自己紹介と事件の始まり。
舞台は、静岡県某所。
荒海高校の今年度入学式が終了してから一週間ちょっと経った後のお話。
春と聞いて何を考えるだろうか?
満開に咲いた桜、新しく通うことになる学校、新生活に対する希望と不安。それぞれの人がそれぞれの思いを馳せながら迎えるのが、春という季節のある種の慣わしといえよう。
俺はというと、校庭沿いに咲く桜を眺めながら昼飯の際に買うお茶の種類を考えていた。入学して間もない高校のクラスだが一週間もすればさすがに、自席におけるベストビューの一つくらい見つけるものである。
春特有のふわっとした空気を感じながら物思いにふけっていると、体格のいい男子生徒が教室へ入室し、何人かと挨拶を交わしてから俺の前の席に座った。
「おはよっ、良平。毎朝何でそんな暗い顔してんだ?」
「ああ、おはよう。別に暗い顔してるわけじゃない。これはもとの作りがそうなってるだけだ。」
そういって挨拶を返した相手は、中学時代から色々と付き合いの長い馬込瑞樹。
こいつは、現在サッカー部に仮所属している。弱小チームだったうちの中学から唯一スポーツ推薦で高校に入学した、ガチ運動部爽やか系イケメンである。抜群の運動神経と持ち前のセンスで仲間をも魅了し、誰にでもフレンドリーでありかつ常識人であるため、人望はかなり厚く、クラスが始まってまだ数日と立っていない中で、すでに中心的存在になっている。まあ、所謂漫画の主人公である。
「お前は部活何にするか決めたん? よかったらサッカー部来いよ! 俺もお前がいたら嬉しいしさ。」
なんでこんな臭いことがさらっと言えるのだろうか? こいつの脳内を一度見てみたいものである。こういうことをさらっと言える人物だからこそ皆惹かれるのであろう。
「俺はやめとくよ。俺はそこまで、サッカーには本気になれなそうだし。それに俺にはセンスがない。」
「そうか・・・。まあ、気が変わったら教えてくれ。いつでも待ってるからさ。」
「ああ、そうするよ。ありがとう瑞樹。」
そういって、瑞樹の誘いを断ったところで、チャイムがなった。
春の日差しが教室へと入り始めている。今日も学校が始まったのだなと、今になって実感した。
学校が始まってまだ間もないこともあり、授業内容は薄い。一学期の中間テストは五月終わりだから、まだ焦らなくてもいいということかもしれない。
教卓の前で、熱弁している教師からは、高校生としての自覚がうんたら、大学受験にむけてかんたらと、生徒に向けてえらーいお言葉を発信していた。
俺が、その言葉を右耳から左耳へ聞き流す作業にふけっているうちに、気づけば四時間目が終わっていた。
やっと昼休みである。手洗いを済ませに行くついでに、朝から考えていたお茶を買いに自販機へ向かった。
自販機は、俺たちがいる一般棟の一階の購買と理科棟の一階の二か所にある。この時間購買の前にはすごい数の生徒が一堂に会するため、そちらを避けて理科棟側の自販機へ向かった。
自販機が見えてくると、その前には背が高いわりに肩幅が狭い、よれっとした黒いスーツにピカピカに磨かれた革靴という、妙なこだわりを感じる格好をした男性がたっていた。男性はこちらの存在に気づきヨッと手を挙げていた。
「波浜じゃないか。高校はなれたか?」
手にした缶コーヒーをカシュッと開けながらそうきいてきた。
「こんにちは、篠原先生。まあまあですかねぇ。特にこれといったこともないですねぇ。まだそんなに授業も受けてませんし。」
そういって俺は、少しはにかみながら適当に受け答えをして自分のお目当てのお茶のボタンに手をかけた。すると篠原先生は唐突に言い出した。
「波浜、お前部活入らないか?」
急に言われたもんだから、うっかり隣のコーラを押してしまった。しぶしぶそのコーラを取り出して、先生に問うてみた。
「部活って何部ですか? あいにく俺部活には入ろうとは思っていなくって。」
「よし、入る部活を決めてないってことでいいな。今日の放課後、物理準備室に来い。話はそこでする。じゃあなぁ~。」
そういって篠原先生は一方的に話を終えてしまい、あっという間にどこかへ歩いて行ってしまった。
マジかよ・・・。唐突過ぎない?
人の話全く聞いてないやんけ。本当に行かないと行かんといけんのか?
