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当て馬騎士の逆転劇〜こいねがえば叶うはず〜  作者: 橘中の楽
第一章 最年少騎士団長
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第二十六話 お買い物

日増しに秋色が濃くなるフランク王国で、デニスたちは武器市に来ていた。

軽やかな足取りのデニスの後ろを微妙にお互い距離を空けたマスキラ二人が続く。


昨夜も深夜に近いような時間にデニスは青竜から解放されーーーある思いつきを実行するため、食事より何より先に知り合いの騎士団長へと連絡したのだ。


「レミーさん?お久しぶりです。はい、デニスですーーー」


電話一本で多忙を極めているはずのフランク王国騎士団長との約束を取り付けるデニスにライラ、シリル、紬の三名が戦慄していたのだが、デニス本人は至って平然としていた。

普段は鬼のレミーと呼ばれるフランク王国騎士団長。

彼もデニスの才能に魅せられている一人のようで、デニスが電話してきた際に童心にかえったように笑ったりしていた。

昼間は電話を取らない彼が応答しただけでなく笑みまで見せたりしたものだからフランク王城中央食堂で騎士団員たちがざわついた。

しかし、レミーのことを気の良いおじさんくらいに思っているデニスはこちらの反応も当然預かり知らぬところなわけである。



爽やかな秋空の元、市場を闊歩する三人組には自然と視線が集まる。

まず、三名とも魔力が大きすぎるのだ。明らかに一般人ではない。

バレるのは仕方ないと割り切って堂々と素顔を晒すレミーとは対照的に、デニスは変装のためだろうか、騎士団長っぽくない白のライダースに細身のダメージジーンズ。顔を隠すために大きめのサングラスまでかけているのだがーーーいかんせん、似合いすぎたためかフランク語とブリテン語の両方で「モデル?ハリウッドスター?」なんて声が聞こえてきたりする。


市場の入り口でデニスが貨幣を両替している間、このメンツではシリルが一番一般人に見えるのか、「あの、何の撮影ですか?」と若いフィメル二人組に声をかけられていた。

シリルが早口のフランス語に戸惑っていると、「もしかしてブリテンの撮影ですか?」と友人の方がやや訛りのあるブリテン語で言い直してくれた。


「さ、撮影じゃナイデス」


「なんだ、お忍びかあ」「どこかの王族かな?赤髪の人サングラスしてたけど多分めちゃくちゃイケメンだったよね」


「お兄さんありがとうございます」なんてフランス語でお礼をされ、わかったような仏頂面で頷くシリル。

そんなやりとりを静観していたレミーは肩を震わせている。


「シリル王の魔力隠蔽は本物ですね…ふふ、お兄さんなんて、彼女たちがあなたの正体を知ったらなんていうのか見ものです」


レミーに揶揄われて臍を曲げたシリルが大人気なく魔力の隠蔽をやめたためのはこの時だ。遠目に観察されるだけで、直接声をかけてくる人が減ったのは女性恐怖症の気があるシリルにはよかったのかもしれない。

両手いっぱいにフランク紙幣を抱えてでてきたデニスを見て、シリルは用意していた嫌味も忘れて空間魔法の鞄を差し出していた。


「おま!?どんだけ買う気だよ。市場の品全部買い占める気か?」


「何言ってるのシリル君?プレミア品もあるんだから全部なんてーーー」


「比喩に決まってんだろうが!素直か!ーーーほら、全部よこせ。浮かれどりのお前に任せると心配だから財布は持っててやる」


「おー、ありがとー」とほんわかと笑うデニス。

仏頂面のままデニスの手から今にもこぼれ落ちそうなフランク紙幣を受け取って丁寧に鞄に詰め込んでいくシリル。

レミーは二人のやりとりを興味深そうに見入っている。


「失礼ですが…シリル王はもっと怖い方かと思っていました」


レミーの呟きにデニスが「シリル君は懐に入れた人には甘いよ」と何故か得意げに返し、「黙れ」と頭を叩かれている。


「デニスは大物だよなあ。プロヴァンスのあたりに泊まってるっていうから、どうやってパリ近郊まで来るのかと思ったら…シリル王をタクシーがわりに使うなんて。…まあ、お前の電話一本で休みをねじ込んだ私もあまり人のことは言えないが」


