第1話(誰にでもプレゼントできるクズ能力)
俺はある日、道端で転がっている赤い服を着た小汚いジジイを拾った。
どうやら相棒と愛車に見放されて、国に帰れなくなって行き倒れていたらしい。
俺の家は極々一般家庭で、小汚いジジイを雇う余力はないが、一晩泊めて飯を食わせるくらいの余力と度量はある。
仕方ないので一晩だけ面倒を見てやった次の日の朝に、金はないが御礼をやると言われて、妙な呪いを両手に埋め込まれると、俺は意識を失った。
……
気が付くとやけに星空が綺麗な草原に寝そべっていた。混乱する頭を振って立ち上がると周りを見渡す。ただのだだっ広い草原。少し冷たいが柔らかい風が俺の頬を撫でる。
「夜だって言うのに寒くないな」
そう独り言を喋りながら自分の身体を確認する。痛い所は……ないな。動かない所……もないな。来ている服は気絶する前の衣服のままだ。持ち物は……いつも持ち歩いているスマフォぐらいか。
「見知った風景ではない。というか異世界ってヤツだろココ」
天を見上げると赤と青の二つの月が浮かんでいる。星の瞬きを見て俺の知識を総動員しても、俺の世界の星座との合致点が見出せない。俺も年頃のガキなので、そういった物語は少し興味があって知っているが、まさか自分にそれが降りかかってくるなど思いもしなかったけどな。
「まぁ、言葉が伝わってくれればありがたいんだが」
よくある設定だと、都合よく神様が言語能力と共にチートスキルをくれるはずだが、俺にそんなイベントはなかったしな。そのかわり死ぬ恐怖や痛みなどもなかったのは幸いだ。
「さてと、まずは衣食住を確保するか」
どこに行けばいいものかもわからずに、右手にスマフォ、左手をポケットに突っ込んだまま歩き出す。何気なく電源を入れてスマフォを操作する。
「電波は……当然入っていない。電池は、それなりに残ってる。となると王道通りコレを売っぱらって資金にするか」
誰もいない草原を当てもなく歩きながら分析する。運よく人の集落に着けばよいが、普通は魔物かなんかに遭遇するのがオチだよな。そんな不埒な事を考えて歩いていると、予想通り魔物らしきものが目に止まり、同時に相手も気が付く。敵は一声雄叫びを上げると、獲物を見つけたのを喜ぶように好戦的な目をして、口から涎を垂らしながら、こちらへ接近してくる!
「LV1の敵はスライムやウサギが定番だろ?」
俺はその魔物らしきものに語りかけると応戦の準備をする。俺はただのしがないガキだから武術なんてものは学校の授業で少しやったくらいしか経験がない。武器もない防具もない、普通は逃げ出す場面だ。
「よりによって一番最初から三つ首狼なんてハードモードすぎんだろ!!」
2m近くある巨体が物凄い勢いで突っ込んでくる。当然避けられるわけもなく木の葉のように三つ首狼に吹き飛ばされてしまう。
「あー、死んだかもなぁ」
宙を舞いながら冷静に状況を分析してみる。確かジジイがよこした加護、いや呪いは贈答だったな。コイツは俺の触れているものを、一度でも俺が認識した相手・場所に強制的に送り届ける能力らしい。いつでもどこでもプレゼントを贈れるという素晴らしくクズな能力だ。
何で俺が無差別にプレゼントしなければならないのか。あのジジイ、今度あったら一晩中正座させて説教してやる。
普通に考えればクズのような能力だが、こうして使えば役に立つんだよ。俺は手の上に乗せた空気を三つ首狼の心臓に直接空気を贈答する。
グギャッ!!
三つ首狼は苦しそうな声を上げると、その場に倒れて地面をゴロゴロ転がる。そりゃそうだろう。心臓が空気で満たされれば血液を送り出す機能が働かなくなるからな。
俺はそのまま地面に叩きつけられる直前に、自分の手の上にある空気を自分と地面の隙間に大量に贈答する。
空気のクッションが俺の落下の衝撃を和らげ、俺は転がって衝撃を散らしながら無事に起き上がる。
三つ首狼を見ると、口から泡を出しながら白目をむいて死んでいた。
「さてと、ここで異世界料理物だと血抜きとかするんだよな。とはいえ、刃物はないし心臓も止まっていると血抜きもままならないか」
俺はボソっと呟きながら、三つ首狼の首に手を当て俺の手が触れている三つ首狼の血液を、隣の地面に贈答する。
一瞬で隣の地面が真っ赤な血で染まり、三つ首狼が縮んだように見える。まぁ体重の8%暗いが血液だから、100kgくらいあれば92kgくらいになるからな。
「クズジジイの能力も、まぁ使えん事はないみたいだな」
俺は地面に手をむけながら、俺の背中に触れている空気を俺の手の先に連続して贈答する。真空状態に背中が引っ張られ、手の先にある濃い密度の空気に押し出され、俺の身体は爆発的な速度で上昇する。同様の方法で空中で姿勢を制御しながら、眼下を見渡すと
「あった。うぇ、かなりでかい都市だな」
大草原の先に巨大な城壁に囲まれた都市を見つける。面倒ごとが起きそうだが、まずはそこに向かって行くとしよう。空気を贈答する量と位置を調整しながら元の場所に戻すと、三つ首狼を進行方向の目視先に贈答しながら歩いていく。
「さてと、鬼が出るか蛇が出るか……」
月が沈み日が昇り始める頃、俺はその巨大な城門の近くまで来ていた。そんな俺は三つ首狼の死体をとりあえず置いたまま、一人で呟きながらやけに立派な城門へ近付いていく。
城門は中世の部分金属鎧をつけて槍を持った衛兵2人が正面門を守っていた。俺の姿を目に捉えると、槍を構えて威嚇してくる。
「あー、言葉は通じるか?」
まず大事なのはコミュニケーションだな。と言う事で、俺は言葉が通じるかどうかわからんが、とりあえず聞いてみる。
「誰だ!貴様は!!」
あー、うん。ちょっと訛りを感じたが俺の喋った言葉が通じるみたいだ。コレは僥倖。
「昨晩、後ろの草原に飛ばされてきちゃってさ。何もわからないし衣食住も確保できていないんで困っているんだなコレが」
簡単に状況を説明すると、衛兵達はアッサリ納得して槍を収めてくれる。どうやらたまに「異界渡り」と呼ばれる人物が現れるらしい。そういう人物が現れたら王宮に案内するようにと指示が出ているそうだ。これは話が早くて助かる。そんな王宮にとても胡散臭さを感じるが、他に手もないので乗るしかないのが癪な所だ。
すぐにでも王宮に案内しようとする衛兵に、草原での戦利品の三つ首狼を売り物にしたい事を話すと、凄く胡散臭い顔をされる。まぁ逆の立場だったら、俺も信用しないわ。仕方ないので三つ首狼の場所まで案内すると、呆れ返ったのか、あんぐりと大きい口をあけて固まってしまう。そりゃそうだろうな。
衛兵達は人手がいるので、すぐには動かせないけど、キチンと冒険者ギルドに死体を届けてくれると約束をしてくれて、後で連絡をしてくれるらしい。いい人達だな、ホント。
俺はそのまま衛兵に案内されて、王宮に向かうのだった。