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当て馬騎士の逆転劇〜こいねがえば叶うはず〜  作者: 橘中の楽
第二章 捨てられた騎士
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第五十七話 粛清

俺は一旦パーシヴァル様と別れることにした。

パーシヴァル様はすぐさま黒竜と合流するらしい。

…ジョシュア様の気配が一切しないのに胸騒ぎを覚えるが、残念ながら今の俺は青竜からジョシュア様を守ることもできないので、別のことをしたかった。


「ーーー何する気だよ、ライラがお前のこと待ってんだぞ?」


パーシヴァル様に答えるために俺は口を開きーーー見事なまでに猫の鳴き声しか出ないのを確認してパーシヴァル様と途方にくれた後、ちっちぇえ肉球を右に左に振り回して、魔力で空中に文字を書いた。


パーシヴァル様が必死に解読している。ごめんて、猫の手で描くブリテン語の何磯ベリーハードだったんだよ…。


「す、ぐ、に、ごうりゅう、するーーーすぐに合流する?…どこいくのか聞きてえけど俺も時間ねえや。ライラの離宮の最上階がターゲットらしい。早く来いよ」


パーシヴァル様はそう言いながらプレートをだしてミシェーラちゃんと共に去っていった。

いつもは宮廷人が忙しなく行き来しているはずの王城の廊下は無人だった。

怪しい黒猫である俺にとっては好都合だがーーーやはり、何かが起きているらしい。


俺は魔力の匂いを嗅ぎながら目当ての部屋へと走った。

階段を駆け抜け、魔法陣を掻い潜りーーー端っこもいいとこ。北向きの窓の薄暗い区域までやってきて、目的の部屋の前で立ち止まった。


ーーー俺はジョシュア様の側妃の部屋の前にいた。

フランク王国から送られたらしい側妃。

どうしても見ておきたかったのだ。

彼女に害をなす存在なのか、それともただの権力闘争の被害者なのか。


俺はドアに耳をピッタリとつけ、中の気配を探った。

そしてーーー自分の予想が悪い方で当たったことを知り、猫の姿でため息をついた。


「…ジョシュア様たちは誤魔化せたんだろうなあ。うまく気配を薄めてあるしなあ」


でも、俺の目は誤魔化せない。

中にいるフランク王国から来たフィメルのには、間違いなく青竜のしもべ魔獣が宿っていた。

…考えるだけでおぞましいが、多分飲み込ませたのだ。小さなしもべ魔獣を。


「ーーージョシュア様が危ない」


俺は猫の姿で駆け出しーーー急に目の前に立ち塞がった存在のせいで、つんのめるようにして止まった。


ーーー出やがったな。


目の前には青い髪の美しいフィメルが立っていた。

ーーー俺のとてもよく知るフィメルだ。


「赤竜、随分と可愛らしい姿になったね?…その状態なら流石に怖くないや。でもこれからの計画をめちゃくちゃにされたら困るから、その依代は消させてもらうね」


青竜の手が伸びてきて、俺は咄嗟に体を捩って逃げようとした。

でも無理だった。

青竜の方がずっと速かった。

首筋を容赦ない力で掴まれる。息がしずらい。

でも気道が狭まってて満足に暴れることもできねえ。


…だからしもべ魔獣を猫なんかにすんなって言ったのに!蛇だったらワンチャン逃げれただろ!


内心彼女へ文句を垂れ流しつつ、「ゲームオーバー」だなと思って大人しく抵抗を止める。青竜は何がおかしいのか舌なめずりでもしそうな顔で「ふふふふふ」と笑っている。


「いっつも威張り散らしてる赤竜がこんなに従順だと気分がいいなあ。あ、そうだ、いいこと考えた」


青竜はそう言って突然どこかへ転移した。

鷲掴みにされた背中の毛が痛かったが…転移魔力が霧散した先が予想外すぎて、俺はぽかんと猫の口を開けてしまった。


「可愛がってもらおうねえ。魔法士団の子達、君にいっぱい貸しがあるんだって」


俺たちがいるのは見間違えでなければ寮の談話室だった。

…騎士団の寮と作りがほぼ一緒だからわかる。

でも、住人は違う。


何故だ、何故青竜が魔法士団の寮なんかに転移する?