感心したように頷くレミーを一瞥し、シリルが心底嫌そうにため息を吐いた。


「俺がどうのって言うよりこいつが一級品の人たらしなだけ。ライラからも頼まれたし。…あのジョシュアもぞっこんだからね、ハンパないよ」


…シリル君、タクシーは否定しよ?しかもジョシュア様がぞっこんとか…冗談でもやめてほしい。鳥肌立つわ。

渋面のデニスがシリルに向けて蹴りを繰り出し、さらりと避けられている。

デニスは舌打ちしつつ、自分から話題を逸らすためかレミーの方へと向き直った。


「レミーさんも人望がすごすぎて過激派がいっぱいいるって父さん言ってましたよ」


デニスの言葉にレミーが白い歯を見せて「まあな」とダンディに笑う。

今年で四十五歳だと聞いたが、彼の笑みに道ゆくマダムが頬を染めていた。


デニスの父親は元ブリテン騎士団長なのでレミーとも親交があるのだ。二人は歳も近い。デニスも小さい頃からレミーには可愛がられてきた。


「騎士団っていうのは国に命をかける組織だからな。ーーーそのトップは人誑しくらいでちょうどいい」


レミーの言葉にシリルが「イケメン滅べ」と口を歪めた。

レミーが子供のようなシリルを見て眉を顰める。


「プロイセン王はもうちょっと人望あったほうがいいんじゃないんですか?随分内政が荒れているってフランク王国まで噂が届いていますが」


「はっ、俺に仲良しこよししろって?ーーー人間関係円滑に進めるのとかまじで無理だから手っ取り早くデニスを勧誘してんだよ。…なあデニス、やっぱプロイセン来いよ。な!」


