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当て馬騎士の逆転劇〜こいねがえば叶うはず〜  作者: 橘中の楽
第二章 捨てられた騎士
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第四十八話 出発…させてくれよ!!

ジョシュア様を見送った俺はーーー夜の森の中で、あることを思い出した。


「そうだ、飛竜たちを集めないと」


「グオオオオオ」と竜語で叫んだ。「あつまれ」って意味だ。

魔力探知をして数十個の魔力が動き出したのを確認しつつ、俺は近くにあった木の上に飛び上がった。月でも見ながら飛竜たちの到着を待つことにしよう。


俺の咆哮に驚いたワードスクワールがふたつ先の木の葉っぱの影から顔を出していたので、「ごめんな」と謝っておく。でも、すぐさま尻尾を丸めて逃げてった。…まあ、魔獣とはいえ、所詮リスだ。竜のことは怖がるよな。

暇だったのでしもべ魔獣でも出すか。この後でいっぱい必要だしな。

手のひらに息を吹きかけてたくさん蛇を生み出す。

1、2、3、4、5、6、7…


「…出発まであと7日か」


今シリル君が必死に魔法陣を書き換えてくれてるわけだが、俺がこの国を離れられるのは一時間やそこらって言ってた。全然時間がない。しかも一回離れると魔法陣に貯めてあった魔力がカツカツになってしばらく出られないらしい。

そうじゃなくても難易度ハードモードな黄色竜の説得っていう重要任務を成功させるためには色々と準備が必要なのだ。


まず、移動に余計な時間をかけられない。でも和国には行ったことがないので俺も転移魔法が使えない。帰りは転移魔法で帰ってくるつもりだけど。

紬様たちには先に魔導飛行船で出発してもらって、到着連絡が来たら俺は一人で全力で和国に向かって飛ぶ。始祖竜の飛行速度自分でもわかってないけど、多分あっという間に着くと思うんで紬様たちとは和国で落ち合う手筈なのだ。

ただ、一時間しかないとなると、黄色竜の場所を呑気に探している暇はない。

俺が和国へ出発する前に黄色竜の場所は特定しておいてもらわないと困る。騎士団員たちが頑張って捜索してくれてはいるが、精度がイマイチなのだ。

和国の魔素濃度があまりにも薄いから彼らは弱体化してしまうらしい。


あ、一匹目の青飛竜が来た。


夜行性の青飛竜は眠っていなかったのだろう。

俺の元に突進してくるので浮遊魔法で減速させた。

頭をなすりつけてくるので「来てくれてありがとな」と鱗の間をなぜておく。


「グール?」


赤竜、なんで呼んだの?と青飛竜が聞いてきた。


「ぐーるるる…ん?お前人間の言葉わかんの?お前らにお願いがあるから呼んだんだよ。みんな来るまでちょっと待ってな」


飛竜たちが全員集まるまでは結構な時間を要した。

特に夜に弱い黄色飛竜の群れを青飛竜に迎えにいかせてたりしたから結構手間取った。

空がしらみ始めた頃、ようやく上空に二十五体の飛竜が揃った。

赤飛竜同士がじゃれあって木々を破壊したり、黄色飛竜と黒飛竜が睨み合ったりしててなかなかに騒々しいが一応集合したのでよしとしよう。


「赤竜様の声が聞こえる範囲にいた飛竜はこれで全部」


わざわざ報告に来てくれたのは一番初めに到着した青飛竜だった。

普通に人間の言葉を扱っていてちょっと驚く。話を聞いてみれば九百歳らしい。

…こいつ賢そうだからリーダーにしよう。


「青飛竜。お前に命令を伝えるから後ろで暴れてる奴らにも後で伝えといてくれ、しもべ魔獣とお前たち飛竜を紬様たちの飛行船と一緒に先発隊として送る。和国に着いたら黄色竜を探してくれ」


青飛竜は「わかった」と頷いた。


「見つけたらどうすればいい?」


「しもべ魔獣と俺は軽い意思疎通ならできるから、飛竜のお前らは心配しなくていいよ。しもべ魔獣が魔獣に食い尽くされないように守ってやってくれーーー太陽がてっぺんに登ったら出発な」


「わかった」


青竜がうなずいたのを見届けて、俺は城に帰ることにした。

そろそろ朝番の騎士たちが起き出す時間だ。


飛び上がった俺を見て、騒がしかった飛竜たちが一斉にこちらを見た。

先ほどの青竜が扇動するように地面に頭をつけた。

続くようにして二十五体の飛竜たちが地面に顎をつける。

ん?どうした?


