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当て馬騎士の逆転劇〜こいねがえば叶うはず〜  作者: 橘中の楽
第一章 最年少騎士団長
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第十五話 わがまま?なんでも言えよ

レイモンドがしきりに気にしてるパーシヴァルの性分化。

そりゃそうだ。未だにニュートのパーシヴァル様は二十四歳。普通であればとっくに恋のひとつもして性分化してる歳だ。


デニスの目から見ても、婚約内定後のパーシヴァルは割と真面目にマスキラ化する努力をしているように見える。


ミシェーラに対して性分化のトリガーが働くようにと婚姻前から同居できる離宮を建築魔法で建てていたし、黒竜団の稽古にも最近は顔を出しているらしい。筋肉量が多い方がマスキラ化しやすいって言われているためであろう。


それでもパーシヴァルは分化前のニュートのままだ。


「このままだと黒の子供ができないなあ」


レイモンドはどんな気持ちでその言葉を発したのか。

デニスは思わず目の前の緑の頭を凝視してしまった。

レイモンドは俯いてしまっててその表情を窺い知ることはできなかった。


魔法使いは『魔素』と魔素を魔力に変換する『器』を両親からそれぞれ引き継いで生まれてくる。

レイモンドの言う通り、マスキラ側の黒魔力量が多くないと、子供に国王になれるほどの黒魔力が受け継がれることはない。

器側のフィメルはさておきーーー黒魔力量的に父親になれる魔法使いがジョシュアとパーシヴァルしかいない。他の傍系王族では正直足りないのだ。何よりも血筋を重んじる老人たちが焦るわけである。

デニスからすれば、ジョシュア様もパーシヴァル様もまだ若いんだから何を焦っているんだと思うのだが。


「ジョシュア様が子供ができにくい体質だって噂になってるよね」


デニスは口をつぐんだ。

事実ではある。ジョシュアの寿命が伸びた際に、身体が一部作り替えられたようなのだ。主治医に診断を受けたとジョシュア本人から聞いた。


でもさ、それはパーシヴァル様の恋人から降りたあんたが背負う業じゃねえだろ。


「レイモンドさん」


デニスが引き止めるように名前を呼ぶがーーーレイモンドは寂しげに言葉を続けた。


「パーシヴァル様がマスキラに性分化しなかったら、マジでやばいよな」


それはレイモンドのせいじゃないとか。

そもそも今の王族はみんな若いんだし子供は急ぐ必要がないじゃないかとか。


頭に浮かんだセリフは、デニスの口からは何一つ音となって出てこなかった。

デニスの想像以上にこの問題は根深い気がしたのだ。


ライラの相手にデニスが噂されていると言うのも、まさか本当なのか?

黒竜ならフィメルだろうが子供に魔素を移せる可能性は高いってことか?


嫌な感じに胸がざわつく。

レイモンドが顔を上げた時、彼はとても穏やかな顔をしていた。


「俺はお前を尊敬するよデニス」


急な話の展開について行けず、眉をひそめたデニス。


「正式な救国メンバーじゃないのに黒竜様に認められて加護をもらったじゃん。ーーーシャーマナイト陛下と協力してライラちゃんのことも守ってるし、立派に騎士をやれてる」


俺は違うんだ、と自虐的に笑ったレイモンド。

デニスに口を挟む間も与えずにレイモンドが明かしたのは、ずっとパーシヴァルが隠していた優しい嘘だった。


「俺の父親って先王時代に反王制派の旗頭だったんだって。赤ん坊だった俺は連座から免れたし、遠縁の白の親戚に育てられたからなーんにも知らなかった。パーシヴァル様が俺を絶対に公式の場に連れて行かないことに何の疑問も抱いてなかった」


最近になってパーシヴァルのいない場で仕事をする機会も多くなりーーーレイモンドは騎士団の同期から投げつけられた悪意で初めて自分の出自を知ったらしい。


「白の人を両親に持つはずなのに俺の魔力は高すぎる。…本当の親が別にいるかもっていうのは薄々感じてたけど、俺の両親が罪人として処刑されてて、…あの人が全部悪意を跳ね除けてくれてたなんて、全く知らなかった」


