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小悪魔少女のお説教

 次の朝、ホレイントは人払いの上で、兄王の玉座の前に立っていた。

 もちろん、兄の傍らには王妃グレムジュがかしずいている。

 ホレイントは、兄というよりもむしろ、その妃の方を見据えて言った。

「お戯れもたいがいになさってください」

 最大限の妥協だった。

 本当は、こう言いたい。

 ナメた真似はその辺にしておけ、と。

 グレムジュは微笑して、兄の耳にまた何か囁く。

 国王エインファルデュールは鷹揚に告げた。

「命を張った戯れも、男の嗜みというものだ」

 ホレイントは、兄ではなく王妃に笑ってみせる。

 ここが、勝負のしどころだった。

「どんな戯れにも、勝ち負けがあれば互いの納得が欠かせますまい」

 グレムジュもまた、楽し気に笑い声を上げた。

 子どもが気負って、大人びたことを言うことがある。

 それをからかうときのような響きがあった。 

 耳元で囁かれた兄王が、苦笑いしながら約束する。

「よかろう。望みを申せ」

 ホレイントは咳払い一つすると、おもむろに告げた。

「私の答えを、その場で確かめとう存じます。お互い、異論のないように」

 目を白黒させたのは、兄よりもむしろグレムジュのほうであった。

 少し考えてから、兄王に耳打ちする。

 エインファルデュールは、弟を見据えて言った。

「自分が何を言っておるのか、分かっていような?」

 ホレイントは胸を張って言い切った。

「後宮の女は、はしために至るまで全て、王のものです。私どもは指一本触れられません。ですが……」

 そこでおどけて、ひょいと肩をすくめてみせる。

「操ならばともかく、下着くらいは弟に見せてくださってもよろしいのでは?」

 女官の全てを仕切る立場にある王妃は、身体を2つに折って笑いこけた。

 国王に諮るまでもなく、身体を震わせながら両手を打ち合わせる。

 すぐさま、城中の女官が玉座の前を覆いつくした。

 ホレイントはその全員を見渡して告げる。

「お尋ねの数は、兄上の生まれた日と同じでございます」

 国王エインファルデュールは、満面に笑みを浮かべて何か言おうとした。

 だが、王妃グレムジュは目を怒らせて、女官たちを見渡す。

「まことか? そなたたち」

 誰もが口をつぐんで、互いに顔を見合わせた。

 グレムジュは満足そうに頷く。

「どのようにして確かめる? 誰も知らぬようじゃが? よしんば正しい答えがあろうとも、別の数があれば、そなたの答えは誤りとなる」

「見せてくださることまでは、王妃様もお許しになったかと」

 悠々と答えるホレイントに、グレムジュは不敵に唇を歪めた。

 自信たっぷりに、勝敗の境目を示してみせる。

「指一本触れられぬとはおぬしも認めたこと。どのようにして、下着に隠された数を確かめると?」

 大見栄を切ったはずのホレイントは、目を閉じて押し黙った。

 その醜態に苦笑して、王妃もまた目を伏せる。

 だが、そこがホレイントの狙い目であった。

 毅然として顔を上げると、女官たちを見渡す。

「よく、私を見てください。私の目を! そして、答えを明かしてください!」

 ホレイントの声が響き渡る。

 その端正な姿が映された女官たちの瞳は、次第に潤んでいった。

 

