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当て馬騎士の逆転劇〜こいねがえば叶うはず〜  作者: 橘中の楽
第二章 捨てられた騎士
33/64

第三十三話 遅すぎる覚醒

俺は騎士団の訓練上にいた。

人間だった時代のライラが一緒に訓練してて、あ、夢だなって思った。

剣を使いこなすどころか自分を切りそうなライラをからかって楽しく手合わせしていたらーーー急に、ライラが黒竜の姿になって、俺の首を絞めてきた。

ライラが何か言ってる気がする…「お前なんか、いらない?」


「魔力を抑えろ、呼吸が止まっている」

「えー」

「早くしろ!」

「わかったって…ほらこれでいいでしょ。ねえ、これ生きてる?死にかけてない?」

「お前のせいだ、邪竜さまもお怒りだった」

「生きてんならいいじゃん!でもじゃあなんで動かないの?」

「ーーー寝てるからに決まってるだろう。ふざけるな、お前ボクより人間に詳しいだろう!」

「やだなあ、ご老体への青竜ジョークだよ!」

「ーーー邪竜さまにもう100年時間を奪われてこい」

「それは勘弁して!せっかく謝って白金竜を連れて行くって約束で100年で許してもらったのに!」

「……知っている。邪竜さまの名前が出なければお前のようないかれた竜とこんな赤の魔素で塗れた国に来るものか。お前と話していると疲れる、早く起こせ」


黒竜になったライラの幻想は一瞬で、また穏やかな光景が戻った。

何にも知らないみたいな無垢な瞳で、首元を押さえて地面に崩れ落ちた俺に「大丈夫?」っているライラ。


ーーー彼女の声に、応えたくて、でも何故か夢の中の俺は自由に喋れなかった。

背中に手を当てて、必死に俺の心配をする彼女が昨日の電話口での会話に重なる。

…俺としたことが、彼女の言うこと、最後まで聞いてあげられなかった。

もう俺は彼女の目の前から消えるって決めたからーーーあれが最後の電話だったかもしれないのに。


夢と現実の境目を漂っていたら、夢の中の外野がだんだんうるさくなっていく。

どこかで聞いたような声がする。

ーーーできれば思い出したくない気もする。


重体で三ヶ月寝込んでいた上に心まで大ダメージを負った怪我人に対しても、青竜様は一切容赦なかった。


「起きろ!デニス=ブライヤーズ!」


耳元で青の魔力を破裂させられて、俺は文字通り飛び上がった。

一気に覚醒し、急に起き上がったせいで点滴の針で身体中が引き攣る痛みを堪えながら、耳を塞いだ。

恐る恐る目を開ける。

レースのカーテン越しに見えた空はまだ暗い。夜明け前のようだ。


…昨日はブリテンからの帰還途中で意識を保てなくなったんだっけ。丸一日ほど眠っていたようだ。


「ぼさっとしていないで、早く!…何、これ。拘束されてるの?」


俺の枕元に不機嫌そうに立っているのは青竜様だった。

腹に穴を開けられた記憶が蘇り、固まる俺に向けて、青竜様が素早く手を伸ばしてきた。

身構える暇も与えられず、ぶちぶち、とちぎれるような音がした。

突然、全身に走った鋭い痛みに、俺は歯を食いしばって背中をしならせることしかできなかった。

両腕、両足…感覚的には背中からも、大量に血が溢れ出てるのを感じながら、「ああ、無理矢理点滴針を抜かれたのか」と他人事みたいに思う。

痛みと大量出血で目の前が暗くなっていく…ベッドのフレームに後頭部を強打しかけた俺だったが、思いがけず、背中を支えた手があった。


「おいおいおいおい、青竜!何してんの!?さっき呼吸を止めかけたばっかじゃん!今度こそ死んじゃうだろ」


「…えー?死ぬのは困るなあ、白金竜、ご自慢の治癒魔法で助けてあげて?」


「お前に言われなくてもやる!ーーーお前が乱暴したせいで、ボクの最大出力でギリギリじゃないか!」


五感が遠ざかり、音も、視界も消えかけていた俺の全身を、温かい、白金の光が俺を包んだ。


ーーー瞬く間に、全身の痛みが引いていった。

背中に添えられた手の暖かさも、頭上でやかましく言い争う声も、病室に香る消毒液の匂いも、全部が還ってきた。

あ、死んだわって思ってたのに、一瞬で引き戻された感じ?

