後編
言われた通りに月野を置いて共に校舎の裏へ向かう。
思いつめた表情の彼に朝陽は笑いかける。
「何でお前がそこまで思いつめた顔しているんだよ」
「お前って人の心境察することが出来ないんだな。数学だけじゃなく国語も不得意だろ」
「そこまで言えるなら心配しなくて良いな」
「呼び出したうえでこんなことを言うのもあれだが、聞かせてくれ」
朝陽の冗談を無視して水無原が口を開いた。
「天宮を殺したのは、お前なのか」
「何時から、気づいてたんだ」
「さっき言っただろう、帰る方向が一緒だって」
「だから聞いてたんだよ。お前たちが警官二人に何をしていたのかを聞かれていたのを。そしたらその内容が明らかに変だったんだよ」
「変って?どこが?」
彼が何を言うのかは大体想像がついていたが、あえておどけて見せた。
「最初におかしいと思ったのは月野が4章の5を聞くって言った時だ。数学の予習をするって言ってたが、それなら4章は既に終わったところのはずだから。それでおかしいと思ったんだ」
「それくらい言葉の彩かもしれないし。それくらい警察も山口先生に聞けばすぐ分かることだろ」
「それだよ。月野ぐらいの奴が、そんなすぐ分かるような嘘をつくはずがない。そこまで考えたさ。だけど、その後のお前の発言で全部分かってしまったんだ」
「俺の発言の何だよ」
「何でお前は凶器がサスペンダーだって知ってたんだ?」
水無原は今にも泣き出しそうな顔だった。
「俺達が知らされていたのは天宮は高いところから落ちたってことと、首を絞められた跡があったってことだけだ。凶器が何かなんて何も聞いちゃいない。それなのにお前は凶器が何かを知っていた。それで全部分かったんだ。天宮の首を絞めたのはお前だって。多分、月野はそれを見ていたんだ。それでお前をかばう為にわざと分かる嘘をついたんだ」
「そうか。月野……」
彼の為を思ってのことだったのに、結局彼に気を使わせてしまった。
「なあ、飛び降りたのは天宮の意思だよな。そうだと言ってくれ」
悲壮で縋りつくような水無原の問いかけに、笑って答える。
「そこまで読んでいるなんて凄いな。大方、お前の想像通りだと思うよ。お前は俺と逆で多分国語まで賢いんだろうな」
あの日、天宮から渡された手紙は月野に渡さずに、こっそりと開いて内容を確認した。内容は正直言って陳腐で勝手なものだった。
「月野君、嘘って言って。正直になれないだけだよね」
「周りの目を気にしちゃっているの」
「お願い、放課後体育館に来て。」
どこで、どう発想をとばしたらそうなるのだろうか。だから、手紙は握りつぶした。そして言われた時間に自分が体育館へ向かった。
そこには天宮が、いた。その手に手紙を握りしめて。手紙の内容はこれまた酷いものだった。
「月野君、どうして来てくれなかったの」
「もう良い、死にます」
その二言ですみそうな内容がだらだらと書かれた「遺書」を、朝陽は握りつぶした。それはとっくにビリビリに破いて、家からごみ袋に入れて出してある。
遺書の処分を済ませても、それだけで終わらせる訳にはいかなかった。このまま彼女を置いておくと、自殺として処理され、その理由が問われるに違いない。その時誰も責めなくても、真面目な月野は自分のせいだとして背負い込んでしまうに違いない。それは避けたかった。
だから朝陽は天宮の首を絞めた。殺人事件として処理をさせる為に。この時、朝陽がまだ生きていたかどうかはしらない。そんなことはどうでも良かった。彼女の首を絞めた時点で、犯人は自分となるのだから。
「自首しろよ。絶対自首しろよ」
何度も繰り返しながら、去っていく水無原を見届けて、朝陽は声をかける。
「月野」
呼びかけられた月野が物陰から出てきた。
「全部、聞いていたんだろ」
「ああ」
月野はそれ以上、何も言わなかった。朝陽も何も言わなかった。言う必要は、無かった。
「じゃあ、胡蝶の夢っていうのは知ってる?」
クジャクヤママユの問いかけの後に、月野がまた問いかけてきた。
「それは知ってる。古典でやっただろ。自分が蝶になる夢を見たのか、それとも蝶が自分になる夢を見ているのか、っていう話だろ」
「そう。その話でいくと、俺達も夢なのかもしれない」
「夢ねえ」
「そう。ひょっとしたら、クジャクヤママユの見ている夢かもしれないんだ」
月野がまた笑う。
その笑い顔を見て、思う。夢でもかまわないさ、と。