シリルがあまりに潔く「人望がないこと」を認め、流れるようにデニスを勧誘するのでレミーが呆気に取られていた。


「…俺に任せきりにしようとするんじゃないよ!騎士団をまとめるのと魔法大国をまとめるのじゃまるで話が違うだろ!」


「いや、お前ならいけるよ。少なくとも家臣の八割に謀反起こされかけてる俺よりはいけるよ」


「シリル王…苦労してるんですね」


なんか聞いちゃいけない言葉が聞こえたなあ。

うん、俺は知らないぞ、家臣八割がいなくなるとか悪夢にしか聞こえないし、通りでシリル君どんどん痩せてるんだとか思っちゃったけど何も聞いてないぞ。


爽やかな秋晴れに似つかない不穏な会話が続いていたのだがーーー観光客の多いメインストリートから外れ裏路地に入った途端、デニスが目の色を変えた。


パリの魔法武器市場は世界有数の規模なのだ。

興奮のあまり赤の魔素を弾けさせているデニスが、落ち着きなくキョロキョロとしてしまうのも無理はない。


「いやー、ライラのためだから気合入るなあ。しょうがない、だって王妃のためだもの」


「落ち着けデニス。何に言い訳してるんだ。そんなあからさまな嘘つかなくたってフランク王国にきた全員がお前の武器オタクっぷりは知ってるぞ」


「わ!シリルくん、あれ見て!ラウンデルダガーじゃない?グリップ上下両方に円盤ついてるから中世後期のやつだ!」


おやつを見つけた犬のようにかけていくデニスを慌てて追いかけるシリルとレミー。

突然やってきた奇妙な三人を順番にみた店主がレミーという有名人の姿を認め、たじろいでいる。


「こ、これは…レミー団長。色男のにいちゃんも武器に詳しいな。団長と同業か?」


「そうそう、同業だし俺も団長だよ〜。これ、触っていい?」


「そうか!お前も団長なのか…って、え!?団長?」


固まってしまった店主。

デニスは無言は肯定と見なしたのか、すでにお目当ての剣を撫で回している。

少年のようにはしゃぐ赤髪の青年の姿にーーー武器屋の店主が困惑しきって、レミーの方に助けを求めるような視線を送ってきた。

レミーは本当だ、という意味を込めて頷きを返した。店主はもう一度デニスを見たあとで、慌てた様子で店の奥へと消えてしまった。何か探しに行ったらしい。

シリルが思わず「客の前で商品置いて消えてくって正気かよ」と呟きレミーが苦笑いしている。


「店主もこのメンツじゃあ万引きはないと思ったんだろ。ーーーそれにしてもデニスは相変わらず武器全般詳しいなあ。しかも知識だけじゃなくてちゃんと扱えるから恐ろしいよなあ」


周囲の会話など完全にBGMになっているデニスは「一軒目からあたりだ!」と内心小躍りしていた。次々と手に取りつつ、ああでもないこうでもないと呟いている。


「あ、すげえ。シンクレア・ヒルトのレプリカがある。…でも使ってる素材の質が中級か。…迷うけど、やめよう」


そのあたりでテントの中から店主が戻ってきた。

やけに、にこやかな店主が手にしているものに気づいたシリルが顔を顰める。


「色紙って…アイドルかよ」


武器の見聞に夢中になっていたデニスは、店主に「デニス=ブライヤーズ騎士団長」と呼びかけられてようやく現実へと戻ってきた様子だ。


「はい、なんでしょう?ーーーおっちゃん、この三ついくら?」


「この色紙にちょいちょいとサイン書いてくれよ。二番目の娘がお前さんの大ファンなんだよ…その三つの値段はーーーって、お前さんいい目してるなあ。この店どころかこの市場でも五本の指に入る品だよ、そいつらは」


デニスに色紙を押し付け、電卓を叩く店主。

デニスは特に気を悪くした様子もなく慣れた様子で色紙をかいている。

「娘さんの名前は?」などとわざわざ聞いてあげるサービス付きだ。


「名前かいてくれんのか!ソニアだ!」


「その方がきっと喜ぶでしょ〜ソニアさんへ、応援ありがとうっと。ーーーおっちゃん、娘さんは赤魔法アレルギーとかない?魔力印押しちゃっていい?」


「お、おう!頼んでおいてなんだがそこまでしてもらっていいのか?魔力ってやつは騎士様にとっちゃ命綱だろ?」


「いーのいーの、サインひとつでどうにかなるような鍛え方してないし。ファンサービスは全力で、が俺のモットーだから。ーーー勘定終わった?」


サングラスを一瞬だけ持ち上げ、調子良くウインクまでかますデニスを見て店主が「こりゃあいい」と大笑いした。


「俺までファンになっちまった。ーーー今日は何を探しにきたんだ?いい店教えてやるよ」


「はい、できたよ。娘さんによろしくねーーー今日はミスリル鋼のバスケットヒルト・ソードを探してんの。重量は問わないけど刀身は短め、硬度は最高クラスがいい」


「ミスリルかあ。じゃあボンク爺の店がいいな。その路地を右に曲がって…ああ、俺…ジョニーの紹介だって言えば表に出してないのも見せてくれると思うから名前使ってくれや」


