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当て馬騎士の逆転劇〜こいねがえば叶うはず〜  作者: 橘中の楽
第二章 捨てられた騎士
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第四十九話 なんでここに?


「やっと静かになったな!」


…お前がいるから静かじゃねえんだよ。ジョシュア様といい、白金竜といい、次から次へとみんな押し寄せてきやがって。

腹いせに自分に使っていたバインドの魔法を解除する。

魔力の漏れ出しを防いでた手袋もさっさと外した。


「人間のためにわざわざ魔力を抑えてたのか。お前も難儀なやつだな」


手袋に洗浄魔法をかけていればそんなことを言われる。

帰ってくんねえかなあ。なんで普通に世間話始めてんだよ…。

俺が寝すぎるせいで起きてるとみんなこぞってやってくるのでは?という考えが浮かんだが蓋をしておく。


「ところで薔薇のローゼシエっていうのはお前のことか?」


「……自分で決めたわけではありません」


白金竜様は「そうだろうな」と静かに頷いた。

俺にへばりついたままで。

まるで少しでも離せば逃げると思ってるようだ。


「人間というのはたまに妙な名をつける。お前の魔力を見ておいてローゼシエとは笑わせる。軍神マルス(クリークスゴット)とかの方が似合ってると思うぞ」


俺は白金竜様の腕をそっと引き剥がして「中へ入りましょう」と提案する。


「お、老女をエスコートしてくれるのか?」


…。

仕方ないな。


「お手をどうぞ、マイレディ」


…決してクリークスゴットがカッコよくて気分を良くしたわけじゃない。

あれだよ、年長者には敬意を払わないとな?


魔法陣の扉を潜って3階のウェイティングルームへ上がる。


手を引かれ意気揚々とついてきた白金竜にはソファに座ってもらって、俺はカウチに寝そべる。

…魔力欠乏の飢餓感が一気に押し寄せてきて、あくびを噛み殺した。

疲れたな。

白金竜は首をこちらへ向けて、


「紅茶が飲みたい」


などと言ってくる。面倒だったがゆっくりと体を起こした。

寝ちゃいそうだったし。


でも、茶葉ってどこにあんだろな?

