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王国物語

エメラルドの瞳

作者: 52ヘルツ

 初投稿です。よろしくお願いします。

 この国は王家をトップとして、司法、政治、軍部、の三つを公爵家が補佐している。


 先王の時代から、領土拡大を目的とした戦争が続いており、軍部を担う我が公爵家は、これら三公爵家の中でも突出していた。


「いやはや、将軍も、ようやく身を固める日がきましたな!」

 政治の公爵家、宰相が話しかける。

「めでたいことです」

 司法の公爵家、判事が頷いた。


 先日同盟を組んだ小国から、姫君が嫁いでくるそうだ。

 同盟国といえど、実質の属国である。本来なら妾妃にするのだが、王はこう仰った。


「余の妃は、ただ一人」


 すなわち、姫君の扱いに困っていた。


 だがそこに、ちょうど功績を立てたばかりの、独身貴族がいる。俺のことだ。

 身分も年齢も悪くない。褒美として下賜するには都合が良かった。


 俺が戦場から戻って来たときには、既に話は決まっていたが、まあ良い。王家に貸しができ、同盟国の利権も手に入る。

 見知らぬ姫君だが、気に入らなければ、切り捨てよう。


「はじめまして、勇ましき将軍閣下。お会いできて光栄です」

 姫君は、緑の瞳が印象的な女だった。

 流暢に挨拶すると、この国で一般的な礼をとる。言語、マナーともに問題なく、順応していた。

 ーーー気概のある女だ。悪くない。

 

 こうして、俺と姫君との生活が始まった。

 


◇◇◇


「皆様から、お茶会へ招待されましたわ」

 同居して三日後、姫君宛に手紙が届いた。各公爵家夫人、他にも有力貴族からの招待状だ。


「それがどうした?」

 たかがお茶会、歓談の場である。


「閣下、お茶会を侮ってはいけませんわ。人脈を広げ、相手の心を掌握する、女の戦場でございます」

「詭弁だな」

 そう言い捨てると、姫君は招待状の束を扇のように広げ、目の前に差し出した。


「では、証明して見せましょう。どなたの心をお望みで?」

 この中から選べと言うのだろう、随分な自信である。


 一枚、抜き出そうと手を出して、止めた。

 ーーーどうせなら、別のものが良い。

 

「では、王妃を」

 王妃は、王の寵愛を一身に受ける。この国の者ならば、誰もが取り入りたい相手だ。

 だが同時に、したたかで油断も隙もない女だ。気難しく、今まで上手くやれた者はいない。


「仰せのままに」

 それでも姫君は微笑む。緑の瞳が輝いた。



 約束の通り、それから二週間後には、姫君は王妃の心を掴んできた。

 王妃の私的なお茶会に招待されたのだ。


「お話相手として、近々登城することになりました」

 さらに、お茶会から戻ると、姫君は嬉しそうにそう述べた。


 なかなかの手練れである。



 さて、軍部では、戦果を上げた者には、それ相応の褒美を与えなくてはならない。


 俺も数々の功績を上げ、様々な褒美を賜った。

 南の国王の首を刈った時は、領地を。 

 西の朝廷を滅ぼした時は、金銀財宝を。

 東の皇帝を捕らえた時は、この姫君を。


 そう考えると、今後は、全員の首を刎ねるか、滅ぼした方が良さそうだ。閑話休題。


 今回、王妃の心を掴んできた姫君には、何が良いか。

 

 戦績を報告するなら「自ら策略を練り、先駆けて攻め落とした」というところだろう。宝石、貨財が妥当だな。 

 

 この国では夫婦間で、自分の色の宝石を贈る風習がある。

 俺は赤目白髪だ。鮮やかな赤いルビー、艶やかな白真珠を贈るのが一般的だ。

 

