3
ちょうど一年前だ。
あれから一年経った。
異世界で旅をした期間も多分一年ぐらいだったろう。
元の世界に戻ったオレは、同じ場所、同じ時間、召喚された時と同じ世界線に舞い戻った。
一歩踏み出した脚は筋肉はないが太く、指は硬く節くれた男のもの、腕も、あれほど存在感があった胸部を占拠していた双丘は皆無で、下半身には馴染み深いマイ相棒がただいまウェルカムしていた。
一気に戻った現実感、一気に失った喪失感。
長くて短かった命を賭けた死闘の旅路。
常に傍らに護るように存在した仲間たち。
真面目で冗談が通じない不器用なムッツリイケメン眼鏡の聖職者ウェスター。
兄貴がいたらあんな感じだっただろう常にパーティを引っ張ってリーダーを務めた頼れる中心的なイケメン戦士ジーグ。
ぶっきらぼうで無表情で毒舌ばかり吐いていたが、常にパーティの安全性を考えていたツンデレなイケメン魔法使いフロスト。
スケベで女誑しで沢山恋人があちこちにいた子種と火種を撒き散らしていたお騒がせなムードメーカーなイケメン盗賊ラウル。
今はもう隣にいないかつての仲間たち。
思えばみんな常にオレのことを第一に考えてくれて行動していた。
オレのワガママも苦笑いしながらも文句を言っても喧嘩しても最終的に受け入れてくれていた。
オレが女だったから優しく扱ってくれたのは間違い無いが、よくこんなみょうちくりんな男女に最後まで付き合ってくれていたもんだ。
オレを魔王幹部の攻撃から庇って大怪我したレイパー未遂野郎のラウル。死にかけながらイケメンスマイルしやがって。正直死んだらどうしようとかなり心配した。
オレの素っ裸を直視して大量の鼻血をブチ撒いて気絶したウェスターのときは、他に回復魔法を使えるヤツがオレしかいなくて焦りまくった。
オレがえらく酔っ払っときナニカしたらしいが、記憶は一切無く、ジーグはその時のことを話してくれないのは、一体何故なのか。
フロストと一緒に死の迷宮に閉じ込められ喧嘩しながら脱出の謎解きをしたり、アンデットの大軍を撃退したり、お互いコミ症でボッチ仲間だったことが判った時は妙な仲間意識が芽生えたりした。その後顔を合わせるたびに真っ赤になっていたな。
それと、忘れちゃいけないローファンド公国の小さな王子様。
シャール王子殿下。
女だったとはいえ、よくオレみたいな半端なヤツにプロポーズしてくれたもんだ。
元男に一世一代の愛の告白したなんて、彼の黒歴史にならなければいいんだが。
まあ、今更だな。
まるで夢見たいな出来事だった。
いや、本当に夢だったんじゃないかって未だに思う。
白昼夢だったんじゃないかって。
全てはオレが作り出した妄想でしかなかった。
「だったらオレはヤバイやつだな」
オレは沈みゆく夕陽に眺めて笑う。
この手には確かに剣を握った感触や、様々な異界のモノに触れた記憶がある。
魔物を両断したおぞましい肉の歯応えも、魔法を行使するたびに身体を廻る不可思議な魔力の流れも、女体化した自身の身体のえも云われぬ柔らかな肌触りも戸惑いも、人々の嘆き、喜び、騒めきも、仲間たちとの出会いと交流も、小さな王子様の決死の想いも。
異形の魔王の最終形態を半死半生のみんなのありったけの力を束ねて討ち倒したあの時の感覚も。
淡く輝く光りが導く魔法陣の中で呆然と此方を見つめていた仲間たちの最後の顔。
忘れていない。
幻ではない。
夢ではない。
今も未だこの手に、記憶に、胸に、心に残る。
ギュッと握り込んだ拳を見つめ、オレは家路に向かうべく夕陽を背にし一歩踏み出そうとした。
リノリウムの白い廊下を足元が踏んだ瞬間、光りが弾けた。
「え」
見覚えのある眩しく輝く幾何学模様が幾重にも重なり、組み合わさり、オレを足元から覆い尽くす。
「――――ッッッ」
夕暮れの陽射しだけが放課後の誰もいない校舎の廊下を赤く淡く照らしていた。
「――――ハッッッ!!?」
眩しくて思わず閉じていた目蓋を開き、瞳を凝らす。
少しずつぼやけていた視界が徐々に輪郭を取り戻す。
キンキンとザワめく耳鳴りに混じり、周りから大勢の人の声が聴こえてくる。
「……おおっ、聖女様が御降臨なされたっ!!」
「救世の巫女様が再び……っ!!」
「嗚呼、お美しい……あの頃と変わらず……」
「ここは……?」
自分の口から呟かれた高い声色が違和感なく紡がれたのに戦慄した。
え……オレの声……?