「グーガガガガ!」

「「「「グーガガガガガ!!!」」」


青竜の合図で、早朝の静まり返った森のど真ん中で咆哮する竜たち。

地面が揺れ、近くにいた慌てたように鳥が飛び去っていった。

竜語で「赤竜様をお見送りします」か?普通に俺もビビったぞ。


「うん、またあとでな」


ひらひらと手を振ったら飛竜たちは魔力の玉をお返しに投げつけてくれた。

カラフルで綺麗だけどさ、威力的に俺じゃなかったら大怪我だぞ〜?


魔力の玉を背中にぶつけられつつ森を抜けた俺はーーー森の入り口で、なぜか、完全武装したシリル君とプロイセン魔法士団に出迎えられた。

シリル君は俺の姿を見た瞬間、すごい安心した顔してた。

敵襲でもあったんだろうか?


「ーーーどうしたの?」


急降下してシリル君の前に降り立つ。

後ろの部下たちが俺の魔力のせいで強制的に跪いててちょっと気の毒だ。

でも緊急事態っぽいから話くらい聞いてかないと。


シリル君が「どうしたも何も、森の方から来たなら見ただろ?」と焦ったように言ってきた。

見たって何を?


「大量の飛竜が集まって争い合ってるんだ。異常事態だぞ、しかもさっきなんてすごい声量で鳴いてたし。森の中で見かけなかったか?フランク王国のように邪竜様の部隊が来るのかもしれない」


…。


「シリル君、落ち着いて聞いてほしい」


それは異常事態じゃない。邪竜様の部隊も多分来ない。

だって、


「飛竜を集めたのは俺で、紬様たちと一緒に先に和国に行って黄色竜を探しておいてって頼んでただけだ。あれだな、竜会議みたいなもんだ」


だから安心しろ、って肩を叩いてあげたのにさーーー

なぜか全力でシリル君に殴られた。拳で殴んなよ、痛くないけどさ。


「そういうことは、先に言え!」


「前に言ったじゃん。黄色竜は俺の方でも探してみるって」


「それのどこがこの飛竜大集合につながるんだよ!言葉が足りないどころじゃないだろ?!」


…俺の部下って言ったら騎士団員か魔獣しかいないのにな?


「じゃあ、次からは察してね」


「いや、そこは言葉にしてくれよ!次も無理だよ!」


後ろの魔法士団員たちの方から「主席すげえ、赤竜様と普通に喋ってる」などと聞こえてくる。跪きつつもおしゃべりする余裕はあるらしい。さすがプロイセンの生え抜きたちだ。魔法大国の名は伊達じゃないな。

シリル君本人はまだぶつぶつ言ってて部下の方は見向きもしてないけど。


「帰ろうぜ?」


いつまでも動こうとしないシリル君を急かし、俺たちは自分の城に帰る。

他の団員たちはどうしたのかは知らない。朝から叩き起こされてかわいそうに。


シリル君を適当にソファの上に放った俺はドレスルームへと行こうとしてーーー立ち止まった。

なんか鼻を啜る音したから振り返ったらさ。

すげえびっくり。

いや、だってシリル君泣いてるんだよ?

え、なんで?