エリザベータがいればこういう時アイコンタクトだけで用意してくれたのに。

髪の毛を無意識にかき混ぜていた俺だったが、しもべ魔獣を用意して「ファルコを連れてこい」と命じた。


「城まで用意させておいて使用人はいないのか?」


不思議そうに聞かれるがーーーしょうがないだろ。


「俺の魔力は強すぎるみたいで、生半可な魔法使いではこの城に長くとどまることもできません。白の人は近づくことも難しい。使用人どころか側近を見つけるのも一苦労です」


白金竜が「そうなのか」と驚いたように言った。「聞いたことがない事例だ」とも。


「青竜も人間には怯えられるとこぼしていたがーーー赤竜はやはり規格外か。苦労も多そうだな」


答えることはせずに再び横になった俺を観察していた白金竜様が浮遊魔法で宙を飛んで近寄ってきた。


ソファに顔を埋めていれば、頭上に手をかざされた気配がする。

白金竜はそのままの姿勢でしばし沈黙し、


「ーーー魔力が足りていないし、精神の疲労も凄まじい。赤竜化してからそれなりにたつだろう。何故魔素を補充しに行かない?」


「どうりで眠ってばかりなわけだ」と言いながら背中を軽く叩かれる。

何故ってそりゃあこの国から出られないからだけど、白金竜は治癒だけでなくて診断までできるのか。お医者さんみたいだ。


「国外に魔素を補充に行きたいよ俺だって」


そこまで考えて、ピンときた。

せっかく和国に行くために外へ出るのだ。一緒に魔素も取り込んでこよう。


顔を上げて直視すると若干眩しい白金竜と視線を合わせる。


「俺が腹一杯になるくらい魔素が豊富な地域ありませんかね?」


白金竜は間髪入れずに「イタリア王国の王都」と応えた。


「竜大国の首都はいずれも魔素溜まりに作られている。守りの魔法陣を動かすのに都合がいいからな」


そうだったのか。

俺はブリテン王都の生まれだから、プロイセン王都に来てもそこまで違和感はなかった。思い返してみれば地方に行くと魔素が薄かったかもしれない。


でもなあ、イタリア王国かあ。


「これから黄色竜を捕まえに行くんで、そいつに聞いてからの方がいいですね」


腹減ったなあと思っていれば白金竜に肩を揺さぶられた。


「本当に黄色竜を見つけたのか?!」


興奮のあまり魔素がチラついてんぞ。


「そうだけど」と頷いてやればーーー白金竜は拳を天に向かって突き上げた後で、「ボクもいく!」と言い出した。


「ベルギーの浄化を手伝ってもらいたいんだよ!黄色竜とも仲良くならなきゃな。…そういう大事なことは早く教えろ、危うく知らぬまますぎるところだっただろうが」


おでこを叩かれる。

手のひらがおでこに当たった瞬間、ドーンと石をぶつけたような馬鹿でかい音がした。


「ーー痛いな、俺じゃなかったら頭蓋骨陥没する威力だったぞ?」


「阿呆が。赤竜の魔素濃度で傷などつくわけなかろうが。いつ行くのだ?」


「二日後」


「あいわかった。目的地は?」


来るの決定かよ。白金竜はすげえ目立つから、和国の奴ら泡吹いて倒れんじゃないの?


「赤竜だってボクがいた方がいいだろう?黄色竜を見つけて何か異常があっても何もできないじゃないか。治癒も浄化もからっきしでいつも泣きついてくるくせに」


…何も言えねえ。しかも白金竜のいう通り黄色竜は何かの状態異常になってる可能性は高い。

遠くてはっきりとはわかんないけど、魔力の感じが弱々しいんだよな。長い間イタリア王国を離れてるから弱ってるのかもしれない。魔素薄そうだしな、和国。


俺が渋々同行を許可すれば白金竜は「最初から素直にそう言え」とニマニマしてきた。…老人じゃなきゃ殴ってたな。


「…ところで黄色竜の元へ行く前にベルギーの魔法陣を描いてくれぬか?」


…はい、この竜が来た目的が判明しましたよ!

すっかり忘れてたわ。守りの魔法陣をかくために魔力よこせって言われてたんだった。


「いやだけどな」


「なぜ?!」じゃないんだよ。なんで魔力やらなきゃいけねえんだよ。

自分でさっき言ってただろ?俺の魔力が足りてないって!


「我がままを言わないでくれ。確かに魔力は足りていないんだろうが、半分たりてない状態でもボクよりはずっと多い。ちょっと分けてくれるくらいいじゃないか」


わがままを言うなって白金竜だけには言われたくねえよ…。

ため息をつきつつも透明魔石を探してしまう。

…白金竜にはお世話になってるし、協力くらいはしたいんだよな。


「具体的にどんくらい分けて欲しいの?」


「そうだな〜今持ってる魔素量の半分くらいでいいぞ!ギリギリ足りるはずじゃ!」


いやに決まってんだろ?!びっくりだよ、俺とお前のちょっとの認識が全然ちげえよ!


「ケチだなあ。いいだろう?二割残ってればギリギリ起きてはいられるぞ?」


「俺を寝たきりにしようとするなよ。…二割も必要なら満タンになったあとだ。この国の魔素だって足りてねえのに」


白金竜は納得がいかないらしく、「先延ばしにするなら三割くれ」と言ってきた。なんで増えてんだよ!


「…帰れ!」


白金竜は「いやだ!」とまたすがりつこうとしてきたが。今度はさっさと転移させた。



二月の十四日。

和国への出発の日。

三徹目だというシリル君がひどい顔色で離宮にやってきた。

付き添いでやってきたのがガマガエル…じゃなくて、宰相のヴィルヘルムだ。

ヴィルヘルムが入り口付近で最敬礼をする中…夢遊病のような足取りでシリル君が近寄ってきた。


「ローゼシエ…なんとか三時間は確保した。行くときに言ってくれ」


言い終わるなり床に崩れ落ちたシリル君を見て、俺は慌てて頭上に傘を広げた。

飛びよりつつ内心悪態をつく。

入り口付近に立ってるヴィルヘルムも動けよな…「これはこれは大丈夫ですか?!」ってわざとらしく驚く振りはいいからさ!