「罪人の子供なのに王弟の側近ってどんな手使ったの?」と吐き捨てられ、いてもたってもいられなくなったレイモンド。

すぐさまパーシヴァルの元へと向かったそうだ。レイモンドが詰問すると、パーシヴァルは「いつかは話すつもりだった」と白状したらしい。


「『レイモンドを光の場に上げてやるには俺の力が足りないんだ、地盤を固めてるからあと五年待ってくれ』ーーーってかっこよすぎかよ。どう見てもさ、俺がフィメルにしていいような人じゃねえじゃん」


悔しげに拳を握りしめるレイモンド。机に置かれた拳が白くなっている。


デニスは眉をハの字にしているが、レイモンドの言葉を肯定はしなかった。

だって性分化先は本人の意思だ。パーシヴァルが決めることであってレイモンドがどうこう言う話ではない。


結局、レイモンドは諦めきれていないのだろう。

必死に自分を説得しているのだ。ーーーそれはきっと未だにニュートのままのパーシヴァルも同じ。


どう声をかければいいのかわからなかった。今の二人に相応しい言葉なんてないのかもしれない。


「正直ミシェーラちゃんでホッとしたよ。救国メンバーだし、実際に俺の何倍もパーシヴァル様の役に立ってる。ーーー南の貴族の話聞いたか?ずっと手を出せなかったけど、ミシェーラちゃんの人脈で決定的な証拠を押さえたって話だ」


デニスもこれには全面同意だ。

ミシェーラちゃんはすげえよな、フィメルとかマスキラとか関係なく強い人間はいるんだ。


頬杖をつきながらレイモンドは部屋を見回した。

パーシヴァルの愛情の詰まった部屋を。


「俺は多分ここにいない方がいいんだよなあ。ーーー逃げるなら五年以内だ。あの人が外堀を埋め切る前に外国で職を見つける」


びっくりした。

まさかレイモンドがパーシヴァルを置いて外国へ行こうと考えてるとは。


「それ、本気ですか…?」


唖然とするデニスに、レイモンドは「うん」とすぐさま頷いた。


「だって、俺がいたらパーシヴァル様マスキラ化しねえよ。ーーーあの人俺のこと大好きだもん」


これは自惚れでもなんでもない。レイモンドとパーシヴァルは、中等部でも高等部でも、デニスたちの代の有名なカップルだった。


「忘れさせてやるのも元恋人の役目だろ?」ってレイモンドさんは言うけど。

それは俺には肯定できない。できるはずがない。

そんな物分かりよくなれない。目を離した隙に何かあったらと思うと、とてもじゃないけどこの国を離れることなんてできない。


デニスがしょんぼりしていると、レイモンドは呆れたように頬杖をついた。


「お前苦しくねえの?ーーー色々綺麗事並べてみたけど、結局逃げたいんだよ、俺は。幸い他国でやっていける能力もあるしな」


苦しくないのか。

問われてみれば、ざわつく胸が何よりの答えなわけで。

でもさライラに選ばれたジョシュアの下で働くのは苦しいけど、ライラを守れるのは同じくらい幸せなんだ。


思ってることそのまま吐き出したら、レイモンドさんは「お前はいつも欲がないよな」と目尻を下げた。


「デニスは…紬様の言葉を借りれば『自分を軽んじてる』。ライラが幸せだったらお前も幸せって聖人君主かよ」


「やっぱお前キモいわ」って…仮にも上司で付き合いの長い俺に対してひどい言い草だ。


「どうせライラにまともに自分の欲を押し付けたこともないんだろ?ーーー学生時代いっつもお前が笑っててくれればいいって言ってたもんなあ」


何を当たり前のことを?好きな人が笑ってて欲しいのはみんなそうだろう?

