君が緩慢に顔を上げた。

絶望しながら赦しをこいたそうな彼の表情がよく見えた。


聞き間違いだよな。まさか、そんなわけがない。


「今、なんて言った?ごめんよく聞き取れなくてーーー」


シリル君は、懺悔するように両膝を地面につけた。

両手を床につけ、頭を床につけーーー見慣れぬ不恰好な姿勢になって、もう一度俺に告げた。


「ーーー何度でも言う、俺はジョシュアに消えて欲しかったんだ!だからエリザベータの計画を止めなかったし、暗殺対象を知っててもデニスに言わなかった!」


マグマの様な魔力が溢れ出たのがわかった。

シリル君に向かっていくそれを見て、俺は最後の理性を振り絞って忠告した。


「ーーー今すぐ失せろ。…殺しそうだ」


シリル君は動かなかった。

地面に頭をこすりつけたまま「いいよ、殺して」なんて呟いている。


ふざけんなふざけんなふざけんなふざけんな。

信じてたのに。

シリル君は俺の味方だって思ってた。

ライラもジョシュア様も、エリザベータも離れていってもシリル君だけはそばにいてくれた。

なのにーーージョシュア様が殺されそうなのを、知ってた?


俺の忠告を無視してシリル君はその場に留まり続けた。

脳味噌が沸騰しそうだった。


「俺のことを裏切っておいて、俺に愛し子殺しの罪まで背負わせる気か!?」


シリル君は返事ができないようだった。

シリル君から聞こえてくる荒い呼吸音で俺の理性はなんとか繋ぎ止められる。

歯を食いしばって、俺は魔力を霧散させていった。

落ち着け、冷静になれ。今殺すのは絶対得策じゃない。何か事情があるのかもしれない。何を聞いても許せる気はしないが、聞かないのはダメだ。


獣のように息を吐く俺の前で、シリル君は黙したまま顔を上げることさえなかった。


静けさを取り戻した室内で、俺は一人になりたかった。

踵を返そうとしてーーーシリル君の「待てよ」という静かな声に引き止められた。


「ーーー待ってくれよ。さっきの手紙どうするつもりだよ。俺のことは殺してもいいけど…エリザベータの動機をお前は知るべきだよ」


エリザベータの、動機?

右手でくしゃくしゃになっていた便箋を見る。

ハッという乾いた笑いが漏れる。

ここに書かれてるってか?

…何を言われたって怒りしか湧いてこない自信がある。


それでも足を止めてしまった俺に向け、シリル君がゆっくりと顔を上げた。

額に髪が張り付いていて、ひどい顔色だった。

ーーーそりゃあそうか、あの濃度の俺の魔力に晒されたんだもの。


青白いシリル君の顔を眺めていれば、シリル君は「聞いてくれるんだな」とほっとしたように肩をすくめた。


俺は無言で放り投げた傘を拾った。

再び黒のベールで覆われた俺のことを見てシリル君は「こんな時まで優しいのかよ」と顔をくしゃくしゃにした。

…シリル君は時々よくわからない。魔力を爆発させて自分を苦しめたのが目の前の竜だってことを忘れたんだろうか?


無言で見つめれば、シリル君が身体を引きずるようにしてソファに移動していた。背もたれにぐったりと身を預けながらーーー「俺がこの計画を教えてもらったのはお前がプロイセンにきたときだ」と語り始めた。


「あいつの暗殺対象はお前だった…だから、お前が瀕死になって、あいつは焦った」


ーーー意味がわからなくて、怪訝な顔になったと思う。

だって、瀕死になってんならいくらだってとどめをさせるだろ?

そんな俺の内心を読み取ったらしいシリル君は「ほんとに気づいてないんだなあ」とほろ苦い顔で笑っている。


気づいてない?

ーーーなんのことがわからなくて、なるほど、気づいていないのだろうと思う。


「あいつはとうの昔からお前のことを、暗殺どころか他の脅威から守ってたんだよ。…上には虚偽の報告をしてたらしい。自分が防いだ暗殺者の行動を、失敗談にように報告してたそうだ。でもーーーお前が瀕死になったことで、ことがバレた」


塞がれていた視界が晴れた気がした。

…そういえば、以前も不審に思ったことがあった。

ーーー青竜に刺された時、あの場にエリザベータがいなかったか?