「ちょ、どうしたの?なんで急に泣くの?」


すぐに頭上に傘をさしてシリル君の前まで戻った。

シリル君はすごい鼻声で「泣いてない」と言いやがった。

じゃあその目から出てる水は何なんだよ。


俺はとりあえず立ち尽くしてるシリル君を浮遊魔法でソファに座らせた。

ティッシュ箱を手渡してやれば、シリル君は乱暴に目を拭った後で勢いよく鼻をかんでいる。


今、着替えに行くのは違うよな。

うん、ちょっと向かいとかに座ってみよう。


「フィメルにでも振られたのかな?」と適当なことを考えていたらーーー「ローゼシエ」と名前を呼ばれた。


「なに?」


「ローゼシエ…ジョシュアと一緒に、ブリテンに帰るのかと思った」


シリル君はそれだけ言って、また両目からティッシュじゃ拭い切れないくらいの涙を流すではないか。

ジョシュア様きてたの知ってんだな〜じゃなくて。

急にガン泣きするからびっくりしたけど…まさかの俺のせいだったの?!


「俺は、ダメな王様だけど、置いていかないで。何でもあげるから、俺にできることなら全部するから…」


わあああ、もっと泣き出すじゃん!

やめてよ!歳上のマスキラに泣かれるとかどうしていいかわかんねえよ!

慰めろ、俺。今こそ無駄に磨いてきた社交スキルを発揮するときだ!

…泣いてる相手めんどいから基本放置してたな?!


「…俺がこの国から出られないの知ってんだろ?そんな泣かなくても、急にいなくなったりしねーよ?」


誰か助けろ!と内心叫び、動揺しまくりながら必死に優しい声色で励ます。

…早朝からこの離宮にくる助っ人なんていないのはわかってる!でも、すごく誰かと役目をかわりたい!


「魔法陣描き換えてる間、ずっと考えてた。この先、完全にローゼシエとの接続を切ったら、ローゼシエはブリテンに帰っちゃうんじゃないかって。…わざと不完全なままにしようかって、でもそんなこと思う自分が嫌で。ーーーお前を縛りたくないのに、おいていかれるって思ったらどうしていいかわかんなくなって…」


「そうか」「大丈夫だよ」「そんなわけないだろ」の3パターンしか言わない俺に向かって、シリル君は「行かないで」と泣き続けた。

途中から「逝かないで」に聞こえたのは、気のせいじゃない気がする。


一時間ほどひたすらと泣き続けたシリル君はソファの上で電池が切れたように眠ってしまった。俺は寝台の方に行って、薄い掛け布団を持ってきた。

背中を丸めて眠るシリル君を起こさないように、そっと被せる。


「…はああ」


ため息くらい、つかせてほしい。

…ここまで追い詰められてたなんて、知らなかったんだよ。


シリル君がろくに睡眠も取らずに働き詰めなのは知ってた。

ファルコもよく愚痴ってるし。

でも元からワーカホリック気味の人だから、全然深刻に考えてなかった。

騎士団長だったとき俺も月に休みが一度もないのとかザラだったしな。魔法使いとしてある程度優秀だと結構無理効くんだよ。


「…でもさあ、トラウマあるんなら言ってくれなきゃわかんねえよ」


前プロイセン女王と先代赤竜が亡くなって何年経つだろうか。

…5年くらいか?


「まだ5年か…忘れられるわけないよなあ」


きっと、シリル君にとって自分をプロイセン王族に招き入れた二人がいっぺんにいなくなり、急に一人にされた5年前の出来事は消えない傷となってるのだろう。ーーーシリル君はいつも不機嫌そうで本心を隠すのが上手い。その上、俺は鈍いって言われる方だ。多分今日のがなければ俺は一生気づいてなかっただろう。


