能力暴走! ハーレム突入!
意地を張ってみても、ホレイントにこれと言って打つ手があるわけではなかった。
媚薬はおそらく、後宮にある。ホレイントだけで侵入することは不可能だった。
女官たちの手引きがあれば別だが、今後のことを考えると、もう眼力は使えなかった。
朝食を持ってきた従卒でさえ、ホレイントと口を聞こうともしないのだった。
「さて、どうしたものか……」
空腹で、頭が働かない。そういえば一晩中、何も食べていないのだ。
無言で放り出されたスープやパンを、凄まじい勢いで口に運ぶ。
考える前に、手が勝手に動いているような気がした。
実際、止めようとしても止まらない。
「あ……」
意志に反して、口も手も動いていた。
身体が、妙に熱いのだ。
朝食を食べつくしても、まだ火照りが止まらない。
窓を開けて外の冷気を浴びても、汗がじっとり滲んでくる。
服を全て脱ぎ捨て、ベッドのシーツにくるまっていると、部屋のドアがけたたましく叩かれた。
「一大事でございます! この扉を開けてはなりません! 一大事でございます!」
今朝は口も利かなかった従卒が、わけの分からないことを叫んでいる。
「どうした!」
尋ねると、従卒の声は悲鳴に変わった。
「門が……門が突破されました!」
まさか反乱か暴動かと、慌てて剣を取りにかかる。
だが、鎧はおろか服も着ていないのに気付いてうろたえた。
そこで聞こえてきたのは、女たちの喚く声である。
「ホレイント様!」
「後宮へお出ましを!」
「私もお連れ下さいませ!」
ある意味、反乱や暴動よりも恐ろしかった。
裸のままベッドから転がり出して、扉に鍵をかける。
だが、扉の外の声は止まなかった。
「ああ、私はもう!」
「全てを捧げます!
「アタシたちを奴隷にしてください!」
体当たりでもしているのか、扉が揺れている。
恐ろしくなって、ベッドを扉に押し付けた。
それでもベッドが押し返されそうだった。
何が何やら分からないままに、しがみついたベッドを押し返そうとする。
それでも、扉の外の勢いは収まらなかった。
叩きつけられるものも、人の身体ではなくなったらしい。
扉の外では、遅れてやってきた衛兵たちの声が聞こえる。
「何をしておるか!」
「どこから持ってきた、破城槌など!」
城門を破るための、金属の柱である。
しばらく戦がなかったので、武器庫深くにしまわれていたはずだ。
女たちは、そんなものまで持ち出してきたのだった。
ベッドをバリケードにしたところで、もつはずがない。
扉は無残に破壊され、ホレイントは、ベッドと共に床へ引っ繰り返された。
目から火花が散って、気が遠くなる。
「やっと気付いたのね」
目が覚めると、そこにはグレムジュの端整な顔があった。
この女を兄の妃とするのに、ひと役買った美貌だった。
「見事に騙してくれたな」
身体の火照りが抑えられない。
その艶やかな唇に吸いつきそうになるのを、ぐっとこらえる。
グレムジュは、さもおかしそうにからかった。
「それはお互い様じゃなくて?」
「私が、いつ?」
罠にかかったのは、こちらのほうだった。
見れば、ここは煽情的な桃色に彩られた寝所だった。
おそらく、兄王と妃のためのものだろう。
どうやら、後宮に侵入できたらしい。
これは怪我の功名というものだったが、媚薬の存在を暴いて脱出できなければ意味がない。
「こんなに女たらしだったなんて……だからお妃に選んでくれたのね」
深紅の衣が1枚、さらりと脱ぎ捨てられる。
しなやかな指がさっと撫でるのは、ベッドに裸のままくくりつけられた身体だ。
しかも、グレムジュもまた、胸と局部を小さな布で隠しているだけだ。
下半身が、妙な反応を始める。
「触るな……!」
歯を食いしばって呻く。
だが、身動きできない傍らに、グレムジュはぴったり添い寝した。
「たいした我慢ね……無理しなくていいのよ」
「無理なんか……」
縛られていてよかった。
手足が自由になっていたら、嫂を組み敷いていたかもしれない。
逆に、グレムジュが上からのしかかってきた。
そっと唇がふれた額で、舌が艶めかしく蠢いた。
「嘘……凄い汗。この香炉の煙と、同じ匂い」
「香炉……」
そこで閃いたことがあった。