言葉を失う俺の表情を気にしつつ、シリル君が話し続ける。


「それもそのはずーーーエリザベータの上…ボスは、青竜様だったんだ」


ーーーえ?


「デニスに『嫌な予感』を感じてたらしい青竜様はとにかくデニスを消したかったらしい。それで一向に手を下さないエリザベータに痺れを切らして自分で殺そうとした…ジョシュアの身代わりが必要だってこともあったし、理由も時期もちょうどよかったんだろうな。ーーーまさか、お前自身が赤竜で、邪竜様から手痛いペナルティを喰らう結果になったのは予想外だったみたいだけど」


種明かしをされて、まず思ったのは…ヒントはいくつもあっただろうっていう自分への後悔。今日まで愚かにも気づかず、ジョシュア様が致命傷を負い、エリザベータがいなくなるまで気づかない俺は無能にも程がある。

ただし、いまだに違和感は残る。

今日はいろいろなことを知りすぎた。

頭を整理する必要があった。


ーーーまず、青竜が、俺を殺したかったっていうのに正直驚きはなかった。

…青竜と赤竜の仲はいつだって険悪なのだ。

邪竜様もこの二体のことは諦めてると先代の記憶で俺は知ってる。なんの因果か今は世界の魔素調整のために協力しろと迫られているわけだが、まあ、仲良くしろとは言われてないな。うん。

そんなわけだから人間だった俺を見た赤竜様が何となく「嫌な予感」を感じてしまうのも無理はない。


でも、これがエリザベータの話にどう繋がるんだ?

まさか…


「エリザベータは俺のことが大好きすぎて、青竜様に歯向かったとでも言うつもりか?…エリザベータの体に刻まれた魔法陣は、かなり陰湿なものだ。でも、青竜様の魔力ではない。ーーー他にもいるだろう、あいつの上司は。そしてあの魔法陣がある限り、エリザベータは俺のことを好いていようが嫌っていようが逆らえないはずだ」


だよな?と確認すればーーーシリル君はまあそうだな、と歯切れ悪く頷いた。


「青竜様のペナルティによって、デニスの暗殺任務が達成不可能であることがわかった。だからエリザベータは元の場所に戻るように言われた…でも、あいつはわかってたんだって。感情を殺しきれなくなった自分はもう、以前のような暗殺者に戻れないだろうとーーーだから、上に新しい提案をした。何を提案したかは、まあもう知ってるよな…デニス、お前のためらしいぞ」


俺は、初めて知った。

「お前のため」という言葉がこれほど残酷なものだとは。

俺は拳を握り締めながら「頼んでない」とだけ言った。


俺のために、ジョシュア様の暗殺計画を立てた?

意味がわからない。ジョシュア様は敬愛する元主人で、何より…


「ライラから、これ以上何も奪わないでくれよ…」


ライラの愛する人なのだ。

なんでそんな残酷なことができる?

俺のため?ふざけるのもいい加減にしてほしい。


俺の怒りは予想の範囲内だったらしい。

再び漏れ出る魔力に咳き込みながら、シリル君は「あいつも言ってたよーーー『デニス様は間違いなく怒り狂うでしょう』って」


は?わかってたならなんでそんなことをする?


シリル君は赤い瞳を真っ直ぐに俺に向けていた。

わかるだろ?そう言われてる気がした。


黙っていればーーーまるで死刑宣告でもするように言ったのだ。


「どうせ戻れば暗殺者として数々の禁忌を犯した自分は殺される。それならば、愛する人に憎まれてその手にかかって死にたい…ついでに、邪魔者も消せれば最高。ーーーエリザベータの言葉そのままだ。ひどい愛だよな」