「だからしょっちゅう俺の様子見にくるのか。…過保護なのかと思ってたけど、それだけじゃなかったんだな」


布団を頭までたくし上げて眠るシリル君の表情は見えない。

髪の毛の先しか見えてないシリル君に向けて俺は今しゃべってるわけだ。


「…とりあえず、もうちょい信頼されるまで俺一人でブリテン王族と会うのは控えるか」


毎回こんなふうに泣かれてたら居た堪れなくて俺が泣きたくなる。

というか、ちょっと悲しい。俺はブリテンに戻る気なんて微塵もないし、シリル君が生きてる間はちゃんとプロイセン王宮にいるって決めてるのに。


「ちょっとは俺の言葉信じろよ、ばかシリル君」


すやすやと寝息を立てるシリル君は当分起きそうにない。

…着替えてこよ。起きたらちゃんと説教してやんないと。


久々にこっちであつらえてもらった騎士団長の服に袖を通した。胸元にはカナリーイエローの魔石をさす。

この団服を着るのはいつぶりだろうか。騎士団を紹介された日から着てない気がする。エリザベータがいなくなってからジャージばっか着てるし。


何となく胸元の魔石をいじってたら完全に外が明るくなった。


七の鐘が鳴って、ファルコが来たけど入り口で追い返した。

…多分シリル君は目元真っ赤にして眠るとこなんて見られたくないかなって思ったから。

外から騎士たちが訓練している声が聞こえてくる。

俺も混ざりたい。剣をかわすどころか跪かれて終わるだろうけど。

シリル君はこんこんと眠り続けている。眠り浅い方ってよくぼやいてるくせにこんな明るいところで身じろぎさえしないって…どんだけ眠ってなかったんだよ。


八の鐘が鳴ったところでーーーさすがに起こすことにした。

かわいそうな気もするけど、紬様たちが9の鐘に来るんだよ。あの人たちは今日出発予定だし、さすがにその時にシリル君が寝てるのはまずいだろ?


「おーい、シリル君起きろ」


…試しに読んでみたが反応はない。

俺はしもば魔獣を呼び出した。


「よし、鼻の頭を噛め。食いちぎるなよ?甘噛みだぞ?」


返事の代わりにシャア!と牙を剥いた赤蛇を見て一抹の不安を覚えたがーーー「Los」と命じてやる。

一直線にシリル君へ向かっていった赤蛇。

布団の中に潜り込む。

そうして鼻にかじりつきーーー


「む…いて…いった!おい、やめろ!何で噛み付くんだよ!」


おきました。ミッションコンプリートです。おめでとう俺。


シリル君は布団を跳ね除けると噛みつかれていた鼻を仕切に擦っている。


「ひでえ、何でしもべ魔獣に噛ませんの?!もっとマシな起こし方いくらでもあっただろ!」


うるさいな。いい歳したマスキラに泣かれた俺の居た堪れなさはこんくらいしても消えないんだよ!


俺は「黙れ!」と一括して、用意してた冷えたタオルを顔面描けて投げつけた。

シリル君は危なげなく受け取ったくせに「つめた!」と文句など言ってくるので「黙って目元を冷やせ!」と言い返す。


ーーー耳まで赤いの見えてるからな。シリル君も今、内心悶えうってるのだろう。そうだろうよ、俺も半分くらいおんなじ感じだ。


無言が落ちかけたので俺は慌てて「いいか、よく聞け!」と自分で切り出した。これ以上気まずい空気はごめんだ。

シリル君がタオルを目に当てたまま肩を振るわせたが、構わず続ける。


「ーーーシリル君がいる間に俺がいなくなることはない。そりゃあ、いつでも目の届くとこにいるってわけじゃないけどちゃんと戻ってくる。いい歳して泣くな馬鹿」


シリル君はこちらを見ないまま「ごめん」と言った。

ーーー全然、わかってなさそうに見えるんだが??


「シリル」


わざと魔力を込めて呼んでやればーーーシリル君が弾かれたように顔を上げた。

よしよし。


「シリル、余計なことを考えず、俺の言葉だけ信じろ」


シリル君は魂が抜けたような顔で、見つめてくる。

…聞こえてるよな?


「シリル、返事」


「は、はひ」


…めちゃくちゃ噛んでるけど大丈夫か?

