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当て馬騎士の逆転劇〜こいねがえば叶うはず〜  作者: 橘中の楽
第二章 捨てられた騎士
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第五十三話 一難去ってまた一難

翌日の早朝、俺は再び黄色竜の洞窟を訪れた。


最奥で寄り添うように寝ていた二人を微笑ましく思ったが…俺にも時間がないので金色の方を揺り起こす。


ーーー昨日の晩から何故かひっきりなしに白金竜の使い魔が飛んでくるのだ。

「至急帰還せよ」の短文付きで。

…当然胸によぎったのは昨日金色の幸運魔法、「不幸になれ」だ。

何かが起きているらしい。

一刻も早く俺は黄色竜を連れてプロイセンへ戻らなければならない。


「起きろー」


肩を揺さぶっていれば、半分だけ金色の瞳が開いた。

そして俺の姿を認識しーーー猫のように飛び上がった。


「う、わ、びっくりした!なんでここにいんだよ!」


金色が叫んだので、白の方も起きてしまったらしい。

未だに体力が回復していないのか、気怠げに体を起こす。

俺と金色が声を重ねて「まだ寝てろ」と言ってしまうくらいには体調が悪そうだ。


「言ったじゃん。明日来るって。ーーーなあ、プロイセンに来いよ。妹もまとめて俺が面倒見てやるから。金色は成竜になったら好きにすればいいよ」


妹はしっかり俺が守るけどな。心臓あげたし娘みたいなもんだ。

ーーーイタリア王国の魔法陣を消してしまったことは後々謝ろう。

不可抗力だったしな。うん。


金色は妹を背中に隠すようにしながら「いやだ、俺たちはここで暮らす」と強情だった。


くそ、あれ言わなきゃダメか?

脅しみたいで絶対嫌だったのに。


敵意しかない目で俺を睨んでくる金色にーーー俺は低い声で言った。


「俺はお前の妹を保護したい。ここにいたらいつ死んでもおかしくない。お前は守るっていうけど、実際殺しかけてるの気づいてるか?」


俺の投げた言葉のナイフで、金色の子供はズタズタになったようだった。

目には涙の幕が貼り、言葉を紡ごうとして失敗したのかひゅっと喉が閉まった音がした。


うわあ、俺だったら絶対こんな大人について行きたくねえ。

内心平謝りしつつ、俺は再び口を開く。


「俺の愛しい人も銀の髪をして、魔力があるのに上手く扱えない人だった。体が弱くて、いつも死にかけで、瞳が金色のところまでそっくりだ。絶対に置いていかない。お前が嫌だと言うなら妹だけでも連れ帰る」


金色竜を一人残していく気なんてちっともないくせに俺の口はそんなことを言った。自分だけ置いていかれるかもしれないという言葉に金色はひどくショックを受けたようだった。

離さない、とでもいうように妹を抱え込んだ子供を見てーーー俺は今度は可能な限り優しい声を出す。


「プロイセンはいいところだよ。魔素が多いから妹の回復も進むはずだ。金色の成長も早くなる。お腹空いてるだろ?こんな魔素の少ない場所は始祖竜の子供には良くないんだよ」


金色の子供は俺の言葉で空腹を思い出したらしい。

腹に手を当てて悲しそうな顔をした。

…わかるよ、魔素欠乏の飢餓感て凄まじいよな。俺も今すぐ魔素を補充してえ。

金色の子供はしばらくの間無言だったがーーー諦めたように立ち上がった。

そして妹を抱え上げると、俺の方に差し出してきた。

「悔しいですがお前には勝てないので守らせてやります」とわかりやすく顔に書いてある。

俺は思わず少しだけ笑ってしまった。

金色は突然笑顔になった俺を見て引いた顔をした。

白の子供を片手で抱っこし、嫌悪感丸出しの金色の顔をあえて無視し、引ったくるように手を繋いだ俺は、二人の子供を連れて洞窟の入り口へ向かって歩き出す。

離せとでもいうように乱暴に繋がれた手を振り回していた金色がーーーもうすぐ出口だって辺りで急に足を止めた。

釣られて俺も立ち止まる。

どうしたんだろう?