もう訳が分からなくて、両手を握ったり閉じたり、腹の包帯をとってみたりして、魔力臓器らしきものが「治癒完了」なんて文字を点滅させながら腹からぽこんと飛びだりてきたあたりでーーー衝撃でもう一度気を失いたくなった。


あれ、これ、全身の傷治ってねえ?


次々と起こる異変に対処しきれていない俺だったが、今度は耳元で、「お前!大丈夫か!」と叫ばれた。

完全に周りの存在を意識から外していたせいで、大袈裟なほどに飛び上がった俺を見て、ベットサイドに膝をついて座りながらずっと背中を支えてくれているどなた様かは、「すまない、驚かせたか」と謝罪してくれる。


「痛むところは?人間相手にこの治癒魔法を使ったのが久々すぎて加減が合ってるか心配だ。息苦しいとか魔力の流れが変わったとかはないか?」


ーーー質問攻めである。

「人間」なんて言葉を使ってくる俺の命の恩人は誰だろう。

ひとまず「大丈夫です、ありがとうございます」と口を動かし、いまだに落ち着かない心臓に手を当てながら…俺は、ようやく声の主を見ることができた。

彫刻みたいに整ったお人がベットサイドから俺を見上げていた。

見かけない色を纏う人だった。髪も、まつ毛も、瞳も、銀色で星のようにかすかに発光している。手足の指先まで覆い隠すほどに袖丈の長いワンピースのようなダボっとした光沢のある服だけが白い。

そのお人の纏う魔力がどう見ても人間じゃなくてーーーようやく俺は答えに辿り着いた。

全ての怪我が治っているのにも納得だ。

この世界の治癒魔法の始祖竜が天の階段を登りかけていた俺を引き戻してくれたらしい。


「白金竜、さま、ですか?」


俺の問いに命の恩人ーーー改め、白金竜様は頷いた。

…白金竜様は、ベルギー王国の始祖竜だ。なぜここにいるんだろう。

青竜様と連れ立っているあたり、何か事情があるのだろうけど。

ぼうっと考えていたら、いささか強すぎる力で腕を掴まれた。

「早く行こうよ〜」と青竜様が引っ張ってくる。

小さく走った痛み以上に全身を緊張が駆け抜けた。

転がり落ちるようにしてベットから降りる。手に収まってた魔力臓器だけはそっとサイドボードに置いた。とんでもない代物らしいし、壊したりしないように。

足の裏がヒヤリと冷たくて、履くものがないにはすぐ気づいたけど、素足で冷たい病院のフロアに立つしかなかった。

靴がないとか悠長なことを言ってまた怒らせたら今度は点滴だけじゃなく腕を引きちぎられるかもしれない…。


怯えたように魔力を揺らしてしまったせいか、青竜様が「怖い?辛い?うふふふ」と笑いかけてきた。何が面白いんだ、少なくとも俺は背筋が凍ってるぞ。

もう、視線を向けられるだけで、正直、すごく、怖いんだよ!

腹に穴を開けられ、大量出血で殺されかけーーー職業柄痛みには慣れてるけどさ、流石にちょっと目の前の始祖竜に恐怖心しか抱かなくなっている。


俺と青ざめている俺を見て喜んでいる青竜様を見あげつつ、ずっとしゃがんだままの白金竜様が大きくため息をついた。


「青竜はやっぱりイかれてる…」


白金竜様が曲げていた足を伸ばす…ただ立ち上がっただけなのだが、背骨がしなって膝と足首の関節が動く、その単純な動作の滑らかさをまじまじと観察してしまうのは職業病だろう。滑らかすぎる筋肉の動きに魅せられて、やっぱり人間じゃないなって再認識する。

背筋を伸ばし、美しく立たずむ白金竜様はーーー俺のことを爪先から頭の天辺までまじまじと観察した。裸足で先ほどの大量出血の名残りで血に染まった病院服に身を包む俺を見て思うところがあったらしく、眉間に皺を寄せる。


「ねえ、もうちょっと着替えとか、食事とかさせてからの方がいいんじゃないの?」


ーーーなどとすごくまともなことを言ってくれるではないか。

しかし、感謝に打ち震える暇もなく腕を引かれた。唯我独尊の青竜様は全て聞こえなかったように窓に向けて俺を引きずる。


諦めたように首を振り、先回りした白金竜様によって病室の大窓が開けられーーー吹き付けてきた外気のあまりの冷たさに俺は小さく悲鳴を上げた。

師走の寒風が俺の全身を突き刺し、歯が噛み合わなくなってカチカチと音を立てた。必死に肌を擦る俺を見て、たった今窓枠に足をかけた青竜様が「寒そうだね」とわかりきったことを言ってくる。


「我慢して。転移先はここよりマシ」


ーーーえ、転移?


