半裸のちっぱい小悪魔少女と契約のキス
その晩のことだった。
ホレイントは城中にある自室のベッドに横たわって、高い天井を眺めていた。
窓から、月の光が差し込んでいる
それにしても、無理難題を言いだしてくれたものだ。
宮女たちは全て後宮にいる。
兄を除く男は入ることができない。
ましてや、下着の中身まで確かめることなど絶対に無理だ。
だが、何とか兄の目を覚まし、あの女を遠ざけなければならなかった。
「さて……どうしたものか」
日が昇ると共に行動を起こさなくてはならない。
方法があるとすれば、城外へ使いに出る庶民出の下働きの女、あるいは出入りの女商人を味方に付けることだ。
だが、そこを振り出しにしても、洗濯女に当たるのが早いだろう。掴ませる金なら、充分にある。
問題は、1日でそれが片付くかということだ。
そもそも、女たちの誰かからグレムジュに情報が漏れたら終わりだ。
後宮の女たちは、固く口を閉ざすだろう。
まずは、少しでも時間を稼ぐことだ。
早めに寝て、日の出前に起きるとしよう。
ホレイントはそう腹を決めて、シーツに潜り込んだ。
目を閉じて、うとうととまどろんでから、どれほど経ったろうか。
「……誰だ?」
何者かの気配に身体を起こしたが、部屋の中には誰もいない。
せいぜいワードローブの上に、父王の肖像画があるばかりである。
気のせいかと思って、再び眠りにつこうとしたホレイントは仰天した。
銀色の髪の少年が、隣で寝息を立てている。
しかも、この寒いのに、裸で。
「……お前は、いったい」
真っ先に考えたのは、自分には何一つ身に覚えがないということだ。
父王の肖像画を掲げた部屋で、女はもちろん、男に真似ができるわけがない。
だが、うっすらと目を開けた少年は、微笑と共に囁いた。
「ありがたい思し召し、確かに頂戴いたしました」
ホレイントは、その場に凍り付く。
あり得ない。いや、なくてもこれは許されない。
男が男と交われば、問答無用で火焙りにされる。
そうなれば、あの女の思うツボだ。
ホレイントは跳ね起きた。
「冗談を言うな」
窓から差し込む月の光の中で、少年も身体を起こす。
「もちろん、冗談さ」
「だったら、まずその……」
シーツがはだけて、ふっくらとした胸が月の光に照らされた。
大きくはないが、女ならまだ膨らむ余地がありそうだ。
……いや、間違いなく、年若い娘だった。
少女は、まるでコトに及んだあとでもあるかのような恥じらいぶりで、その場所だけを覆った。
艶やかな肌が、冷たく輝いている。
「お礼に添い寝してあげたんだけどな、ボク」
胸を隠したまま、短く刈った銀色の髪をさらりと撫でる。
ホレイントは首を横に振って、それを打ち消した。
「覚えがないぞ」
女なら問題ないというわけではない。
確かに自分の立場なら、場内の暗黙の了解で済む。
だが、兄に知られてしまったら、もう何も言えなくなる。
そんな心配など知るはずもない少女は、さらっと言った。
「無理やりお城に入れられるの、助けてくれたろ?」
兄に責められることになったのも、それが原因だった。
宮女として城の門前に並んでいたところを、狩りの帰りにたまたま見かけたのである。
父親に付き添われてきた娘、という様子だったが、顔だちは庶民離れして美しすぎた。
無理をして笑っていることも、不自然なまでの明るさで分かった。
察しがついたのは、人買いに売られた娘だろうということだ。
その場で決めつけてやると、男のほうはその場で逃げ去った。
ホレイントの命令で追手がかかり、そこで気付いてみると、娘のほうはどこかへ消えていたのだった。
「小さい頃にふた親ともなくして、旅芸人の一座で軽業なんかやっててさ、そこも商売畳んじゃって困ってたところにいい働き口があるって声かけられて……」
兄が宮女を駆り集め始めてから、よく聞く話だった。
だが、それならなおのこと、自分のベッドで横になられては困る。
「どこから来たか知らんが、帰れ」
「いやだ」
即答する少女に向かって、ホレイントは不本意ながら居住まいを正す。
王弟の権威を、最大限に振りかざすつもりだ。
「そう……」
そうはいかん、と一喝するつもりだった。
そこへ、少女の顔がすっと近づく。
「……!」
唇が柔らかい唇で塞がれた。
甘酸っぱい感触が離れていく。
ホレイントは呆然として、何を言うつもりだったかもすっかり忘れていた。
少女は唇を深紅の下でぺろりと舐めて、微かに笑った。
「これで、契約完了。ボクにしてくれた分だけ、キミにもしてあげる」
まるで、悪魔と契約を交わしたかのような物言いである。
ホレイントは眉を寄せた。
「何の……?」
少女はその目を、まっすぐに向けて答えた。
その瞳は、深い闇をたたえている。
「魅了の能力」
ホレイントの背中を、恐怖と怒りが稲妻となって駆け抜けた。
震える声で、問いただす。
「魔術か?」
全身全霊を挙げてこの国から追放しようとしてきたものである。
父王と共に、かつては兄もまた。
だが、少女はさらりと言い切った。
「呪文も触媒も、魔法陣も必要ないから魔術じゃない」
「戯言を……」
あの王家の紋章のついた剣を手に取ろうと思ったが、手元にはない。
数歩離れたところで、扉のそばに懸かっている。
それを冷ややかに眺めて、少女はホレイントに向き直った。
「キミが気づかないで持っている力を、表に出すだけ」
その言葉は、心の内をくすぐった。
相手の言葉に惑わされはしないかという気持ちはある。
だが、そこは敢えて険しい表情で聞いてみる。
「どのような?」
少女はふふん、と自信たっぷりに鼻で笑う。
片目を閉じると、ホレイントに指をつきつけた。
「目を合わせただけで、どんな女もあなたに夢中」
兄ならともかく、自分にはいちばん必要ない能力である。
そんなものが身についても、正直、困る。
「そのようなことは……」
うろたえながらも、精一杯の威厳を保ってみせる。
だが、少女はシーツで身体を隠しながら立ち上がる
「使わないと、その力が暴れ出して、とんでもないことになるからね」
そう言うなり、ベッドからふわりと跳び上がる。
身体に巻き付けたシーツを翻して、開けた窓から飛び降りた。
吹きこんでくる冷たい風に向かって、ホレイントは叫んだ。
「待て! 契約というなら名を……」
「ドラウミュル」
名前だけを残して、少女は姿を消した。
ホレイントは、窓から顔を出して見下ろす。
そこには、真っ黒な闇があるばかりだった。