「お前の好きな人が白に似てるから心臓をあげたの?」


…子供って、時々確信をついてくるよなあ。


ちょっと口が曲がった自覚はある。でもその通りだったので首を縦に振るしかない。「なんでお前がいじめられたみたいな顔すんだよ、その顔はボクがしたい」と黄色竜は半目になっている。

俺は慌てて言い訳を口にする。


「きっかけは『彼女』に似てたからだけどさ、赤竜の俺と黄色竜のお前がこうやって同じ時代に代替わりして顔を合わせてるんだよ?だからもう少しーーー」


俺のスピーチはすぐさま中断させられた。

黄色竜が低い声で「そういうの嫌いだから本当のことだけ言え」と目を細めたからだ。俺は口をつぐみーーー自然と背筋を伸ばしていた。


「白だけじゃなくて、俺と同じように白を大切に思ってる金色がそばにいてくれたらーーー俺は毎日が楽しくなると思う」


いや、なんだよ毎日が楽しくなるって。

自分で自分につっこむ。

五歳児でももう少しマシなことを言いそうだと思った。

でも、黄色竜は今度はしっかり俺に向き直ってくれた。


「お前、楽しくないの?」


意外だと言わんばかりに黄色竜のまゆが揺れた。

俺は素直に頷いた。


「全然楽しくない。いや、楽しくないじゃ生ぬるいかも。黄色竜は『消えたい』って思ったことある?俺はあるよ。俺しかできないことが山ほどあるから求められるままに動いてるけど、世界が落ち着いたら自分が終わる方法を探すと思う」


いつも通りの軽いトーンでこんなことを言っちゃったから、黄色竜がたじろいだ。俺は慌てて誤魔化すようにヘラりと笑う。


黄色竜は口を数回開け閉めしてーーー俺に繋がれている方の手を見つめた。

頭のてっぺん、綺麗に巻いたつむじが見える。


「白と…ついでに俺がいたらーーーお前は自分が終わる方法を探さなくてすみそうなの?」


うーん、どうだろう。

明後日の方向へ視線を向けて考え込んでいれば、興味深そうに黄色竜が見上げてきた。

金色の瞳は彼女を思い出させる…ああ、そうか。なんでさっきから普段は言わないことばっかり口に出してるのかわかった。俺はこの目に嘘をつきたくないんだ。


「しばらくは…そうかな。でも、多分また同じことを思うようになる、かな」


少しショックを受けたように黄色竜は「なんで」と言った。

風に流れる柔らかな金色の髪に手を伸ばしながら、「そりゃあそうでしょ」と苦笑いするしかない。


「似てるとは言ったけど、白は彼女じゃないんだもの。ーーー今世では諦めてるから、生まれ直して…今度こそあの子の一番になりたいなあ」


ははっと笑おうとしたら、なぜか黄色竜から腕が伸びてきてほおをムニっと掴まれた。

い、痛いなおい!始祖竜君よ、君本気でつねってるでしょ?俺じゃなかったら涙目じゃすまないよ?


「何すんだよ!」って抗議したら「うるさい黙れ」って睨まれる。

なんて理不尽なガキだと思いながら腕を外させる。

いまだに熱を持っている頬をさすってたらーーー黄色竜が「やっぱお前なんて嫌いだ!」と叫んだ。

そのまま腕を振り払おうとしてたが俺だって離さない。

一回言質はとったからな!絶対に連れ帰るぞ!


