2-1.添わぬ剣
記憶がないながらも国皇業務というのは休みなく押し寄せられて、彼は眠る暇もなく執務室に閉じ込められていた。
「病み上がりの記憶のない人間を何だと思っているんだ、ここの執政官は……。有り得ないぞ、普通」
東の国にて王太子の戴冠式に出席するための礼服新調に始まり、北の国で近々催される王の生誕祭に欠席するための無駄に長い詫びと生誕を寿ぐ手紙の用意だの、国境付近の町に野盗が現われて困っているので軍隊の一部を派遣して駐留する警備隊の設立命令、果ては皇家の象徴たる花が枯れかけているがどう扱えばいいものかという問いに好きにしろといった類のことをわざわざ書類に認めて印を押す等々、等々。
一事が万事、皇の裁可を仰がなければならない形態にそろそろ血管の一二本が切れそうになっていると、数少ない救いたるシェルクがご機嫌な笑顔で執務室を訪れてきた。
「陛下、今ちょっと暇ー?」
「この状況を目の当たりにして、暇を持て余しているように見えるのか」
にっこりと引き攣った笑顔を向けて聞き返すとシェルクはけらけらと笑いながら、そんな陛下に朗報が! と細長い箱を取り出した。
「じゃーん! 北の国の鍛冶師に頼んでた剣、届いたよーっ」
「剣?」
不審そうにしながらも興味を引かれて尋ね返すと、シェルクは何だか誇らしげに頷いて恭しくその箱を差し出してきた。
「鍛冶士ラウス・ロクウェルが手によります、皇が長剣にございます」
「いや、それがどれだけの実力者かの覚えもないが」
苦笑しながら箱を受け取り、粗く編まれた紐を解いて箱を開けた。丁重に箱の中に眠っているのは、今彼が提げている剣より幾分か長く細い剣。
深い藍色の鞘には、藍に映える鈍い銀で加護を示すらしい神霊文字が流暢に綴られている。けれど剣先の銀の留め金と、柄に彫られた金色の鷹の羽以外に目立つ装飾は何もなく、儀礼用の長剣などとは比べ物にならないほど簡素だった。
華美に飾り立ててあるよりは遥かに好ましいその鞘から剣を引き出すと、日が翳ったわけでもないのに一瞬辺りが夜になったように暗く藍を帯びて、細い月明かりのような白銀の光が零れた。
「ほ……ぅ、」
思わず声が零れるのはその現象の儚い美しさよりも、引き抜いて現われた刀身の滑らかな形状に見惚れたから。
細い片刃のその剣は直刃と呼ばれる作りをしていて、彼の藍の瞳をそのまま映し出す薄く怜悧な刃は自身で光を発しているかのような輝きを秘めている。僅かに反った細剣は折れ難く、最も切るのに適した形だった。
「片刃の細剣か……、ここまで美しい形状は初めて見るな」
「ウェディの森なる島に行くちょっと前に、南に立ち寄った鍛冶師を捕まえて頼んだんだよ。ラウスのみが打てる美しい細剣を、って。でもやっぱ俺は、両手剣のほうが好きだなぁ。振り回した時の迫力が違うじゃん」
「あの手の類は、才失くしても力のみで戦える。片刃の細剣ほど才能のいるものはないぞ」
「記憶失くしたのに戦えるんだ? 陛下」
どこか揶揄するように問いかけてきたシェルクに、彼はほうと目を細めて唇の端を持ち上げた。
「何なら試してみるか?」
「ふっふーん、いいの? 俺ってば強いよー? 記憶がある時の陛下ならいざ知らず、碌に剣が使えるかどうかも分かんない今の陛下だったら、勝てる可能性大有りだよ?」
「望むところだ、怪我をしても泣くなよ」
抜き身の剣を鞘に収めて今提げている剣と交換すると、さっさと部屋を出ていこうとする彼の襟首を引っ張って止めたのは側に控えていたフォードだった。
「陛下。今日の執務は、まだ片付いておりません」
「……あー、適当に片付けておけ」
「ご冗談を。私に執務の肩代わりなどできようはずもございません、近衛に無茶を仰せになられますな」
軽く眉を顰めてフォードが言うそれに、彼は顔を顰めてからふと思いついて、あいつはどこにいると尋ねた。