いまだに呆然としているように見えるシリル君が心配になった俺は頭を軽く叩いてみた。髪の毛触るくらいなら多分平気なはず。シリル君元愛し子だし。


優しさを込めた俺の手をシリル君は跳ね除けやがったけどな。


「オーバー!キル!!!!」


…って叫んで転移魔法で消えていった。

ちゃんとわかったのだろうか?いまいち伝わった気がしねえ。

 


「ごきげんよう、ローゼシエ」


紬様は側近たちを引き連れ、9の鐘ぴったりにやってきた。

紬様は護衛騎士のレイモンドさんは寄越すのに本人はちっとも来なかったので約二週間ぶりの対面である。

彼らの木の履き物の底が大理石の床を軽快に打って軽やかな足音を立てる。

今日の俺はちゃんと魔力を抑えてるので和国の側近たちも誰も倒れないで済んだようだ。よかったぜ。


「今日は乙姫さまみたいな格好ですね」


「そう?」と小首を傾げる彼女の髪は結い上げられ、ティアラのような金銀珠玉で留められている。濃紫の着物の肩にかけられたショールのような白色生絹(すずし)が彼女の動きに合わせて軽やかに波を打って、空に流れる天の川を思い出させた。

小さい頃母様が読み聞かせてくれた七夕の本に出てきた乙姫様にそっくりの衣装だ。紬様の纏う衣装は、色の重みに随分と品があるけどな。


「ローゼシエのその服はこちらの騎士団の服ですの?」


そうだよ、と頷けば「お似合いです」と紬様は無表情で褒めてくれた。

…そこは笑おうぜ?


「制服は変わってもサークルストーンは変わらないのですね」


紬様は俺の胸元に輝くカナリーイエローのサークルストーンを見て小さく言った。

「お気に入りだからね」と微笑んでみせた俺を見て、少しだけ悲しそうな顔をしていたのは何故だろう。

しかしすぐに紬様は俺から視線を外した。

側近の一人ーーー最古参だという老女が彼女の側に進み出てきたからだ。


「ーーー紬様、本当に皇王に濃紫のお着物でお会いするのですか?」


紬様に向けて側近長の老女が小声で心配そうに尋ねている。

紬様は「しつこい」と小さく返した。


紫の着物に何か意味があるんだろうか?


「ーーーしかし、一位の濃紫など着ていけば、皇王はお怒りになり下手をすれば不敬罪に問われるのでは?」


ああ、身分によって身につけていい着物の色が決まってるのか。

なるほどと内心頷く俺。

紬様は視線だけを彼女に向かって流し、瞳の温度を一段と低くした。

主人の機嫌を損ねたのを感じ取ったのか、老女が肩を震わせた。紬様は「黙りなさい」と短く彼女を戒める。


「尊いのはワラワであるーーー不満があるのであれば遠慮せず立ち去るがよい」


魔力がこもってるわけでもないのに聞いているこちらがすくみ上がるような低い声。老女はすぐに紬様の側に跪いた。


「ーーー差し出がましい口を聞きました。どうかお許しを」


「下がれ」と平坦に告げた紬様。視線を正面に戻し、慌てて戻っていく側近長には目もくれない…この間とは別人みたいである。まあ、催眠にかかってる間って別人格なんだけどさ。