考えてる間に事態は目まぐるしく移り変わっていく。


踏みしめていた地面が消え、宙に放り出された気がした。

…転移魔法の感覚に離れてるから、取り乱したりはしなかったけど。

予想通り、数秒後に見知らぬ空間に飛ばされた。

壁全面黒魔石に覆われ、空には金色の魔石が輝く異様な場所だった。


俺の手を痛いくらいの力で掴んでいた青竜様がおもちゃに飽きたみたいに、空中で手を離すので慌てて身体強化の魔力をまとった。魔素を体で動かす感覚が久しぶりすぎて、身体が軋んでる気がする。

落ちていく勢いのまま三回ほど宙返りして着地して見せたら白金竜様が「よかった元気そうだ」と手を叩いて喜んでくれた。


白金竜様に胸を叩いて礼を返しつつ…いつも通り、とまではいかないが、そこそこ動けそうな自分に安堵する。

そしてすぐさま白金竜様の背後に隠れた。

青竜様が俺を怪訝そうに見てくる。


「どうした?デニス」


「いえ、なんでもありません」


白金竜様の背後から俺は笑顔で答えた。白金竜様はなんだかまともそうな人だし、ここなら安心な気がした。

しかしーーー青竜様は俺を一瞥して「あっそ」と突き放すように述べると、


「泣いて喜びなさい、お前の魔核を強化するために始祖竜が二体もかかりきりで特訓してあげる。文字通り死ぬまで鍛えるからーーー覚悟しなさい」


…青竜様の「死ぬまで」は説得力がありすぎて、思わず腹に手をやった。

青ざめたお俺を見て何故か嬉しそうに肩を振るわせる青竜様は「よく聞きなさい」と人差し指を立てた。


「お前は眠りこけて三ヶ月も無駄にしている。この間にジョシュアが死ななかったのは本当に幸運としか言いようがないーーーお前に魔核を差し出させるプランは邪竜様に却下されたから新しい手立てを考えないと」


「ジョシュア」ーーーか。俺の唯一願いだったライラのそばにいることはできないのに、そっちは続いてるのか。

青竜が何か大切なことを言った気がするけどちゃんと聞いていなかった。

全身を再び疲労感が襲ってきてしゃがみ込むと、青竜様が戸惑ったように言葉を切った。


「どうした?まさか怖気付いたか?」


何も答えない俺に向かって青竜様は勝手に「そうかそうか」と頷いている。


「人間らしくて大変よろしい。まあ、お前はプロイセンにいさえすればあとは私たちと周りがどうにかする」


ーーーん?


「俺がプロイセンにいさえすればいいって、どういうことですか」


顔を上げると…海の底のように暗い目をした青竜様が近づいてきた。

自然と後退りしていたが、宙を飛ぶ青竜様の方が速いに決まっていて、真っ青なおひとが目と鼻の先まで顔を近づけてきた。


「その言葉の通りだよ、何度でも言ってやろう。ーーーお前はプロイセンにいて、ジョシュアが死なない方法を考えろ。…現に、お前がいなくなったおかげで黒竜は随分と覚醒した」


言葉をうまく飲み込めていない俺に向かってーーー青竜様は容赦なく言葉の刃を突き刺してくる。


「なんだその顔は…まさか、自覚がなかったの?お前の存在が、黒竜の覚醒の障害になっていたんだぞ?ーーー『愛の騎士』なんて本当に愚かで可愛らしいね。守れる気でいた?黒竜の方が強いに決まってるだろう。ライラは人間の部分をまだずいぶん残してるからね、弱いまま、お前にそばにいてほしかったのかもね」