「あいつと仰せになられますと?」
「アレイネだ」
「ああ、今の時間でしたら私室に控えておられるのではないでしょうか」
「シェルク、案内しろ」
「はいはーい」
楽しげに片手を上げたシェルクは、先に立って執務室を出た。溜め息をつきながら後ろについてくるフォードを従えたまま、シェルクの先導に従って足早に皇宮を歩く。
「ここ出て、ここ曲がって、階段降りて、……ここ」
「ここばっかりか」
適当な説明に苦笑しながら辿り着いた扉を軽く儀礼的に叩いただけで開けると、寛いだ様子でのんびりとお茶をしていたアレイネは彼を見つけて不快げに顔を顰めた。
「記憶を失われた間抜けな陛下など呼んでませんわよ、勝手に入ってきやがられないで頂けませんこと?」
「暇そうだな。仕事をやる、俺に代わって執務を片付けておけ」
「はぁっ!? 私の仕事は国皇業の代行ではありませんわよ!」
本気で憤慨したように怒鳴りつけてくるアレイネに、彼は目を眇めて斜めに見下ろしながら冷たく笑った。
「それ以外にお前の存在に意味があるのか? 今のところ全権を委ねる、好きにやれ」
「なっ……! 心外ですわ、訂正しないと絶対にこの国滅ぼしてやりますわよ! 私を一体誰だと、」
怒りで真っ赤になりながら詰め寄ってくるアレイネを片手で押し留めて、彼は煩げに睨みつけた。
「この国の皇は誰だ?」
「っ、……あなた様でございますわよ、このクソッタレ!」
「ならばこの国を滅ぼす権利は俺のものだな。自身を滅ぼしたくないのならば皇の命には従え」
逆らうなと横柄に言いつける彼に、アレイネはぎりぎりと歯を噛み締めながらもその場に膝を突いた。
「皇が命令に従いましてございます!」
「いいだろう、滅ぼさん程度に好きにやれ」
言って踵を返すと、部屋を出ない間にアレイネの聞くに耐えない罵倒が飛んでくる。背中に受けたそれに笑いながら部屋を出ると、フォードとシェルクは目を輝かせて彼を見つめて拍手してくる。
「すごい、さすが陛下、記憶がなくても痺れる横柄っぷり! いやもう感動しちゃったよー! アレイネが今生きてるのって、執務の肩代わりさせるためだけだったのかなーって俺の予想は当たってる気がする!」
「記憶がお戻りになられたのかと思うほどの、いつもながらの外道っぷりにございました。さすが陛下、記憶はなくともその鬼畜さ加減は変わっておられないようで嬉しゅうございます」
まるで乳飲み子が立って歩いたかのような喜びようで目頭まで押さえている二人に、彼は苦虫を噛み潰したような顔でがりがりと頭をかいた。
「お前らの認識がよく分からん。普通は諌めるだろう、皇の横柄をそうと知っているのなら」
「えー、だって俺まだ死にたくないよ?」
「別に被害を受けているのが私でなく国の危機にも瀕していないのならば、私はまず自分の命を優先するよう陛下から学んで参りました」
きっぱり当然の如く言い放つ二人に、彼は相変わらず眩暈を覚える。
「もういい、聞けば聞くほど頭が痛い……。シェルク、思い切り剣が振れる場所に案内しろ。身体を動かさずにいると腐っていく気がする」
「御意! 兵の鍛錬場がいいかな? 中庭かなー、フォード?」
「鍛錬場は今使用中だ。中庭にご案内しろ」
「よっしゃ。ふっふっふっ、陛下、もし怪我しても恨みっこなしだからね」
「ほざけ」
記憶はなくとも、彼は自分が剣を操れることを知っていた。そうして多分に誰にも負けないだろうと思えるこの自信が思い過ごしではないことも、何となく感じていた。
中庭に試合もできるように広く取られた即席の闘技場を見つけた彼は、これはと聞きたくなさそうに尋ねてきた。
「陛下の野外闘技場ー。やっぱり武具を使うのに屋根はいらないよね!」