床に頬をつけてしまっているシリル君を浮遊魔法で引っ張り上げる。

口元に手を当てて、ちょっと安心だ。寝てるだけみたいだった。


「…どんだけ自分のこと酷使してんだよ」


苦々しく呟けば、ようやく近寄ってきたヴィルヘルムが「まったくです」と頷いている。


「ローゼシエが国を離れる間、魔法陣につきっきりになるそうで。魔法陣の完成だけでなく、緊急の仕事も全て片付けておられました。この三日ほどは執務室と魔法陣のある地下を数刻ごとに往復していましたよ。…いつもこれくらい熱心に執務に取り組んでくだされば、反王族派も減るでしょうになあ」


…なんだその話、聞いてねえぞ。

魔法陣の書き換えって聞いたから空気中の魔力を取り込めるのかと思ったのに違うのか?


「おかげでこの老ぼれに国王代理の重責が回ってきたわけです。あの政治家気取りの王子にやらせれば良いものを」


…政治家気取りの王子ってハインリヒ王子のことだよな?

宰相と反王政派も仲が悪いのか。泥沼だな。

考え込んでいれば、ヴィルヘルムが「ローゼシエ、お久しゅうございます」と話しかけてきた。

今日も相変わらず背筋が凍りつきそうな視線を向けてくるヴィルヘルム。


「薔薇の花は枯れますがーーーローゼシエは100年経っても美しいのでしょうな」


ーーーじゃねえんだよ。見んな、俺の中の何かが減っていく。


ヴィルヘルムは俺が嫌がるのを心底楽しそうに眺めていたがーーー急に、真剣なトーンで言った。


「反王政派に揺さぶりをかける過程で気になる話が。ーーー隣国ブリテンのジョシュア=シャーマナイト王の余命が短いという噂は本当ですか」


どくん。

7つあるはずの心臓が全て止まった気がした。

不自然に落ちた沈黙を見て、ヴィルヘルムは「やはり本当なのですな」と顎に手をやった。


「暗殺者たちがあの伝説の愛し子を弱っている隙に手にかけようとはしゃいでおりましてーーーローゼシエの機嫌を損ねてはいけないと思い、私めで止めておきましたが、やけに皆が口を揃えて噂を口にするので確認したくなったのです。…病気か何かですか?」


黙って首を振る。

ジョシュア様が病気になんてかかるわけないだろ。あんなに魔力で溢れた人を蝕める病魔なんてねえよ。


ヴィルヘルムは答えを知りたそうにしていたが無視した。

邪竜様の話は完全なタブーだ。愛し子のシリル君にも言っていいのか迷ったのに。


「…何やら、教えてもらえない事情があるのは察しました。


「ーーーそうしろ。知っただけで命がなくなる話も存在する」


ヴィルヘルムはブヨブヨのお腹を揺らしながら「怖い怖い」と笑っている。

…なぜそこでそんなに楽しそうなのかは、聞かないでおこう。


「ローゼシエはジョシュア=シャーマナイト王と旧知の仲でしょうから複雑ですか。我が国としてはこれ以上ない吉報ですがな」


あいつ一人のせいでブリテンの国力がありえないほど上がりました、と苦々しくこぼしたヴィルヘルム。

さすがジョシュア様だ。他国にまで畏れられているとは。

…と言うか、妙だな。


「お前はジョシュア様と俺が決別したとは思ってないんだな」


俺の言葉にヴィルヘルムはなぜか声をあげて笑った。

唾が飛んできそうでさりげなく一歩下がった俺にーーーヴィルヘルムがニヤリと笑いかけてきた。


「ついこの間夜の森で楽しそうに密会していらしたじゃないですか。敵対国になった我が国に単身で乗り込んでくるジョシュア=シャーマナイト王にも呆れましたが、ローゼシエ自ら手を引いて森へ転移していったと聞いて己の耳を疑いましたとも。ハハハハ、主従の絆とは美しいものですな」


…全部知ってやがる!

密偵とかこの城の周りに配置してやがるな?


「監視とはいい度胸じゃねえか」


少し魔力を揺らして言ってやれば、ヴィルヘルムがすぐさま跪いた。


「お許しをーーー貴族の中には、ローゼシエがいつも何をしているかどうしても知りたいという愚か者が殊の外多いのです。…この老ぼれの仕事の一環だと思ってお見逃しくだされ」


禿げ上がった後頭部を睨みつけていた俺だったがーーー分裂しまくってる貴族をどうにかしろと言う無茶な命令をしている自覚はある。密偵くらい我慢してやった方がいいのか?