紬様は口元を隠していた扇をパチンと閉じた。

それが合図だったようで、後ろに控えていた使用人たちが御座を持って走り出てきた。紬様の前に広げられたあと、紬様が履き物を脱いで御座に上がった。

そのまま膝をつく紬様。後ろの側近たちも合わせて膝をついた。

レイモンドさんだけが片膝を立てて胸に手を当てている。まだブリテンの騎士だもんね。


…この挨拶、紬様がブリテンに来た時も見たな。あの時はパーシヴァル様相手にやってたけど。


弱小国の和国の姫は、竜大国の王族よりや始祖竜である俺よりも位が低い。

だから文字通り膝をつくわけだ。

俺が紬様を見下ろすかたちになるんだが、紬様の雀色の瞳は気高さをたたえたままだった。


小柄な彼女の纏う空気が厳かで、きっとこれが和国での「紬姫」なのであろうと思った。…戦闘中のように、張り詰めた緊張感が流れ、俺は思わず背筋を正す。

今まで見せてきた少女の姿は夢だったのかと思うほどに彼女は「皇族」だった。来た時にあった自信の無さからくるおどおどとした雰囲気もなくなった。

出会ってから今までの約一年間。

俺は赤竜になったが彼女も随分と変わった。


「ーーー二週間の間泊めていただきありがとうございました。先に和国に行っております。ローゼシエは江戸城を目指してくださいまし」


額を後座につけた紬様と家臣たち。和国流の最大の感謝の示し方、らしいけど。

…家臣たちなんて石にそのまま跪いているし絶対汚れるだろ。


「うん、あとから向かう。ーーー立って、挨拶は受け取った」


紬様たちはこのあと魔導飛行船に乗るためにブリテンに戻る。

ブリテンから丸一日かけて空から和国へ戻るのだ。

出発前にはジョシュア様と黒竜にも会うらしい。「ジョシュア様に会うときはいまだに緊張します」と暗い顔をしていた。…始祖竜の俺たちよりもジョシュア様の方が緊張するのね、まあジョシュア様って感情表現乏しすぎて、よくできた人形みたいだもんな。そのくせオーラはある。


「あ、そういえば飛行船の周りを飛竜が飛ぶけど気にしないでね」


紬様が皇族の仮面を一瞬忘れ「は?」と高い声を上げた。

「俺の部下だから」と付け足しても怪訝そうに眉を寄せたままだ。


レイモンドさんが「始祖竜にとっての飛竜は側近のようなものですから」と紬様を宥めている。


「ひ、飛竜なんて映画でしか見たことありませんわ」


紬様は必死に隠そうとしているが、彼女の魔力がさざめき立ったので動揺しているのが丸わかりだ。

…怖がらせるつもりはなかったんだけどなあ。

俺は少し迷ったあと、緊張をほぐしてやりたくて「紬様、ちょっと来て」と手招きで彼女を呼び寄せた。

「はい」と素直に頷いた紬様。かつかつと小気味良い音を立てて近寄ってくる。レイモンドさんも一緒にやってきた。…なんで「余計なことすんなよ?」って顔で見てくるの?


「飛竜が魔導飛行船と一緒に飛ぶの怖いですか?」


紬様は一瞬目を泳がせたあと、


「怖くはないですが…和国では飛竜など伝説な存在ですので畏れ多いです」


と言った。うん、素直に怖いっていえばいいのに。

というか、飛竜が怖いのか。じゃあーーー


「俺のことも畏れ多いですか?始祖竜ですよ?」


自分を指差して明るく言ってみる。

紬様はほんのわずかに口元を曲げて「ローゼシエのことは怖くないです」と不満そうに言われた。


「あいつら…飛竜たちは俺の命令は絶対守ります。だから安心してください」


「本当ですの?」と不安そうに見上げられた。先ほどまで「尊いのは妾だ」とか言ってたのに、うって変わって怯えたように揺れる瞳に加虐心がくすぐられる。

…やっぱりちょっと意地悪したくなってきたな?


「ああ、でも赤竜の奴らは森も破壊しまくってたし、ちょっと飛行船の機体をかすめるくらいはするかもーーーー」


顎に手なんて当てて、まじめくさって言ってみた。紬様がみるみる青ざめていく。


「飛行船は丈夫だから平気ですよ。魔物の攻撃にも備えてあるし、万が一機体がバラバラになってもーーー「ローゼシエ、姫をあまり怖がらせるな」


紬様が涙目になったところで、レイモンドさんに止められちゃった。


「じょ、冗談?!私をからかいましたの?」


紬様が信じられない、と小さな拳を握っている。

「ちょっとした冗談じゃないですか」と肩をすくめればレイモンドさんに「飛竜に詳しくない他国の姫にはその冗談通じねえよ」と軽く蹴られた。


「痛い!!え、硬くねお前!?」


まあ、俺を蹴るとダメージ行くのレイモンドさんなんだけどね?

