第十六話 爽やかすぎる罪で逮捕してやろうか
ライラたっての希望で決まった紬との面会日当日。
面会時間は昼の十二時からだったのに、デニスは「九時に離宮に来てほしい」との要望を受けていた。
しかし、デニスも暇ではないのだ。
むしろいよいよ再来週まで迫ったミーティアウィークに向けて、日々睡眠時間三時間で動いていた。この日は午前の部の騎士団の訓練もあった。
だから当然「九時にはいけない」と断りを入れたのだがーーー紬が今度は「では朝の鍛錬の時間に来てください」と要請してきた。
め、めんどくせえ!
なぜ自分が呼び出されるのかがわからない。レイモンドと共に来て、ケンジントン宮殿で待ち合わせでいいじゃないか。
非公式会談とはいえ、久方ぶりにライラの護衛につけるから万全のコンディションにしておきたいのに。
実家で「明日の朝食いらない」と伝えたら母様に理由を聞かれた。
「姫に呼び出された」と端的に伝えたつもりだったがーーーどうしても、顔には不満が出てたらしい。
「すごく早い時間を指定された?…それは面会前に衣装を見てもらいたいんじゃないの。ずいぶん慣習が違うのでしょう?陛下の側近でパーティーにもよく顔を出してるデニスのお墨付きが欲しいのでしょうよ」
…なるほど。それはレイモンドさんではダメだ。あの人ろくに公の場に出たことないし、学生時代も私服はジャージでいいだろタイプだったもんな。
まだ暗い時間に起き出した俺が欠伸しながら顔洗ってたら母様がサンドイッチのバスケットを持ってきてくれた。…プレートの上で食えって。
「ミーティアウィーク前で睡眠時間が取れないのはわかるけど、せめて食事は三食摂りなさい」
「サンキュ」って無表情で受け取って…母様がいなくなってからバスケットの中身を開いた。
「よっしゃ、ツナ卵入ってる」
母様の卵を粗く潰してツナとマヨネーズと胡椒で和えたサンドイッチめちゃくちゃうまいんだよな。外で売ってない組み合わせなのが残念。
兄ちゃんたちはあんまりこの味が好きじゃないみたいで、いつも文句言ってる。「分けて作れよ!」って。わかってないな、混ざってんのがうまいのに。
…でも、兄ちゃんたちの手前、なんとなく「これが一番好き」とは言えてない。十個入ってたサンドイッチのうちの半数がツナ卵な時点で母様には多分バレてるけど。
待ちきれなくて一個だけ洗面所で食べてたら、通りがかった兄嫁にものすごく微笑ましい目で見られた。恥ずかしい。絶対母様に報告されるやつだ。
逃げるようにしてあとにした実家。
朝霧が出ていた。陽が登りきっていないのも相まって非常に視界が悪い。
サンドイッチを頬張りながら滑り降りるようにして丘を下って、王宮に入ってからはちょっと減速。
薄暗えし誰かいてもわからねえなこれ…早朝で普通なら寝てる時間だから平気だろうが、プレート衝突事故とか洒落にならん。
そろそろとプレートを走らせてると霧の中に魔力の点滅が見えた。
要所に立つ騎士たちが視界が悪い中で誘導を行なっているのだ。
今日の当番は誰だっけ。真面目でいいな。
霧の時だけ発生する誘動の仕事。朝なんて全然人通りのない時間だし、魔力の無駄だってサボる奴も多いのに。
デニスも接近を知らせるために赤魔法の弾を数発打ち上げた。
前方から「うお!?」と驚いた声が聞こえる。
「はよ〜」と近づくと、騎士たちが「なんだデニスくんかあ」とほっと肩を撫で下ろしている。
…どうしたお前ら。
「花火みたいにでかい魔力が上がったので敵襲かと思いました」
いや、規則通り接近を知らせる魔力弾を上げただけなんだが…
「馬鹿ね、団長はおねむだと魔力調節が雑なのよ。可愛いポイントよ、ここ!」
「はい、団長。75%の確率でプレート上でのお食事だと踏んでミネラルウォーター買っておきましたよ」とボトルを渡されたのでありがたく受け取る。その後で…副官はヘッドロックしておいた。
マスキラに可愛いって言うんじゃねえよ気持ち悪いだろ。
「愛の鞭…!」じゃねえんだよ。
というか、
「お前なんでここにいんの?特別任務出てたっけ?」
当然の顔をして誘導当番の騎士に混じっている副官は俺の隊なので、基本早番はない。非常事態対応班だからな。
俺の問いかけに、いつの間にかヘッドロックから抜け出していた副官は何言ってるんですか、と首を振る。