シェルクがしみじみと感じ入りながら説明するが、彼はまたしても頭を抱えている。記憶を失ってからというもの、かつての自分に対して頭を抱えない日はないらしい。
「そうお嘆きになられずとも、陛下のなさったことで間違っておられたことなど何一つとしてございません」
「中庭の景観を壊して闘技場を作るような馬鹿も、皇の御業なら許容されるということか?」
皮肉に尋ねてくる彼に、フォードは静かに藍の瞳を見返した。
「我が国は悲しいながら、野盗の出現する率が他国より高うございます。何故かをご存知ですか」
「何故と言って、……皇が舐められているのだろう」
「まさかぁ。南の猛き鷹の皇を舐めてどんな目に遭うか、皆知らないわけないじゃん?」
違う違うと頭を振るシェルクに、彼は不審げに首を傾げる。
「東の国には魔物が多く蔓延るせいで、軍人たらずとも個々の能力には目を瞠るものがございます。西は女王以下大神官、姫巫女と聖職者が統べる国にございますれば神々のご加護も篤く、精霊の守りがございます」
「西も東も攻め難い、ということか」
「北もだよ、陛下。北は別名森と湖の国。でもどちらかというと湖沼のほうが多くて、野盗の隠れられる土地が少ないから」
「温暖な気候で木々の多い南の国は、格好の餌か」
心なしむっとした様子で腕を組んだ彼に、シェルクは深く頷いている。
「そうそう。それでもって紅き鷹を戴く国民は、皆ちょっと油断があるわけだ。捕まれば皇の呵責ない咎めが待っているのに、罪を犯す勇気のある者は少ない、ってね。確かにそうなんだけど、野盗なんかをしようって奴らには馬鹿が多くて、もし捕まったら、なんて考える奴は少ないから」
「要は兵力を鍛えて国中にばら撒くしかないということか。隅々まで届くとも知れない皇の力が増すよりも、町々に備えられている兵が個々の能力を伸ばすほうが野盗の牽制には有益だな」
成る程と納得したように頷きつつもどこか馬鹿にしたように目を眇める様子をそっと窺うと、視線に気づいたらしい彼は滲むように苦く笑った。
「皇と呼ばれたところで、野盗の一つも儘ならんものだと思ってな。いっそ野に降って野盗を虱潰しにしていったほうが、よほど民のためではないか?」
「それをするために、国民は高い税金を払って軍を養っているのです。その兵力を正しく指揮されるのが皇の務め、それを為しておられますのに何を気に病まれます」
「剣聖の名は伊達じゃないよ、陛下。野盗を壊滅せしめた兵には、陛下と仕合える権利が与えられるんだ。そこで陛下から一本でも取れたら一足飛びで昇進できるんだから、平民出の兵にとってはこれ以上ない名誉と出世の機会だよ。野盗と通じる者が出ないのも、兵たちには陛下の恐ろしさが浸透してる証だし。陛下は偉そうにふんぞり返ってるだけで、国民のためになってるんだって」
お気軽に言って笑ったシェルクは、そんなものかとばかりに首を傾げている彼を覗き込んで少しだけ寂しそうに笑った。
「なーんて、全部陛下の受け売りなんだけど」
「皇の?」
「ちっちっ、俺の? って聞き返してくんなきゃ」
なってないなぁとばかりに頭を振るシェルクに他の意図が何もないのが分かるのだろう、彼は悪かったなと明るく苦笑した。
「まぁ、そういうことなら執務中に剣の試合の一つは許容範囲だな。シェルク、本気でやるか?」
「もっちろん! 俺はこれ以上出世することないから、昇給賭けて命懸けで!」
「いいだろう、俺が勝てば一月減給だ。フォード、審判はできるか」
「いつもの話でございますれば」
やれやれとばかりに肩を竦めるフォードに、彼は笑いながら頷いて先ほど渡された細剣を抜いた。再び月光に似た光が零れたのを見て彼はどこか懐かしそうに目を細めたように見えたが、シェルクと向き合った時にはもう不敵な光しか見つけられなかった。
(見間違いか……?)