「ーーー貴族に報告するときに俺のとこにももってこい」


苦肉の策のつもりで行ったのに、ヴィルヘルムは喜色満面の笑みで「喜んで!」と顔を上げた。

ーーーなんでそんな嬉しそうなんだよ!おっさんの緩んだ顔すげえ怖いよ!


…問いただせば、この城に来る口実ができて嬉しいそうだ。


「ーーー別に部下に届けさせてもいいけど」


むしろそうして欲しい。


「何をおっしゃいますか。ローゼシエの情報は全てが機密。私めがお持ちしますとも…ひひひひひ」


ーーー有能じゃなきゃクビにしてんぞ!絶対俺が嫌がるのわかっててそう言う笑い方してんだろ!部下の前じゃ普通に喋ってんの知ってんだぞ!


ヴィルヘルムはすぐさま帰っていった。

忙しいらしい。国王がこんなとこで伸びてるわけだし、そりゃあそうか。


シリル君をソファに運んだ俺は、パレスに転移することにした。

もう白金竜が来てるんだよな。迎えに行かないと。


転移魔法を発動しかけていた俺にーーー後ろから「ローゼシエ」と呼びかける声。

シリル君がいつの間にか目を覚ましたらしい。

浮遊魔法で近くへ行くと、眠そうに瞼を擦りながらシリル君が体を起こしたところだった。


「もう行くのか?」


「まだ。外に来てる白金竜を迎えに行って一度ここに戻ってくる」


シリル君はぽかんと口を開けた。「なんで白金竜…?」と首を傾げている。


「しもべ魔獣で連絡しただろ?黄色竜に興味があるらしくてついてくるって聞かなかったんだよ」


シリル君は初耳だとばかりに目を瞬かせながら頷いた。

ーーー魔法陣の改良に夢中でしもべ魔獣の伝言ロクに聞いてなかったな?


「白金竜が来ようが、帰還までの三時間を守ってくれればそれでいい。安定した魔法回路に書き換えられていなから、それ以上は保証できないんだ」


シリル君は魔法陣のそばで異常が起きないか見張り、確実に何かは起こるだろうから適宜なおしていくと語っていた。

「初めてのことで何が起きるかわかんないからな」と語る瞳が輝いちゃってるし、ちょっと楽しそうなのは気のせいじゃないと思う。魔法陣オタクめ。


じゃあ行くぞ、と再び踵を返そうとしたら「待ってくれ」とマントを引かれた。

なんだよ?


「ーーー今日は、二月十四日だな」


うん、そうだな?それがどうした?


何やら口をも後つかせるシリル君を見てーーー俺はピンときた。


「あ!バレンタインデーか!」


去年までは大変だったけど、竜になってからはすっかり他人事だった。

…なんて、内心考えてたらさ、シリルくんが意を結したように言うんだ。


「ーーー少しだけ湖を埋めて城壁の外に薔薇園を作った。今年は赤薔薇の育種家を呼び寄せたから、ローゼシエの好きな赤い薔薇がたくさん咲くと思う」


「春先から秋にかけていろんな品種が咲くそうだから是非見に行ってくれ」…じゃなくてさ。

初めから説明して欲しい。

ん?


「薔薇園を…作った?わざわざ育種家を呼んで?」


「うん」


ーーー素直に頷くシリル君。

…聞き間違いであってほしかったが本当らしい。


「なんのために?」


「ローゼシエの城に薔薇園がないのはおかしいってハインリヒ王子が言い出してーーー」


またあいつかあああ!実はあいつ自身が薔薇好きなだけだろ!?


「ーーー俺もローゼシエには薔薇が似合うと思ったから、作った。ちょうどバレンタインだったし、贈り物として赤薔薇は定番だろう?」


そうだね、プロイセンでは薔薇は定番だよね。恋人同士では赤も人気だし…じゃなくてだ。そこじゃねえんだよ。


「…マスキラに薔薇贈ってどうすんだよ!というか定番って言うなら花束とかだろ?!どこにバラ園ごと贈る奴がいるんだよ!そんな暇あったら自分の体を労われ!」


思わず怒鳴りつければ、シリル君がしょんぼりしてしまった。

ーーー罪悪感が湧き上がる。言いすぎたか?