デニスが不思議そうにしていたのがわかったのか、レイモンドが「違う、そうじゃない」と首を振った。


「デニスはあれだけライラが好きそうなのに、いわゆる告白をしてんの見たことねえの。ーーー『付き合って』とか言ったことねえだろ」


レイモンドさんに指摘を受けて。

自分でも気づかなかったけど、確かにそうだと思った。

好きだってストレートな言葉にしたことはあんまりない…はず。態度で否応なしに伝わってるだろうけど。


「ーーーあいつはずっと黒魔法一筋ですから。押し付けになるかなって。…中等部の時代に黒魔法使えるようになって出直せって言われたことはありますよ?」


「押し付けか」とレイモンドは薄く笑った。

「俺はそれじゃ満足できないんだよ」って。


「手に入れたいって思っちまうんだよなあ。ーーーやっぱ国出よ、お前から話聞いて決意固まったわ」


パーシヴァル様に伝わるからくれぐれも内密に、と釘を刺してレイモンドさんは俺のことを追い出した。


「お前も告白してみたら?ーーー案外、諦めるきっかけにはなるぜ」



ここで普通なら「告白かあ」とか悩ましげにつぶやいて、自室のベットでゴロゴロしてみたりするのかもしれないが。

そのままライラの離宮にまっすぐ行ってしまうのがデニスなわけで。


離宮につけられた防御の魔法陣を通って、いつも通り「よ!」と片手をあげた。

満面の笑みで飛んできた少女に開口一番ーーー


「ライラ、好きだ!お前が死ねって言ったらすぐに喉元かっ切れるくらいには好きだ」


ぎゅうっと胸に閉じ込めて愛を囁き出したデニス。

ーーーその場にいたジョシュアの側近であるオズワルドがギョッとした顔をしていた。ちょっと物騒な告白だったか…驚かせて申し訳ない。


肝心のライラはといえば、キョトンとしたように「急にどうしたの?激重告白だね」と軽く流した…ように見えて。

デニスにはわかった。済ましたように見えるけど、この魔力の動きは…


「照れてーーーうわああ。なんだこの愛おしい生き物は。ライラ〜好きだ」


「うるさい、デニスはやっぱり馬鹿だ」と身体をよじられて。

デニスは幸せを噛み締めた。あまりにはしゃぎすぎたせいか逃げられそうになったので慌てて彼女が食いつきそうな話題を提供する。


「ライラ、防音魔法貼って」


今しがた仕入れた特大スクープ。ーーー残念ながらデニスの最優先順位はライラだ。黙ってろはライラ、デニス間には通用しない。


「なになに?今度は何聞いてきたの?」


ワクワクした様子のライラによってデニスとライラを取り巻くように真っ黒なカーテンが貼られる。黒魔法のお箱である音波遮断の魔法だ。

護衛騎士たちとオズワルドが頭を抱えているのが見えた。…わかってはいる、こういうことするから「愛人だ」とか言われんだよな。


「はああ!?レイモンドさんがブリテンから出ていく!?パーシヴァル様絶対許可しないでしょ!」


耳元で叫ばれてビビる。気持ちはわかるけど。

だよな…お前もそう思うよな。

でも本気っぽかったんだよなあ。


パーシヴァルに伝えた方がいいのか、レイモンドの意思を汲んで黙っていた方がいいのか真剣に検討する彼女をデニスはニコニコと眺めていた。

確実にレイモンドのことは考えていなさそうだ。時折ライラに「デニスはどう思う?」と聞かれて「ライラの意見に賛成だよ」と返している。


「ーーーでも辛いよねえ。ミシェーラ可愛いから私的には推しと推しがくっついた感じで嬉しさ掛け算だけど、そういうわけにはいかないよねえ」


うんうん、いかないよね。

でも「オシ」ってなんだろう…ライラはたまに不思議な言い回しをするんだよな。


「ねえ、ライラ、オシって何?」


ライラは「今までの話聞いてた?」と呆れている。聞いてるよ、レイモンドさんが出てくって話だろ。


「それ始めにデニスが自分で言ったことーーーなんも聞いてないじゃん…まあいいけど、デニスはこういうの本人たちが決めることだろってタイプだもんねえ」