この人は何を言ってるんだろう。

「愛の騎士」ってどう見ても俺のことだよな。

ーーー俺が、ライラの覚醒を邪魔してた…?そんなはずはない。ジョシュア様も言ってた。5年はかかるって、二人で守ろうってーーー


「…嘘だ、出鱈目言うな。ジョシュア様だっておんなじことをーーー」


青竜様は何がおかしいのかふふふふふと口元を引き上げた。


「だから、お馬鹿さん。ーーージョシュアも、わかってないんだよ。黒竜がジョシュアより弱いわけないだろう?だから、ボクは黒竜の背中をちょっと押してあげたの」


これ以上こいつの言葉に惑わされたくなくて、耳を塞ごうとしたら「聞かないなんて許さないよ」と強い力で腕を拘束された。


「黒竜なのに『お姫様』気取り。ーーー世界が壊れる前に、お前も始祖竜としての役割を果たせってね」


ついでに「早くしないとお前が大事にしてそうな人間全部殺すよ」って言ったら黒竜目の色変わってたなあーーーこれを笑顔で言われた時、俺は即座に理解してしまった。


ーーー俺のこれまで積み上げてきたライラとの時間を壊したのはこいつだ。


怒りで目の前が真っ赤になって腕の拘束を振り払おうとしたのにーーーできなかった。全然力を入れてなさそうなのに、青竜の腕は鉄の鎖よりも硬かった。


俺が全力を振り絞るあまり顔を真っ赤にしてるのを見て青竜は「どうしたの?そんなに顔を赤くして」なんて首を傾げてくる。


「もしかして、こっちも言わなきゃわかんない?お前がプロイセンにいなかったのもかなりいけないことだったんだよ?ーーーねえ、赤竜の卵を抱えた人間?ジョシュアを助けて赤竜にもならなきゃいけないんだから責任重大だよ?ボクに怒ってる場合じゃないんだよ?」


ん?

んん?

んんん?