呆然とする俺は、周りの騎士団員たちが青竜の姿を見るなり地面に膝をつくのを見守るしかなかった。

誰もが驚いてはいた。

でもその驚きは「誰だこいつは」っていうやつじゃなかった。

「今来るとは思ってなかった」って種類の驚きだった。


つまりは、青竜がここにいること自体は驚くことじゃないってことだ。

そして、魔法士団は自ずと知れた保守派の母体集団だ。


パチン、パチンとピースがハマった気がした。

ジョシュア様を殺せと言ったのも青竜。

側妃を送り込んだのも青竜。

俺を彼女から引き離したのも青竜。


そして今判明したがーーー保守派のバックにいるのも、青竜。


「ーーーぜんぶ、お前がやったのか」


怒りというものは通り過ぎると静になるらしい。

平坦に言った俺を顔の前に持ち上げてーーー青竜がにやーっと笑った。


「やっと気づいたのお?遅いねえ、魔力は多いけどやっぱり赤竜だよねえ」


青竜は笑っていた。

俺は聞いた。なぜこんなことをした?

相当手間がかかったはずだ。

フランク王国からわざわざブリテン王宮へやってきて、人間に混じって彼女と俺の周りをめちゃめちゃにした。


もう、アホみたいに聞くしかなかった。

答えを聞かなきゃ気が済まなかった。

だって意味がわからない。俺たちが青竜に何をしたっていうんだ?


でも、青竜は変わらず笑ってた。

しかも「特に意味はないよ」なんてほざくんだ。


「黒竜があんまり幸せそうだったから壊してみたくなっちゃったんだよね。僕なんて愛し子の生まれ変わりも見つけられないのに、邪竜様の指示を守って、真面目に世界の魔力を調整してあげてんのに。黒竜は愛し子と仲良く結婚までして、もたもたもたもたいつまで経っても成竜化さえしない。ーーー魔力っていうのはねえ、不幸な方が綺麗なんだよお。赤竜もそう思うでしょ?君の魔力はとっても可哀想で、すっごい美しいもの」


絶望、というものが形を取れるとしたら、多分今の俺がそれだった。

せめて「黒竜を恨んでいる」と言って欲しかった。

それがなんだ?壊してみたくなった?不幸な方が魔力が綺麗?


