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陽に群雲、月の風  作者: あつろ
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5-2.鷹の行方

 ウェディの森なる島と呼ばれている禁忌の地は小さな島で、最南端の港町から南に広がる海を直進すれば辿り着くと言われていた。しかし禁忌とされているそこに足を運んだ豪の者は滅多となく、南の国の人間で生きて戻ったことが確認されているのは彼のみ。その彼も記憶を失っている以上、確かなことを知っているのはそこから訪れてきた月の片割れを名乗る男と、銀細工師だけだった。

 とりあえず大皇太后の葬儀の準備に数日かけることにしても、その間に行って帰ってこなくてはならないが、辿るべき道を知っている男は軽く肩を竦めて言う。


「葬儀の準備に何日かけるか知らんが、精々それまでに我らが猊下の御許に辿り着いていればいいほうだろうな。ここから最南端の港町までどれだけかかるかは知らんが、そこからは時化に遭わず順調に進めば帆船で三日ってところだ」

「最南端の港ったら、フェルだろ? 皇都からフェルまで地図上は真っ直ぐ南だけど、風霧かざきりの森が間を阻んでるからなぁ。大回りしたら馬乗り潰す気で乗り換えていったって、上手く行って四日。単純計算したって往復で十四日もかかるじゃん!」


 絶対無理と頭を振るシェルクに、彼は物憂げに振り返ってきた。


「それで、大回りしないですむ方法があるだろう?」


 ないとは言わせない強さで問われ、フォードは渋々頷いた。


「神殿から呪陣を使って移動することは可能です。フェルには呪陣のある神殿がありませんから隣町になりますが、そこからですと馬で半日もあれば着きます」

「便利なもんだな。船も海神の加護がある物を用意すれば、一日くらいは短縮できるだろう。着くまでに用意させておけ」


 できることならそんな記憶こそ忘れていればよかったのにと心中で呟いたフォードは、それでも気取られる前に頭を垂れた。


「御意」


 神殿の呪陣を使ってフェルの隣町へ、そこから馬を飛ばしてフェルに赴き、海神の加護がある船を使って禁忌の地に向かう。上手くいけば三日で島に着く、これが考えられる最短の距離と最速の方法だった。


「でもさぁ、葬儀の準備に日をかけるのは分かるとしても精々三日くらいだろ? 陛下、やっぱり行って戻るのは無理だって。いくら大皇太后陛下の葬儀ったって十日も引き延ばせないし。戦争云々はさておくとしてもさ、陛下だって葬儀には参列したいよね?」


 シェルクがそろりと窺うと、彼はしばらく考え込んで何かを探すように視線を巡らせた後でふと視線を戻した。


「今日は何日だ」

「へ? あ、えーと……、火侯月かこうげつ十日夜とおかんや

「アレイネは何の女神に仕えている」

「神殿には在籍してないんじゃなかったかな。別にどの女神とも聞いたことないし」

「精霊のしるしを持っていることは知られているんだろうな?」


 とりとめもない調子でされる質問に疑問を抱きつつも、シェルクはうーんと記憶を辿って答えている。


「そのはずだよ。西の女王が手を出しあぐねてた理由は、猛き鷹の皇と精霊の徴を持つ者が皇宮にあるから、だから」

「ならいい、アレイネを炎の女神に仕えさせろ」

「へっ!? いきなり何でまた炎の女神……?」


 分からなさそうに首を傾げたシェルクに、ああと呟いたのは褐色の男だった。


「夏至か」

「夏至……、ああ、成る程。ですがそれでも延ばせて六日です。まさか夏至祭は遅らせるわけには参りませんから」


 フォードがようやく合点がいって頷きながらも眉を顰めると、シェルクが面白くなさそうな顔で睨んできた。


「あのさー、もちょっと馬鹿にも分かるように説明してくんない? 俺一人除け者じゃん!」


 どうせ何にも分かってないよといじけ始めるシェルクに、彼がやれやれと肩を竦めた。


「夏至祭は何を奉る」

「えと……えーと、夏至って言うと夏だから、光……は、違うか。炎の女神だ!」

「そう。その炎の女神は何を司る」

「え!? だから、炎と夏と紅と……、あ。戦女神でもあるから、剣!」

「それと再生、だ」


 フォードが付け足すと、シェルクはやっと大きく何度か頷いた。けれどふと止まって考え込み、首を倒す。


「それで……、アレイネが炎の女神に仕えてたら何? 確か大皇太后陛下の葬儀って、闇の女神の大僧正に任せるって言ったじゃん、陛下」

「もう少し頭を使え、シェルク。夏至は最も夜は短いが、それだけ闇は深くなって力を増すだろう。それにアレイネが炎の女神に仕えているならば尚更、炎の女神を介して闇の女神の御許に送ることは不自然ではない。そしてその両女神に関わりのある夏至は、葬儀の日取りに最も相応しいだろう。近くそんな最適な日があるならば、何も急いで準備を進める必要はない」


 分かったかと噛んで含ませるようにフォードが説明すると、ようやくシェルクはその幼い顔立ちがなお幼く見える笑顔を浮かべて手を打った。 


「成る程ー! さすがこじつけの天才だね、フォード!」

「──一度お前とはじっくり話し合う必要があるな、シェルク」

「やだなぁ、そんな怖い顔しちゃって。誉めたんじゃん」

「どこがだ!!」


 思わず力一杯怒鳴りつけたもののシェルクは反省した風もなく聞き流して、呆れた顔をしている彼のほうに身を乗り出させた。


「でもさ、夏至祭と葬儀を重ねるのは分かったけど、フォードが言ったように延ばせて六日だよ? 今すぐにでも出ないと間に合わないんじゃない?」

「出たいところを問い詰めていたのは、どこのどいつだ」


 苦笑する彼に、シェルクは小さく舌を出してあまり反省した様子もなく謝罪している。


「まぁ、どちらにしろ夜になるまでは動かん。アレイネにも時間が必要だろう……、今すぐ祖母様から引き離すのも酷だ。葬儀の準備はかかってもらわんと困るが、今はな」


 仕方がないと呟いた彼の藍の瞳には、大皇太后を悼む色と迷惑をかけ通している従妹への気遣いで複雑に揺れている気がした。


「じゃあ、その間に俺も警護のこと話してこないと。葬儀の準備でばたばたするだろうけど、西の間者が入り込んだら洒落になんないし。あー、こんな時期に出かけるとか言うと殺されそう」