手書きの地図に加え、随分値引きされた値段を提示してきた店主にデニスが恐縮している。


「おっちゃん、これは悪いよ」


「もっと安くされたくなきゃこの値段で買ってくんだな」


十五分ほどのやり取りで三本の上級魔法剣と、一般客が入れなそうな裏通りの地図まで手に入れたデニス。

「デニスの人たらしは全方向年齢無差別だ」と真顔でシリルが呟いたためにレミーが吹き出していた。


「デニスは嘘くさくないんだよな。本当に武器が好きなのもわかるし、ファンサービスが良すぎるのもいつもだし…シリル王も真似してみたらどうですか?」


「無理、それは人間に太陽になれって言ってるのと同じ」


最後に記念撮影までして、まるで旧友との別れのように店主とハグをしたデニス。晴れやかな顔でシリルたちへと向き直った。


「いやージョニーのおっちゃんの目利きは確かだな。フランク王国にきたら立ち寄るようにしよう」


出会い頭に良品を手に入れられたせいだろう。

ご機嫌なデニスは器用に三本の剣をくるくると回しつつーーー早速紹介された店に行こうと歩き出した。

が、すぐさまシリルに「おい、持ってやるから貸せ」と肩を叩かれている。


「えー着くまでこの金属の感触を味わおうかと…」


「ばか、一般客がビビるだろ。得物はしまっとけ」


「…兄弟みたいだな」


おわかりかと思うが上からデニス、シリル、レミーの順である。

デニスはむくれていたが、シリルにせかされて渋々今手に入れた剣を自分の鞄に入れた。

そして、残りの二本をそれぞれレミーとシリルに差し出したのだ。


驚いたように見返す二人へデニスは屈託無く笑って言った。


「今日は俺のわがままに付き合わせてすみません。ーーー魔法剣は消耗品だから何本あってもいいかなって。シリル君は最近筋力が落ちてそうだから重力魔法にも耐えそうな魔力耐性の高い剣、レミーさんはロングソード一筋ですよね」


「お前の目利きは確かだから助かる!」と笑顔で受け取ったレミー。


対するシリルは震える手で剣を受け取った後、「太陽…!」とうめきながらしゃがみ込んだ。

デニスが若干引いている。


「シリル君…公共の場での奇行は良くないよ…」


「大丈夫?」とデニスが確認すると、シリルからは「最近人の温かみに触れてなかったからちょっと急所に当たっただけで全然平気。前使ってた剣が重すぎて重力魔法使い出したの最近なのによく気づいてたなとか感動してない。超平気」とノンブレスでの返答があった。


うん、大丈夫じゃなさそうだ。



デニスは紹介された店へと向かい、ライラのために初心者でも扱いやすいベーシックなタイプのバスケットヒルト・ソードを首尾よく手に入れた。

しかし、《《ついでに》》自分用のダガーやらロングソードやらを十二本も買い込んでいたのでシリルたちには呆れられた。


「何がついでだよ。明らかにライラへの買い物がついでじゃねえか」


今、俺たちは市の外れの喫煙場にいる。

買い物も済んだし一服しようという話になったのだ。三人揃ってアホみたいに魔素濃度の高い魔煙に火をつける。立ち上った魔素の明るさに周りの魔法使いたちの好奇の視線が飛んできた。少しうざったい。慣れてるけど。

なんの話だっけ…シリル君の顔を見て、眉間のシワがそろそろ取れなくなりそうだななんてどうでもいいことを考える。

ああ、ライラのための武器の話か。


「いいんだよ。ライラは武器の価値なんてわかんないし。黒竜になっただけあって見た目によらず怪力だから、ミスリルも振り回せるしな。もうちょっと剣の腕が上達したらまた別なのを送るよ」


意外そうにこちらを伺ってくるふたりーーーなんだよ。


「いや、黒竜様に対して粗雑な発言をするお前が珍しくてな」


ああ、なるほど。シリル君も頷いている。

レミーさんたちには苦笑いを返すしかない。だってーーー


「冷たく聞こえたかな?ーーーそもそもライラに戦わせたくないし。まあ丸腰は心配だから念のため渡すってだけ」


レミーさんが顎髭を撫でながら「ふうむ」と頷いた。


「デニスは武器に並々ならぬ愛情があるからな。…使い手にあった剣を渡したいということか」


シリル君は「過保護だって怒られたばっかだろ。黒竜なんだから簡単にやられたりしねえよ」と呆れている。

そうなんだよなあ。病弱だったライラはもういない。

最強の黒竜に彼女はなった。

心配しすぎるのは失礼だし直さないと…でも、


「心配なんだよなあ。ーーー動き鈍臭いしさ、魔法の発動もイマイチ遅いし…魔力量とかは凄まじいんだけど、命の取り合いに放り込める雰囲気にみえないんだよ」


「確かに」と同意してくれたシリル君だったがーーー続くセリフはなかなかに酷かった。


「見た目子供でも実態は巨大な竜じゃん。魔核だって一個じゃねえんだろ?多少は怪我するかもしんないけど死ぬことはないだろ。あの魔力量をどうにかできるのなんて他の始祖竜くらいだって」