ドラウミュルの言う媚薬とは、これだったのだ。
「やっと気付いたの?」
グレムジュは、秘密を知られたのが楽しくて仕方がないらしい。
くすくす笑いながら、肌を密着させようとする。
「やめろ……」
もがいても、動けはしない。
顔を背けると、グレムジュは身体を起こした。
ゆっくりと、ホレイントを頭から爪先まで眺め渡す。
「いいわ、お兄さんより可能性がある」
「何の?」
呻きながら、ホレイントは横目で見上げる。
うっとりしたような笑顔で、グレムジュは答えた。
「私たちの、子どもを残してくれること」
「お前と……兄上の?」
考えただけでも反吐が出そうだった。
だが、グレムジュは意外なことを言った。
「後宮を仕切るのは私。誰かが誰かの子どもを残せば、産んだ女を操ればいい」
それは、宮女を駆り集めたのが兄王ではないことを示している。
ホレイントは、やっと気付いた。
「その香でか……?」
全ては、この女が仕組んだことだったのだ。
後宮を利用して、王国を支配するために。
そして、子どもを産ませるのはホレイントでも構わないのだ。
グレムジュは、興奮気味に長い金色の髪を掻き上げた。
「そう、これを嗅いだ者は、嗅がせた者の魅力に捉われる……あなたを除いてはね」
最後の一言には、ある種の敬意さえこもっていた。
だが、ひとつだけで解せないことがある。
「女たちは?」
集めた宮女たちは、兄王に魅了されなければ意味がない。
その疑問にも、親切なまでの答えが返ってきた。
「香の効き目は、汗の匂いを嗅いだ者にも及ぶの。お兄様が命じれば、どんな奉仕でもしたでしょうね」
すると、奇妙なことがある。
ある種の期待を込めて、ホレイントは尋ねた。
「じゃあ、兄上は?」
グレムジュは自嘲気味に鼻で笑った。
忌々しげに、吐き捨てるような口調で答える。
「手もふれようとしない……私にも、女たちにも」
そう言うなり、ベッドから滑り降りる。
さっき脱ぎ捨てた深紅の衣をまとうなり、長い金色の髪の中から細い短剣を取り出した。
それを逆手に握るなり、ホレイントめがけて振り下ろす。
叫ぶよりほかに、逆らう方法はなかった。
「この女!」
だが、その刃が切ったのは、裸の身体をベッドに縛り付けていた縄だった。
運よく、手元が狂ったらしい。
跳ね起きようとすると、グレムジュは悲鳴を上げた。
「助けよ! 王弟が乱心した!」
これも罠だったのだ。
鼻から口までを分厚い布で隠した軽武装の女たちが、剣や槍を手に、寝所になだれ込んでくる。
後宮を守る、女衛兵たちだった。
グレムジュは短剣を胸元に構えて、泣き叫んだ。
「何をしておった! このような狼藉を許すとは!」
女たちは、一斉に武器を構えるとベッドを取り囲んだ。
その動作に、陶酔はない。
どうやら、媚薬の香は吸い込まない限り、効果がないらしい。
その上で、彼女たちの頭の中ではおそらく、筋書きは出来上がっていた。
後宮に忍び込んだホレイントが、兄の妻に裸で襲いかかったという……。
「待て、私は!」
弁明する前に、喉元を剣が襲った。
紙一重の差でかわしたところで、聞き覚えのある声が、どこかで囁いた。
「キミの力を、信じて……」
横目で眺めたところには、女衛兵の顔がある。
その目は、すでに陶然と潤んでいた。
だが、背後で風を切る音がした。
振り向くと、真っ向から突き出された槍がある。
間に合わない!
だが、その穂先は横から振り下ろされた剣で斬り飛ばされていた。
「分かってるだろ? どうすればいいか」
そこにいたのは、革の服に鋼鉄の胸当てを付けたドラウミュルだった。
襲い来る女衛兵たちの武器を、巧みにかわしながら薙ぎ払い、巻き取り、叩き落としていく。
グレムジュはと見れば、その姿はもう、寝所にはなかった。
そうしている間にも、ホレイントには新たな刃が襲いかかる。
ドラウミュルが叫んだ。
「何やってんだ!」
手段を選んでいる暇はない。
ホレイントは、裸のままベッドの上に立ち上がった。
「そのものに手を出すな! 私は逃げも隠れもしない!」
一瞬、女衛兵たちの手が止まった。
その視線は、大理石の彫刻のような身体に集中する。
ホレイントが辺りを見渡すと、床の上に落ちた武器が一斉に音を立てた。