後編
次の日からニイヤは以前よりもっと働くようになりました。山のようなゴミが運ばれると、すぐさま分別を始め、潰したり燃やしたりしました。タノシミが土の上で過ごせるようにと、少しでも空き時間があればすぐさま土の周りのゴミをどかして片づけました。葉がなくなりそうになると、すぐさまキャロル氏の所へ行きました。キャロル氏はニイヤが前よりも生き生きしているのを嬉しく思いながら、快く葉を分けてくれました。
そんな風にニイヤとタノシミはゴミの山で過ごしました。雨の日も風の日も、ニイヤは働き、タノシミの世話をしました。タノシミもすくすく育っていきました。
やがて、季節の移り変わりなど知りようのないゴミの山で、ニイヤはそれを目にしたのでした。
タノシミがついに、さなぎになったのです。乾いた茶色のさなぎを、ニイヤはただ黙って見つめました。この中にタノシミがいる。春が来れば、美しい蝶になって飛ぶ。溢れる命の器というのは、何とも素朴で愛おしいのだろう。ニイヤはそう思いながら、しばらくの間、さなぎになったタノシミを見守り続けました。
そしてあたたかなある日、ついにさなぎから蝶なったタノシミが出てきました。それは灰色の世界で、相も変わらず唯一鮮やかでありました。けれども残念なことにニイヤはその時、ゴミの山の二つ向こうで、捨てられたビニル傘を分解している最中でした。しかもビニル傘は何万本もあるので、その日に限ってなかなかタノシミの所へ行けなかったのです。だから、タノシミがニイヤのところへ飛んで行きました。今のタノシミには、何を隠そう、羽があるのですから。
透明なビニルを骨から外していたニイヤは、ふと目の前の黒い柄にタノシミが止まったことに気がつきました。ニイヤは思わず手を止めました。あんなに小さくて、可愛らしい緑だったタノシミが、懸命に動いて食べていたタノシミが、ついに美しい蝶になったのです。静かに羽を動かすタノシミはどこか誇らしげでもありました。タノシミはしばらくニイヤの前で羽を動かすと、また羽ばたいて自分の住処の方へと帰って行きました。ニイヤはそれをただひたすらに見つめておりました。
飛んで行ってしまうのだろうか。羽を手にしたタノシミは、もうどこへでも行ける。自分の求める生きる場所を、ついには見つけるために自分の元から離れていってしまうのだろうか。ニイヤは少し悲しくなりました。それでもタノシミがどこかで、緑の草原で、無数の色の花畑で羽ばたいていると思うと、その悲しみにもいつしか愛しさが寄り添ってくれました。
次の朝、ニイヤはいつものように朝いちばんにタノシミのいる土の所へと行きました。もしかしたら、まだいるかもしれない。もう一度、タノシミが旅立つ前に会えるかもしれない。そう思いながら土が顔を出すあの場所まで行ったのです。けれど、タノシミはもうそこにはおりませんでした。見渡しても、果てしなくゴミの山が続くばかりで、ひらひらと舞う蝶など、どこにもおりませんでした。ニイヤは静かに肩を落とし、足元に広がる空っぽの土を見つめました。
それから再びひとりぼっちになったニイヤは、前より寂しく思いながらゴミの山で過ごしておりました。それでも、いつタノシミが帰ってきてもいいようにとタノシミの家はそのままにしておいてあげました。
いつの間にか夏も過ぎ、秋も冬も終わりました。季節の変わらないゴミの山でニイヤはその日も働いておりました。ふとニイヤは、タノシミがいた土の場所までやって来ました。誰もいない事を知りながら向かうのはつらい事でありました。けれどいざその場に来てみると、ニイヤは初めてタノシミと出会ったあの日と同じように、立ち止まったのです。
ニイヤがゴミの山から救い出した土は、あれから光を浴び、キャロル氏のくれた葉やタノシミと過ごしました。そして今、ついに、土の中で長い間眠っていた命が目覚めたのです。イモムシだった頃のタノシミと同じような微笑ましい緑がひとつ、芽吹いていたのです。
ニイヤはそっと、その新たな命を撫でました。ふと、タノシミがそこで静かに羽を動かしているのが見えた気がしました。
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