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中編

校長の話が終わり、皆が教室に戻ってもざわつきは収まらなかった。

「天宮死んだってマジかよ」

「しかも校長の話だと自殺かもしれないってことじゃねーか」

「嫌、もっと微妙な言い方じゃなかったか」

「ひょっとしたら殺されたかもしれないってこと?」

「何だよそれ、怖えー」

 クラスが天宮麻衣の話で盛り上がる中、教師の新塚が入ってきた。

「いいかお前ら。校長は語らなかったけれど俺の分かる範囲で話してやる」

 クラスが一気に静まり返る。新塚はこういう点では良くも悪くも生徒に対してオープンな教師だった。以前も学校内で不祥事が噂された際、教師間だけであるはずの話を生徒に話して見せた。

「詳しい死因は分からないが天宮は高いところから落ちた跡と首を絞められた跡があった。だから天宮は殺された可能性が高い。上のは隠す方向なのか知らないが休校にする気はないようだから、気をつけろよ」

 新塚の発言にまた一気にクラスがざわついた。首を絞められた跡があったということは、もれなく事件に違いない。事故でも自殺でもない、事件だ。高いところから落ちたということは彼女は突き落とされたのだ。そして事件ということは彼女を襲った犯人が絶対にどこかに潜んでいるに違いない。

「そのうち警察が来るんじゃないの」

 誰かの声が響いた。

 月野がピクリ、と肩を震わせるのを朝陽は見た。


 朝陽と月野は帰る方向が一緒だった為、普段は下校を共にしていた。天宮の死亡が発表された数日後のその日も、朝陽と月野は共に帰っていた。

「ちょっと良いかな」

 話しかけてきた二人組みの男はスーツ姿をしていた。

「怪しいものじゃないよ。警察だ。ちょっと天宮さんのクラスメートの人に色々話を聞いてまわっていてね」

 男の一人がそう言って警察手帳を開いて見せる。

「えっと名前は」

「朝陽と月野です」

朝陽が答えると、もう一人の警官が口を開いた。

「14日、天宮さんが死んだ日の17時頃、何をしていたか覚えているか?不信な人物は見なかったか?教えてくれないか」

「あの日は図書室で勉強した後担任の新塚先生に呼び出されたので職員室に行ってました。不信な人物は見てません」

「僕も図書室で朝陽と勉強してました。その後数学で分からないところがあったので、聞きに山口先生のところに行きました。不信な人は見てませんね」

「数学か」

「はい、予習をしていて分からないことがあって。聞いたのは4章の5のところです」

 警官は何やらメモをとっていたが、再度二人に向きあって聞いた。

「とにかく、不信な人物は見なかったんだね」

「はい、見ませんでした」

月野が答えると警官二人は頷き、良いよと解放してくれた。調べているのなら別の生徒に聞き込みをするかと思ったが、警官二人はその場を去っていった。

「何だったんだろうな」

 月野が不安げに呟く。

「さあな。でも怖いよな。突き落とされたうえにサスペンダーで首を絞められるって」

「本当だな」


「クジャクヤママユって知ってる?」

ある時、月野は問いかけてきた。

「知らない。何?」

「蛾の一種だよ。こないだ読んだ小説に出てきたんだ」

「何だ、小説かよ」

「少年の日の思い出、という奴でね。ヘルマン・ヘッセっていう人が書いたんだ。そこに出てくるんだ。クジャクヤママユが。もっと言うなら、クジャクヤママユの標本が」

「それがどうしたんだ。その標本が作りたいのか?」

「うん、作りたい。けどその先があるんだ」

 月野が身を乗り出してくる。

「作中で、その標本は壊されてしまうんだ」

「それがどうしたんだ」

「俺は、クジャクヤママユの大事な標本を作って、お前に壊してもらいたいんだ」

朝陽は「はあ?」と文字通り口をあんぐりと開いた。

「確かめたいんだ。大事なものを壊された時、俺がお前のことをどう思うのかを。クジャクヤママユという貴重な標本と友達のどちらをとるのかを」

 そんなこといわれてもなあ、と朝陽はうなる。

「俺はお前の大事なもの壊したくないよ」


 朝陽と月野が警官に話しかけられたという話はいつのまにかクラスにとどまらず学校全体に広がっていた。噂というのは尾ひれがつくもので中には彼らが容疑者であるという話まであった。

「なあ、警官に話かけられたって本当かよ」

 クラスメートの一人である相原が二人に話しかけた時、教室が一気に静まり返るのが分かった。

「話しかけられたよ」

月野が動じずに応じる。

「何話したんだ」

「何って、聞かれたことに答えただけだよ。あの日何をしていたかと、不信な人物見なかったかって」

「それだけか」

「それだけだよ、本当に」

 ひそひそと女子がうわさ話をするのが朝陽の耳に入る。

「ねえ、本当なの。月野君が殺したって」

「知らない。噂よ噂。けど天宮さんがしつこく迫ってそれでこじれたって」

「そんなまさか月野君が」

「けれど、人ってみかけによらないと思うし」

 くだらない。クラスを見渡しながら朝陽は不快感を募らせる。お前たちは誰も月野を理解していない。


 帰り道、意外な人物が待ち構えていた。水無原だった。

「何でお前が」

「帰る方向が一緒なんだ。当然だろう」

水無原はそう言うと、朝陽の肩を叩いた。

「ちょっと、良いか」

 思いつめた彼の表情に、朝陽はただ頷いた。


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