さすがはライラだ。俺のことをよくわかっている。


「ーーーで、推しっていうのはね、心のエネルギーだよ。見るだけで元気をもらえて、応援したくなって、貢ぎたくなる相手のこと」


「オシ」ーーー心のエネルギーとはまた大袈裟な、と思ったが、確かにパーシヴァル様やジョシュア様を見るときのライラの顔溶けてるもんなあ。

でもわかったぞ。


「なるほど、俺にとってのライラか」


とびっきりの笑顔で黒色の頭に頬を擦り寄せた。ライラは嫌そうな顔をしてるがーーーわかっている、これはちょっと照れてる時の顔だ。


「今日のデニスIQ低そうなことばっか言うね」


レイモンドさんに言われたんだよね。お前告白してないだろって。ーーー既婚者のライラからしたら迷惑かと思ってたけど、こんな可愛い顔するならもっと早くやればよかったなあ。


「少女漫画モードはレイモンドが元凶か」とライラは遠い目をしていた。やっぱりたまに意味がわからないことを言う。

ライラは今五歳児サイズなので、膝の上に乗せて愛でていたわけだがーーーされるがままになっていたライラが俺の下げている剣を見て「え?これ刀?」と驚いた声を出した。


確かにカタナはこの国では希少なものだが…ライラが武器に興味を示すなんて珍しい。というかよく名前知ってたな。

抜いてみて欲しいと言うので渋々彼女を横に退けた。

防音魔法の解除を頼んでライラから距離を取る。

刃物は危ないからね。彼女にぶつけるようなヘマしないけど。


刃に触れようとするライラを見て咄嗟に下がった。ーーーあぶねえ、切れ味凄まじいのにそんな呑気な顔で指を近づけないでくれ。ほっそい指なんてスパンだぞ。


「そういえばさ、デニスが今護衛をしてる留学生ーーー茶髪の子の名前なんだっけ?」


ライラは刀で連想したらしく紬姫のことを聞いてきた。口を開けば竜か王族のライラが他人に興味とは珍しいーーーというか刀を紬姫からもらったってよくわかったな?


「前世の記憶あるって言ったじゃない?ーーー異世界の私の故郷に紬姫の国がすっごく似てるんだよねえ。もう一回会ってみたいなあ」


ライラから「デニス、面会の手筈整えてよ」と請われればデニスは当然YESな訳だが。

ちょっと心配だった。主に紬の心臓とかが。三秒くらいで考えるのやめたけど。


「和国のものが気になるなら色々送ってもらうか?魔石と交換なら武器以外にも色々送ってもらえると思うぞ」


何気ないデニスの提案にライラが感激の表情になった。

ねえライラさん?あなたが黒魔法と王族以外でそんな嬉しそうな顔したのみたことないよ?

ーーーちょっと紬に嫉妬したのは秘密だ。俺やっぱ心狭えな。


「食べ物がいいなあ。空間魔法のカバン贈ってあげればいっぱい詰められるよね。作っちゃおうか」


装飾品じゃなくて食べ物なのがライラらしい。

「オニギリ」と「タコヤキ」が食べたいそうだ。…聞いたことがない食べ物だった。紬がわかるといいのだが。


「味噌も醤油もあるのかなあ。うわあ、考えただけでお腹空いてきた」


デニスはちゃんとメモした。「ミソモショウユモ」ーーー不思議な音だ。外国語だからだろうか。


その場で紬に魔力通話で確認してみればーーー「ありますけど、庶民の食べ物ですよ?」とのことだった。王妃に献上するようなものではないらしい。


「え!?あるって?うわ、テンション上がってきた!まさかここで和食食べられるとはーーーこうしちゃいられん、シリルにも報告だ!」


はしゃぐ幼女の声を聞いた紬が「どなたかのお子さんですか?」と聞いてきた。

うわあ、どうしよう。そっか、わからないよな。馬鹿騒ぎするのが黒竜の王妃だなんて。パーティーの時はちゃんと外面よくしてたもんなあ。


デニスは迷った。一分くらい唸ってた。

紬の幻想を壊していいのかーーーでも、多分隠してもバレる。だって、デニスの太ももをペシペシと叩く幼女が「面会の日程も決めろ?今すぐ決めろ?」と脅してくるのだ。今取り繕っても意味ない気がする。