怒るのもやめて、喋ることもできずに、俺は青竜を見つめてしまった。


「え?誰が、赤竜?」


「お前だけど」


ハハハハ、新手の冗談かーーーー

勢いよく振り返って、白金竜さまに助けを求めた。

しかし、なんと、白金竜さままでもが「うん、お前、赤竜」と頷くのだ。


「ふ、二人して、面白い冗談言わないでーーー」


ください、って続けようとしたらーーー記憶のどっかの蓋がカチリと音を立てた気がした。


はじめに浮かんだのは、見慣れないおじいさんが古臭い病院で寝かされてる姿。

なんか言ってるーーー


「赤竜ーーー私がいなくなっても、人間を食べようとしたりしたらダメですよ?困ったら黒竜さまを頼るのですよ」


全然見覚えのない光景のはずなのにーーー俺は、この光景を確かに経験していた。悲しみで胸が押し潰されそうになってーーー次の瞬間、また違う景色が映ってた。


何千段とある引き出しが一斉に開いたみたいに溢れ出してきた、赤竜としての記憶。

自分でも不思議なほどにそれは俺の中にしっくりときてーーー理解した。

そうか、俺はーーー


「俺は、赤竜だ」


言葉と同時に、脳が自覚したらしい。

ーーーああ、今の俺はあまりに弱すぎる。


頭から爪先まで作り替えよう。

自分の体をいじるのは初めてだったけど、なんとなくこんな感じかなってわかってたからあんまり難しいとは思わなかったし、恐怖心もなかった。


スッと手を挙げると、人間だったときは反応しなかった魔素も含めて、全部の魔素が俺のお願いを聞いてくれるのがわかって嬉しくなった。

ニコニコして魔素を集めだした俺に青竜が「お、お前、何やってんだ!?」と叫んできたけど、うるさいなあと思いながら睨んだらすぐに黙った。


全然足りないなあと思いながらも、臓器を最優先にすることにして空中から必要な魔素を集める。集めたら片っ端から自分の中で組み立てる。


「お、おい…嘘でしょ?え、ここで、覚醒するの?」


途中で、黒の魔石でできてた壁が壊れたから拾い集めるのも面倒な気がして全部取り込んだ。その取り込んだ魔石が想像より純度の高いものだったから、ちょっと嬉しくなる。


「ちょ、こ、これ、一応、初代の黒竜が作ったあらゆる魔法を吸収する空間なんだけど!」


さっきから青竜がうるさいなあと思いつつ、黒の壁を取り込んだことで体の最低限必要なパーツだけ作り終えた俺は、ゆるりと立ち上がった。

赤の魔力が楽しげに俺の周りをけぶってた。

壁が壊れたことでこの辺りの赤の魔素が集まってきたのかな。でも、ぶっちゃけこんなんじゃ、全然足りないんだよな。


呼吸するように赤の魔素を取り込んでしまった俺は、ゆっくりと青竜を見た。

青竜はーーー浮かべていた笑みを即座に引っ込め…なんと、後ずさった。


「お、おいーーーなんの真似だ」


お腹が空いたんだーーーねえ、青竜。覚醒して、はじめてわかった。お前、めちゃくちゃいい魔素いっぱい持ってるな。ちょうどいいや。


「お前の魔素、よこせよ」


俺、こいつのこと、大嫌いだ。

だって俺とライラの邪魔をした。

逃げようとした青竜の翼を鷲掴みにするようにしてを捕まえたら、信じられないって顔で見られた。


「なんで覚醒直後でそんなに早く動ける?始祖竜の力をものにするのにこの私でも一年はかかったんだぞ?」


うるさいなあ。

その口、塞いじゃおうか。


俺は無言で青竜の口に手を突っ込んでーーーそのまま、魔素を一気に吸い出した。


くぐもった悲鳴をあげる青竜を見て、ちょっとスッとする。

…でも俺、赤竜だから、青の魔素はあんまり美味しくないなあ。


「まずい。赤の魔素が欲しい」


あまりいっぱいにならなかった腹をさすりつつ、ぽいっと赤竜を捨てる。青竜は即座に飛び退ろうとしてよろけてた。

これ以上吸い出したら倒れそうだってとこまで搾り取ったからな。

文句を言いたげに、でもはっきりとした恐怖を浮かべて俺を見てくる青竜。

ーーーまるっきり、立場が逆転したな。


俺は大人なので、青竜への八つ当たりはこれくらいにしてあげることにした。

…いろいろ説明してもらいたくて白金竜を探したのだが、見つけた彼(彼女?)はものすごく遠くにいた。今も転移魔法と浮遊魔法を駆使して移動している。

なぜ急にそんなところにいるのかと不思議に思いながらもーーーサッと跳躍して、先回りしてあげたら「ヒッ」と悲鳴を上げられた。


「わ、私は、お前に危害を加えてない!」


じわじわと後退りながら必死に説得を試みられている俺。

この反応を見て、ようやく自覚する。

白金竜様は俺から逃げてたらしい。

…なんでこんなに怯えられてるんだ?


首を傾げて考え込んでいたらーーー白金竜様が訝しげな声を上げた。


「ぼ、ボクの魔力を青竜みたいに吸い出しに来た訳ではないのか?」


白金竜様の言葉にーーー俺は思わず吹き出した。


「俺。あなたのことは嫌いじゃないんでそんな乱暴なことしませんよ」


「あいつのことは嫌いなんだな」とボソリと呟く白金竜様。

当たり前だ、三回くらい殺されかけて、しかもライラを泣かせた。

ライラを悲しませた奴は絶対に許さない。俺のポリシーだ。

嫌いですって正直に応えたら「ボクも」と同意してくれた。そうなんだ。


「で、でも…飢餓感がすごいだろう?お前の持っている器は歴代の始祖竜の中でもダントツだと思う。さっきの青魔力くらいじゃ全然足りてないぞ?」


少しなら分けてやれるがーーーと申し出てくれた白金竜様の好意をありがたく思いつつもーーー俺は全力で辞退させてもらう。だって、白金竜様弱々しすぎて壊しちゃいそうだし、そんな竜からもらっても、どっちにしても足りない。


「これ、多分まだ覚醒途中なんですよね。ーーーこの三倍くらいの器が完成形だって頭ではわかってるんですけど、それこそこの辺りの魔素全部吸っちゃいそうなんで、自力で抑えてます」


ははは、と笑った俺から白金竜様が一歩後ずさった。

「化け物が生まれよった」と言われた気がする。失礼すぎるだろ。

キュルルルと間抜けな音を立てる腹を押さえながら、俺は白金竜に「いろいろ聞きたいことがあります」と言ったら「ボクもある」と返された。


「どうやってそんなに早く成体になった?…青竜でさえ早いと思ったのに、これだから最近の若者は」


時代かなあ、とため息をついてしまった白金竜の方あたりを叩いて適当に慰めてみる。…青竜様って紀元前に産まれた気がするんだけど最近の若者なんだ、とかいうのはいらないツッコミだろう。