「金色、転移魔法使うからしっかり捕まっとけよ」


金色は不満げなまま一つ頷きーーー視線だけを一瞬こちらへ向けた。

なんだろうと思って金色のつむじを見下ろしていれば、「金色じゃなくてボクはリラ」と自己紹介が落ちてくる。


心臓が嫌な音を立てた。

感づかれないように慌てて笑みを作る。

リラか…まさかのイタリア語の「ライラック」か…。

まさかの彼女の人間だったときの名前と同じである。彼女とそっくりの瞳を持って生まれた子供が「金色じゃなくてリラって呼べ」と言ってくる。

なんか、偶然だけじゃないのかなと思った。

同じ時期に生まれ落ちた始祖竜という共通点を持ち、「リラ」と名乗る子供が俺の目の前に現れるなんてちょっと信じがたい。


もし邪竜様がわかってやってるなら…あまりにも、残酷だ。

飢餓感を潤すことなんて他のものじゃできっこないのに。


俺が名乗り返すのを待っているだろうリラに向けて、とぼけたように笑い返した。

眉を寄せたリラが「赤竜の名前は?」と聞いてきたのでーーー「赤竜になった時に元の名前は捨てたんだ」とほおをかく。


「赤竜って呼んでよ。あ、赤でもいいよ?」


リラは腑に落ちていなさそうな顔でそうなんだ?と頷いた。

うん、と微笑みを返しておく。

いまだに野良猫並みに塩対応だがーーー甘やかすのは俺の得意分野だ。

片手でリラの脇の下をすくってひょいと抱え込む。暴れるかと思ってたのだが、リラは体を少しだけ強張らせただけだった。きっと他人との接触にまだ慣れないのだろう…まあ、俺が慣らすけど。


俺に黙って運ばれて出したリラに「妹の名前は?」と聞いてみる。


「妹の名前はない。僕が白って呼んでるからそれが名前になるかも」


…再度腹の底から怒りが湧き上がってきた。

片方に名前があってもう一方にはない。

それはつまりわざと名前をつけなかったってことだ。

ーーーこの子達は俺が想像するよりも辛い人生を送らされてきたのかもしれない。


俺はしばらく考えてーーー白の子供の名前は他の人につけてもらうことにした。

絶対プロイセン城で拗ねてそうな王様がいるしな。心臓あげたことはできれば黙っていよう。絶対怒られそうだし。


そんなことを考えていれば、スンスンと抱き上げているリラが鼻を鳴らしている。どうして?と尋ねてみればーーー


「ねえ、赤竜はお花の匂いがするね?」


さすがは始祖竜。ほとんどわからないくらいにしかつけてないのに。


「なんの香り?」と尋ねられたのでーーー「リラの花の香水だよ」と答えておく。


「え、リラって花の名前なの?知らなかった!」


キャッキャと弾む声をあげている子供を見て、少し安堵する。

強い子だ、笑い方を忘れていなかったのだ。

リラが俺の表情を見て、キュッと口を引き締めた。

「こいつは敵なの忘れてた」と言わんばかりの顔だ。

かわいいなあ。


「リラの花好きなの?」


「うん、好きだよ」


何気なく頷いただけなのに、ひゅっと息を呑む声がしてーーー何事かと思って足を止める。見下ろすと、目を飛び出さんばかりに見開いてるリラがいた。


急にどうした?今の話の流れで驚くとこあったか?