シリル君の言うことは多分正しいんだろう。

でもさ、でもさ…そうじゃないじゃないんだよ。


「ライラに傷ひとつつけたくないんだよ!俺はライラの騎士なんだから怖いことからは全部遠ざけてやりたい…」


思ったことが全部口から出るタイプの俺だ。口にしてから後悔するなんてしょっちゅう。そして周りから口笛を吹かれたりすする…今みたいに。

ニヤつきながら「言うねえ」なんて、レミーさんにこづかれる。

ちょっと恥ずかしかった。誤魔化すみたいに赤の魔煙を口から吐き出す。

魔素が弾けて口の中があつい。ちょっと赤くなってる気がする顔が目の前に煙る赤の魔素で見えなくなってるといんだけどどうだろう。

シリル君は処置なしとばかりに肩をすくめていた。「もうお前は手遅れだ」だって。それは知ってる。


変な空気を誤魔化すようにもう一本魔煙を吸おうとしたらやんわりとレミーさんに止められた。


「若者が吸う魔煙じゃねえよ。ーーー中毒になんぞ?続けて吸うのはやめとけ」


慈しむようなレミーさんの表情が、父様を思い出させた。

他人なのにな。レミーさんは俺にも優しい。


でも吸いたいなあ、って思ってたらちょうどレミーさんの魔力通話がけたたましく音を立てた。

レミーさんが慌てた様子で喫煙所を離れた。

緊急呼び出しかもしれない。去り際の表情がいやに険しかった。


すかさず魔煙を咥えた俺を見てシリル君が「ばか…」と眉を顰めている。

シリル君、お前もか。こっちはにいちゃんって感じだけど。


「体に悪いって言われたばっかだろ…」


うるさかったので思いっきり顔目掛けて魔煙の煙を吹きかけておいた。

あっつ!と文句を言われたが、口にした文句とは裏腹に平然としているのはさすがだ。このくらいの魔素が掠めたくらいじゃどうってことないんだろう。


舌の上で焼けるような赤い魔素を転がしていたらーーー「おいおい!こんなとこで何やってんだよ!あ゛!?」と野太い声にフランク語で呼び掛けられた。

魔煙から口は離さず、横目で確認…うわあ。


「何言ってるかわかんないけど…。わかりやすいチンピラきた」


げんなりとした表情のシリル君に全力で同意だ。

前に並んでいるのはブロンド、グレー、赤髪のマスキラ三人。

デニスは癖で三人を頭から爪先まで観察した。

三人ともガタイはいいが無駄が多そうな筋肉だった。

彼らははろくな補助魔法もかかってない装備に、中級クラスくらいのロングソードを腰に下げているーーーそこまで確認したデニスはフリーの冒険者かなんかかなと冷静な判断を下す。


喫煙所にいた数名は面倒ごとはごめんとばかりにこの場をさっていく。

代わりに俺たちを取り囲むみたいに人だかりができ始めている。

俺とシリル君が黙っているのをいいことに「ここがどこだかわかってんのか!?二枚目だからって調子乗んなよ!」と30年前のドラマみたいに絡んでくる。フランク王国ではこういうの普通なのかな。

絶滅危惧種を見たような気分になってなんだか感銘を受けてしまった俺はそっとシリル君を背中に隠す。

…一応プロイセン国王だからな。フランク王国での喧嘩はやめといたほうがいいだろ。フランク王国とプロイセン仲悪いし。


「俺たちに何か用かな?」


デニスが流暢なフランク語で平坦に問い返すとーーーリーダー格らしいブロンドのマスキラが一歩進み出てきた。


「お前、デニス=ブライヤーズだろ!?あのチャラチャラした劇が人気の!」


ギャハハハハと三人組の耳障りな笑い声が響く。

ーーー用はないってことで帰っていいかな。


シリル君の方に顔だけ振り返って「行こう」ってーーー喋ってんのにさ、急に、前のマスキラが殴りかかってきたんだ。


おおう、どうした、低血圧か?