「ーーーお前は、壊れてるんだな」


ポツりとこぼした俺のことを赤竜は突然、ドッチボールの玉みたいに投げた。

狙ったのかはわからないが、俺の行き先にはみたことのあるマスキラがいた。

よく、保守派のお偉方の息子だとかでいっつも威張り散らしてるやつ。

一際太ったそいつの油ぎった顔面にぶつかりそうになって、生理的嫌悪で猫の瞳から涙が溢れそうになりながら身体を捻って何とか軌道をずらす。

ほっとしたのも一瞬、俺は無抵抗で壁に叩きつけられる。

痛かった。

頭を打った。

視界が廻る。

うまく立てない。

前足あたり折れたかもしれない。

壁際でふらふらとしている俺を一瞥した青竜は、魔法士団員たちに向けて命令した。


「ーーー六十分以上かけていたぶれ。時間が過ぎたら殺すかは任せる」


「イエス、ブルードラゴンマジェスティ」というおっさんたちの掛け声を聞いた青竜はどこかへ転移していった。

…いや、どこかじゃねえ。黒竜とパーシヴァル様のとこだ。多分ジョシュア様もいるとこだ。


俺は猫の視線のまま、ぼやけた視界でにじり寄ってくるマスキラたちをみていた。

ーーー結局俺は肝心な時に彼女のそばにいてやれないんだなあ。こんなことになるなら大人しくパーシヴァル様と一緒に行けばよかった。


大人しく捕まるのも癪なので、一発爆発でもしてやろうか。

そんな自暴自棄な思考で魔素濃度を一気に高めようとしたその時ーーー


ーーーリン。

涼やかな転移魔法の音。

ブレる視界に映り込んだ小さな二人の子供。

…普段は頼りないその背中が、猫の視界ではすげえ大きくて広い背中に見えた。


双子は転移するや否や壁際に追い詰められていた俺の元へ一目散に走り寄ってきた。

リアの浮遊魔法で魔法士団の奴らが吹っ飛ばされていく中、鬼の形相になったニーヴが俺の目の前へと走り込んできて、「遅くなりました」と涙声で言った。

ニーヴのちっちゃい手が俺の身体をゆっくりと持ち上げた。

おかしな角度に曲がった足を見たニーヴが「怪我してる」と自分のことみたいに痛そうに呟いた。


「にゃー」


心配しないでという意味で小さく鳴いた。

ニーヴは俺がしゃべれないと気づいたらしく、少しだけ笑ってた。


「母様ったら他人の魔力を乗せる改良までしたのに、言葉はだめなのね」


「おっちょこちょいなのかしら」と笑っているニーヴさんは多分知らない。

君の母様と呼んでる人はね、すっげえ不器用なんだ。

きっと俺の魔力を載せられるように改良したとこで力尽きたんだよ。

目に浮かぶもん「何でもかんでもできると思うな?!」ってキレてる姿が。


魔法士団員らを部屋の隅に積み上げ終えたリアが駆け寄ってきた。

俺の前足を見て「痛そう」と顔を歪めている。


「…前足は直せないけど、この魔力くらいなら吸い取れる」


リアは魔法のセンスは抜群みたいだった。誰に教えられた訳でもないのに、俺の暴発させかけていた赤魔力ときっちり同じ量の青の魔力を練って、ゆっくりと流し込んでくれる。

世界がようやく揺れるのをやめた。

心配そうなに顔を覗き込んでくるリアの鼻先を無事な方の前足でそっと押す。


「にゃー」


ありがとうという意味で鳴いた。

リアが笑った、よかった、通じてそうだ。


「ローゼシエ、どこへ向かいますか?」


俺は咄嗟に魔力で文字を描こうとした。

黒竜の王宮に向かうつもりだったから。

でも少し考えてーーー行き先を変えた。


ーーー俺は一つの決意をしていた。

その決意は俺を俺じゃなくする危険性を秘めていたけど、さっきの青竜と対峙して、俺も覚悟を決めた。


狂ったやつが相手なのだ。

理屈は必要ない。

青竜がなりふり構わないというのであれば、俺も同じように対抗するだけ。