リラにどうしたの?って聞いても要領の得ない答えしか返ってこない。

なんだよ意味がわからない。

「白が惚れたらどうしよう…」ってぶつぶつ言ってる。


よくわからなかったので、俺はそろそろ転移魔法を使うことにした。

「至急期間せよ」じゃなかったら飛んで帰ろうと思ってたけど、背に腹は変えられない。


…三人分をこっからプロイセンまでか。

魔力切れで倒れないことを祈ろう。


「ーーーさよなら和国」


ーーーリン


プロイセンの城の一階の草原のど真ん中に無事転移した俺は全身から力が抜けて一瞬だけふらついた。


…しっかりしろ、俺。腑抜けてる場合じゃねえ。

思い出したように疼く抜かれた心臓の痛みに、魔力欠乏による激しい飢餓感のダブルパンチ。

一瞬目が霞んだが、気力で立ち上がる。


「赤、大丈夫?魔力すごい減ってるよ?」


心配してくれている金色の頭に頬を押し付けた。両手が塞がってなければ撫でてやるんだけどな。

「降りる」と言って暴れているリラには構わず三階への階段を登る。子供はまだ寝ていてもいい時間だから寝室に向かうつもりだった。

この状況でもぐったりと目を覚さない白の方には間違いなくベットでの休息が必要だしな。


大きな魔法陣が描かれた扉が見えると、リラが興味深そうに首を伸ばした。

魔力を軽く飛ばせば扉に描かれた魔法陣が赤く光る。リラが「わあ」と声をあげた。ーーーそうか、魔法陣もあんまり見たことがないのか。

滑るように移動した石の扉をくぐれば俺にとっては見慣れた居住スペースが来る。未だに石の扉とそこに浮かび上がった魔法陣を不思議そうに眺めているリラとぐったりと目を閉じたままの白を抱えて、奥を目指す。


俺はキングサイズの天蓋付きベットが見えたあたりで「ねえ、リラ」と呼んでみる。「なんだよ」と唇を尖らすリラ。金色の瞳には警戒心が強く滲んでいた。


「妹を守るためには強くなんなきゃな。ーーーだから、お前が強くなるまで妹を守るのは俺に任せろ」

「いやだ、白はお前になんかにまかせない!」


さっきと言っていたことが違うなと思ったが、見知らぬ場所に驚いたのかリラの小さな手は俺のシャツを鷲掴みにしてるし、今のも精一杯の去勢だろうから俺は苦笑だけにとどめた。

キングサイズのベットの上に抱えていた二人をそっと下ろす。

シャツからリラの手が離れてないなあと思いつつ、白の方に掛け布団をかけてやっていればーーーリラの瞳に水の幕が張っているのに気づく。白の頭の下に枕を差し込んでやった後ーーー繰り返し呟いているリラの頭をそっと撫でる。


「僕が守るんだ…白はいらない子なんかじゃないって、僕が守ってみんなにわからせるんだ」


リラは口では強がりながらーーー必死に俺のシャツを掴んでいた。

「置いていかないで」と言わんばかりの小さな手を包み込めば、無意識だったのかリラの手が引っ込んだ。


「な、なんだよ!掴まってたんだよ!落ちそうだったから!」


チワワのように吠えるリラに向けて俺は「静かに」とジャスチャーした。

リラが慌てて口に両手を当てた。そうだよ、妹が寝てるんだからな?


