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兄王の意外な決断

 この騒ぎが、穏便に、そして内密に片づけられるはずがない。

 その日のうちに、ホレイントは玉座の前にひざまずいていた。

 いつもなら人払いをするところだが、この時ばかりは群臣が顔を連ねている。

 早い話が、王妃への狼藉に対する公開処刑であった。

 兄王エインファルデュールがついた席の傍らには、その妃グレムジュが佇んでいる。

 そのどちらかが口を開く前に、ホレイントは一気に言い切った。

「ご存知の通り、私は男が王でない限り入れない後宮に、足を踏み入れました。しかし、やましいことは一切ございません」

 それ以上のことを言うつもりはなかった。

 おそらく、グレムジュは兄王にあることないこと告げたことだろう。

 この上、何を言おうと見苦しい言い訳になることは目に見えている。

 あとは、堂々と兄の裁きを待つだけだ。

 良くて追放、死刑になっても仕方がない。

 何一つ、後悔することはなかった。

 グレムジュもまた、自信たっぷりに兄王を促した。

「さあ、罰をお下しください」

 いつものように、耳元で囁いたりはしなかった。

 理由は、分かっている。

 それでもなおかつモノが言えるのは、余程の自信があるからだろう。

 だが、兄王はいつものような鷹揚さで答えた。

「それを認めることは、王の無能さを認めるということではないか?」

 唖然とするグレムジュに、兄王は説いて聞かせる。

 いつにない、毅然とした態度だった。

「魚を置いた皿を放り出しておきながら、それを食い荒らした猫を殺せとでもいうのか?」

 王弟を泥棒猫呼ばわりする露骨さに、並み居る臣下たちは顔を見合わせた。

 ホレイントとしても、その誤解は心外であった。

 処刑は仕方がないが、死んでも死にきれない。

 だが、身の潔白を証明する手段はあった。

 懐から、小さな陶器の香炉を取り出してみせる。

「これは兄上の持ち物でしょうか?」

 分からないはずはない。あの立ち回りの後、寝所から探し出したものだ。

 グレムジュの顔が歪む。

 王を魔術で操っていたという、動かぬ証拠が突きつけられたのだから仕方がない。

 自分のものでないと否定しても、中の香をくべて女官にでも嗅がせれば、効果は一目瞭然である。

 群臣の1人を手招きして香炉を運ばせた国王エインファルデュールは、質問を質問で返した。

「お前はそれがどこにあったか、なぜ知っているのだ?」

 ホレイントは答えられなかった。

 答えれば、王妃の寝所に忍び入ったということになる。そこで何もなかったと言っても、信用されまい。

 重苦しい沈黙が、その場を覆いつくした。

 だが、それを破った者があった。

「茶番はもうたくさん!」

 グレムジュが、長い金髪の中からあの短剣を取り出した。

 その切っ先はエインファルデュール王に突きつけられている。

 群臣たちは息を呑むばかりだった。

 玉座に駆け寄ろうとしたホレイントと衛兵たちは、一歩も動くことができない。 

 自ら王妃であることを捨てたグレムジュが、怨念に満ちた声で呻くように言った。

「先王グレインデュールが何をしたか、お前たちは分かっているのか?」

 ホレイントは腰の剣に手をかけたまま、穏やかに告げた。

「私たちは、この国を迷信から解き放ち、人の手に取り戻したつもりだ。不満があれば聞こう」

 グレムジュは鼻で笑った。

「迷信に囚われていたのはお前たちだ。この国を追われて野垂れ死んだ、私の母たちが何をしたというのだ」

 そこでホレイントは、自分が重大な誤りを犯していたことに気付いた。

 この災いを招いたのが、自分自身であることに。

「お前、まさか魔女の……」

 グレムジュは、それこそ悪魔のような形相で叫んだ。

「だからどうした! そうでない女との見分けがつけられなかったのは、連れてきたお前ではないか!」

「嫌なら、無理強いはしなかった」

 力なく言うホレイントを、追放された魔女の娘は責め立てる。

「ただ占いやまじないで人の悩みや苦しみを救ってきただけの者たちを、この国から追い出したのに?」

 どう答えていいか分からなかった。

 できることは、ただ尋ねることだけだった。

「だから、復讐しようと思ったのか? この国を手に入れることで……」

 グレムジュは、もう何も言わなかった。

 代わりに口を開いたのは、国王エインファルデュールだった。

「もういい。お前を罪に問うことはしない」

「お前たちの情けなどいらない!」

 グレムジュは叫ぶなり、短剣の切っ先を自分の喉元に向ける。

 それが深く突き刺されるかと思われた時だった。

「待て!」

 制止の声と共に、何かが壊れる音がした。

 立ち上がった国王が、まだ手に持っていた陶器の香炉を叩き割ったのだ。

「今より裁きを下す! それでよかろう!」

 ホレイントも群臣たちも、今にも、自らの命を断とうとしていたグレムジュも、息を呑んでその言葉に耳を傾けていた。

 偉大なるグレインデュールの子、国王エインファルデュールは、その決断を厳かに言い渡した。

まつりごとを誤った国王エインファルデュールと王妃グレムジュを、この国から追放する!」

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