ーーー俺が、デニス=ブライヤーズである間に、やっておかなきゃいけないことをやろう。


青竜は物騒だが、多分ジョシュア様を殺すことはない。

ジョシュア様は愛し子なのだ。わざわざ邪竜様を利用してたことからも自分で殺したくないのだろう。


嫌な予感は消えないが、なんとなく今日は大丈夫な気がした。

さっきの俺に助けが入ったタイミングといい、完全に運が回ってきていた。


今なら、彼女を守ってあげれる気がした。

彼女だけじゃない。

彼女の愛し子ーーー自分が死ぬことで弟がすげえ傷ついてんのにさえ気づかない、鈍感すぎるけど俺にとっても大事な俺らの国王陛下のことも守れる気がした。

彼女もジョシュア様も不器用すぎて、黒竜と国王以外の役を演じられない。

青竜みたいなおかしなやつに目をつけられて、挙げ句の果てにとんでもない犠牲を払わされそうになってる。


でもあいつらを好きにできると思ってもらっちゃ困る。

俺がいるからだ。

俺は彼女の護衛騎士で、クビになろうが、赤竜になろうが、彼女に剣を捧げているのだ。


黒猫の身体を見下ろして、俺は思わず笑ってしまった。

怪訝な顔をする双子にも説明してあげたい。

だってこの身体、色々と不完全なのにーーー攻撃を受けた後に意識のパスが切れて元の体に戻るとこだけは、完璧な精度で魔力が練られてるのだ。

自分だけ安全な場所に戻るなんて俺はちっとも望んでないのに。


彼女はきっと俺に助けを求めたかったのだ。

だからこんなよくわかんないしもべ魔獣を研究してた。

いつでも相談に乗って欲しかった、というのも多分本音だろう。

護衛騎士だった時もよくそうやってアドバイスを求められた。

今みたいに他国の暗殺者が潜り込んだ時とかに。

何故俺かっていうと、ジョシュア様は最強すぎてトンチンカンなことしか言わないし、彼女に至っては戦闘に不慣れすぎるんだ。まともな戦略を練れるのなんて俺くらいだった。


ーーー彼女は俺に助けを求めたかった。

でも、土壇場で方針を変えたのだろう。

絶対に俺が来ないように、工作したのだ。


きっとこの間の黄色竜の後の騒動が原因だな。

俺がプロイセンから離れてシリル君がぶっ倒れた。

俺自身魔力がなくなって数日間寝込んだ。


…彼女は優しい人だ。

だから俺が来れないようにするにはどうすればいいのか、ジョシュア様と二人で話し合ったんじゃないかな。

そして結論がこの猫なんだろう。

俺に助けを求めているように見せて、その実、危険が迫ればすぐに離脱を強いられる。


正直なところ、悪い気分ではない。

…だってこれは、全てを投げ打ってでも俺が助けに来てしまうだろう可能性を、ちゃんとわかってくれていたってことだ。

俺のこれまでの献身はきちんと彼女に届いていたのだろうし、だからこそ遠ざけられた。


青竜に対抗する力なんてないくせに。

ジョシュア様が弱ってて、自分が一番泣きたいくせに。


不器用ながらも必死にもがいて、運命だろうが邪竜様だろうが抗おうとするところ。魔法もろくに使えないのに、杖を棍棒みたいに振り回して魔力ではなく物理でいじめっ子たちと戦ってた学生時代から何も変わってない。


そして俺は、この先も彼女に変わらないでいてほしいと思う。

その未来には、愛し子であるジョシュア様が必要だって思う。


俺があとで邪竜様に頼もうとしていることは、他人からみれば意味不明もいいとこだろう。

俺がずっと、十二歳から欲しかったライラの隣にいる権利。

それを当然のように手にしているのがジョシュア様で、放っておけば半年以内に邪竜様の手によって消されるのだ。


でもさ、舐めてもらっちゃ困るんだよ。

俺のお節介は王宮では有名だかんな?