声だけではない。
オレの身体のサイズに寸法が合った学ランが異様にキツくて苦しい。
特に胸が。
オレはサーっと顔面の血の気が引くのが解った。
クリアになっていく視界の端に長いサラサラした自分の黒髪が流れる。
……この……感覚……まさか……。
……どうやら息子は再び一足先に旅に出ていったようだ……。
「……やっと、貴女と巡り逢えた……」
オレの目の前に片膝を付いた蒼い騎士鎧を纏った超イケメンの青年が言葉を発した。
「……十年間、貴女のことを想っていましたよ。イツカ」
サラサラした金髪、蒼く澄んだ意志が強そうな瞳、まるであの小さな王子様をそのまま大きく大人にしたらこんな風なイケメンになるんだろうなぁ、と想像して、その想像がまんま目の前にいることにオレは気付いた。
「え……シャール王子?」
「いえ。今は国王になりました」
シャール王子、いやシャール王はにっこりと女をイチコロで落としそうな甘い甘すぎる笑顔を浮かべオレの小さく細くなった手を取り、以前は俺より小さく細かったが大きく逞しくなった指をしっかりと力強く絡めてギュッと握りしめた。
「僕との約束、覚えてますか?イツカ」
約束……?
ん?なんの?
シャール王子、シャール王の約束?
オレは現状を理解出来ないまま、圧倒的状況から呆然としながらも急速に頭がはっきりと鮮明になっていく。
これを異界酔い、というのを随分前に教えてもらった覚えがある。
とか、考えて廻りをハッとなって慌てて見渡す。
周囲にはかつての顔を合わせた何人も知っている人たちの若干歳を取った顔ぶれがある。
そして王子の後ろにはかつての仲間たちだったパーティメンバーの懐かしい顔が。
さっき十年?って……。十年経ったって……。
全然変わってない、歳を全く取ってないのが判る。
こちらを微笑ましく、複雑そうに、王子、王を仇を見るように睨んで、なんか様々な感情の圧を凄く感じる。
それを感じ取ったのかシャール王は、握るオレの手に力を込めた。
「イツカ?僕の返事の答えは?僕は大人になりました。まだ貴女を想っています。貴女が好きです。大好きです。愛しています」
「え?え?え?ちょ、ちょっと待っ」
理解が未だ追いつかない。何故?何故また?何でオレはまたこの世界に?この異世界アルヴェキラに?間違いない、あの世界。しかも何故か十年後。
ぐいぐいと紳士然としながらもまるで獲物を淡々と狙う肉食獣のように迫る大人に成長したシャール王。
「貴女は約束してくれました。僕と。もう一度、いえ何回だって言います」
「ひゃっ!」
シャール王が、鬼気迫るとはこのことだろうか。イケメンがドアップで迫りくるっ!
「貴女が好きです。僕と結婚してください」
オレは今、盛大に顔を痙攣らせているのだろう。
再び召喚されたこの異世界の地で、オレは一体どうなってしまうんだ……?
続きません。