1話 「瞬間記憶」 ③
もう夜六時くらいだろうか。
夕日も沈み始め辺りは少しずつ暗くなっていく。
「なあ、俺一人でも帰れるぞ。」
さすがに家まで着いてこられると気まずくて困る。
気も引けるが早めに言っておいた方があっちも助かるだろう。
「え、何言ってるの?拓斗迷子になるよ?」
「は??」
後ろを歩いていた高光は驚いた様子でこちらを見ている。
いや、驚くのはこっちだ。
数秒間の沈黙のあと、先に口を開いたのは高光の方だった。
「拓斗、方向音痴じゃん。高校だって一人で通えるようになるまで一ヶ月かかったのに。」
「そうだったっけ、、、。」
いやいやそんなの知らないし、それならなんで俺が前を歩いているんだよ。
天然にもほどがあるだろ。
高光は続けて話す。
「それにもう暗いんだから絶対家に着けないって。ここら辺結構複雑だし。」
「わ、わかった。」
そういうことならしょうがない。
ここで一人で帰ったらさすがの高光も怪しがるだろう。
俺は前を向いて再び歩こうとしたとき、
「きゃーー!!」
女性の叫び声が聞こえた。
声がした方向を見ると地面に座り込む若い女性とその前を走る中年男性の姿が。
「ひったくりよ!誰か捕まえて!!」
平和なところだと思っていたがこの世界にも盗みを働くやつがいるんだな。
高光が震えた声で俺に話しかける。
「これ、やばくないか。と、とりあえず警察に、、、。」
「荷物を頼む。」
俺はその場にカバンを置いて逃げる男を追った。
男は細い路地裏に入っていく。
「ちょ、拓斗!!拓斗がそんなところ行ったら迷子になるって!」
「でも困っている人がいるだろ。」
俺は男の後を追い、路地裏に入る。
入り組んではいるものの俺には関係ない。
実はここの地区周辺は俺が学校に行くときに上から一望できるのだ。
それに冒険者の性なのかマップは最初に把握しておきたいもの。
どこがどう繋がっているのかは完璧に覚えている。
幸い逃げている男は中年なこともあって足が遅い。
簡単に追いつきそうだ。
男は焦っているせいか道を間違え壁へと追い込まれる。
「おい。もう逃げられないぞ。」
「う、うるせえ!!」
男はポケットからナイフを取り出す。
相当焦っているようだ。
「そんなもの俺にはきかないぞ。」
「おおおおおお!!」
男はこちらにナイフを向けて走り出した。
ナイフは俺の腹へと突き刺さる。
と言いたいところだが、トラックをも跳ね返させるほどの丈夫さだ。
ナイフごときで傷がつくはずがない。
俺はナイフを掴み真っ二つに折って投げ捨てる。
あまりの出来事に男は腰を抜かす。
「さ、大人しく捕まれ。」
「お前なんなんだよ、、、。」
男は顔を上に向ける。
ん、何か見覚えのある顔だな。
「貴様、俺にトラックでぶつかってきたやつだろ。」
「う、嘘。お前はあの時の、、、。」
あの時はその場からすぐに逃げたのではっきりとは覚えてないが確かに運転していた男だ。
男は急に泣き出す。
「あ、あれはお前が赤信号で横断歩道を渡ったのが悪いんだろ!!俺は何も悪くない!!」
「それはそうだがあれとこれは別だ。犯した罪は償ってもらうぞ。」
俺は男の腕を掴んで持ち上げる。
男はこちらを睨みぶつぶつと話し始めた。
「お前があの時横断歩道に出てこなければ俺は、俺は、、、。」
「まだ何かあるのか?」
男は大声で叫ぶ。
「お前のせいで俺は仕事をクビになったんだよ!仕事用のトラックを壊したからな!!」
「だからと言って盗みは良くないぞ。」
今度はまた小さな声で喋りだす。
「金が足りなかったんだ。しょうがないじゃないか。」
「貴様はなぜ職を失ったときにすぐ諦めたのだ。いいか、私がいた世界ではな、私よりも若いものが家族のために自ら職を探して働いていたのだ。それなのに貴様はいい年して盗みを働くなんてありえんぞ。」
少し説教じみてしまった。
それに元々は私の不注意だったからな。
「牢屋に入ることはないだろうから、罪を償ったらまた一から頑張ればいい。そ、それとあの時は悪かった。あれは私のせいだ。近々しっかりと対価は払う。」
「うぅ、、、。」
男は泣き止み静かになった。
そこに俺の後を追ってきた高光が息を切らしながら現れた。
「つ、捕まえたんだね。良かった、、、。」
「ああ。無事な。」
遠くから高光が呼んだであろうパトカーのサイレンが聞こえ始めた。