さあ、護衛騎士、デニス=ブライヤーズの最後の仕事を始めよう。


「騎士団にいない保守派の大御所を片付けたい。方角を見るから外に出て」


俺の歪みきった字で書かれた指示をニーヴが必死に解読している。

まずったな、プロイセン語で書いたからリアがつまんなそうな顔してる。

五分くらいかかってようやく俺は外へと連れ出された。

上へ飛んでもらって、王城を見下ろす。


エリザベータまで動かして、ずっと王宮を探らせてたんだ。

どいつが何をしてきたか、大体のことは把握できてる。

彼女がーーーいや、もういいか。

どうせすぐ忘れる。

彼女なんて呼んで、諦めてるふりもしなくてよくなる。


「ーーーまずは北へ飛んで。あの四階建ての丸い屋根に行こう」


今度はちゃんとイタリア語で書いたから、ニーヴとリアが揃って俺の文字を解読し始めた。

リアが意外にも俺の悪筆を読むのが得意で、さっきよりずっと早く「わかった!北ね!」と言ってもらえた。


「北に何があるんですか?」


不思議そうにしているニーヴの手に「黒竜の敵」と書いてやる。

ニーヴが「おかああさまの敵?」と首を傾げた。


そうだよ。君の「お母様」と呼ぶ子の敵だ。

いうまでもなく俺にとっても。


ライラが言いたくても言わなかったことを、たくさん我慢してきたのも、俺はちゃんとわかってるから。


できれば直接言いたかったな。


今までよく頑張ったねって。

俺が余計なこと言う保守派のやつら全部ぶん殴ってきてあげるから、ジョシュア様と幸せにねって。


頭を撫でたら、泣いちゃったりするだろうか。

意外と泣き虫だしな、俺が死にかけた時も泣いてみたいだしな。

ーーー慰める役はジョシュア様に譲ってあげよう。


リアに連れられ、俺たちは離宮通りに来た。

目的の建物には周りを取り囲むようにして鉄格子の塀がついていた。

門戸の前に立つ。

俺が言葉を発する前に、リアが魔力を魔法陣へと叩きつけた。

目を開けていられないほどの金色の光であたりの光度が一気に上がる。

光の粒子はすぐに消えていき、魔法陣の描かれていた扉が歪んで外れた。

金属製の扉だったものが石畳に叩きつけられ、大きな音がした。

静かだった離宮通りを揺り起こすように、警報音が鳴りだす。

騒ぎを聞きつけた魔法使いが集まってくる気配がした。

でも俺たちは整備された芝生を通り過ぎまっすぐ玄関口へ向かう。

立派な玄関はヴィクトリア時代から変わってないんじゃないかってくらい古めかしく、中の住人が骨董品だと建物まで似てくるのかななんて思う。

ーーー俺がボケッと玄関を眺めていたら、今度もリアが前は出ようとした。

俺は引き止めるようにひと鳴きして、猫らしく軽い跳躍でリアの背中を飛び越え、扉の前に躍り出た。


リアを見て、首を振ってみせる。

リアはキョトンとした後で、「任せろってこと?」と首を傾げた。

大正解だ。

リアたちにはここにいてほしい。

大人の汚い世界なんてまだ見なくてもいいと思うから。


「ニーヴとここにいて。俺は中で用事を済ませる」


空中に魔力文字を書きつける。

「足怪我してるのに」と心配そうに双子が見てくるがーーー心配しないで欲しい。痛みには慣れてるし、足が四本あるから一本バカになってても何とかなる。

それに流石に青竜は無理だったけど、中身は俺の魔力だ。

弱体化していようが、その辺の魔法使いに負けたりはしない。


扉に手をかけ…煮詰めていた魔力を解放する。

風船のように弾け飛んだ扉の先、土煙の中を気にせず突っ切る。


「ちょ、面会予約は…って、え?猫?」


受付のテントで呼び止められたけど、無視して通り過ぎた。


「おいおいおいおい!この魔力…誰だよ、歴代最強の始祖竜(デニス=ブライヤーズ)使い怒らせたやつ…」


猫の姿でもわかるやつにはわかるらしい。

段々と人間に取り囲まれ始めた。

時間も惜しいし、何より面倒くさかったから一番近いやつをとっ捕まえて聞き出そうとしたらーーー一人の老女がストンと俺の前に降り立った。


「探し人はシボーン=パターソンで間違いないな?」


彼女の顔には見覚えがあるな。

パーティーで顔を合わせた気がする。魔法陣の権威だったか。


野次馬根性丸出しで集まってきていた奴らを老女が「下がってろ!この棟を吹き飛ばされるぞ!」と一喝している。

俺は返事の代わりに全身に魔力を流した。

おしゃべりに来たわけではないのは伝わっていたようで、老女が苦笑いしながら、皺々の手をスッと階上へ向けた。


「四階右奥角部屋。シボーンの部屋だ」


俺は段々とこの体の使い方を掴み始めていた。

魔力を流すことで全身の打身にようる痛みが和らぎ、身体が嘘みたいに軽くなった。脳細胞の隅々まで赤の魔素が行き渡っていて、次どの動作をどのタイミングで行えばいいか自然とわかる。