「団長の現れる場所に私はいます!決して紬姫の離宮に忍び込んでてたまたま団長の朝の密会を聞きつけて邪魔しにきたわけではありません!」
つまり、またもやパーシヴァル様の防衛魔法陣を掻い潜ってこいつは紬様の離宮に潜伏していたと。
俺でもできねえよ…無駄に有能なんだよなこいつ。
「朝の密会!?」と色めき立つ騎士たちを睨んで黙らせておく。
そしていそいそとプレートに乗り込んだ副官を蹴り落とす。
よし、いらぬ道草を食ったが早く向かおう。
「団長、副官を置いていかないでください!」
「俺らには当たり強いんです!猫かぶってることを全く隠そうとしないんです!」
「お願いします、引き取ってください!副官でしょ!」
ーーーなんか聞こえたが全力で無視した。「団長〜!」と身体強化加速した副官に追いかけられて割と本気で怖かった。お前やることがストーカーっぽいんだよ。俺から距離をとってくれ。
紬の離宮についた時、すでに副官がいて「遅かったですね?」とのたまってどっと疲れた。
「お前さ…初めから待ち伏せするつもりならここにいろよな!?さっきの茶番はなんだったの?」
腹いせに魔力球を打ち出す。
顔面を狙ったがバク転で避けられた。チッ、当てようと思ったのに身体強化使いやがったな。
「ちょっとした戯れですよ」とウインクなどしておちょくってきやがる。
ものすごくイラッとしたので、こちらも身体強化を使ってタックルを決めておいた。
コンクリートブロックが床に落ちた時みたいな鈍い衝撃音がする。
デニスに当たられた副官が吹っ飛ぶ。デニスは満足げな顔だ。
受け身を取りつつも衝撃を殺しきれなかったらしい副官。
腰を打ちつけたらしく、痛みに悶絶している彼女の元にデニスが近づいていく。
「いったあああああ!ちょ、団長!骨イクから、その勢いはダメでしょ!」
「うるせえ。自業自得だ」
三メータほど吹っ飛ばした副官を空間魔法の鞄に入れているロープで縛ったデニス。恍惚とした表情に見えるのは気のせいだと自分へ言い聞かせる。
…下手に魔法で縛ると抜け出すのは学習済みだ。縄のほうが時間が稼げる。
「で、デニス様、おはようございます…?」
騒ぎを聞きつけた和国の一行が自ら離宮から出てきた。
…早朝なのに騒がしくて申し訳ない。
「おはようございます、御用というのは?」
あまり長くいられないのですが…とできる限りしおらしく言ってみたが、紬様はミノムシみたいに暴れ回ってる副官に釘付けだった。
「確かにお忙しそうですね…後進の教育とか」
さすが高貴な方だ。馬鹿げた副官の行動も「後進の教育」で見逃してくれるらしい。
「早く行きましょう、あと一分くらいで抜け出してきますから」
「え!?」と目を見開く紬姫。
あれはね、意味もなくのたうち回るミノムシの真似をしているだけじゃないのだ。ああやって暴れてちょっとずつ綻びを作ってるのだ。気持ち悪いからやめろと言ったら前にそう説明された。
後ろ髪引かれながらも紬姫と側近が離宮へ戻り、姿が見えなくなったところでーーー少しきつめのお灸を据える。
「今日はマジで時間がない。…これ以上余計なことしたら燃やすからな」
副官がのたうち回るのをやめた。
「イエス、サー」と青ざめながら言ってたのでおそらくもう追いかけてこないだろう。
ーーー離宮に戻り遅れていたらしい和国の護衛が気絶していたので回収していく。いかんいかん、威圧の出力も朝は適当すぎるな。
「で、デニス様…朝は弱いんですか?」
なかなか来ない俺の様子を見るために扉を開けた護衛長が、転がっている副官と引きづられている部下を見比べて口元を引き攣らせる。
「わりい、出力バグってるだけ…」
ーーー今日はライラと陛下の護衛があるんだから調子が悪いです、じゃまずいんだよな。最近あんま寝てないからアドレナリン出まくってんのかも…。
お前らが呼び出すせいだよ、なんてデニスの口から言えるわけもなく。
いつもは朝のトレーニングで出力を調整したりもしているのだ。
シリル君とかには手足が長いせいで動きが大雑把になりがちだと、あと全体的な筋肉量、特にインナーマッスルが少ないって父様からは言われた。
毎日訓練はしてっけど、筋肉量に関してはコミックみたいに急に大幅レベルアップとはいかねえんだよなあ。