「…いつでも掴まっていい。お前は頑張ってるよ、お前が寝てる間は俺が妹を守る。それでいいか?」


リラは「ずっと僕が守る!」と控えめに叫んでいたがーーー眠気が襲ってきたらしく、小さく口を開けてあくびをした。


「疲れた?」


俺の問いかけに、リラは少しだけ悔しそうにしながらーーーほんの僅かに頷いた。


「リラも寝てたらいいよ。寝てる間は守ってあげるから」


頭を撫でれば振り払われる。

苦笑いしながら枕を手渡せばーーー渋々といった具合に受け取って、お腹を見せない野生動物みたいに俺に背を向けて丸くなった。

妹の方でくしゃくしゃになっていた布団を引っ張ってリラにも布団をかけてやっていれば、聞き逃してしまいそうなくらい小さな声でリラが言った。


「仕方ないから寝てる間は白もボクもお前に守られてやる」


それだけ言って頭まですっぽりと布団をかぶってしまったリラ。

でも、小刻みに揺れている体と鼻を啜るような音はちっとも隠せていない。

いくら始祖竜とはいえこんな小さな体で一人で戦っていたのだ。

寂しかったのだろう。

妹を守る小さなナイトに敬意を示すべく、俺は何も気づかないふりして黙って二人に洗浄の魔法をかけてやる。


「お前らサイズのパジャマないから今はそのまま寝とけ。ーーー後で買いに行かせなきゃな」


静かに泣いていたリラだったが、あっという間に眠ってしまったようだ。

…始祖竜は眠らなくていいはずなので、やっぱりこの子はまだ成長しきっていないのだろう。


「おやすみ、リラ」


俺はとびっきりの防御魔法を二人にかけーーーめまいと激しい頭痛を訴える頭を軽く振って、外へと歩き出した。


「ーーー白金竜のとこに行かなきゃな」



俺は山の中腹に建つプロイセン本城に来ていた。

何度もしもべ魔獣を送ってきた白金竜に加え黒竜までがそこにいる気配がしたからだ。


浮遊魔法で飛んできた俺を見て、白金竜は開口一番ーーー


「遅い!」


と叫んだ。しかし、俺の顔色があまりにもよろしくなかったらしく、最上階の窓から引っ張り込まれた後で、治癒魔法をふりかけみたいに頭からかけられた。


「すっからかんじゃん!赤竜大丈夫?」


大丈夫か大丈夫じゃないかの二択で聞かれれば多分大丈夫じゃない。

頭痛吐き気立ちくらみが最悪のレベルで一気に押し寄せてきている。


でも、そんなことはどうでもいいので「静かにして、頭に響くから」と片手を上げた俺。

白金竜が声をひそめながら「…呼び出して悪いね」と謝ってくれた。


「ベルギー国の方は異常がなかった。…赤竜が一番『幸運魔法』の影響を受けそうだと思ったけど今は確かめようもなくて」


確かめようもない?

白金竜の言い回しが気になって、俺の眉間に皺がよる。

「ついてきて」と手を引かれた。

魔法陣の書かれた扉をくぐる。

この先はシリル君の寝室ではなかったか?


奥の天蓋付きの大きなベットの前には、黒竜とジョシュア様が立っていた。

何やら深刻な顔で話し込んでいた二人は、俺たちの来訪を知り、はっきりと安堵した顔になった。


「よかった!戻ってきたんだね、デニス!」


駆け寄ってくる彼女は口調とは裏腹に強い力で俺の右腕を取ると、有無を言わせぬ力でベットまで連行した。

舞台の幕でも上げるように「見て」と体を逸らされる。


ーーーそこにいたのは、他でもないシリル君だった。


いつも通り顔色悪く眠るシリル君は若干うなされているようだった。

しばらく寝顔を眺めていたが…後ろ三人の視線を感じていたので、振り返る。


「ーーー?シリル君がどうかしたのか?」


しかし、俺の発言はよろしくなかったらしい。

白金竜と黒竜が打ち合わせしたみたいに同じ顔ーーー簡単に言うと憤怒の表情で「はあ?!」と言った。

え、なんで怒ってんの?


意味がわからずにジョシュア様に助けを求めてみた。

夜色の瞳は今日も凪いでいた。

そして俺と視線が合うと少しだけ目元を下げて「デニス」と呼んでくれた。

…だめだ、この人周りが怒ってようが泣いていようが気にしないタイプだった!!


俺とジョシュア様が呑気にアイコンタクトしていたのがさらに怒りに火をつけたらしい。白金竜に「よく聞きなさい」と低い声で言われる。


思わず背筋を伸ばせば、氷点下の眼差しが向けられた。


「シリルは自分を酷使しすぎだ。いくら愛し子で丈夫だからって限度がある。ジョシュアが来なければ魔法陣に魔力を吸い取られすぎて昏睡、最悪命を落としていたぞ?」


…え?

慌てて振り返る。

シリル君はいまだに苦しげな表情で寝ていた。

俺が国を離れるためにそんなに無茶してたの?

