Episode 77:秘密の通路
みなさんおはこんにちばんわ
第77話になります
それでは続きをお楽しみください
マトハが空を見上げていた。ポッカリと空いていた穴はとうに塞がっている。マトハの足元で唸る人物がいた。村一番弟のことを愛している男性だった。
「お兄ちゃん!」
男の子が駆け寄る。お兄ちゃんは胸を押さえて苦しそうだ。男の子は涙を浮かべた。
「大丈夫よ。坊や」
男の子の後ろから声が聞こえた。高く透き通るような声だ。その声の主はお兄ちゃんに近づくと頬に触れた。それはお兄ちゃんに安心というプレゼントを渡した。お兄ちゃんは目を開けた。男の子はお兄ちゃんに抱きついた。
「あぁ、追いかけてきちゃったのか……。ごめんな……」
お兄ちゃんは男の子を抱きしめ返し、頭を撫でた。男の子が泣く。お兄ちゃんは下手くそに笑いながら男の子の頭を撫でていた。
「お久しぶりね。また逢えるとは思ってなかったわ」
イアノスが微笑みながら言う。お兄ちゃんは上半身を起こしてペコリとお辞儀をした。男の子は吃驚する。何故かイアノスはお兄ちゃんのことを知っていた。
「何で知ってるの?」
男の子が尋ねる。お兄ちゃんは頭をポリポリと掻いてイアノスを見た。
「いや、実は、前にここに来たことがあるんだ……。その時、イアノスに助けられたんだよ。そこにいるマトハとも逢ってる」
男の子は更に吃驚した。マトハの方を見る。マトハはぶすっとしてお兄ちゃんを睨んでいた。お兄ちゃんも昔池に落ちたことがあった。その時、オビリオンでは既に理想郷計画が進行していた。
お兄ちゃんは男の子と同じようにイアノスの家の前に落ちた。男の子が最初に訪れた家だ。そこにはマトハも住んでいた。お兄ちゃんが人間界から落ちてきた人間だと気付いたマトハは化物を迫害しないで欲しいという強い想いをお兄ちゃんに託したのだという。
同時に、お兄ちゃんはマトハの分家の子孫であることを告げた。次の満月の夜、イアノスはお兄ちゃんを人間界へ帰した。お兄ちゃんはマトハに言われたとおり、化物の噂をなくすように言った。
だが、村の大人たちはまだ15歳だったお兄ちゃんの言うことなど聞かなかった。お兄ちゃんは看板を勝手に壊し、化物を祀るために石段を作った。
暫くしてまた看板が取り付けられることになったが、辛うじて石段は壊されずに済んだ。お兄ちゃんは、過去に短い間だったが確かにオビリオンへ来ていたのだ。男の子が首をかしげている。お兄ちゃんは男の子を撫でた。
「これで、終わったんだな……」
お兄ちゃんはマトハに問う。マトハは俯いてコクリと頷いた。
「ボクはもう人間を恨まないよ。だから大丈夫」
マトハがそう言うとカサカサと音がして山を登ってくる二匹の化物がいた。それは蜘蛛の姿をしていた。アルバとイルバだった。
「マトハ!」
イルバが叫びマトハに向かって走ってくる。マトハは嬉しそうにイルバとハグを交わした。アルバが歩いてくる。マトハはアルバにもハグをした。アルバは顔を赤らめている。
「元に戻ったでありんすぇ。あぁ、そんなに強くしないでくんなまし」
アルバはニッコリと笑いながら自分で強くするなと言っておきながらマトハを強く抱きしめていた。男の子がイアノスを見て問う。
「この人たちは……?」
男の子は倒れている人間の器を指差した。イアノスがニッコリと微笑む。
「大丈夫よ。すぐにはムリだけど、必ず元に戻して人間界へ送り届けるわ」
「そろそろ時間だ……。こちらへ来なさい」
王が手招きしている。男の子は振り返った。アストロとドリウスとルフェルが立っていた。ロヴェの姿が見えない。男の子はアストロのローブに飛び込んだ。
「クカカ、何もなしに行っちまうのかと思ったぜ」
アストロが冷やかすと男の子はにぱーっと笑った。
「お前は正義の味方だな! 流石、オレ様が認めたライバルだ!」
突然ドリウスがもじもじし始めた。拳を握り締めている。
「どうしたドリウス。気持ち悪いぞ」
ドリウスがうずうずしている。男の子の方を見て何かをしようとしている。男の子はドリウスの方を見る。手をワキワキとさせてとても触りたそうだ。男の子はドリウスの方に顔を近づけた。ドリウスは両手で男の子の頬を触った。ムニムニとこねくり回す。ドリウスは頬を赤らめていた。
「あぁ。この感触……やっぱり素晴らしいじゃないか。……っ!」
ドリウスはハッとして男の子から手を離す。そしてケープの端を口元に当てて首を横に振った。そして男の子を指差す。