重力を完全に無視しながら空中を跳ね、一直線で四階まで跳んだ黒猫を魔法使いたちがほうけたように見送る。

猫の三角に立った耳に、老女の「だから竜の尾を踏むなと言ったのに」という笑い混じりの呟きがかすめていった。


四階の廊下。

突然現れた猫の姿の俺だったが、どうやら騒ぎは広まってたらしい。

うじゃうじゃ人がいたけど、みんなして壁際にへばりつくみたいにして避けてくれた。


「おいおいおい、なんであんなやばい猫が建物に入っちゃってんの?」

「ばか!大声出すな!猫じゃなくて人間…でもなくて始祖竜だよ!消しとばされるぞ!」


右奥角部屋は黒い扉だった。

ネームプレートに「シボーン=パターソン」って刻まれている。

老女が言っていたのはここか。

背中を弓のように丸め、次の瞬間弾丸のように走り出す。


「え、防御の魔法陣があるのにーーー」


足に魔力を乗せて飛び蹴りで突っ込む。

しょぼい防御の陣の魔力から跳ね返ってきたけど関係ない。

あっさり扉が壊れて、爆音が鳴って、土煙が上がった。


「な、な、なんて野蛮な!?」


知らない人も多いらしいけど、魔法陣って許容魔力量超えると吹っ飛ぶんだ。

爆風に乗って空中を移動し、最後はフローリングの床へと着地する。

標的はあほヅラで俺を見てる。


「こんなことしてただで済むと思って…は?猫?」


俺は魔力を纏わせたまま、ゆっくりと標的に向けて歩いた。

逃げ場のない室内で標的は俺から逃げるみたいに体を引きずっていって、しまいには壁に背中をつけて叫びだした。


「く、くるな!私の青魔法で拘束してやるーーー」


ぐちゃぐちゃうるせえんだよ。

加減間違えそうになるからしゃべんなよ。


返事の代わりに、ガマガエルみたいに緑色の髪を赤魔法で燃やす。

汚い悲鳴が上がってうるさい。

近くに落ちていたタオルを尻尾で掴み取って、口元に向けて飛ばした。

パニックで避けることもできなかったらしい。

せめて鼻くらい守ればいいのに、飛んできたタオルに圧迫されたのか、息を求めるように標的のフィメルは首に手を当てて苦しみだした。

そのうち顔が紫色になり出したのでタオルを燃やして解放する。

死んでは面倒だ。罪がライラに行くかもしれない。

ベシャリと受け身も取れずに転がったおばさんを見て、コイツこんなに脂肪蓄えてて魔物と戦えるのか?という場違いなことを思った。


「ひ!た、たすけ…」


地面を這って逃げようとするから、腹の柔らかそうな場所に飛び乗ってあげた。重力をちょっといじって体重を重くする。


「なんだよ保守派って。名前つければ理不尽なこと全部正当化できると思ってる?それとも国王陛下夫妻は全部許してくれるって思ってる?黒竜の儀のメンバーがどれだけ苦労して今の平和を作り上げたかわかってる?」


猫の姿の俺の言葉は届かないってわかってても我慢できなかった。

子供が子供がってつまんねえことで騒ぎやがって。

青竜に乗せられて妃まで連れてきやがって。


寿命が伸びたのは先代竜からのご褒美なんだよ。

ジョシュア様は五百年くらい、ライラは一千年以上生きるから、あの夫婦は二百年くらいボケっとしてるくらいでちょうどいいのだ。


これだけ痛めつけてるのに、しれっと魔法など練ろうとしてたから、すかさず片手を圧縮した魔力で撃ち抜いてあげた。

立ち上った血の匂い。

フローリングを鮮血の赤が染め上げていく。


「てが!手、手が…!」


こいつ頭おかしい、とうわごとみたいに繰り返す魔法使い。

まだ喋んのかよ。

舌を切るとショック死するからな…。


「俺からすると救国の英雄に訳わかんない難癖つけるやつの方がおかしいよ。同じ立場だと本気で思ってんの?今俺がお前に当ててる魔力、ジョシュア様の最大出力の半分行ってないからな?」


猫の鳴き声が心地よかったのか、泡を吹いて気絶しようとするから、最後に特大の釘を刺していくことにしよう。

俺は文字を書くために手のひらに魔力を灯した。

涙やら鼻水やらでぐちゃぐちゃになった顔面にくっつきそうなほど近く。

一字一句、丁寧に、血のように赤い魔力で文字を書きつける。


「これはなんだ?文字か?『次に王妃の前に姿を現してみろ。ーーー炙り殺してやる』…ヒイイッ」


「わかったか?」


…最後の声は書き付けなくてもちゃんと通じたようで、フィメルは千切れそうなほど激しく首を振っていた。体から飛び降りると、最後に力がかかったらしく、くぐもった悲鳴をあげてフィメルは床に伸びてしまった。