後ろからの不意打ちだったが、少しだけ身を逸らすだけでかわした。観客からは拍手が起きる。


「避けてんじゃねえよ!!」


理不尽すぎる。勝手に殴ってんじゃねえよと言いたい。

デニスは迷った。のすのは簡単だが、何しろ他国だ。できればレミーさんに片付けてもらえないかなと思って辺りを見回すが…青髪の姿は見えない。

デニスの意図を察したのか、後ろのシリルから「レミー急用って連絡来てる」と告げられた。まじか。


「ねえ、シリル君。殴り返して問題にならないかな?」


「知らねえ…って、お前なんでそんなに冷静なの?」


またまた飛んできた拳をシリル君と一緒にしゃがみながら避ける。

シリル君が怪訝な顔をしている。


「慣れてんだよ。絡まれんの…大体知らないとこ行くと2チンピラくらい沸く。今日はレミーさんのおかげで少なかった」


「無視してんじゃねえぞ!」じゃないんだよ。一瞥もせずに避けられてる時点で実力の差を察してくれよ。引けに引けなくなっちゃってんじゃないよ、もう。


「シリル君〜転移魔法で逃げない?」


名案だと思ったのにシリル君は顔をしわくちゃにして反対を表明している。

「こんな大勢の前で使いたくない」らしい。ーーーそういえば転移魔法って希少価値が高いプロイセンの国宝なんだっけ?最近周りでの使用頻度が凄すぎて感覚狂ってきてんな。


「俺は何もしない…慣れてるデニスに任せた」


シリル君は疲れたようにひらひらと手を振ってみせた。

魔力をピクリとも動かさないあたり、本当に加勢はしてくれないらしい。

ーーーまあ、ありがたいか。この人がキレたりしたら笑い事じゃ済まなくなりそうだし。


デニスはようやくチンピラに向き直った。そこで、デニスの表情が僅かに歪んだ。


ーーーいつの間にか剣を抜いている…殴りかかってもかなわないと察したのかもしれないが、それは、だめだろ。


「一般客に当たったらあぶねえだろうが」


デニスが短く舌打ちした。

デニスの反応を見て、何を勘違いしたのかチンピラたちが「今更やめろって言ったっておせえんだよ!」とご満悦の様子だ。

…だいたいさあ。剣を見ればその使い手の実力がわかんだよ。

魔力の透過率が二割も行ってない、刃こぼれした剣を振り回してる時点で実力はお察しだ。ーーー剣が泣いてるよ、弱いやつに限って手入れも碌にしないんだよな。せめて砥石で研ぐくらいはやれよ…透明魔石で毎日磨けとは言わねえからさ。