「く、くそ。オレ様としたことがっ! ま、また嵌めたな! やはりお前はオレ様のライバルだ! 絶対に、絶対にモチモチのムニムニを手に入れてやる!」
ドリウスが叫ぶ。男の子が笑っている。ドリウスはケープを口元に当ててそっぽを向いたが、笑みがこぼれる。ふとルフェルが男の子を見ないようにしているのが目に入った。
「ルフェル、どうしたんだ? まさか、泣いているのか! 悲しいことがあったのか!」
「う、うるさいよ! 泣いてなんかないよ!」
バキィ。ドリウスが叫ぶとルフェルが拳をお見舞いした。ドリウスの頬にクリンヒットする。ドリウスはその場に倒れた。
「か、勘違いするなよ。あ、アタシは、泣いてなんかいないからね……!」
ルフェルは横を向いて手で涙を拭った。男の子が微笑んで手招きしている。ルフェルは首をかしげて男の子に顔を近づけた。男の子が頭を撫でる。ルフェルが顔を赤らめた。
「な、ななな、何だい! アタシは泣いてないって言ってるだろ!」
拳を作って男の子の頭に振り下ろす。アストロが焦った。ポカリ。ルフェルは優しく男の子の頭を殴った。そして拳を開き撫でる。アストロは安心した。まさか本気で殴るのではないかと一瞬でも思ってしまったからだ。ドリウスがあれだけ派手に殴られたあとを見ると余計にそう思わざるを得なかった。
男の子はルフェルに抱きつく。ルフェルはひょいと男の子を持ち上げるとまるでわが子を抱きかかえるように優しく男の子を包み込んだ。
「また逢おうな。さ、行きな!」
ルフェルが笑った。いい笑顔だった。男の子を降ろしてルフェルが屈みこみ背中をポンと押す。そして手を横に振った。人間のお姉さんのようだった。男の子が走っていく。
既にお兄ちゃんとマトハとイアノスが待っていた。男の子は急いで向かう。お兄ちゃんはイアノスと握手を交わしていた。イアノスが走ってくる男の子に気付き両手を広げた。男の子がイアノスに飛び込む。イアノスは一回転して男の子を地面に降ろした。
「また逢いましょうね、坊や」
男の子は頷いた。マトハの方を見る。マトハは右手を出した。男の子は首をかしげる。そしてマトハに抱きついた。マトハが焦る。だがすぐにそれを受け入れて抱きしめ返した。傍から見ればそれはまるで双子が抱き合っているかのようだった。
「マトハは行かないの?」
男の子が問う。
「うん。ボクは行かない。もう死んじゃってるからね。それに、赤い花を片付けなきゃ」
「そっか……」
男の子は少し寂しそうに呟くとショルダーバックを肩から外しマトハにかけた。マトハは意味も解らず首をかしげる。
「え、ねぇ。これ。どういうこと?」
「だって。マトハのお母さんはイアノスでしょ?」
マトハは吃驚した。イアノスもまた吃驚していた。
「ぼくのお母さんもイアノスだよ。イアノスはみんなのお母さんなの!」
男の子がどやっと叫ぶ。マトハが吹き出した。イアノスも笑っていた。男の子は何がおかしいのか解らず怒った。笑いながら怒っていた。イアノスはマトハの頭を撫でる。
「お帰りなさい、マトハ」
マトハは少し照れくさくなって何も話さなかったがイアノスに頭を擦り付けた。男の子がお兄ちゃんの元へ走っていく。
お兄ちゃんは男の子の手を握ると、仲良く手を繋いで王の前まで歩いていった。王がマントをひらりと翻す。そこには池があった。二人がそれをのぞき込むと満月が見えた。この月は本物ではない。人間界のそれを模して作ったものだ。
だが、いつでも丸い形をして満ち欠けをすることはなかった。いつでも満月の状態なのだ。ここへ来れば、次の満月が来なくても人間界へ行くことができる、王様だけが知る秘密の通路だ。二人は振り返りながらその池の中に飛び込んでいった。
「行っちまったな……」
アストロはそう言うと踵を返して山を降りて行った。ドリウスが慌てて後を追おうとするが、もうそこにはアストロの姿はなかった。
「兄貴……」
ドリウスはアストロの姿を見つけることができず、拳を握りしめてポツリと呟いた。
読了お疲れ様です
いかがでしたでしょうか
男の子は無事にお兄ちゃんと再会し、秘密の通路を抜けて人間界へと向かった。
残されたアストロは一言呟くと山を下って行った。
ドリウスが後を追いかけようとしたが、そこにはもうアストロの姿はなかった。
続きは第78話、最終回で!!
それではまた次回お会いしましょう!!