 その日のうちに、城内にはとんでもない噂が立った。

 ホレイントが兄をも凌ぐ好色漢だというのである。

 それを聞くまいとして自室から一歩も出られないでいるうちに、夜がやってくる。

 夕食を運んできた従卒もまた、冷ややかな一瞥をくれて部屋を出ていった。

 テーブルに並んだ皿を前にして、ホレイントは深い溜息をついた。

「だから嫌だったんだ……」

 その眼の前に現れたのは、銀色の髪を持つドラウミュルだった。

 いかにも街娼といったふうの、長いコートを羽織っている。

「よくやったね」

 子どもを褒めるときのように、うなだれた頭を撫でようとする。

 その手を払いのけたホレイントは、それこそ子どものように不貞腐れた。

「うるさい」

 ドラウミュルは、それをなだめるように傍らで囁いた。

「食べないの?」

「食べたくない」

 ホレイントは、そっぽを向く。

 ドラウミュルはというと、テーブルに置かれたワインをグラスに注ぐ。

「もらっていい?」

 そう言いながら、血のような深紅の酒を一気に飲み干した。

 ホレイントは、それを放っておいてベッドで横になる。

「ご勝手に」

 ドラウミュルは代わりに椅子に座る。

 ナイフとフォークを手に取ると、さっさと食事にかかった。

「腹減ってたんだ」

 それに背を向けて転がったホレイントは、不機嫌に尋ねた。

「どうやって入ってきた」

 手も口も止めないで、ドラウミュルは平然と答えた。

「ホレイント様のお招きでって門番に言ったら」

「暗殺者だったらどうする気だ」

 ホレイントが吐き捨てるように悪態をつく。

 冷ややかな答えが返ってきた。

「そこはキミが教育するところだね」

 拗ねたように、ホレイントは身体を丸くする。

 情けない声でぼやいた。 

「お前があんなことしなかったら」

 ホレイントの眼力の威力はすさまじかった。

 数十人の女官がその貴賤に関わらず、ホレイントの前で裸身を晒したのだ。

「でも、あれで勝ったんだろ?」

 ドラウミュルは悪びれた様子もない。

 確かに、兄の誕生日を縫い付けた下着は1枚しかなかった。

 大笑いしながら兄が去った後には、ホレイントただ1人が残されたのだった。

「おかげで、私はすっかり好色漢にされてしまった」

 恨みがましく、ホレイントは呻いた。

 どこから漏れたのか、今朝の一件はその日のうちに知れ渡っていた。

 従卒までもが、好奇と軽蔑の視線を向けるようになっていたのだった。

「それでいいのさ、余り堅いと味方が減るよ」

 励ましているのか、けなしているのかよく分からない。

 ホレイントは、ベッドの上に跳ね起きた。

「味方なんかいなくたっていい」

 食べるだけ食べて、ドラウミュルは椅子にもたれかった。

 眠たげな様子で、首を横に振ってみせる。

「格好つけるなよ、実力もないくせに」

 ホレイントは、言葉に詰まった。

 そう言われても仕方のない、部屋住みの身分である。

 兄が生きている限りは、いてもいなくてもいいのだ。

「実力がなくたって、あの女さえ押さえれば」

 世継ぎが生まれる前なら、まだそれは可能だ。

 側室の誰が生母になろうと、グレムジュが幅を利かせていれば同じことだった。

 それを何とかするのは、連れてきた張本人の責任である。

 だが、ドラウミュルは更に痛いところを突いてきた。

「どうやって?」

 下着に隠された数字は当てたが、当面の危機を凌いだに過ぎない。

 確かな方法がないから、こういうことになっている。

 ただ、何が必要かは分かっていた。

「証拠さえあれば……あの女が兄上を操ってるっていう」

 国王の言葉では、宮女狩りも止められない。

 だが、グレムジュが謀ったことを明かせれば、追放も処刑もできる。

 そこで、ドラウミュルはあっさり答えた。

「媚薬さ……それも、魔法で調合した」

「魔法だと!」

 ホレイントの頭に血が上った。

 父王からの治世の根幹を揺るがすものが、この城中にあるというのだ。

 目の前が、真っ白になる。

「どこにある!」

 思わず掴みかかったところで、椅子にぶつかって目が覚めた。

 その背もたれには、コートが脱ぎ捨ててある。

 背後のベッドから、ドラウミュルの声がした。

「自分で探すんだね、その力を使って……」 

 もう、こんな眼力は使えない。

 使えば、兄の前で何か言うたびに、城中で失笑を買うことになるだろう。

「女とは顔を合わせない!」

 そこまで言うこともないかとは思った。

 だが、もう引っ込みがつかなかった。

「僕が取ってきてやろうか?」

 そんなことができるのかと期待した。

 だが、そこで王弟としての意地が邪魔をした。

「お前の力は借りない!」

 もはや、売り言葉に買い言葉である。

 振り向きもしないで、コートを投げつける。

 楽し気な笑い声と共に、冬の夜風が吹き付けてきた。

「無理しない、男の子なんだから!」

 もう一声、真っ向から怒鳴りつけてやろうとした。

 だが、そこにはコートも銀の髪の少女の姿もない。

 ただ、開いた窓とベッドがあるばかりだった。

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