「これを貴女に」

 姫君は渡されるがまま、箱を受け取った。


「今、開けても?」

「ああ」

おそるおそる箱を開け、目を瞬く。


「まあ、エメラルドのネックレス!」

 姫君はネックレスを箱から取り出すと、その身に当てた。

「付けてあげよう。後を向きなさい」

 姫君の胸元で、エメラルドが煌いた。彼女の瞳と同じ、眩い緑色だ。


 赤や白の宝石より、彼女に似合っていた。


「有難うございます。大切にしますわ」

 姫君は柔らかく微笑む。エメラルドが霞むほどに、緑の瞳が一層輝いて見えた。


 翌日から、姫君は登城に向けて、いそいそと支度を始めた。登城は、来週からだ。

「閣下、いかがでしょうか?」

 彼女は、この国と故郷の小国との意匠を混ぜたドレスに身を包み、こちらを伺う。

 本日、四着目だ。


「悪くない」

 異国の情緒を感じられつつも、この国に受け入れやすいデザインだと思う。

 そして、よほど嬉しかったのだろう。どのドレスにも、エメラルドのネックレスを合わせていた。


 そんな姫君を見るのは、随分心地がよかった。



◇◇◇


 ある日のこと、俺は王の呼び出しで、久方ぶりに城へ参上した。

 また戦争か。次は北の公国か、海を挟んだ島国か、と考えていたが、どうも違う。


「同盟国で謀反が起きた」

 王の側遣いが、書状を読み上げる。 

 聞くと、姫君の故郷で謀反が起きた。

 姫君の家族は弑逆され、姫君の受渡しを望んでいるそうだ。


「受渡しに応じれば、今後の関係について会談を開く、とのことである」

「そんな事せずとも、軍を向わせましょう。すぐに制圧させてみせます」

 感化されて、この国でも謀反が起きたら洒落にならない。

 だが、周りは首を横に振った。


「いいや、小国の都には、鉱山がある。軍を乱りに向わせては、損害を生む」

 政治の公爵家、宰相が話す。

「それに、同盟関係にある国に対し、戦いを起こすのは国際法に背く行為です」

 司法の公爵家、判事が叫ぶ。 

 共に、いつになく目が据わっていた。


 ーーーそういうことか。

 おそらく、俺の失脚を狙って、二人が謀反を仕向けたのだろう。

 姫君との婚姻で、小国の監督責任は俺に移っている。謀反を収めるのは俺の役目だが、反対されては軍が動かせない。

 監督不行き届きで、罪に問うつもりなのだ。



「宰相よ、小国の鉱山では何が取れる?」

 玉座から俯瞰していた王が、発せられた。


「はい。主にルビー、エメラルド、そしてサファイアが有名で御座います」


「サファイアか、良いなあ。妃も欲しかろう」


 王は笑みを浮かべ、こちらを見下ろした。

 ーーー王の瞳は、サファイアのように深く青い。


「将軍、取って参れ」

 勅命である。軍の派遣が、許可された。



 その日はそのまま王城で策を練る。

 簡単だ。同盟国にこちらが攻め込む口実を作れば良いのだ。手っ取り早く、姫君が俺と婚姻関係にあることを利用する。

 姫君は今、一国の将軍の妻だ。小国へ受け渡した後、処刑でもされれば、同盟国といえど充分な大義名分が得られる。

 そうと決まると、俺は姫君の身柄を拘束するため、一度家に戻った。


「閣下、お帰りなさいませ。お待ちしておりました」

 姫君は出迎える。故郷の謀反を知ったのだろう、泣いた跡があった。

「逃げも隠れもしないのだな」

「…逃げ隠れするにも、どちらに?私は、もはや何も持たぬ亡国の姫にございます」

 諦めたような表情で彼女は言った。拘束具をつける時も、抵抗する事無く、落ち着いた様子だった。


「偉大なる将軍閣下、私はここで幸せにございました」

 姫君は、言葉と共に、この国の一般的な礼をとる。胸元で、エメラルドが煌いた。

「貴女には、敬意を表する」

 護送の馬車に乗ったのを確認し、俺は城に戻った。


 五日経った。姫君は昨日小国に受け渡され、同時に小国内へ軍の精鋭を遣った。

「内部の者によりますと、明日、正午に処刑を執り行うとの事です」

「おそらく、処刑直後が最も警戒が薄い。処刑を合図に、都で動くべきかと」

「都までここから半日で行ける、夜半から徐々に攻め入りましょう」

 国境付近の拠点で、内部からの報告を聞き、そのまま中将らとの会議を始める。


「姫君は、まだ生きているのか…」

 戦の直前だというのに、会議に身が入らなかった。エメラルドの煌きが、脳裏をよぎる。


 ーーー腹立たしい。謀反に加担した公爵も、姫君を要求した小国も、全て忌々しい。

 特に、簡単に姫君を受け渡した自分自身が、一番許せなかった。

 

 怒りで剣を取り出し、その場に突き刺す。中将らの視線が集まった。

「将らよ。俺は自分の褒美を横取りされるほど、愚かでは無い」

 姫君は、王から賜った大切な褒美だ。必ず取り返す。

「一刻後、攻め入る。配置につけ」

 

 こうして、早急に戦いが始まった。途中の村々は、中将達に抑えさせ、都へ向かう。


 たどり着いたのは、都の時計塔が朝を告げた後だった。


「ああ、見つけた」

 粗末な牢に、拘束具を付けた姫君がいた。鍵を叩き割り、牢に入る。

「無事で何より」

「…閣下は、なぜ、助けに来てくださいましたの?」

 姫君は、安堵より、驚き怯えたような表情を見せた。

「私は、もう、閣下のお役に立てそうにありません。地位も、権利も、何も持っていませんの」

 俯き、弱く呟く。


「それだけ自己を判断できる才気、王妃をも虜にした掌握術、……貴女は、たくさん持っているでしょう?」


 言葉を受けて、姫君は顔を上げる。緑の瞳が輝いた。


「…そうでしたわ。敬愛なる将軍閣下、どうか私をお側に置いてくださいまし」

 穏やかに微笑むと、姫君は牢を出た。



◇◇◇


「いやあ、将軍。お見事です!」

 政治の侯爵家、宰相が話す。

「今回は、褒美として、エメラルドの鉱山を賜ったとか。流石ですなあ」

 司法の侯爵家、判事が相槌を打つ。

 どうやら、この二人は黙っていられない性分のようだ。


 それなら、私も歓談に混ざるとしよう。

「それはそうと、最近、上位貴族を狙った盗賊がいるようです。中には死者も出たとか」

 二人は、ぴたりと動きを止めた。

「しょ、将軍。それはどういう…」

「さあ? 政治の腐敗で困窮しているのか、司法の怠慢で罪の意識が低いのか、理由は判りかねますが…、お帰りの際はお気をつけて」

 顔面蒼白の二人を残し、さっさと家に戻った。


 

 さて、この国には、夫の色の宝石を妻に贈る風習がある。赤目白髪の俺なら、ルビーや真珠を贈るのが一般的だ。 


「旦那様は、エメラルドがお好きなのですね」

 何度目になるだろうか、贈ったエメラルドを見て、妻が言う。


「ああ、貴女の瞳の色だ」

 言葉を受けて、妻は微笑む。その瞳はエメラルドの如く輝いていた。



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