自信なく心中で呟き、フォードはすっかり本気で対峙している二人を確認すると、始めと声をかけた。
彼の細剣に対して、シェルクが腰に提げていたのは両手剣。どちらかと言えば小柄なシェルクが振るうにはあまりに幅広で厚みもありすぎる気はするが、この形の剣に限っては彼よりもシェルクのほうが得意な獲物だった。敏捷なシェルクの振るう一撃は、速度が乗ってより強い破壊力を生む。細剣ではきっと受け止めることもできずに折れてしまうだろう──もしその細剣を持つ者が、彼でさえなければ。
否、かつての彼でさえなければ、と言うべきだろうか? 今の彼がどれほどに剣を使いこなせるのかは分からない。ただ記憶があった時と同じようなふてぶてしさで、彼は繰り出されるシェルクの剣を紙一重で避けていた。
「逃げてるだけじゃ勝負になんないよ、陛下!」
一旦足を止めて挑戦的に笑ったシェルクは、彼が同じく足を止めたのを見て笑みを深めると僅かに身を屈めて射程距離までを一瞬で詰めた。下から掬い上げるように斬りかかったシェルクに、彼は身体を反らすようにして剣をやり過ごしている。
避けてなお濃紺の髪を嬲る剣圧に、彼がどこか楽しげに目を細めているのに気がついた。
(ああ、……やはりあれは陛下でしかあられない)
認められる腕の持ち主と対峙する時、決まって彼はその藍の瞳を楽しげに輝かせた。
幼い頃から焦がれていた太陽そのままの姿にフォードが泣きそうにほっとして呟いている間にも、彼は唇の端を僅かに持ち上げ、態勢を戻すなり風を斬って細剣を繰り出している。
微かに藍の軌跡を残して脇腹を目掛けて斬りかかった彼の剣を、シェルクは大慌てで二歩ほど後退り、何とか戻してきた剣の柄で捌いた。そのまま場外際から逃れるように続け様に斬りかかっているものの、両手剣は虚しく宙を斬っただけ。
一旦シェルクの攻撃圏内から引いた彼は、一瞬の隙を衝いて攻撃に転じた。流れるように繰り出される剣を受け止めるだけで精一杯らしいシェルクは、徐々に追い詰められて再び後退している。側で見ている分には優美で舞うような細剣は、けれど追い詰められる側にとっては何よりの恐怖の対象なのだろう。目に見えて慌て始めているシェルクは、反撃の隙さえ見つけられない様子だった。
この勝負の行く末をフォードが確信した頃、シェルクは何合となく重ねた剣が次の動作に入る前に何とか押しやるようにして払い除けた。手に入れた好機にほっとする間もなく、横殴りに剣を振り払うようにして彼に斬りかかった。
彼は見惚れるほどの笑みを浮かべると、剣が届くより早く間を詰めてシェルクの後ろに回っていた。漆黒の衣装しか纏わない彼が夜の風に似てシェルクの側を通りすぎると、何度経験しても慣れないのか、シェルクは怯えたように必死な様子で行きすぎた剣を無理やり止めて、向き直り様、彼の頭上に振り下ろした。
多分本能的な殺意が込められているだろうそれを、けれど彼は悠々と受け止めた──シェルクの腰にあったはずの、両手剣の鞘で。
「っ……!」
嘘だと唇は動いたものの声にはならなかったシェルクが虚を突かれた一瞬に、彼はシェルクの剣先の軌道を反らして鞘を捨て、いつの間にか納めていた鞘から剣を引き抜いて首筋に突きつけている。頚動脈にぴたりと冷たい刃を寄せられて青褪めたまま、シェルクはやっぱりどこか楽しげに覗き込んでくる藍の瞳に射竦められたように何も言えないまま固まっている。
「これで来月は減給だな」
嫌味なほど綺麗に笑って彼が告げると、シェルクはようやく安堵したようにへたへたとその場に座り込んだ。
「今日こそは絶対勝てると思ったのに……、思ったのにぃっ!!」
「甘い。記憶がない程度で左右されるほど、剣を握ってこなかったわけじゃない」
言って彼はシェルクの首筋から剣を離して一振りし、一度日に翳してからゆっくりと鞘に収めた。
「剣を使い続けてきたって記憶はあるなら、最初からそう言ってよぉっ」