自業自得だよ、紬様だけじゃなくて俺も尊い赤竜様なんだからな。


紬様は「本当に大丈夫なんですの?機体がバラバラになりませんの?」と未だに俺を疑っている。

今度こそ本当に安心させてやるべく、俺は腰をかがめて紬様と視線を合わせた。


「飛竜は人間よりも賢いくらいですよ。大丈夫、あいつらと俺を信じてください」


「たった今わざと怖がらせてきた人をどうやって信じろと…?」


紬様は平気そうに話しているが、顔色がまだ少し悪くて、本当に怯えさせてしまったらしいと気づく。


正直おびえてる紬様をみるともっといじめて泣かせたくなるのだが、これ以上やると真剣にレイモンドさんに怒られそうなのでやめておく。さっきから遠慮なく睨みつけてきてるからな。長い付き合いだけあって、紬様をからかいたい俺の気持ちがバレているのかもしれない。

ひとまず、紬様に手のひらを向けた。

不思議そうな顔をされたので「手を出して」とお願いしてみた。


「…?」


握りしめた拳をそのままに、紬様が俺の手袋をはめた右手にちょこんと小さな手を乗せた。…犬のお手みたいだ。パーシヴァル様が「紬は豆柴に似てる」って言ってたの思い出して少しだけ笑ってしまう。


「爪が手のひらに食い込んじゃってるでしょ。ほら、手を開いて?」


言いながら紬様の白い手の甲をスッとなぜたら、何故か紬様は真っ赤になってた。

手のひらは開いたけど。


「ーーーローゼシエ?お前わざとやってるよな?」


…レイモンドさんは過保護だなあ、確かにちょっと反応が面白くてふざけてるけど、別に意味もなくやってるわけじゃないんだぜ?


「怒んないでくださいよ。紬様が怖がってるからちょっとしたプレゼントをあげようと思っただけです」


レイモンドさんが睨んでくるので紬様の手を解放する。

手を引っ込めようとした紬様に「そのままで」と命じ、口元で手のひらに向けて魔素を込めた息を吹く。

赤い魔素の煙はすぐにしもべ魔獣へと姿を変えた。

宙に浮かぶ赤く光る蛇をみた紬様が「これが噂のしもべ魔獣」と呟いている。


「俺のしもべ魔獣噂になってんの?」


呼び出したしもべ魔獣がちょろちょろと飛び回ってるので「和国まで姫をお守りしろ」と命じる。一瞬だけ「え?この弱そうなやつに?」という思念が伝わってきたが睨みつければ従った。…いつも使ってるせいか、しもべ魔獣の作成練度が上がって意思を持ち始めてんな。

紬様は自分の右手首に大人しく巻きついた赤蛇を興味深そうに人差し指で突いている。やめとけ、なめられてたから下手したら噛まれるぞ。


「ブリテンにもプロイセンにもたくさん空とぶ赤蛇がいるって聞くんですよね。ーーーなんで意外そうなんです?ローゼシエは一挙一動全て掲示板で拡散されるお人じゃないですか」


やめろよその言い方。俺のプライバシーが泣いてるよ。


「…プライバシーは諦めたらどうです?どんな薔薇より美しい竜とか言われてますしね。ご自分の容姿と恵まれすぎた才能を恨むべきかと思います」


ーーー誰だよそんなトンチキなこと言ったの!

思わず顔を歪めたら紬様が勝ち誇った顔をしている。…ほう、そんなにいじめられたいか。


「紬様も恵まれすぎた才能の俺に虜になっちゃったんですもんね?」


わざと洗脳にかかったことを蒸し返してやれば、紬様の顔に朱が走った。

睨むなってレイモンドさん、悪い顔をしている自覚はちゃんとあるよ。


まあ、続けるけど。


「洗脳にかかってた時の紬様、馬鹿っぽくて可愛かったな。もっと私をみてって駆け寄ってきてーーー頭悪そうって思ってたけど、今の顔は正直悪くないね」


「バカっぽい…?!頭悪そう?!し、失礼にも程があるわ!」


激怒したように紬様の赤魔力が揺れる。皇族の仮面が剥がれ落ちちゃってるよ?