てか、このコーラどうしよう・・・。
昼休みという時間は、掛け替えのない尊き時間である。妹の作ってくれた弁当を開け、ご飯一粒まで食べ残しが無いようにキレイに平らげた。身内といえど作ってくれた方に感謝の意を表するのは至極当然のことである。明日は俺が当番だから、あいつのためにピーマンはぬいといてやろう。そういう兄的気遣いも忘れないのが、いいお兄ちゃんの条件だろう。(※俺の独断と偏見)そんなことを考えているうちに、掛け替えのない尊き時間は瞬く間に過ぎていった。今日の午後は体育もないから少し仮眠を取りつつ、緩く授業を受けよう。そう心に決めて五限目の教科書を用意して、時間まで腕枕のポジションをシミュレーションすることにした。
仮眠を取りつつだったせいか、気づけばあっという間に午後の授業も終わり、HRの時間となった。特に入れるもののない鞄に少し教科書を入れれば帰り支度は完了である。あとは、担任の話が終わるまでの数分を待つだけ。帰って何するかなぁと考えこんでいると、担任からこんなことをいわれた。
「えー、これでHRを終わりますが、波浜君はこの後物理準備室に至急行くように、篠原先生がお待ちです。」
マジかよ・・・。あの人どんだけ俺を逃がしたくないんだよ。
篠原先生は我が校の物理教師である。しっかりとした体格と堀の深い顔のため少し怖い印象を受けるが、その実内面はいたって温厚のため、ギャップに惹かれる女子生徒から密かな人気を集めている。
そんな篠原先生に俺は、入学してからというもの何故かよく出くわすのである。まあ確かに同じ敷地内で活動しているのだから出くわす機会があるのは当然なのだが、それにしても入学して一周間程度で、担任でもない先生に名前と顔を覚えられて会話を交わしちゃうぐらいには会っている。
その先生からのご氏名があるというのは、やはり先ほどの部活に関してなのだろう。気分は乗らないが名指しで連絡されては行かないわけにもいかない。しぶしぶ俺は、教室を出て理科棟の三階にある物理準備室へと向かった。
学校の構造上、一度一階に降りなければ一般棟から理科棟への移動はできない。一般棟の三階にある教室からの移動となるとわりと距離がある。なんでこんな設計にしたのかと設計者に文句を言いつつ、なんとか理科棟の前までやってきた。
理科棟は一階から三階までの各階ごとに役割を分けており、一階が生物系、二階が化学系、三階が物理系である。それぞれフロアの一番奥に物置になっている準備室が置かれている。
俺は気の向かない足でポテポテ階段を上り、三階奥の物理準備室の戸をノックした。
するとのんびりした声で「どぞー」と言われ、俺は戸を開けた。
「やっと来たか。待ってたぞー。」
そういって篠原先生は、教師用の机に読んでいた本をパサッと置き、こちらへ向いた。
「で、俺はなんで呼び出しをくらったんですか?」
そう聞くと先生はニヤッとしながら続けた。
「ようこそ、文科部へ。歓迎する。」
「ブンカ部??」
「そう、文科部だ。」
「ブンカって平安文化とかの文化っすか?」
「いや、文芸と科学で文科。」
「文芸と科学? 普通はその二つって分けません?」
「普通は、な。部費も部員もほとんどいないから一昨年に、文芸部と科学部の二つの部がくっついたのさ。それ以外の理由は特にない。」
「でも、なんで俺がその文科部にはらないといけないんですか? やる気なんてこれっぽっちもないんですが。」
「お前が暇そうに見えたんでな。だからだ。それ以外の理由は特にない。」
そういって篠原先生は笑いながら足を組み替えた。
こっちとしてもそんな理由で勝手に入部させられるなんてたまったもんじゃない。何としても反対せねば。そう思い何とか抗議しようと言葉を考えていたら。入口がガラッと空いた。
「お疲れ様でーす。あれ? お客さんですか? もしかして新入部員ですか??」
振り返って見てみるとそこには、離れていてもわかるほどサラサラで明るい茶髪をした女子生徒が立っていた。ネクタイを見るに三年生である。
「おぉ、坪井か。そうだぞ、俺が見つけてきた。」
「そうなんですね~、さすが先生やりますねぇ~。私、坪井美月。三年生で文芸班。よろしくね~。」
そう言って、坪井先輩は俺の手をギュッと握った。近くで見るとめちゃくちゃにスタイルがいい。何かめっちゃ良い匂いするし。なんで年頃の女子ってこんなにいいに匂いするん? あと近い。めっちゃ近い。パーソナルスペースの概念あるの⁇って疑うぐらい近い。
坪井先輩の思わぬ急接近にびっくりしつつも、心臓のために半歩分身を後ろにずらした。近すぎるといい匂いと豊満なボディのせいで心臓がキャパオーバーしちゃいそうである。