「実際に使うまでは、確実に使えるということしか知らなかった。ここまで使えるとはな……、もはや剣を振るうことは息をすることなんだろう。今なら目隠しをしてでも勝てる自信はある」
不敵に笑って言い放った彼のそれは、決して過言ではない。実際、彼は幼い時から剣を持たせて右に出る者はなく、相手のなさに嘆くことのほうが多かったくらいなのだから。昇進をかけて彼に兵が挑む時も、決まって右腕しか使わないとか、開始線から動かないという条件付けを多く必要とするほどだった。
「ああ、そう言えばシェルク、来月どころか今月も減給だからな」
「は!? 待ってよ、フォード、一月の約束だろ!? 俺一回負けただけじゃん!」
「いや、勝負がつく前に一度場外に出たから二度だ」
何でもないことのようにフォードが指摘すると、シェルクは目を見開いた後で信じらんねぇと声を張り上げた。
「そんなの場外になった時点で止めてくれりゃいいじゃん! てか、どこで出たよ、俺!?」
「陛下が最初に脇腹を狙って剣を繰り出された時に、左の踵が出ていた」
「尚更止めてくれればいいじゃんかー!! あの後俺がどれだけ怖かったか、フォードは分かってない!」
「陛下に敵わないことを分かって挑むのはいつもの話だろう? 怖いならばやめればいい」
違うのかと尋ねると、シェルクは分かってらぁと呟いて大人気なく頬を膨らませている。
子供かとそのシェルクに苦笑した彼は、どうして止めなかったんだと問いかけてきた。
「怖れながら、あの状況で止めに入れば興を殺ぐと陛下にお叱りを受けるのは私です。それに陛下の剣をお止めするような勿体無い真似は、私にはできかねます」
「それで俺が死んだら化けて出てやるからな、フォード!」
ひっでぇと繰り返し拗ねているシェルクに、フォードは好きにしろと肩を竦める。
「うー、でも二月減給は痛い……、陛下! 陛下だけ目隠しして、もう一回勝負!」
怖かったと言う割に相変わらず懲りもせず挑むシェルクの髪を撫でるようにして軽く突き放し、彼は楽しそうに苦笑した。
「病み上がりの皇に何度も向かってくるんじゃない。それに……、この剣は駄目だ」
「何か不具合でもございましたか? すぐに鍛冶師を呼んで打ち首に、」
「せんでいい!」
フォードが眉を顰めて提案するのに、彼が呆れた顔で遮った。
「まったくお前らは、皇の我儘を止める立場にいるんだろうが。皇を増長させてどうする」
「えー、だって陛下がやれって言ったことをやってきただけだし。それに第一、使えない剣を打つ鍛冶師なんて存在に意味ないじゃん」
「まったくもってシェルクの言う通りです」
「誰が使えないと言った」
お前らはと仕方なさそうに笑う彼に、機嫌を損ねたわけではないのかとこっそり息をつきながら、鞘ごと取り上げた剣をどこか愛しげに見つめる横顔を窺った。
「これは俺の剣ではない……、俺には似つかわしくないと言うべきか」
「細剣より両手剣のほうがいいってこと?」
分かる分かると頷くシェルクに、彼は違うと剣を焦がれるように見つめながら呟いた。
「細剣は俺の性に合う。だが、この剣は手に馴染まん。月を抱いているかのような高揚感はあるが……、交えるには不向きだ」
呟くような彼の言葉にまるで応えるように、剣は陽光を受けて静かに瞬いた──太陽を受けてその輝きを現わす月の如くに。
「やはり鍛冶師を呼びにやりましょう。使える使えないはともかく、皇が御手に納める剣を違えるは万死に値します」
「よせ、と言ったはずだ。だが呼びにはやれ、丁重にな。月が剣を返還すると伝えろ──くれぐれも変なことを考えるなよ」
釘を指してくる彼に、フォードは渋々ながら頷いた。彼はそれを確かめると、執務に戻ると断わって踵を返して歩いていった。
シェルクはその背中をぼんやり見送ると遠く投げられていた両手剣の鞘を拾いに行き、取り上げながら軽く肩を竦めた。
「月を抱いてるような高揚感って、なに? 陛下って時々よく分かんねー」
なぁと同意を求めて振り返ってきたシェルクに、フォードは曖昧に頷いた。