あと一番最近の若者のはずのライラはいまだに覚醒しきれてないのもライラの名誉のために口に出さないでおこう。うん。


赤竜になった途端、どんなに遠くにいても他の始祖竜の存在をぼんやりと感じられるようになったし、ライラがいかにまだ未熟なのかとかも感覚でわかった。明らかに一体だけ魔力が弱々しい。赤ん坊みたいでかわいいけど。

ーーーライラが覚醒して、もう5年だ。青竜様がキレてたのも頭では理解した。ライラに「ジョシュアを殺す」なんて暴言吐いたことは何千年経っても許さないけどな。


愛しいなあ、竜になってもあいつどんくさいんだなあ。とニマニマしてたら「おい、質問に答えろ」とせっつかれた。


「赤竜、お前自覚してる?瞳を閉じてた十秒くらいで人間から赤竜に生まれ変わってたよ?ありえないって思ったし、ちょっとボク引いたもの」


「貶してますか?」って思わず聞いたら「いや褒めてる」って返された。…本当か?

でも、期待して見上げてくる白金竜様には悪いけどーーー

多分、剣の時と同じだ。


「なんか、できてました!」


はは、と笑ったらすごく残念な子をみる目を向けられた。

「それじゃ私の次代にとってなんの参考にもならないじゃないか!」ってキレられても困る。


「…だって赤竜だって気づいたら、自分の体が未熟すぎて気持ち悪くなっちゃって。ちょいちょいっといい感じに作り替えたら魔力総量がドーンと増えたんで、それに合わせて魔素をバーっと取り込んだんです!」


今度こそ伝わったに違いないと俺は確信してたのに、白金竜はこめかみに手を当ててゆっくりと首を振っていた。


「ええ、うん、よくわかった。もう大丈夫だ」


ーーー絶対にわかってない人の動きしてるけど、竜的には違うのか?

首を傾げる俺に向けて、小さく白金竜は首を振った。


「人間の時と見た目も変わってないしーーーお前はきっと生まれ落ちた時から特別なんだろう。…やたら左右対称な顔立ちをしているとは思ったが、まさか外見はすでに赤竜のものだったのか」


いつまでも喋っていそうな白金竜に「あの」と切り出してみる。


「ジョシュア様が…っていうのは本当なんですか?」


嘘であってくれって思ったのに、あっさりと頷いてしまう白金竜。

絶望しながらも、俺は矛盾を指摘してみる。

だっておかしい。


「俺の魔核なんて一番小さいのでも人間の中に入れられませんよ」


ジョシュア様は確かに最強の魔法使いだ。

…でも、あくまで人間の括りでという注意書きがつく。

そりゃあそうだ。始祖竜の加護で人間は魔法を使えるのだ。始祖竜になった俺の魔核は人間にうつせるようなものじゃないのだ。

白金竜も同じ考えのようで「ジョシュアを助けたいなら別の手を考える必要がある」と腕を組んで難しい顔をした。


「ライラックの魔核ならいい感じに未熟だし、もしかして…「それ以上言葉にしたら干からびるまで魔力を吸いますよ」


怯えるように後ずさった白金竜に向けて俺は笑顔で「発言には気をつけてください」と釘を刺す。


「ライラには傷一つ付けさせません。これは当たり前のことです」


「え、だってお前、自分の魔核は取り出すって…」


「それはそれ、全く別の話です」


そうかな?と首を傾げている白金竜の前で一旦頭を整理することにする。

ジョシュア様が危ないのは本当。

助ける手段が俺の魔核だったのは嘘。

ーーー状況、悪化してんじゃねえか。


でも、赤竜になってみてますますわからない。


「なんで邪竜様にジョシュア様は狙われるんですか?ーーーあの方が魔素のバランス気にして現世に介入してくるとかちょっと信じ難いんですけど」


白金竜は「ボクも最初はそう思った」と頷いてくれた。そして、なぜか深いため息をついたのだ。


「黄竜の先代が次代を定めずに帰天しても何も干渉してこなかった邪竜様がなぜ今になって、よりにもよって黒竜の愛子であるジョシュアを標的にしたのか。ーーーボクも変だなと思って邪竜様に念話を送ってみたんだけど…予想外の答えが返ってきたんだよね」


ーーー予想外の答え?