要は地道にやるしかない。
今は毎日5キロのダンベルとバランスボール使って鍛えてるんだけど騎士たちからは「ジム通いのフィメルみたい」って笑われる。
ーーー身体強化なしだとパワーないんだよな。悔しいけど事実だ。はじめとか2キロのダンベル使ってたし。
その代わりスピードは速いって父様からのお墨付き。
デニスが脳内で訓練前のアップのメニューを組み立てていると。
離宮内で待機していた紬が難しい顔のデニスを見て何か勘違いしたらしく、青ざめている。
「朝から呼びつけて怒ってます?」
若干怯えた様子の紬に、デニスが怪訝な顔をした。
「いや…怒ってはないです。自主トレしたいんで早めに戻りたいとは思ってますけど」
黙ってしまった紬。…言い方きつかったか?とデニスは少し焦る。
デニスが再度口を開く前に、空気を読んだ側近たちが「それでは早速衣装部屋にお連れしましょう」と提案してくれた。
一階にある4つの扉。玄関の右手、ベージュの扉が衣装部屋だった。
案内されるまま入ってみると、見慣れぬ形のハンガーラックが10個ほど点在しており、それぞれに和国の衣装が広げてかけられていた。
クローゼットというよりは展示会のようである。
ズンズンと奥へ進んでいく紬たちの背中を追いかけつつ、デニスは思わずあたりを見回した。
「変わった色の衣装が多いな」
デニスのつぶやきを拾った使用人の桜が得意げに胸を張る。
「紬様お抱えの職人は『自然色使い』のプロなんです。紬様が好まれる赤系のお着物だけで、ほら、五種類もあるんですよ」
桜が指し示した右手前方には、なるほど。いろんな赤の着物があった。
「茜色、小豆色、葡萄茶、桜色、薔薇色…どれもすごく素敵でしょう?景色の美しさをお着物に閉じ込めるんだそうですよ」
薔薇色の着物が特に気になったデニス。
…王族たちが喜びそうな名前だと思ったのだ。ブリテン王室は皆が薔薇好きだが、ジョシュアなんかは亡き母親の影響で青薔薇が好きだ。ライラは黒竜の周りに咲いていた黒薔薇を好む。
「青色とか黒色の薔薇って再現できる?陛下夫妻は薔薇が好きなんだよ」
デニスが立ち止まって桜と話していると、紬が引き返してきた。
「着物にご興味がありまして?」
桜の説明を聞くうちに、紬の顔が綻んだ。
自分が誉められたかのように少し胸を張る紬。
「ここに飾ってあるのは全て私のお抱えの職人に作らせた一点ものですの。新しく薔薇をモチーフに何か作らせましょう」
「だからこの謁見が終わっても離宮に足を運んでくださいね」と目を細めた紬。釘を刺されたデニスがわざとらしく視線を逸らす。
ーーー仕事を言い訳に避けてたって気づかれたか。ライラとの面会が決まってからは毎日来てるもんな。
善処します、と爽やかな笑みを浮かべたデニス。紬が「善処…」と目を閉じている。
「今日の衣装は一番奥です。デニス様もお急ぎなのでしょう?あちらへ向かいましょう」
側近長が急かすようにデニスを追いたてる。
奥には扉が閉められた白いクローゼットがあった。
目的のブツはそのクローゼットの前に置かれているようだ。紬とデニスが近づいていくと人だかりが割れた。
紬の衣装は窓から差し込む光を浴びて淡く発光していた。
紬の説明によれば全部絹でできているから他の着物と光沢が違うらしい。
爽やかな緑色が一番上に来て、その下に赤、白、黄色と幾重にも布地が重ねられている。
素晴らしい衣装ですね、などとしたり顔で頷いたりしつつ、デニスはあまりに本気な紬の衣装に内心焦りを感じていた。
ソファーの上を旋回して浮かれていたライラが何を着る予定だったか記憶を洗ってみる。
…だめだ。「おかし!みそ!醤油!」と調子はずれな歌を歌ってたことしか思い出せねえ。
一応事故らないようにライラに連絡しとくか。部屋着では来んなよって。
「王妃様にご招待いただいたので見目も華やかな十二単にしようかとも考えたのですが、あくまで私的なお招きということで動きやすさを重視して小袿にいたしました。紅と山吹色を合わせる予定なのですが、王妃様とミシェーラ様の衣装との相性などはどうでしょうか」
「レイモンドさんに聞いてもわからないと言われてしまって」と頬に手を当てる紬。