 大仰に頭を抱えてみせるシェルクに、ああと声を上げたのは面白そうに黙って眺めていた褐色の男だった。


「それに関して、俺が一役買えると思うぜ。猊下から精霊の加護を多少頂いて来た。南の国の精霊は比較的穏やかで優しい、猊下の御名と俺の血である程度は従ってくれるはずだ。皇宮に精霊の加護を与えられるだろう。西から入る者全てを把握するくらい精霊には容易い、入り込めば俺が排除してやれる」


 言って目を細めるようにして笑った男の瞳は、どこか銀を帯びて楽しげに煌いている。胡散臭そうにシェルクが僅かに眉を顰めると、男は気を悪くしたようでもなく軽く一つ頷いた。


「ああ、皇宮内に俺がいるのが不安なら、国境付近でぶらぶらしてるさ。そのほうが姿を消さんですむから余計な力を使わんでいい。どちらにしろ、戦端が開かれるのをでき得る限り引き伸ばしてやれると思うが」

「どうしてそこまで協力して頂ける? そちらに何らかの利益があるとは思われないが」


 フォードが警戒したまま尋ねると、男は軽く肩を竦めた。


「全ては勿論、我らが猊下の御為さ。お前たちに協力するのが目的じゃない。ただ利害が一致するから、ご足労頂く間くらいは南の守りを勤めることも構わないってだけだ」


 別に手が要らぬならそれも構わんよと、どこまでも軽くされる提案をどう受け取るべきかと悩んでいると褐色の男の隣で銀細工師が感慨深げに何度も頷いた。


「ご説ご立派にございます。よもや猊下に命じられて渋々おいでとは思えませんな、森守もりまもり殿」

「……言わんでいいことまで言うなっ。それだから年寄りは嫌われるんだ」

「七十の爺様に言われるなんて、ラウスって百越えてんの?」

「何ということをっ。私はまだ四十と四です、森守り殿を越えたことなどございませんともっ」

「変な主張はせんでいいっ! それからお前もいい加減に七十は忘れんか、俺はまだ二十四だ!」


 熱く主張する男に、シェルクはまたまたーとひたすらにからかっている。

 フォードは懲りない二人をどこか遠く見守っていたが、彼はひどく複雑そうな顔で肘を突いたまま深く溜め息をついたのに気づいて視線を変えた。藍の瞳はフォードと同じほど遠くシェルクと褐色の男を眺め、戻ってくると片方の眉が跳ね上がった。


「お前たちといると、悩むことさえ馬鹿らしいな」

「私とシェルクを一つに纏めないで頂きたいのですが」

「えーっ、俺だってこんな得体の知れない爺様と一つ括りはやだぁっ!」

「爺様はやめんかっ」


 問答無用で赤い頭を叩き倒す男と、やんのかコラと切れた笑顔で褐色の男に詰め寄っているシェルク。銀細工師はさっさとフォードたちのほうまで避難してきて、関わり合いになりたくないとばかりに頭を振っている。


「まぁ、あれは放っておくとして。フォード、そこの銀細工師を捕えろ」

「御意」


 彼の命令が下るや否や、近く寄って来ていた銀細工師をあっさり取り押さえるフォードを見下ろしてきて、彼はますます顔を顰めている。


「だから、従う前に問え。おうの命は絶対か?」

「陛下のなさることに間違いはございませんので、絶対です」

「──こいつもさておいて、ロクウェル。悪いが西と事を構えることがはっきりするまで、お前には大陸を彷徨し続けてもらわなくては困る。だが、実際西の手に落ちられても面倒だ。後宮に一室を許す、そこに留まってもらおう。誰にも存在を悟られることのないように、な」


 見たくないとばかりに殊更視線を反らして銀細工師を見据えて告げる彼に、逆らう気もないのか銀細工師は何度も頷いている。


「た、確かに私が皇の臣下に見つかることがあれば、西に兵を差し向ける理由がなくなりましょう。西に落ちても然り。剣を納め違えた罪がございます故、監禁も覚悟の上ではございますが……、あの、左手がそろそろ折れそうなんですが……!」


 青褪めまでして引き攣った声で訴える銀細工師に、彼は目を伏せて額に手を当てると深く息を吐き出した。


「フォード。捕えろとは言ったが、銀細工師の腕を折れとは言わなかったぞ」

「言葉にはされずとも、陛下の御心に従うが臣下の勤めかと」


 真面目ぶって答えたフォードは、彼の呆れの強い眼差しに渋々と銀細工師の左肘をかっちりと決めていた手を解いた。離した途端に肘を抱えて蹲る銀細工師に、大層なと頭を振ると彼がやってられんとばかりに天井を仰いだ。


「お前たちがいると、本当に落ち込んでいる暇さえない」

「お褒めに預かり恐縮です」

「──言っておくが、皮肉だ」

「存じ上げております」


 勿論と頷いてみせると、彼は苦虫を噛み潰したような顔をして前方を睨みつけた。




 大皇太后の葬儀まで後六日。猛き鷹は、未だ剣の消えた皇宮にある。

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