そんなの一言も…


「何も、俺、聞いてないよ…」


呆然と呟けば、今度は黒竜の方から「だろうね」とため息に叱責を混ぜた言葉。

彼女の方へ振り向けば、桜色の唇をへの字に曲げて俺を睨んでいた。


「シリルは周りに頼るのが苦手なんだよ。…デニスを手放したのは私たちの責任なのに、罪悪感を感じてるみたいだし」


黒竜の言葉には俺も思い当たる節があった。

ことあるごとに俺がブリテンに帰らなくていいのか心配してるし(帰ってほしくなさそうなのにな)、「自分の気持ちに正直になれ」みたいなことも何度も言われてる。


黙り込んだ俺に、今度はジョシュア様までもが「シリルはーーー」と話し出した。


「シリルはまだ私とライラに怒っている。今回の手助けも『こんなんで自分たちがデニスにやったことが許されると思ってんのか?』と本気で怒られた。『あいつは優しいからすぐ許すだろうけど俺は絶対にお前らの仕打ちを忘れない』とも。…我々はシリルのためにもなると思ってデニスを渡したのだが、そんなことを言えば戦争になりそうでやめた」


…国の代表同士の喧嘩って戦争になるのか。物騒だな、おい。

にしてもお人好しがすぎるぞシリル君。

全ては俺が弱すぎて青竜にやられたことが原因なのに。


「白金竜はシリル君の治療をしてくれたの?」


俺の問いかけに白金竜は頷く。

なんでもーーー


「珍しく邪竜様の方からコンタクトがあったんだよ。『プロイセンの愛し子が危ないから助けろ』って。…変な話だとは思ったが邪竜様を無視はできないからな。老体を引きずってやってきたさ」


邪竜様がなぜシリル君を?

いまいち腑に落ちなかったのだがーーー背後で「ローゼシエ?」と呼ばれたので、考え事をやめてシリル君の枕元に片膝をつく。

話し声で目覚めたようだ。

ゆっくりと起き上がる背中に手を差し入れる。

汗でじっとりと濡れていた。

体温が高いように感じる。魔素の制御がかなり乱雑になっているようだ。


シリル君は焦点が定まっていない様子だったが、俺の頬に手を伸ばし、顎へと指を滑らせ、鼻の頭をつんと突いた。

そして心底安堵したように「よかった、帰ってきてくれた」と泣きそうな顔で笑った。


…やっぱり俺は帰ってこないと思われているらしい。

信頼されてたらこんなふうに泣きそうな顔はしねえよな。


魔力が流れてはいけないのでそっと手を外し、布団の中に戻させる。

徐々にはっきりしてきた紅い瞳をしかと見据えて、言ってやる。


「言ったでしょう?俺は赤竜だからプロイセンに帰ってくるって。何度言えば信じてくれるんすか。ーーーしかも死にかけたとか言うし」


「そこまで頑張れって言ってないんですけど」とい台詞が若干責めるような響きになってしまったのは許して欲しい。


でも「俺のことも心配してくれるだ」なんて嬉しそうに言わないでもらえるかな?!


「あなたを幸せにするって言ったでしょ?…勝手に死にかけるとか許してないけど」


不満を顔で表してやれば、シリル君は気まずそうに視線を揺らし…「いけると思ったんだよ」と言い訳を述べた。


「ローゼシエの魔素からの愛され方を舐めてたっていうか。想像以上についていった魔素が多くて、俺の体から足りなくなった分が引っ張られたんだ。癪だったけどジョシュアが来てくれなかったら、魔法陣の上に倒れ込んでお陀仏だったかも」


「危なかった」と飄々と語るシリル君の頭に思わずチョップした。

いや、だって、黄色竜探しに行ってシリル君に何かあったら本末転倒じゃん!


「危なそうなら先に言っとけよ!三時間ならいけるって自信満々だったじゃん!」


俺が叫べば、シリル君も負けじと「はあ?!」と目を釣り上げた。


「お前がいけないんだよ!どこに自分が動くだけで空気中の魔素の九割持ってく生き物がいるんだよ!人間にだけじゃなくて魔素にもモテモテかよ!俺がいけないんじゃなくてお前の規格外さが異常なんだよ!」


ゴホン!