ハッと笑ったシリル君。

でも、瞳は全く笑ってなかった。


凍りつく俺に向けて、シリル君は「俺も全部を知ってるわけじゃないけど」と眉を寄せた。


「決定的だったのはお前の延命処置だったみたいだな。…ありえないくらい医療物資を取り寄せてた。暗殺する気がないのはバレバレだったはずだ」


ーーーもう、やめてほしかった。

俺は頼んでない。

生かしてほしいなんて頼んでない。

ーーーもうやめてくれよ。


「俺は…ライラのことしか考えてないのに、エリザベータだって知ってたはずなのにーーーなんで俺のために、そこまでするんだ?」


その答えがシリル君の言う「ひどい愛」だっていうならーーーもうそれは、悲劇といっていいだろう。

誰も幸せにならないとんだ茶番だ。


言葉を失っていればシリル君が消え入りそうな声で、呟いた。


「エリザベータも俺も…デニスに幸せになってほしいだけ、お前がわかっていればいいのはそこだけだよ。何も背負わなくていい、これは俺らが勝手に犯した罪だから」


ーーーそこでなんでシリル君が出てくる?

混乱しながらも、急に黙り込んだシリル君を見てーーー俺は、慌てて立ち上がった。


黙り込んだんじゃない。

シリル君は気絶していた。

ひどい顔色で、口元からは血が流れ出ていた。


「ーーーやばい、生身の人間の横で興奮しすぎた」


慌てて部屋の隅まで移動する。セーフティゾーン(当然俺からのな)は何メータだっけ、三十メータくらいだっけ。

まずいまずいまずい。

冷たい汗が背中を流れた。

いくらレベルの高い魔法使いであるシリル君であっても、俺の魔力に晒しすぎた。内臓が損傷しているように見える、まずい、早急に手当てしなければ!

慌ててしもべ魔獣を呼び出して、この世界の最高の医者のいる国へと転移させる。

伝言は単純だ。


「一日に何度も悪い。早急にここへ来い。緊急事態だ、来なきゃ消す」


ーーーものの三分くらいでしもべ魔獣に捕まった白金竜が現れた。


「…緊急事態、起きすぎじゃない?」


文句を言いたげな老人の眼差しを全スルーした俺は、シリル君から距離を保ったままで「あれ、治して」とお願いする。


白金竜は一つ頷き、シリル君の元へ飛んだ。

部屋いっぱいに白銀の魔素が溢れる。すぐに治癒魔法を開始してくれるようだ。

白金竜が現れて一分もたたないうちにシリル君の顔色はよくなっていた。


めちゃくちゃ安心した俺は思わず壁にへたり込んだ。よかった、自分の国の王様を殺さなくて。


「ーーー赤竜、お前なんでそんなとこにいる?」


白銀の淡い光を両手に宿したまま、白金竜が怪訝そうな顔をするので、肩をすくめて「怒って殺しかけました」とシリル君を指さした。

怯えた顔をされた。


「怒りで漏れ出た魔力くらいで愛し子ほどの魔法使いを瀕死にできるのか?本気で戦ったらどうなるんだ?」


怯える白金竜には悪いがーーーもう一つやってほしいことがあるんだよな。

俺はわざとらしく白金竜の元へ駆け寄ると「ありがとうございます、さすがです」と胸に手を三回ぶつけた。


「さすが白金竜、治癒魔法は俺の専門外なので来てくれて助かりましたーーーこれほどの治癒魔法だ、お疲れでしょう?さあ、転移先を教えてください」


白金竜は俺のわざとらしい笑みを不気味そうに見やりながら、「用済みだから帰れって?…覚えてろよ、絶対魔力取り立ててやるからな」と恨めしげにいって帰っていった。

呼べばすぐさま駆けつけ、帰りも素直に引いてくれるあたりありがたさしかないな。どっかの害悪青竜と違って非常に有能で親切な老竜だ。


俺は手近にあった毛布をシリル君にかけた。


続いて窓から外へ出る。

一人になりたかった。

屋根の平らなところに腰を落ち着けーーー漏れ出てくるため息をとともに、握りしめていた便箋を目の前へ持ってくる。


「同情したくねえし読まないで捨てようと思ったけど…あそこまで言われちゃあなあ」


一覆うエリザベータは命の恩人だし、と自分に言い訳しながら封筒の切れ目に指を突っ込む。

中には真っ白の方眼用紙が三枚ほど入っていて、皺を伸ばしながら開いてみればびっちりと文字が書かれていた。

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