小型犬がキャンキャン吠えてるとこんな感じかな。


だって、いくら怒ってようがビビるわけないよね。


「でも、喜んでるでしょ?…俺に意地悪なこと言われるの好きなくせに」


って言えば耳まで真っ赤になるんだから。ピュアだね〜さすが箱入りの皇族。


「よし、紬様で遊ぶのにも満足したし出発しようか」


紬様は怒りのあまりか口を開け閉めするだけで何も言わない。

レイモンドさんは途中から頭を抱えていた。

あ、立ち上がった。


「紬様…こんなやつですが、最後にちゃんと話せてよかったじゃないですか」


「何も良くない…始祖竜じゃなかったら不敬罪で処罰してるわ」


レイモンドさんが紬様に向かって「またそういうことを…あいつ喜んで屈服させにきますよ」と非常に面倒臭そうに言った。

さすが部活の先輩、俺のねじ曲がった根性をよく理解していらっしゃる。


紬様たちを連れて外に出れば、飛竜たちが城を取り囲むようにして待機していた。一匹めっちゃ白銀に光ってるのがいる気がするけど気のせいだよな?

俺は必死に自分が見てしまったものから視線を外す。大勢の飛竜が見えたのか、何事かと集まってきたらしい騎士たちが「あれ、白金竜様じゃない?」「伝説の存在がなんでこんなとこに?」「よくきてるぜ?それでローゼシエに追い返されてる」なんて言ってるのも全て聞こえないふりだ!


呑気に雑談に興じる騎士たちはさすが肝が座ってるな。

紬様と側近たちはすくみ上がってるし。ガウガウ言ってるけど大体が「だるい」とか「腹へった」とかで別に威嚇じゃないのに。


「やっぱ別々に行くことはできないですか?」


そんな怯えた目でこっちみられてもな。

もう決めたんだって。往生際が悪いな紬様も。

俺が飛竜に向けて指示を出すべく歩き出せば、背後から宥めるようなレイモンドさんの声がした。俺は「赤竜ー!やっと起きたか!」などと叫びながら駆け寄ってきた白銀の人影を必死に脇へ押しのけつつ、後ろの会話に耳をそばだてる。


「凱旋の派手さとしてはいいじゃないですか。皇王も紬様に失礼な態度など取れなくなりますよ」


ナイスフォローだレイモンドさん!


「う、うんそうね。明らかにやりすぎな気がするけど、まあもうお決めになってるのだものね。妾にはどうすることもできないわ」


言葉の端端から不満が滲み出ているが、納得してくれたみたいで何よりだ。

白銀の塊を腰に巻きつけたままズルズルと移動する俺を皆が微妙な顔で見ている。…俺だって好きで白金竜巻きつけてねえよ!変に振り払おうとすると「老人に乱暴するのか?!スカスカなんだぞ!」って脅してくんだよ!


「じゃあ転移させるよ。忘れ物とかない?」


「…白金竜様にご挨拶をしたほうがいいでしょうか」


「…じゃあ転移させるよ。忘れ物はない?」


「………。レイモンド、ちょっとこちらへ」


「挨拶はしなくていいのかしら」としきりに紬様は白金竜の存在を気にしていたが、レイモンドさんは「始祖竜である赤竜様がああ言ってるので我らは従いましょう」と紬様を宥めてくれた。「ローゼシエがイライラしてきてるのでさっさと逃げましょう」は余計だったけどな。

そうだよ、白金竜には今忙しいのに何の用だよこら、って言ってやるつもりだけど紬様たちとは絶対別件だから気にせず出発してくれ。


「赤竜!いつまでボクを待たせるの〜?」


……うるせええ!

俺は舌打ちしながら紬様たちと飛竜をまとめてブリテンへ転移させた。

ブリテンの座標的には地上三メータほどを指定したけど、紬様のことはレイモンドさんに頼んでおいたので、宙に放り出されても平気だろう。

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