「…ローゼシエが出て行こうとするのは俺が不甲斐ないからだ、城くらいで満足するな。絶えず口説き続けろってハインリヒ王子が言うから」


だから薔薇園を作りましたってか?ありがとな!お礼は言うよ!礼儀だからな!!!


「喜んでくれてよかった」


喜んでねえよ!

…決めた。天然のシリル君を間違った方向に導くハインリヒ王子は一回説教だ。

ーーーあいつ掴みどころないから「大変申し訳ございません、良かれと思って」とか言ってきそうだが、とにかく一度説教だ。


俺は務めて冷静に「出ていかない」だとか「城を贈られた時点で不足どころか怖いくらいだ、これ以上いらない、バラ園は特にいらない」と言い聞かせておいた。


「でも似合うぞ?」などと謎の発言をしていたために効果があるかはわからないが…。


「権力があってよかったってこういう時は思うよな。ーーーほら、行っていいぞ?引き止めて悪かったな」


ーーーはあ。


「はあ…なんだかんだハインリヒ王子と仲良さそうでよかったよ」


「は?」というシリル君の低い声が聞こえたが俺は構わず転移魔法を発動した。…ちょっとくらい仕返ししてもいいだろ?


外に転移して、珍しく晴れ渡った冬の空を背景に俺はパレスへ舞い降りてーーーありえない人影がいたせいで、バランスを崩して背中から地面に落ちた。


ドカン。地面にめり込むみたいに落ちたけど、大混乱状態の俺は気にしてられなかった。


「うひゃ!なんの音?ーーーって、デニス?!何やってんの?大丈夫?」


…………油断した。


「なんで、ライラがここにいるんだよ…」


気配が全くなかった。会ってない間に隠蔽魔法の練度がすげえ上がった。

腕を取られて引っ張り起こされる。

小柄な彼女らしからぬ力に、「ああ黒竜なんだよな」と思う。


数ヶ月ぶりに見る彼女は少しだけやつれていた。

前より丸みのなくなった頬が赤かった。外が寒いからだろうか。


黒いレースのドレス似合ってるね、だとか。

肩にかけてるラビットファーのショール新調したの?前は白だったよね?灰色も似合うね、だとかすごいどうでもいい言葉が溢れそうになってきて、必死に口をつぐむ。


ああ、好きだ。


身体は勝手に動いて、俺は無言で彼女の腕を外した。


「で、デニス?」


背中を向けて、少し離れた場所で悪い笑みを浮かべている白金竜の元へと大股で歩み寄る。


「ちょ、え?怒ってるか?ボクは君らが拗れてるって聞いたから親切心でーーー」


怒ったふりが俺の精一杯。

世界が急に色を取り戻し、いつものパレスが違う場所に見えた。

やっぱり好きだ。

彼女がそこに立っていてくれるだけで、全てが輝いてみえる。

ーーーどうしようもなく、好きなんだ。


「余計なお世話。…俺に転移魔法をキャンセルされるから白金竜に頼んだのか。黒竜の同行を俺は認めていない」


魔力を漏れさせなが言ってやれば、白金竜が「ヒイ!」と情けない声を上げた。

後ろで彼女が小さく息を呑んだのがわかる。

怯えてるのかな。満点の夜空みたいに青みがかった瞳を覗き込みたい。

顔が見たい。頭をわしゃわしゃってして、頑張ってる?って聞いてあげたい。


ーーー違うだろ。決めたじゃねえか。もう関わらないって。

深呼吸しろ。

俺は瞳に全部出るって言われるから。

抑えろ、できるだけ冷たい魔素を流せ。

彼女を写した瞬間に喜び一色に染まるバカな脳味噌に言い聞かせる。


…よし、やるぞ。


振り返って彼女と向き合う。

彼女は俺の方を見て、置いていかれた迷子みたいな顔をしていた。


くそかわいいな。

やべえ、今すぐ連れ去って城の中に閉じ込めたい。


「ーーー聞いていただろう、ブリテンへ帰れ」


夜の色の瞳にあっという間に水の幕が張った。

ああ、泣いている。彼女が俺の言葉で傷ついている。

ーーー仄暗い喜びを覚える俺は最低だ。しかも今の俺はわざと彼女が傷つく言葉、態度を選んでやっている。


透明魔石が一つだけこぼれ落ちた。

