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ハーレムは終わらない

 かくして、北の果てのヘカテ王国に新たな王が誕生した。

 グレインデュールの子、ホレイントである。

 その叡智と峻厳さにより、ホレイント王は多くの国民からの尊敬を集めた。

 その治世は父と兄を引き継ぎ、人の手を信じることを旨とするものであったが、ただ1つだけ違うことがあった。

 占いやまじないは、人の心を支えるものに限って許しを与えたのだった。

 魔女や悪魔憑きの汚名を着せられて追放された、多くの者たちも戻ってきた。

 だが、自ら国を去ったエインファルデュールとグレムジュの行方は杳として知れなかった。

 後宮はといえば、王妃は迎えられたが側室は置かれず、宮女たちのほとんどは暇を出されて元の生活に戻っていった。

 

 小さな黒い布切れで胸と局部を隠しただけのドラウミュルは、ホレイントが裸の身体を起こしたベッドの傍らでくすくす笑った。

「一息ついたね」

 ホレイントも苦笑した。

「一仕事だったよ、全く」

 あの朝、汗だくで冬の風を浴びたときから、全ての察しはついていた。

「だから、ボクのあげた力をちゃんと使っていれば」

 顔にしなだれかかるドラウミュルの素肌から、ホレイントはもう逃げはしない。

「そんな真似ができるものか」

「意地張ってるから、あんな面倒なことに」

 あの朝、女たちがホレイントの部屋になだれ込んできたのは、ドラウミュルの仕業だったのだ。

 ホレイントの身体を火照らせて汗を滲ませたのは、後宮の香炉からひとつまみ、掠め取ってきた媚薬だった。

 その効果は、グレムジュが言った通りだった

 汗の匂いは冬の風に乗って城の内外にまき散らされた。

 それを嗅いだ女たちは、遠く離れていても、ホレイントの魅力の虜になる。

 もとはといえば、ドラウミュルが覚醒させた力だ。

 しかも、それは抑え込めば抑え込むほど強くなるのだった。

「だったら香炉ごと盗んでくれば済んだ話だろ」

 文句を言うホレイントから目をそらして、ドラウミュルは知らんぷりをしてみせた。

「いまひとつ、確信がなかったんだよね。王妃がそれ使ってるっていう」

「そのために私を……」

 拳を振り上げられるホレイントから、ドラウミュルは宙を舞ってひらりと逃げた。

「いいじゃないか。命の恩人だよ、ボクは」

 ホレイントは、それ以上は責めることもない。

「いずれにせよ、あの媚薬は兄上に使っても仕方がなかったのだが」

 ドラウミュルは、いつしかベッドの上に座っている。

 ホレイントの首にしなやかな腕を絡めながら囁いた。

「まさか、男と交わる男だったとは」

 ホレイントは真顔で怒った。

「証拠もないのにそういう言い方をするな……誰が聞いているか」

 押しのけられて、ドラウミュルはむくれた。

「キミの奥さんまだ来ないだろ」

 ホレイントは、真面目な顔でたしなめる。

 媚薬の力は、男と人のどちらを虜にするものだったのか。

 あの香炉が砕け散ってしまった今では分からない。

 もし、男として虜になったのであれば、兄は魔女をかばって自ら廃位したことになる。

「後宮に女集めただけで、何にもしないなんて」

 それも、やはり兄の強靭な意志の力によるものかもしれなかった。

 同じことを考えているのか、ドラウミュルは遠い目をしてみせる。

 急に寝所が静まり返る。

 愛する者と肌と肌とで触れ合う感触を知ったホレイントには、それが耐えられなかった。

「同じことをおかしな術で私に無理やりやらせようとしたのは、何でだ?」

 軽く小突かれて、少年のようにも見える銀髪の少女は悪戯っぽく笑った。

「……ボクに、見覚えがない?」

 ベッドを蹴って、ふわりと宙に浮く。

 その艶やかな裸の背中からは、コウモリの翼が現れた。

 頭には、2本の角が生えている。

 ホレイントは、目を見開いて叫んだ。

「サキュバス……!」

「声が大きい」

 薄い胸を顔に押し付けて、ドラウミュルは囁いた。

「意外に義理堅いだろ? 邪念の塊でも」 

 ホレイントの脳裏に、6年前の記憶が思い出となって蘇る。

 幼い頃、身を挺して庇った不思議な小悪魔の姿が。 

 だが、あのとき宿主を失い、実体を現して逃げたはずだ。

「あれから、どうしていたんだ? お前は」

 父王も兄も、魔術や魔女、悪魔の類は徹底して国から除いてきた。

 いくら姿を変えたり消したりできるとはいえ、潜伏生活は並大抵の苦労ではなかったはずだ。

 ドラウミュルは、事もなげに答える。

「前に言ったろ? 人間たちの間をさまよって、最後にまたキミに助けられたのさ」

 それでも、解せないことがある。

「どうして、今になって?」

 人間の姿のままで、このまま近くにいてもいいはずだ。

 ドラウミュルは、ホレイントの髪を撫でる。

「憑りつく相手ができたからね」

 その指の感触に酔いながら、膨らみかけた胸元に吐息で尋ねる。

「どうして、今まで憑りつかなかったんだ?」

 くすぐったそうな笑い声が答えた。

「心の守りが、堅すぎたんだもの、ついさっきまで」

 ホレイントは、その腕をサキュバスの背中に回した。

「ああ……そうだな」

 再びベッドの中で抱きしめようとした。

 だが、そこにはもう、可憐な夢魔の姿はない。

 代わりに寝所に入ってきたのは、同じ年頃の王妃である。

 隣国の、それなりの家から迎えた、それなりに美しく、賢く優しい娘である。

 お妃を選べとせっつくドラウミュルに、まだ早いと文句を言いながらも迎えた妻であった。 

「お前は……どうするんだ」

 つぶやいてみると、王妃はホレイントにしがみついた。

「仰せのままに」

 魅了の力は、とっくに失せているはずだった。

 その力をかつて与えた張本人が、どこかで囁く声が聞こえる。

「キミの夢の中で充分さ」

(完)

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