言いたくなさそうに黙り込んだ白金竜を目線で急かす。

ここまで話しておいてもったいぶんな。


「青竜にこれ以上攻撃しないって約束すんなら教えてあげる」


「…………無理です」


ガクッと崩れた白金竜には悪いが、嘘は付けないからな。一期一会ならぬ一殴一会くらいはすると思う。正直者なんだ俺。


「ーーーもういいや、お前怖いし、ボクは早く返って眠りたい。ボクから魔素を奪わない…これでどう?」


そんなんでいいのかと驚いて聞き返したら「ボクにとっては一番大事なことだよ!」と叫ばれた。

すぐさま口約束ではなく魔力の誓約を結ばされたあと、ようやく白金竜は口を開いた。


「びっくりなんだけどーーーこの世界に邪竜様の愛子がいるみたい。で、その子に加護をもっとあげたい足しいんだけど、加減がわからないんだって。それで…一番出来がいいジョシュアをちょっと間近で見たいって思っちゃったみたいで」


間近でみるためにーーー帰天させようと考えたらしい。

いや、それーーー


「ジョシュア様や他の人間にとっては死んだのと同じじゃないですか」


でも、言いながらちょっと俺はほっとした。

そういうことならライラは面会の許可さえ取れば天界でジョシュア様に会えるってことだ。


不幸中の幸いか、と肩を撫で下ろした俺を見て、なぜか白金竜もほっとしていた。

まるで、俺が何かに気づかなくてよかったみたいなーーー

あ、じゃあ…。


「この、俺の腹に穴開けて、ライラを泣かせた一連の騒動、完全に青竜の思い込みってこと?」


目が据わってしまった自覚はある。

白金竜が「やはり気付くよね、そうだよね」と頭を抱えている。


「やっぱり魔核三つくらい壊すか」

ひっと息を呑んだ白金竜に「冗談ですよ」と微笑んだら後退りされた。


…俺がライラの護衛騎士を解雇されたのも冗談だったら、どんなによかったか。

全て失ったあとに、赤竜として覚醒するなんて特大の皮肉だとしか思えなかった。

無言で拳を握りしめていると、白金竜が転がるように逃げていった。視界から逃れてから転移する気らしい。俺の追跡が怖いのかな。どうでもいいけど。

いつもいつもこんなんばっかだ。俺はいつも肝心な時に弱いんだ。この力にもっと早く目覚めていれば、今もライラの護衛騎士をやれていたかもしれないのに。


…それともこれは運命とかいう俺が一番嫌いなものなのだろうか。

ライラと俺は別々に生きる定めなのかもしれない。


「つよくなってもお前のそばにいれないんじゃなんの意味もないのに」


風が強い。

草がざわめいて、いつのまにか伸びてた俺の後ろ髪が舞った。


何をするわけでもなくただ立ち尽くしていると、遠くで白金竜の魔素の気配が消えた。

始祖竜が俺に怯えている事実が可笑しくて俺は薄く笑う。

最強だと思ってたジョシュア様もただの人間だ。

でも、今の俺には別の、さらに最悪な敵ができてしまった。


私利私欲でジョシュア様をこの世界から連れ去ろうとする。


…邪竜様、あなたは昔から我々にここは任せっきりだったのに。

どうしてよりによってジョシュア様なんだよ…。


死にかけて、ライラに見切られて、赤竜になった。

疲れた。この辺一帯赤の魔素だけにして転がり回りたいくらい疲れた。

あたたかい布団にくるまっていじけてたい。

エリザベータなんかが怒りにきそうだけど、全部無視してやるんだ。


でも、これだけのことが起きても、残念ながら俺は変われない。

どうしたって考えてしまう。

俺に続いてジョシュア様までいなくなったら…ライラは一人で残された王宮で、ジョシュア様が愛した国を守るために戦って、自分の部屋で隠れて泣くんだ。

昔からひとに頼るのが苦手なんだよな。

…もう、俺のことはいらないと手を離されてしまったけど、放っておけるわけがない。落ち込んでる暇があったら、なんとかしてあげなきゃって俺の身体は動いてしまう。


「冗談じゃない。これ以上、何人たりともライラから何も奪わせはしない」


ーーーとりあえず、シリル君たちのとこに戻るか。


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