地面を輝きながら転がるそれを拾い上げたい衝動と必死に戦っていればーーー大きく瞬きをして涙をやり過ごしたらしい彼女が「そう、わかった」と呟いた。


ーーー胸が痛いって思う俺は何様なんだ。自分で拒絶しといて。

ボロが出る前に踵を返した俺に向けて…彼女が、叫んだ。


「デニスの態度はよくわかった!知ってた!避けられてたのも、嫌われたのも!ーーーでも、恩返しくらいさせて欲しい。見返りを求めないから黒竜として同行する。ーーー黄色竜の救出に私が同行することを拒否する権利はないでしょう?」


…勘弁、してくれよ。

必死に人が距離を取ろうとしてんのに、白金竜まで巻き込みやがって。

しかも俺が断ってもついてくる気満々じゃねえか。


膝から力が抜けて、地面にしゃがみ込んでしまう。

彼女が慌てたように「デニス?!」と叫んで腕を引っ張り上げてくれた。


ーーー嬉しいと悲しいが心の反対側を引っ張りあって、俺は悲鳴をあげて転げ回りたかった。

心がいたかった。

頭がぐちゃぐちゃだった。

だって、離れた方が彼女のためだって何百回も言い聞かせてきたのに。

実際に触れられたら、俺の決意なんて意図も容易く浮き飛ばされる。


段々と意識が朦朧としてきた。

息の吸い方がわからない。

魔素の抑え方がわからない。


ぼやけた視界の先で、彼女が何度も叫んでいるのが見えた。

でもそのうち、彼女の白い頬に赤い線が走った。


ゾッとする。俺の魔力が彼女を傷つけた。


「ーーーお願いだから、離れて」


なんとか言葉にできたよな?

俺は彼女の腕を細心の注意を払って外した。

いなくなろう。そうだ転移すればいい…シリル君のとこに戻ろう。


「ーーーおいバカ!その状態で人間のとこ行ったら大変だろうが!ライラ、お前はここで待機しろ!ボクが行って落ち着かせてくる!」


いつもと違ってもたもたと転移魔法を起動したので、到着が遅かった。

すかさず追いかけてきた白金竜に「ヒール!」と叫ばれて治癒魔法を頭からぶっかけられた。


ーーー散り散りになった心が徐々に落ち着きを取り戻していった。

…白金竜のヒールすげえな。


「ローゼシエ?!」


駆け寄ってこようとしたシリル君を白金竜が「来るな!粉々にされたいか!」と押し留めてくれている。

ありがてえ、俺はちょっとまだ頭のふらつきで立ち上がることもできねえ。


白金竜様が宙を浮かんでた俺を捕まえて引き下ろし、カウチに寝かせた。

額に手を当てられて、「抵抗するな、治療だから」と告げられる。

なんだろうと思っていれば、白銀の魔素と一緒に赤の魔素が体の中に大量に流し込まれた。予告されてなければ確かに跳ね返したかもしれないが、湧き上がる異物感への嫌悪をなんとか押し留めて黙って横たわる。


「…呼吸が落ち着いてきたな。こんなものか」


…体の中をいじらせたらこの竜の右に出るものはいないな。魔力が流された後、嘘みたいに息がしやすくなった。


「ねえ、もうそっち行っていい?!白金竜様?」


白金竜が俺の額から手を外して「いいぞ」と頷いた。

俺もゆっくりと体を起こす。シリル君が身体強化でも使ったのか一瞬で目の前に来た。近寄りすぎて魔素に当てられたのかたのかうめいている。

俺も慌てて傘を取り出した。不便だなこの魔力。


「何があった?窓から見たけどライラがいたよな?」


訳がわからないといった様子のシリル君。

…でも俺もあんまり状況が分かってない。

まあ、でもなんで自分がこうなったかはわかる。


「ーーーライラが好きだっていうのを押さえ込もうとしたら心が分裂して立ってることも息することもできなくなった」


口の端から笑いが漏れる。

自分で言ってて馬鹿すぎて笑えた。

ーーーシリル君はちっとも笑ってなかったけどな。


白金竜は始祖竜らしくキッパリと「馬鹿か」と言い切った。

その通り、俺は馬鹿です…。


「好きならそれでいいだろう。ややこしいことをしようとするから倒れるんだ。諦めろ、代々赤竜は脳筋だ。考えすぎると倒れるようにできてる」


あんまりな言い草じゃないかな?!


