エメラルドの瞳
初投稿です。よろしくお願いします。
この国は王家をトップとして、司法、政治、軍部、の三つを公爵家が補佐している。
先王の時代から、領土拡大を目的とした戦争が続いており、軍部を担う我が公爵家は、これら三公爵家の中でも突出していた。
「いやはや、将軍も、ようやく身を固める日がきましたな!」
政治の公爵家、宰相が話しかける。
「めでたいことです」
司法の公爵家、判事が頷いた。
先日同盟を組んだ小国から、姫君が嫁いでくるそうだ。
同盟国といえど、実質の属国である。本来なら妾妃にするのだが、王はこう仰った。
「余の妃は、ただ一人」
すなわち、姫君の扱いに困っていた。
だがそこに、ちょうど功績を立てたばかりの、独身貴族がいる。俺のことだ。
身分も年齢も悪くない。褒美として下賜するには都合が良かった。
俺が戦場から戻って来たときには、既に話は決まっていたが、まあ良い。王家に貸しができ、同盟国の利権も手に入る。
見知らぬ姫君だが、気に入らなければ、切り捨てよう。
「はじめまして、勇ましき将軍閣下。お会いできて光栄です」
姫君は、緑の瞳が印象的な女だった。
流暢に挨拶すると、この国で一般的な礼をとる。言語、マナーともに問題なく、順応していた。
ーーー気概のある女だ。悪くない。
こうして、俺と姫君との生活が始まった。
◇◇◇
「皆様から、お茶会へ招待されましたわ」
同居して三日後、姫君宛に手紙が届いた。各公爵家夫人、他にも有力貴族からの招待状だ。
「それがどうした?」
たかがお茶会、歓談の場である。
「閣下、お茶会を侮ってはいけませんわ。人脈を広げ、相手の心を掌握する、女の戦場でございます」
「詭弁だな」
そう言い捨てると、姫君は招待状の束を扇のように広げ、目の前に差し出した。
「では、証明して見せましょう。どなたの心をお望みで?」
この中から選べと言うのだろう、随分な自信である。
一枚、抜き出そうと手を出して、止めた。
ーーーどうせなら、別のものが良い。
「では、王妃を」
王妃は、王の寵愛を一身に受ける。この国の者ならば、誰もが取り入りたい相手だ。
だが同時に、したたかで油断も隙もない女だ。気難しく、今まで上手くやれた者はいない。
「仰せのままに」
それでも姫君は微笑む。緑の瞳が輝いた。
約束の通り、それから二週間後には、姫君は王妃の心を掴んできた。
王妃の私的なお茶会に招待されたのだ。
「お話相手として、近々登城することになりました」
さらに、お茶会から戻ると、姫君は嬉しそうにそう述べた。
なかなかの手練れである。
さて、軍部では、戦果を上げた者には、それ相応の褒美を与えなくてはならない。
俺も数々の功績を上げ、様々な褒美を賜った。
南の国王の首を刈った時は、領地を。
西の朝廷を滅ぼした時は、金銀財宝を。
東の皇帝を捕らえた時は、この姫君を。
そう考えると、今後は、全員の首を刎ねるか、滅ぼした方が良さそうだ。閑話休題。
今回、王妃の心を掴んできた姫君には、何が良いか。
戦績を報告するなら「自ら策略を練り、先駆けて攻め落とした」というところだろう。宝石、貨財が妥当だな。
この国では夫婦間で、自分の色の宝石を贈る風習がある。
俺は赤目白髪だ。鮮やかな赤いルビー、艶やかな白真珠を贈るのが一般的だ。
「これを貴女に」
姫君は渡されるがまま、箱を受け取った。
「今、開けても?」
「ああ」
おそるおそる箱を開け、目を瞬く。
「まあ、エメラルドのネックレス!」
姫君はネックレスを箱から取り出すと、その身に当てた。
「付けてあげよう。後を向きなさい」
姫君の胸元で、エメラルドが煌いた。彼女の瞳と同じ、眩い緑色だ。
赤や白の宝石より、彼女に似合っていた。
「有難うございます。大切にしますわ」
姫君は柔らかく微笑む。エメラルドが霞むほどに、緑の瞳が一層輝いて見えた。
翌日から、姫君は登城に向けて、いそいそと支度を始めた。登城は、来週からだ。
「閣下、いかがでしょうか?」
彼女は、この国と故郷の小国との意匠を混ぜたドレスに身を包み、こちらを伺う。
本日、四着目だ。
「悪くない」
異国の情緒を感じられつつも、この国に受け入れやすいデザインだと思う。
そして、よほど嬉しかったのだろう。どのドレスにも、エメラルドのネックレスを合わせていた。
そんな姫君を見るのは、随分心地がよかった。
◇◇◇
ある日のこと、俺は王の呼び出しで、久方ぶりに城へ参上した。
また戦争か。次は北の公国か、海を挟んだ島国か、と考えていたが、どうも違う。
「同盟国で謀反が起きた」
王の側遣いが、書状を読み上げる。
聞くと、姫君の故郷で謀反が起きた。
姫君の家族は弑逆され、姫君の受渡しを望んでいるそうだ。
「受渡しに応じれば、今後の関係について会談を開く、とのことである」
「そんな事せずとも、軍を向わせましょう。すぐに制圧させてみせます」
感化されて、この国でも謀反が起きたら洒落にならない。
だが、周りは首を横に振った。