「実はこれ、王妃様です」と親切に教えてあげたのに紬は全く信じなかった。「揶揄う(からかう)のも大概にしてくださいまし」って、いや事実なんだよ。結構本気で説明したのに取り合ってもらえないって俺の言葉への信頼度低いな?


ひと月後にしようとしたらーーーライラが必死に「今週にして!」と主張してきた。こんな風に駄々をこねる姿はかなり珍しい。


「ほ、ほら、ミーティアウィークがあるじゃん?」


え、だからひと月後にーーー


「それじゃ間に合わな…違くて、今週なら会えると思うんだよね。ほら、学生さんって年末忙しいじゃない?」


…ものっすごく、何かを隠された気がする。

とりあえず面会の日程は四日後に設定して(デニスはライラYESマンである。今日にしろと言われれば恐喝してでも紬を拉致してくるだろう)、通話を切った。

ご機嫌でシリルに向けてメッセージを打っている、もちみたいな頬を伸ばして問い詰めるデニス。


「ライラ、間に合わないってなんだ?何か企んでるのか?ん?」


ミーティアウィークに向けて警備も一層厳しくする。

ライラは見た目幼女だが中身はデニスと同い年だ。つまり精神年齢は二十歳。王宮全体が忙しいこの時期に無駄に抜け出したりして警備の負担を増やしたりするようなタイプではないのだが。


どんなに聞いてもライラは口を割らなかった。「なんでもないよ」の一点張り。


一個だけくれたヒントらしいものといえばーーー


「ジョシュアもデニスも過保護すぎなの。今日だってジョシュアがいなくなった一分後にデニス来たし、仲良しか!密な連携取るんじゃないよ」


ーーーといういつもの愚痴だった。そうは言われても心配なのだ。ジョシュアもデニスも。

ていうかやめてくれ。「ジョシュア様と俺はそこまで仲良くないよ」と反論したら「何言ってんの?」みたいな顔された。

え?お前の旦那だろ?

なんで嫁のお前にその顔されんの?めちゃくちゃ心外なんだが?


「だって、枕営業で成り上がったって噂立つくらい仲良いじゃ「待て待て待て、五歳の見た目でその発言はやめろ?あとそのワードお前の口から出ると俺へのダメージが凄まじいから自重しろ?」