「白金竜?!俺のこと嫌いですか?」


「いや、別に嫌いでも好きでもない。ただ、馬鹿だと言っただけだ」


…そんな馬鹿って連呼しなくてもいいじゃん!!

むくれていればーーーシリル君が俺の顔をじっと見つめた後で、不機嫌そうな顔で言った。


「ーーー久々に、お前が生きて見える」


という意味深なことを告げ、シリル君は大きく一つ舌打ちした。

ついでにデコピンもされた。痛くないけど、人の顔見て舌打ちはひどいな?


「何に気を回してるか知らないがーーー俺は一度もお前に諦めろなんて言ってない。…プロイセンを赤竜様が見捨てないのであれば、それでいいから、お前らしくやれよ」


ーーーシリル君までそんなこと言うのね?

なんか勘違いされてるっぽいので俺は慌てて「俺は自分のために諦めようとしてるんです」と叫んだ。

…こら、まだ言うのかよって顔やめろお前ら。


「黒竜には愛し子がいる。赤竜になった俺には守るべき国がある。ーーー今まで俺たちは近すぎた。俺だって赤竜になったんだから中途半端なことはしたくねえ」


シリル君が苛立ったように「それは青竜が押し付けてきた都合だろ?」と吐き捨てたがーーー俺は静かに首を振った。


「青竜は確かに俺のことを殺そうとしたし、黒竜には執拗に嫌がらせを重ねてる。…でも、敵の指摘ってたまに的をいてるじゃん。黒竜は実際に俺がいなくなって成竜に近づいた」


シリル君はまだ何か言いたそうだったが、俺の顔を見て口をつぐむ。

白金竜は俺の顔を見て「難しいことを言いよって、また倒れるぞ?」と言いやがった。おい、脳筋扱いやめろ!確かに今倒れたけど!


やれやれと言いながら肩をすくめた白金竜。


「拗れているのはよくわかったがーーー国が隣接している関係もあって元から赤竜と黒竜は仲が良い。まあ、ほどほどの交流は持て。…青竜の黒竜への嫌がらせも目に余るしな。黒竜は青竜に対抗するには弱すぎるからお前が防波堤になってやれ」


「それはもちろん、言われなくても」


「とにかく考えすぎるな、馬鹿なんだから」と再び悪口を言われながら俺は白金竜に連れられてパレスに戻った。

…シリル君が最後まで何か言いたげだったが、俺は手を振るだけに留めた。


決して彼女の方を見ようとしない俺に白金竜は呆れ顔だった。

彼女は少しだけ寂しそうな声色で「…因果応報、彼にしてきたことが返ってきているだけでしょう」と白金竜を宥めていた。


十二時の鐘きっかりに俺たちはプロイセンを出発した。

避けても避けても彼女がピッタリと横を飛んでくるので、俺は国境に行くまでで精神的にぐったり来た。…絶対面白がってるだろ。


さあ、国境を越えるぞというところで、魔力通話のタイマーをセットしながら…黒竜がサラリと衝撃の事実を告げた。


「あ、うちの天才ジョシュアがシリル君を手伝ってプロイセンの守りの魔法陣の改良をもう一段階進めたらしい!三日くらいなら抜けて平気だって!」


…はあ?!


ちょっと待て、色々と突っ込みたい。

まずはーーー


「ジョシュアはプロイセンにいるのか?」


そう!それだよ白金竜!

首を激しく上下に振っていれば彼女に笑われた。…ああ、今日の笑い顔も世界一可愛いな?


「デニスへの恩返しプロジェクト発令中だからね」


いやでもトップ二人が国内にいなくてブリテンは平気なのか?


「パー様とシャロンがいるから平気。いつもが過剰戦力だってパー様に言われて送り出された」


…そんなものなのか?

首を傾げていれば彼女の「まだ、心配してくれるんだね」と目を細められた。


「ーーー当たり前だろ。俺の祖国は永遠にブリテンだ」


むすっとしてしまったのは許して欲しい。

彼女がなぜか目を細め何かを堪えるように上を向いたーーー「この騎士を裏切ったんだから、報いがあって当然か」とよくわからないことを呟いてた。


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