…まあ、死んでないしいいだろ。

次行こう。


視線を上げると、例の老女がドアのあった場所で壁に寄りかかっていた。

魔法士団のローブの中で腕を組みつつ呆れ顔をしていたので「何か?」と一声鳴いてみた。


「ーーーハーバート=ミューとドロシア=ミューの二人は今日非番だ。住所書いてやったから、文官棟には行くな。あそこのもやしっ子たちが始祖竜殿に会ったら気絶じゃ済まない」


彼女の起こした小さな爆風に乗って飛んできたメモをキャッチして…住所を読んでたらすぐ燃えちゃった。

いかん、慣れるに従って魔力の出力が増えてきたな。

まあ、今のメモは暗記したからいいけど。


廊下に出れば、俺を見て魔法士団の奴らが怯えてた。

この程度の仕返しで腰を抜かすなんて…わかってなくて、見えてない奴らが本当に多い。


「頼むから早くいなくなっておくれーーー阿呆が多いのは平和な世の中の証拠じゃないか」


シッシと虫でも追い払うようは仕草をする彼女は…たぶん、理解してる側の人間だった。

最後に「ここまで膿を放置してすまなかった」そう聞こえた気がした。



次の標的が住んでたのは高級なアパートメントだったので、目的物だけ引きづり出して屋上から天然のフリーホールを体験させてあげた。

気絶するたびに叩き起こして投げ落としてってやってたら「もうしません」しか言わなくなったけど、謝れば許されるのなんて学生までだよね。


アパートメントの住人たちが憲兵に通報してたけど、憲兵は猫にいたぶられる魔法士団員を見て首を傾げてた。


「…新手の魔獣か?人語を解するなら今すぐやめなさい、駆除されるぞ」


拡声器の魔道具で告げられる内容に俺は首を傾げてしまう。

駆除かあ。

まあ、外野が騒ごうがどうでもいいから放っておこう。

憲兵じゃあ何人集まっても止められないだろうしね。


「ローゼシエ、強い…」

「当たり前だろ。中身赤竜だもん。容赦ねえなあ、こいつら何したの?」


リアには適当に鳴き声を返す。困った顔が子供っぽくて、可愛らしかった。

そのまま汚れずに大人になれよ?


五人いる保守派の三人を片付けたので再び王宮へと引き返した。

残りの標的は法務省にいる。

保守派のリーダーと右腕的存在。


王宮の裏口に回ると白の煉瓦通りについた。

真っ直ぐ行けば裁判所がある区画だ。その一角に法務省はある。

法務棟は空に突き刺さる三角屋根が目印だ。


通行人の痛いほどの視線を受けながらニーヴとリアに連れられて三角屋根を目指して飛ぶ。

徐々に見えてくる四角い裁判所と法務棟。敷地をぐるりと囲む高い塀。


ーーーさて、どう侵入する?