不毛な言い争いをしていれば、宥めるような咳払いが聞こえた。

揃ってそちらに目を向けた俺たち。


白金竜が再度咳払いをして、シリル君へと歩み寄ってきた。

俺は「邪魔」と言って押しのけられる。ちょっとひどい。


白金竜は手に白銀の治癒魔力を纏ったまま、シリル君の頭から爪先まで触診をしていた。

じっくりと診察した後で「だいぶ回復したな」と頷いている。


そして白金竜は俺の方を見た。

なぜか迷惑そうな顔で告げられる。


「赤竜、お前もうこの国から出るな。シリルも言ってたがお前が魔素を連れ歩くせいで皺寄せがシリルに行ったんだろ」


言い方はどうかと思ったが返す言葉もない。

だから俺は素直に頷こうとしたのだが、なぜか被せる勢いでシリル君が否定する。


「もうちょっと待ってくれればローゼシエは外に出られるようになる!ジョシュア、半年後だよな?絶対魔法陣の改良を間に合わせる、何があっても」


決意も新たに拳を握っているシリル君。ジョシュア様と彼女が戸惑ったように俺の方を見た。問いかけるように。

…俺は正直何も言えなかった。

シリル君のことは大事だ。でも、ジョシュア様が瀕死だって告げられたら放っておくのも無理だ。


ぐるぐると考え込んでいれば、白金竜は呆れたように「強情だな」と首を振った。


「ともかく、シリルは元気にやってくれ。邪竜様がなぜか気にしてるみたいだから。ーーー私は帰る。赤竜、私をベルギーまで飛ばせ」


…俺すでにすっからかんって言われてんだけどな。

でも白金竜のほうが魔力残量が少なそうだとすぐに気づく。和国とベルギー、ベルギーとプロイセンの転移は老体には厳しかったらしい。


俺は亜空間の中にしまっていた赤魔石を十個ほど飲み込んで魔力補給をした。

白金竜には借りができたな。頼まれていた魔力、少しくらいなら貸してもいいかもしれない。


「ーーー白金竜、シリルを直してくれてありがとう」


俺のお礼に白金竜は「別にいい、邪竜様の頼みだ」と首を振った。

ただ「ちゃんと見ててやれ、人間は脆いぞ」と釘も刺されたが。


ーーーリン。


白金竜を飛ばした後、俺は猛烈に眠気が襲ってきたのがわかった。

ふらふらとシリル君の眠っている寝台へと足が引き寄せられる。


「ちょ、ローゼシエ?どうした?大丈夫か?」


シリル君が慌てて体を退けてくれたので、俺は空いた空間に体を滑り込ませて、シリル君に間違っても触れないように奥の方で体を丸めた。

薔薇の蔓が繭のように俺を隠していくのを見届けてから、さあ眠ろうと思ったところでーーージョシュア様が「ずっと気になってたのだが」と戸惑ったように切り出した。

暗転しそうになる意識をなんとか繋ぎ止めた。ジョシュア様がこんな風に動揺しているのは珍しいから。


「何?ジョシュアどうしたの?」


愛しい声がする。シリル君も「お前がそんな感じなの珍しいな」と呟く。

ジョシュア様はずいぶん言いにくそうに「ああ、うん」などと歯切れ悪く言い淀んでいたのだがーーー

シリル君が「勿体ぶらずに言えよ。キャラじゃねえだろそういうの」と本気でキレ始めたので、ジョシュア様は観念したように言った。


爆弾発言を。


「ーーー気のせいじゃなければ、ライラとデニスの子供がいないか?デニスの城のあたりに」


「は?」と人を殺しそうなシリル君の低音。

彼女の慌てたような「いや、これにはいろいろ事情があって」という早口の叫び。

ジョシュア様は「…事前に一言くらい言って欲しかった」と少しずれた発言をかます。

ーーー俺の意識はここでブラックアウトした。


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