Episode 55:スパイダー・パニック
みなさんおはこんにちばんわ
第55話になります
続きをお楽しみください!!
「ドリウス!」
男の子が心配そうにドリウスの手を握る。ドリウスはその手を振り払った。
「お、オレは……。許してくれ。オレ様が悪かった!」
ドリウスは男の子に頭を下げて謝っている。男の子は困惑した。どうなっているのか理解できなかった。ドリウスの頭を撫でようとすると、その手は叩かれた。涙目になる男の子。
「お、オレ様に何をする気だ。復讐しに来たのか!」
ドリウスは狂っていた。ランスに手をかけブンブンと振るった。ルフェルが短剣でランスを受け止める。
「何してんのさ。しっかりしな!」
ルフェルがバチィィンとドリウスの頬を叩くと、彼はそのまま地面に倒れ込んでのたうち回った。相当強い力だったらしく彼の頬には真っ赤な手形かくっきりと残っていた。
頭上からカサリと音がした。ルフェルが見上げると、真暗の中何かが蠢いているのが見えた。その蠢いているものは徐々に近づいてくる。ルフェルにはそれが何なのかすぐに解った。先ほど追いかけてきた蜘蛛だ。天井から入ってきたのだ。
蜘蛛は天井からカサカサと音を立てながら降りてくる。壁一面びっしりと黒く覆いながら降りてくる。
「ぼさっとしてないで早く行くよ!」
ルフェルが男の子の手を引いて入ってきた扉の方へ戻ろうと足を踏み出したが、立った一歩踏み出しただけで止まった。小さな蜘蛛は既に扉を覆いつくしていたのだ。あっという間に取り囲まれてしまった。
天井から声がする。ルフェルが再度上を見ると一際大きな黒いものが六つの目を赤く光らせてルフェルたちを見下ろしていた。
「ここへ逃げ込んだのは間違いでありんしたえ」
にやりと笑いながら黒いものが逆さ吊りの状態で降りてくる。それは蜘蛛の姿をしていた。ルフェルが短剣を構える。蜘蛛はうふふと笑った。
「やめておきなんし。主にわっちは倒せんせん」
蜘蛛はそう言うと逆さ吊りの状態から一回転して地面に二本の後ろ足をしっかりとつけて着地した。手と表現してよいのか解らないが、右前足にキセルを持ち煙草をふかしていた。
男の子がケホケホと咳をする。それに気付いた蜘蛛はキセルをひっくり返し、中の草をその場に捨てて糸で包んだ。焼け焦げるような臭いがしたが、それはすぐに消えた。
「人間の子供がいるのを忘れていんした。おゆるしなんし。わっちはアルバと言いんす。主は殺めんので安心してくんなまし」
蜘蛛は自分のことをアルバと名乗り、六つの目でニッコリと笑って男の子に言った。男の子は怖くなりルフェルの足元に隠れた。ルフェルが男の子を庇うように短剣を前に構えながら様子を伺っている。アルバはくすくすと笑っている。ドリウスが突然声をあげた。
「お、思い出したぞ。人間の子供が、オレが捕まえた子が……」
それを聞いたアルバは更に笑った。
「確かドリウスさんでありんしたぇ。最初の人間の子供を捕まえたのは」
ドリウスがウガァと唸る。その通りだった。ドリウスは既に人間の子供を捕まえて王に献上していた。精神分離にも立ち会っている。
だが、ショックのあまりそこで見た光景がトラウマとなり、いつしかその記憶がごっそり消えていたのだ。いや、消えていたのではない。精神分離に立ち会ったときのショックで意識ごと記憶が飛んだのだ。
しかし、資料にあった精神分離機を見たことがトリガーとなり、記憶が鮮明に思い起こされたのだ。だがそれは、今始まったことではない。
ドリウスはここに至るまでずっとモヤモヤとした感情を抱いていた。自分の家で見た夢。恐ろしい夢。そう、心のモヤモヤは男の子に対してのものでもあったが、それだけではなく昔自分が捕まえた人間の子供に対してのものでもあった。ドリウスは男の子にその姿を重ねていた。