ゾワワワっと鳥肌が立って、自分を抱きしめてしまったデニス。

本気で青ざめているデニスを見てライラがケタケタと笑っていた。


く、発言は許せないが下がった目尻がとても愛くるしい。許さざるを得ない可愛さだ。


ーーー散々忙しいと言って寄り付かなかったくせに、ライラへの貢物を決めるために紬の離宮に何度も通うデニスを見てレイモンドがしょっぱい顔をしていた。


「お前、今日訓練入ってなかった?」


「よく知ってますね」と言ったら微妙な顔で「お前のシフトは全員が把握してるよ」と聞かされる。

そっか、レイモンドさんは警備シフトからは抜いてるけど訓練はでてるもんな。

自分は非番でも俺の出勤日は見たんだろう。みんな俺の出勤日を確認してるってことは、上司である俺がいない日は羽を伸ばしてるんだろうか。


「昼休憩なんっすよ。魔石三つくらい食って飛んできました。すぐ戻りますーーー紬様、王妃から追加確認事項っす」


「昼休憩くらいじっとしてろよ…」とレイモンド。

紬はデニスの度重なる来訪に驚いてはいたが、「王妃様への面会というのはこれほどに準備が重要なんですね…!」と顔をこわばらせていた。


違う。そうじゃない。

普通の王妃は庶民が食べてるような菓子を取り寄せるために、自作の空間魔法付与のカバンを与えたり、始祖竜しか使えないような魔法陣をよこしてきたりしないんだよ。


「我が国のご負担を考えていただいたのですね…!」


うんうん、めちゃくちゃ勘違いしてるけど真面目に準備してくれるのはありがたい。和国王も顔色を変えて喜んでくれたらしいし。

…そりゃそうか、騎士団長《俺》で大騒ぎだったらしいもんな。伝説の始祖竜との面会なんて落ち着いちゃいられねえよな。


多分当日に本人を見れば幻想とか色々吹っ飛ぶと思うけどね…優美で華麗な見た目とアホっぽい言動が一致してねえんだよなあ。


「あとこれは俺の個人的なお願いなんですけど、五歳児と大人用の和装をこしらえてくれませんか?花より団子を地で行くやつなんで装飾品への希望が一切ないんですが、その、報告書とか上げるときの外分が微妙なので」


紬としても「庶民の食べ物を贈れ」よりは「服飾品を贈れ」の方が納得しやすかったらしい。

落ち着きを取り戻したように、「わかりましたわ」と微笑んでくれた。

…もしかしたら結構混乱させてる?ごめんね、うちの常識なしが。


「和国の染物は美しいので王妃様の愛らしさをより輝かせますわ。陛下もお喜びになるでしょう」


ーーーはにかむ紬には悪いが、ジョシュア様は装飾品の魔力の質しか興味ない人なんだ。魔石か魔獣の糸かを使ってない限り、どれほど上質な品であろうが興味ゼロなんだ…。


まあ、つまり完全な俺の趣味だ。あと、パーシヴァル様あたりは喜ぶかな?なんだかんだライラのこと猫っかわいがりしてるもんな。


このあと、パーシヴァル様に世間話程度に話したら、たまたまやって来たミシェーラちゃんが興味を示しちゃって大混乱になりかけた。…そうだったわ、ミシェーラちゃんだぞ?異国の服飾品とか目がないに決まってるじゃん。


「紬姫の衣装可愛いと思ってたの!そんなことになってんのなら教えなさいよ!私も異国の民族衣装着てみたかったのに。デニスってば気が利かないわね…で、面会の日はいつ!」


いや、パリコレとかも出てるミシェーラちゃんが行くとすでにオーバーキル気味な紬姫の緊張が振り切れる気がするんだけど…


「何言ってんのよ、ライラもジョシュア様もパーシヴァル様も行くんでしょう?すでに顔面的には眩しすぎて私が増えても一緒よ!さあ、白状しなさい!」


ーーー意味がわからない理論だったけど、押し切られた。俺、ミシェーラちゃんに口で勝てたことない。


これ、前日だったんだ。

だから俺が哀れな紬様にできたのは事前に出席者を魔力通話で知らせるくらいだけ。


「出席者は、国王陛下夫妻、パーシヴァル様、ミシェーラちゃん、俺ですっと」


[風光絶佳な皆様に面会する機会をいただきまして、欣快キンカイに堪えません]という返信が来た。意味がわからなかったので国語が得意だったミシェーラちゃんに見せて訳してもらったら…


「『めちゃくちゃ美しい皆様に会えることになって超ハッピー』って意味ね。皇王の正式文書とかで使われるようなお堅い言葉遣いだと思うわ!」


全くわからなかった。後半、超ハッピーって意味だったのか…。

ワードチョイスからも大混乱が伝わってくる。TPO間違っちゃってるし。


「緊張してるのかしら。皇族とはいえ小国だものねえ、初心で可愛いわあ」


他人事みたいに言うけど君の参加が致命打を与えたからな?


ーーーあとで紬様の側近から装飾品の格を上げなきゃいけなくなってめちゃくちゃ大変だったって怒られました。

ミシェーラちゃん最高級品を常時身につけてるから、皇族として合わせにいかなきゃいけないらしい。

そっか、騎士団の制服着てけばいい俺らとは違うよね。


まあ、反省はしないけどな。ライラが言えば百回同じことが起きると思う!


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