三メータほどある石造の壁を浮遊魔法で越えられなくはないが、その場合はまず白の壁にびっしりと刻まれた防衛の陣を破壊する必要がある。

他の侵入経路としては、右手の方に見える大理石の門くらいか。

あの二本の石柱がたった白い門が法務棟の唯一の入り口だったはずだ。


内心舌打ちする。

法務省は保守派の総本山であり、部外者に対して非常に排他的だ。

あっさり怪しい部外者を入れてくれるとは思えなかった。

でも、まずは門へ行ってみよう。


ーーーーいざとなったら吹き飛ばせばいい。


双子とともに長槍を持った門番へ近寄っていくとーーー門番二人は赤くけぶるほどの魔力を放っていた俺を見て短く悲鳴を上げた。

クロスさせていた槍を慌てて垂直に戻す。

片方が扉開閉のボタンを押した。

横へスライドしていく石扉。

信じられないことに一言も喋らなくても中に入れるらしかった。


「ご、ご苦労様です!」


敬礼してくる兵士。

双子と猫が法務省の職員に見えてるのだろうか、何だよご苦労様って。

もう一人もなかなかにひどい。

明らかに不審な集団になど関わりたくないとばかりに視線をそらすもう一人の門番。

門番が二人もいるくせに、部外者のデニスたちに対してあっさり扉を開け放ちやがった。

職務倫理観が微塵も感じられない。

が、今は好都合だ。

こんな下っ端はどーでもいい。

保守派のかしらを殴って馬鹿げた争いに物理的な終止符を。

そして俺はライラのとこに行く。


スライドした扉によって開かれた視界。

俺を抱えていたリアがーーー目の前に落ちていた()()()に気づき、「え?」と高い声を出す。


「ローゼシエ、こいつら何?気持ち悪い…」


ーーーなぜか、保守派のトップとその右腕…俺の標的の二人が縄でぐるぐる巻きにされて入り口前の芝生に転がされていた。


…あとで聞かされたところによれば、報復参りが掲示板で拡散されたとのこと。

腐り切った組織だ。膿を切り出すのにも容赦がない。互いの信頼関係など皆無に等しいのだろう。放り出された保守派の彼らは形勢が不利となった途端、俺がくる前から捉えられ、こうして生贄のように差し出されたのだ。


あまりの醜態に、呆れで言葉を失っていれば、保守派のトップのマスキラがロマンスグレーの短髪を振り乱して唾を飛ばす。


「暴力での解決など人間のすることじゃない。真の化け物がーーー」


とりあえず黙らせるために威圧しとくか。

俺の放った熱量にニーヴが横へと飛び退った。

正面から受けなくとも、焼けつきかねない赤魔法濃度。

片方のマスキラはこの時点で意識を落とした。


「あつい!野蛮な…主人が主人なら騎士も騎士だったということだ。二人揃って竜人などという化け物になりやがって…」


感情的に悪態をつくマスキラを見ても、何を言う気にもなれなかった。

今まで、のしてきた全員。

全員が同じだった。

なぜ、俺が憤っているのか全く理解していなかった。

鍛え上げてきた口車を使って罪に反抗し、挙げ句の果てには赦しを乞う。


今度は騎士団長時代の俺の悪行を並べ立てだしたマスキラを見やり、思った。

醜いなあ、と。


エリザベートの調査資料によれば、この保守派のトップのマスキラは皮肉なことに王宮での人望もあるようなのだ。

俺の威圧を受けてもわめき続けているのだから実力もあるのだろう。

五十を過ぎても気品ある立ち姿、穏やかな語り口ーーーその裏に隠されたおぞましい権力欲を知らなければ皆が騙されるのも無理ないことなのかもしれない。


ライラは「ジョシュアのため」という言葉にとことん弱いからなあ。

側妃を連れてくるという無茶な提案にも憤ることなく。

彼らの善意を信じようとしたのだろう。

王妃として、話し合おうとしたのだろう。

心の傷口から流れ出す血に気づかないふりをして、笑顔の仮面で誰にも相談もせず、一人で隠し通そうとして。


「俺だって暴力での解決は間違ってると思うよ」


リアの腕から抜け出して、マスキラへと近づく。


「法での解決なんてお前ら相手じゃ揉み消されるだろ?はじめにルールねじ曲げたやつが文句つけんな」


猫の姿とはいえ怒りは通じたらしい、ついにマスキラが口を閉じた。

察したのだろう。説得はすでに不可能だということを。


黒竜であり王妃でもある彼女には何を言ってもいいのだと思い込んでいる輩もいるだろう。「持っている」存在なのだから自分たちの主張は聞いてもらえるだろうと。「弱い」立場だから多少の攻撃は見逃されるだろうと。


優しすぎるんだよなあ。

本当に、いっつもいっつも。


「ーーーよかったね、最後に蹂躙される側の気持ちがわかって」


お前だけは、許せそうもないや。

黒猫の尻尾が揺れーーー次の瞬間、マスキラが顔色を変えてのたうちまわりだした。


「あ、あのおじさん、どうしたの?」


怯えているリアを連れて、その場を後にする。

…大したことじゃないしな。


ニーヴは何が起きたかわかっているようでーーー沈痛な面持ちで、つぶやいた。


「魔法使いの魔力製造器官を転移させるなんて…いっそのこと殺してあげたほうが慈悲深い気もしますね」

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