「オレは、あの子を殺した……。オレが捕まえていなければ、こんな気持ちになることはなかった。こんな、こんな恐ろしい気持ちに。あの子も死なずに……」
ドリウスは冷静さを取り戻しつつあった。取り戻しつつあったが、不安や恐怖で押しつぶされそうになっていた。アルバが口を開く。
「そろそろ本題に入りんしょう。その人間の子供をこちに渡してくんなまし」
アルバがにやりと笑った。ドリウスは首を振る。
「渡すものか! もう二度とあんな思いはごめんだ!」
ドリウスが強い決心を胸にランスを構える。だがその足は、手は、身体は、震えていた。ルフェルはドリウスを気遣ってアルバとドリウスの間に立ち短剣を構えアルバを睨みつけた。全く焦る様子を見せないアルバにルフェルはイラついていた。
男の子とドリウスの後ろに階段がある。まだ蜘蛛に覆い尽くされていない。ルフェルはドリウスに目配せした。その視線に気付くとコクリと頷いて男の子の手を引き階段を上りだした。
同時にルフェルは短剣を手にアルバに突っ込んで行く。アルバはくすりと笑うとキセルで短剣を弾いた。ルフェルが弾き飛ばされる。キセルには傷ひとつ付いていない。
「わっちは総長たちとは違いんす。子供を渡してもらえばそれでいいのでありんすぇ。無駄な戦いはしたくないでありんしょう?」
ルフェルは後ろを振り返った。ドリウスが小さな蜘蛛をランスで払いながら階段を上っていく。小さな蜘蛛が飛び掛ってくる度にヒィヒィと情けない声を発していたが、それでもしっかりと男の子の手を握って離さないようにしていた。ルフェルはホッとしてアルバに視線を戻す。
「アタシたちはあの子を守る。そう決めたから、ね!」
ルフェルは短剣を前に走りだす。アルバはキセルでそれを弾く。だが、今回は違った。ルフェルはそのままキセルを蹴り、後方へ飛ぶと持っていた短剣をアルバに向かって投げた。
アルバは飛んできた短剣をキセルで弾き落とす。気付くとルフェルの姿がなかった。辺りを見渡していると腹部に短剣が刺さった。ルフェルはそのまま引き裂こうと短剣を手前に引こうとした。
「なっ!?」
アルバが笑っている。誤算だった。短剣は刺さっていなかったのだ。確かに柔らかいものに刺さる感覚はあった。だが、ルフェルの短剣はアルバの腹部からは数十センチも前で止められていた。小さな蜘蛛が集まった壁を刺していたのだ。
「あらー、残念でしたぇ」
それらはワラワラと四方に散るとルフェルの身体中を這いずり回った。ルフェルはゾワゾワと身体を震わせる。手でそれらを叩き落とそうとするが数が多すぎる。
叩いても叩いてもルフェルの身体を這いずり回る蜘蛛の数は減らない。それどころか回りにいる蜘蛛もカサカサと音を立てながら集まってきてルフェルの身体に纏わり付いた。
「や、止めろ、止めろ! うひゃっ、そんなとこに入るな!」
「いい声でありんす。えらい愛らしいでありんすぇ」
アルバが笑いながら近づいてくる。ルフェルは抵抗した。だが思った以上に集まった蜘蛛は重く、腕を動かすことすらできなかった。
読了お疲れ様でした
いかがでしたでしょうか
ドリウスは既に人間の子供を献上していたんですね。しかし、あまりのショックにその記憶が丸々ふっ飛んでいました。
男の子を守るという強い決心をしてトラウマに立ち向かっていくドリウスさん。ちょっと頼りないけど、カッコイイ!!
ドリウスと男の子を先に進ませてアルバと対峙するルフェル。
しかし、あっという間に身体の自由を奪われてしまいました。
どうなるルフェル!!がんばれルフェル!!
そしてドリウスは男の子を守り抜くことができるのか!?
続きは56話で!!
それではまた次回お会いしましょう!!