チンピラではなく彼らの武器を見てデニスがため息をつく。

気を良くしたまま三方向から斬りかかるチンピラたち。

観客からは悲鳴が上がるがーーーあと一メータくらいまで迫った時、デニスは視線を上げた。

避ける気配さえみせず、眉間に皺を寄せた。

不満げに一言だけ。


「喧嘩を売る相手はーーー選べ」


デニスは声色に魔力を乗せた。

傍目からはわからないほど僅かに。

観客からすれば、デニスに呼び掛けられただけでーーー何故か、三人の動きがぴたりと止まったのだ。


「う、動けねえ」

「どういうことだ!?」

「だから、やめとこうって言ったじゃないすか!」


パニックに陥る三人。

デニスは呆れたように肩をすくめーーーひどく優しい顔で告げた。


「人の多いとこで剣を抜いたらだめだぞ」


近寄ってくるデニスとシリルを見上げて怯えたような顔をしていたチンピラたちがぽかんとしたような顔になった。

シリルは「デニス、注意すべきはそこじゃない」と首を振っている。

いまだに動けないらしい三人を見て「弱いのに、俺に挑んでくるなんてばかだなあ」と笑いながらデニスがポンポンぽんとチンピラたちの頭を撫でた。

ーーー実際は、もう一度魔力を流して威圧を解いてやっただけなのだが、周りの観客にはデニスが寛大な心で赦しを与えたように見えたのか、割れんばかりの歓声が上がる。


…すっかり注目を集めてしまった。

デニスはシリルを引っ張ってさっさと人垣から脱出する。


「南門から抜ければ転移してくれる?」


「南って来た方だっけ?違くないか?」


ーーーどーだっけ、西だったかも。


立ち止まったデニスの上着をシリルが引いた。

こっち、と指差される。ーーーすまん、そっちの道だったか。


大人しくシリル君の背中を追いかける。…出口は思ったより近かった。

ヌゼスペホングルブワー!…フランク語で「またのおこしを!」と太字でかかれた出口のアーチを駆け抜けたところでシリル君が急に減速した。

ぶつかりそうになりながらも俺も急ブレーキをかける。

つんのめったところでシリル君が「にしし」と目を細めた。


「今通った可愛い子にだせえ姿みられてたぞ」


…こんなことで嬉しそうな顔をするあたりが、この王様子供っぽいんだよなあ。


しばらく無言でフランク城へ向かうの人の波に乗る。いつの間にか空がオレンジ色で隣を歩くマダムたちは今日の夕飯の献立について賑やかしく話している。

人通りの少ない方へと三回曲がって、茶色のレンガと灰色のテントが並ぶ人通りのまばらな道に出た。

目の前を猫背で歩いていた黒のマントが止まる。

テントからお尻だけはみ出してしまっているストレッチフィルムで巻かれた段ボールの箱を見ながら、在庫置き場か何かかなと想像する。

「ここまでくれば転移できそうじゃない?」と喉元まで言葉が出かけていたそのとき、シリル君が半笑いの顔で振り返った。


「なんか意外かも、ああいうチンピラのことはボコボコにするタイプかと思ってた」


どんな脳筋だよ、って笑い飛ばそうとしたら「学生時代は拳で語るタイプだったってライラとジョシュアに聞いたよ」と先手を打たれてしまう。

ーーー前のことなんて忘れたぜ。


なんで?なんて子供みたいな目で見上げられても…正直困る。

だってさ、あいつら弱そうだったじゃん。


「弱そうなマスキラっていじめがいがなくて興奮しな…(ゴホン)興味が湧かないんだよな」


「言い直すんならもっとマシなこと言えよ」


「フィメルなら別だよね。もうちょいひどいこと言って泣かせるかな」


「最低だよこいつ、なんでこんなのがモテるんだよ」


歪んでる自覚はある。ちなみにいつも仏頂面のシリル君も一回くらい泣かせてみたい。


「赤い瞳から溢れる涙って、いいよね」


じっと見下ろしながら言ったら、冬の荒野みたいな目になったシリル君が三歩ほど俺から後退した。

野良犬みたいに警戒するように俺を伺いーーー黒のマントを翻して駆け出した。


「おまわりさあああん!」


「あ、俺だわ」


「誰だよこんな変態に権力与えたの!ジョシュア=シャーマナイトだよな!知ってるよ!」


「ーーー冗談だって」


シリル君が身体強化を使って本気で逃げるので、慌てて俺も全力で追いかける。

背中の市場なんてあっという間に遠ざかった。

プレートより速い。さっきのチンピラくらいなら跳ね飛ばせそうだ。

ーーーうん、やっぱりシリル君はイジメがいがありそうだ。


とはいえ、本気で俺の前から消える気はないのだろう。

転移魔法でなく俺の得意分野である身体強化で逃げてくれるあたりがシリル君だ。

なんだかんだ優しいんだよなあ、とごちりつつ徐々に速度が落ちてきた黒髪のジャケットの襟元に手を伸ばす。

ーーー首筋まで真っ赤だぞ?もっと鍛えたほうがいいだろ…。


後ろから掴まれたせいでつんのめったシリル君を引っ張り上げつつ、正面から顔を覗き込んだらーーー白い肌が茹っていた。


「…こんなんで息あがるって、大丈夫?」


本気で心配になって尋ねたのに、シリル君は「走ったせいじゃねえよ」ってボソボソと何か呟いてた。変なの。

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