「初めまして、一年の波浜良平です。」
「オッケー、波平君だねぇ~。波平君は文芸班と科学班どっち志望なのぉ??」
全然オッケーじゃない。波平君て。それだとどこぞのお父さんじゃないか! 俺の頭はそんなに薄くないぞ! ハゲは遺伝するらしいが・・・。うちのじいちゃんは頭に何もないけど、あれはただのお洒落だ。スキンヘッドってやつだ! この前、親父がYouTubeの育毛剤のCMに反応してスキップせず見てたのなんて知らないぞ! 俺はこの髪の毛を一生守り続けてやるぅ‼ っと心でまくしたてつつも、俺はそのあとの言葉に少し疑問をおぼえた。
「文芸班と科学班って何ですか?」
そう聞くと、後ろの篠原先生から答えが返ってきた。
「うちは、もともと二つの部がくっついたって言ったよな。部としては一つだが、その実二つの班に分かれて活動を行っている。一つ目は、文芸班。主に文学に触れて、最終的には部誌に単発の小説を掲載することを目的として活動する班だ。二つ目は、科学班。物理・化学・生物・地学などの様々な科学分野から自分の好きなテーマを決め、そのテーマに沿った研究をしていく。そしてこちらも部誌を作成し、そこに研究成果をまとめた記事を作ることを目的として活動する班。とまぁ、こんな感じだ。」
「私は、文芸班の班長兼部長だよ! えっへんっ!」
坪井先輩は、腰に手を当てポーズをとった。何この人めっさ可愛いやんけ。うっかり坪井先輩に惚れてしまいそうになったところで、なんとか我に返ることができた。
「あの、俺入るとは一言も言ってないんですが・・・。」
「えぇっ・・・。波平君入ってくれないの・・・。しゅーん。」
もういちいち可愛いなこの人。何んだよ、しゅーんて。
そうは言われても、まったくやる気がないのに入っても迷惑だろし。そんな中途半端な奴が入っても部の和を乱してしまいかねない。坪井先輩には、悪いがここはしっかりと断らねばならんだろう。そう思い、言葉を発しようとしたその時、また入口がガラッと空いた。
「うぃっす。あれ? お客さんですか? もしかして新入部員??」
さっきの坪井先輩と同じ反応をしながら、今度は短髪でおでこを出した黒髪の男子生徒が入ってきた。
「おぉ、小沢渡か。そうだぞ、俺が見つけてきた。」
「そうなんすね~。さすがっす先生やりますね~。俺は、小沢渡憲。三年で科学班。よろしくな。」
なんかこのやり取りさっきと全く同じ気がするんだが。仲良しかよこの人たち。
「初めまして、一年の波浜良平です。」
うっかり俺も一言一句同じで返してしまった。まあ、最初の挨拶ってこれくらいしか言うことないしいっか。
波平君だよっ!っと坪井先輩がいらん追加説明をする。やっぱり可愛い。
「波平か! よろしくな!」
なんの違和感もなく受け止めしちゃったしこの人。すると小沢渡先輩が話を始めた。
「それはそうと先生、さっき変なものを見たんですよ。」
「変なもの?」
そういって、先生はまた足を組み変えた。
「そうなんです。さっき廊下を歩いていたら・・・」
小沢渡先輩が続きを話し始めた途端、入り口がガラガラバンッと音を立てて空いた。
「先生ヤバいどうしよ‼ 火の玉‼ 火の玉見ちゃったよぉ‼」
そういって、緑みがかった黒髪の女子生徒が肩から息をしながらに入ってきた。
「どうした可美村? そんな息を切らして。火の玉ってなんだ?」
可美村と呼ばれた女子生徒は、首のネクタイを緩めて息を整えながら早口で話し始めた。
「さっき、中庭を歩いてたんですけど、理科棟の裏に一瞬ボッて火が出たんです‼ あれは絶っっ対火の玉だよぉ‼」
「俺が見たのも、おそらく可美村の言う火の玉?かもしれません。」
「火の玉ねぇ。」
篠原先生は、半分呆れながら二人の話をきき、またまた足を組み変えた。
「てか、あれ? お客さんですか? もしかして新入部員??」
「おぉ、そうだぞ、俺が見つけてきた。」
あ、これってまたかな?
「そうなんだ~。さっすが先生やるぅ~。私、可美村日向。二年で文芸班。よろしく。」
「初めまして、一年の波浜良平です。」
この人たち自己紹介のテンプレでも用意してるの?ってぐらい同じ文章で自己紹介するんだなぁ。
仲良しさんたちかよ! まあ、ちゃんと挨拶ができるしっかりした人たちなんだろう。いい人たちそうではあるし。
あれ?なんか足りないなぁ?
「波平君だよっ!」
そうそう、坪井先輩のそれ待ってたんですよ。
「よろしくな、ナミヘー。」
はいはいオナシャス。もういいよ波平で・・・。
この作品は私にとっての処女作となります。
今後、この作品を続けていくかまだ悩んでいます。