「いいや、小国の都には、鉱山がある。軍を乱りに向わせては、損害を生む」
政治の公爵家、宰相が話す。
「それに、同盟関係にある国に対し、戦いを起こすのは国際法に背く行為です」
司法の公爵家、判事が叫ぶ。
共に、いつになく目が据わっていた。
ーーーそういうことか。
おそらく、俺の失脚を狙って、二人が謀反を仕向けたのだろう。
姫君との婚姻で、小国の監督責任は俺に移っている。謀反を収めるのは俺の役目だが、反対されては軍が動かせない。
監督不行き届きで、罪に問うつもりなのだ。
「宰相よ、小国の鉱山では何が取れる?」
玉座から俯瞰していた王が、発せられた。
「はい。主にルビー、エメラルド、そしてサファイアが有名で御座います」
「サファイアか、良いなあ。妃も欲しかろう」
王は笑みを浮かべ、こちらを見下ろした。
ーーー王の瞳は、サファイアのように深く青い。
「将軍、取って参れ」
勅命である。軍の派遣が、許可された。
その日はそのまま王城で策を練る。
簡単だ。同盟国にこちらが攻め込む口実を作れば良いのだ。手っ取り早く、姫君が俺と婚姻関係にあることを利用する。
姫君は今、一国の将軍の妻だ。小国へ受け渡した後、処刑でもされれば、同盟国といえど充分な大義名分が得られる。
そうと決まると、俺は姫君の身柄を拘束するため、一度家に戻った。
「閣下、お帰りなさいませ。お待ちしておりました」
姫君は出迎える。故郷の謀反を知ったのだろう、泣いた跡があった。
「逃げも隠れもしないのだな」
「…逃げ隠れするにも、どちらに?私は、もはや何も持たぬ亡国の姫にございます」
諦めたような表情で彼女は言った。拘束具をつける時も、抵抗する事無く、落ち着いた様子だった。
「偉大なる将軍閣下、私はここで幸せにございました」
姫君は、言葉と共に、この国の一般的な礼をとる。胸元で、エメラルドが煌いた。
「貴女には、敬意を表する」
護送の馬車に乗ったのを確認し、俺は城に戻った。
五日経った。姫君は昨日小国に受け渡され、同時に小国内へ軍の精鋭を遣った。
「内部の者によりますと、明日、正午に処刑を執り行うとの事です」
「おそらく、処刑直後が最も警戒が薄い。処刑を合図に、都で動くべきかと」
「都までここから半日で行ける、夜半から徐々に攻め入りましょう」
国境付近の拠点で、内部からの報告を聞き、そのまま中将らとの会議を始める。
「姫君は、まだ生きているのか…」
戦の直前だというのに、会議に身が入らなかった。エメラルドの煌きが、脳裏をよぎる。
ーーー腹立たしい。謀反に加担した公爵も、姫君を要求した小国も、全て忌々しい。
特に、簡単に姫君を受け渡した自分自身が、一番許せなかった。
怒りで剣を取り出し、その場に突き刺す。中将らの視線が集まった。
「将らよ。俺は自分の褒美を横取りされるほど、愚かでは無い」
姫君は、王から賜った大切な褒美だ。必ず取り返す。
「一刻後、攻め入る。配置につけ」
こうして、早急に戦いが始まった。途中の村々は、中将達に抑えさせ、都へ向かう。
たどり着いたのは、都の時計塔が朝を告げた後だった。
「ああ、見つけた」
粗末な牢に、拘束具を付けた姫君がいた。鍵を叩き割り、牢に入る。
「無事で何より」
「…閣下は、なぜ、助けに来てくださいましたの?」
姫君は、安堵より、驚き怯えたような表情を見せた。
「私は、もう、閣下のお役に立てそうにありません。地位も、権利も、何も持っていませんの」
俯き、弱く呟く。
「それだけ自己を判断できる才気、王妃をも虜にした掌握術、……貴女は、たくさん持っているでしょう?」
言葉を受けて、姫君は顔を上げる。緑の瞳が輝いた。
「…そうでしたわ。敬愛なる将軍閣下、どうか私をお側に置いてくださいまし」
穏やかに微笑むと、姫君は牢を出た。
◇◇◇
「いやあ、将軍。お見事です!」
政治の侯爵家、宰相が話す。
「今回は、褒美として、エメラルドの鉱山を賜ったとか。流石ですなあ」
司法の侯爵家、判事が相槌を打つ。
どうやら、この二人は黙っていられない性分のようだ。
それなら、私も歓談に混ざるとしよう。
「それはそうと、最近、上位貴族を狙った盗賊がいるようです。中には死者も出たとか」
二人は、ぴたりと動きを止めた。
「しょ、将軍。それはどういう…」
「さあ? 政治の腐敗で困窮しているのか、司法の怠慢で罪の意識が低いのか、理由は判りかねますが…、お帰りの際はお気をつけて」
顔面蒼白の二人を残し、さっさと家に戻った。
さて、この国には、夫の色の宝石を妻に贈る風習がある。赤目白髪の俺なら、ルビーや真珠を贈るのが一般的だ。
「旦那様は、エメラルドがお好きなのですね」
何度目になるだろうか、贈ったエメラルドを見て、妻が言う。
「ああ、貴女の瞳の色だ」
言葉を受けて、妻は微笑む。その瞳はエメラルドの如く輝いていた。
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