…それは聞く人が悪い。あとこれは軽装じゃねえだろ。和国の基準バグってんな。
紬が軽装だと称してデニスを慄かせた小袿は衣桁にかけられていた。
長袴、単、五衣、表衣を重ねたもので皇族のフィメルが十二単の略装として着用しているものだった。
和国の人々が緊張した面持ちでデニスの言葉を待つ。
悲しいかな、小国の人々にとっては私的なものであろうが、竜大国の王族との謁見は超一大事なのだ。例え王妃の方がきゃっきゃと騒いでいようが、関係ない。ご機嫌を損ねでもしたら大事だから。
ーーーライラは衣装でどうこういうやつじゃないけど、ミシェーラちゃんもいるし真剣にやるか。容赦なくダメだししそうだしな。
哀れな和国の人々を救ってやれるのはデニスしかいないのだ。
デニスの眼差しもより真剣味を帯びたものになる。
そもそも、紬たちはおそらくグレイト=ブリテン魔法使いの暗黙のルールをわかっていない。
デニスは一番外側に羽織る山吹色の表衣を指差した。
「ここの色ですが、黄色系か赤系にしましょう。…魔法使いは正式な場では自分の得意魔法の色をコーディネートに持ってくるんです。紬様は黄色と赤魔法が得意なので…」
自分の普段使いの深紅のサークルストーンを指さして「マスキラの場合はアクセサリーで代用します」とデニス。
…偉そうに言っておいてなんだが、デニスはこの「得意魔法色」をあんまり気にしていなかったりする。
何しろデニスは髪も瞳も赤い。
衣装を赤くすると目にうるさいとよく言われるのだ。
「知らなかったですわ」と目を丸くする紬。
使用人たちは顔色を変えて奥の桐箱へと走っていった。「山吹色の表衣」ってあったっけ!?」と切羽詰まった声が聞こえてくる。
あと気になるのは…アクセサリーか。紬も魔法使いなんだから魔石の一つや二つ身につけた方がいいだろう。
紬はサークルストーンを付けないのだろうか?
魔力も貯められるし便利なんだけど。
デニスが尋ねると「着物に合わないので」と肩を落として嘆かれた。…確かに、自然な和色にキラッキラの魔石は合わないかもな。
「もうすぐミーティアウィークがあるでしょう?交換のためのスタージュエリーをお友達と見に行ったりもしたのです。その時にサークルストーンも勧められましたがあまりにお着物に合わないのでばあやに反対されました」
わずかに口を尖らせる紬。
…王になると豪語していたのに、まだばあやに反対されると身につけないのかとデニスはおかしくなった。
そりゃそうか、まだまだ子供だもんなあ。
デニスは紬の髪型を見ていてーーーふと思いついたことがあった。
雀色の髪は大抵後ろでお団子にまとめられている。そしてそこには簪が刺さっているのだ。
「簪に魔石をつけるのはどうです?」
デニスが「私に考えがあります」と指を立てた。
そして紬が戸惑ってるうちに、身をかがめてすっと簪を抜いてしまった。
「は、破廉恥です!!!」
真っ赤になってかんざしを取り返そうと背伸びする紬。
毛を逆立てて詰め寄ってくる側近長。
ーーーえ、そんなにダメなの?
よくわからないがカンザシを取るのはタブーだったらしい。
「断りもなく紬様の髪に触るなんて!」と金切声が聞こえる。簪にしか触ってないよ?
「えっと、ごめんなさい。そんなに怒るとは思わなくて…お返しします」
わざとしょんぼりして見せれば紬がたじろいだ。
…ちょろいな。俺の本性知ってるくせに。
少し顔を近づけたらじわじわと赤面している。
紬様…結構俺の顔好きだよね。
じーっと見つめてやれば「考えってなんです!?」とキレ気味に言われた。
フッ、想像通りの反応だぜ。
すぐに真顔に戻ったデニスは、かがめていた腰を戻してバインドで魔石と簪を固定し始めた。
「騙したわね…」と悔しそうに言われたので「バーカ」って口パクで言っておいた。ーーーうめき声を上げながら心臓なんか押さえてるけど大丈夫か?
幸い、デニスは黄色魔石は加工済みのものをたんまり持っている。…ほら、ライラの瞳の色なので。
カナリーイエローの魔石なら最高品質だから紬様の皇族衣装に格も合うだろと何気なく取り出された魔石を見て側近長が顔色を変えた。
「か、カナリーイエロー!?また、なんて高価なものを…」
え?耐衝撃魔法もつけろ?傷ついても弁償できない?
…そうか、これ世間的には希少価値高いんだっけ。ミシェーラちゃんと一緒にライラの瞳の色に近い石を探そうって集めまくってるから感覚麻痺してたな。
「ばあや、気をしっかり持って!デニス様に関しては諦めが肝心よ。はい、リピートアフターミー!『まあ、デニス=ブライヤーズだしな』」
「姫様?何をおっしゃってーーーで、デニス=ブライヤーズだしな…?」
紬姫、ちょいちょい発言が失礼なんだよな。なんだよその仕方ねえなみたいな反応は。俺じゃなくてミシェーラちゃんのコネだっつーの。
内心愚痴りつつ…ひとまず急ごしらえの魔石つき簪を作り終えたデニス。
自分の魔法の出来に満足げに頷いている。
ーーーバインドはかなり繊細なコントロールが求められる魔法なのだ。デニスはコントロールを苦手とするタイプなのでできて嬉しかったのだろう。
太陽のよう、と形容される晴れ渡った笑みを浮かべて紬に向けて白い歯を見せた。
「ミーティアウィークには少し早いですが、俺からのスタージュエリーです。魔石の中心に赤魔法でスターを刻んでおきました」
「はい、プレゼント」と差し出すもーーー紬は簪を凝視したまま、時が止まったかのように動かなくなった。
助けを求めるように周りを見回すも、側近長も金魚のように口をパクパクさせてるし、護衛長は頭を抱えている。
なんだこの状況…。俺早く戻りたいんだけど。
さっき怒られたけどーーーまあ、時間優先だよな。
デニスははてなマークを浮かべながらも固まっている紬にかがみ込むようにして簪を元の場所に刺した。
デニスのせいで髪がひと房こぼれ落ちてしまっていることに気づく。
気になったので掬い上げて留められていた黒のピンに押し込んでおく。
「ヒッ!?」
怯えたようにデニスを見て、すぐさま俯いた紬。
めちゃくちゃ挙動不審だ。…本番前からこれで、この後の面会大丈夫か?
まあいい。
衣装も見た。このサイズの魔石がついてればアクセサリーの格も合格。
これで今日の面会はオッケーだな。
「じゃあ私はこれでーーー」
立ち去ろうとしたデニス。
背を向けようとしたデニスの右腕を俯いていた紬ががしりと捕まえた。
曝け出されてる首筋が赤い。
え、俺なんかしたっけ?もしかして髪の毛触ったからまた怒ってる?
和国の文化難解だわとデニスが首を傾げていると…俯いたまま、震え声で紬が言った。
「超高級品をさらっとプレゼントできる甲斐性と一瞬で繊細緻密な星座を描ける魔法技能とこれだけのことをしでかしておいて全く偉ぶらないその余裕さ、あと爽やかさの暴力!」
な、なに?褒められたのか?貶されたのか?
ぽかんとするデニスの周りで和国の人々が「そうそれ!姫様よく言った!」と拳を握っている。
デニスは掴まれた腕を見て、困惑しつつもしゃがみ込んだ。
紬の表情を伺うためだろう。柔らかな笑みを浮かべて視線を合わせた。
赤面しながら仏頂面をする紬にデニスは穏やかな声で言い聞かせた。
「マスキラからの贈り物をもらったとき、フィメルの子は笑って『ありがとう』って言えばいいんですよ。そんな顔したら可愛い顔が台無し」
照れてるのも可愛いけど、とニヤリとするデニスを見て紬がついに顔を覆った。
「こ、これが毎号週刊誌で報道されるくらい女癖が悪いのに不動の騎士人気ナンバーワンを誇るマスキラの実力!」
ーーーだからそのテンションなんだよ。怖えよ。
笑みを浮かべながらもデニスは引いていた。
いまだに掴まれていた腕もそっと外した。
「ーーーお前、また紬様に何かしたの?」
タイミングよくレイモンドが姿を表した。護衛の開始時間が近いようだ。
デニスはホッとした顔になった後で「何もしてません!」と勢いよく首を横に振っている。しかし、和国の側近たちが「今度こそ惚れたか?」などと囁き合うものだから説得力は皆無だ。
「あのう、紬様。レイモンドさんも来たし私はお暇させてもらいますね」
デニスの呼びかけで紬が顔を上げた時。
紬は笑いながら怒っているように見えた。
「ありがとうございました!とても助かりました!」
ーーー照れ隠しにしてはやけに剣のある声。
デニスに背を向けて足早にレイモンドの方へと歩いて行った紬。
足音高く遠ざかっていく背中を見てデニスはクシャリと髪をかき混ぜた。
「やっぱ護衛交代したほうがいい気がする」