Episode 44:医療の限界
みなさん、おはこんにちばんわ
第44話になります
続きをお楽しみください!
「お兄殿、呼びましたかな」
不意に声が聞こえる。声のした方へ顔を向けるとそこには四足歩行の全身銀色の筋肉の塊が巨大槍を持って立っていた。
「ブルエ……戻ったか」
「心配をかけましたな。お兄殿の言葉、この胸に刻み付けましたゆえ」
ブルエがそう言って巨大槍を背に納めルタナスの元へと近づいた。シャラボラをどかすとルタナスの胸に手をかざしてフゥと息を吐いた。手を患部へ持っていく。その手をルタナスが掴み止めた。
「俺のことは後回しで良い。あの娘の方が危ういのだ」
「なりませぬ。あの娘はエルフィア族ゆえ、自然治癒である程度は持つやもしれませぬが、お兄殿はその能力を持っておりませぬ」
ブルエはルフェルの方を向く。ほんの僅かではあったがブルエがここに到着したときより傷口が塞がってきている。一方のルタナスは無理をしたせいか傷口が開き出血量が多くなっている。
「今は自分のことを考えてください」
声が聞こえた。その声の方を見るとベッドから起き上がり、ぎこちなく歩いてくるフォラスの姿があった。その足元にはローブで顔を隠したレフォルがいた。
「お、お前ら……もう大丈夫なのか?」
「おかげさまで。早く治療をしましょう。レフォルくん、薬の調合お願いできますか?」
レフォルはコクリと頷くとローブの中から鮮やかな青色の液体が入ったビンと何かの葉を取り出して、その葉を細かくちぎってはビンの中に詰めた。レフォルの首には御守りがぶら下がっている。
「レフォルくん。御守りを盗むのは止めて下さいね」
そう言いながらもフォラスはニコニコしながらルタナスの方へと近づいていった。
「ブルエくん。あなたにはあちらをお任せします。できますよね?」
「機会を下さり感謝致します」
フォラスが問うとブルエはペコリと頭を下げルフェルの元へ向かった。ルタナスがブルエの姿を見て口の端を緩める。それに気付いたフォラスはルタナスに微笑みかけた。
「どうかしましたか、お兄様」
ルタナスは首を横に振って空を見上げた。
「ブルエの奴、成長したなと思ってな。俺がまだお前と医療団を立ち上げた頃は、ただオロオロしているだけの奴だったが。お前の教え方が上手かったのか、あっという間に肩並べてよ。何というか。早いもんだな……」
ルタナスは思い出に浸るように目を閉じた。フォラスは頷いた。フォラスがブルエの方を見る。ブルエは適切な方法で素早く対応していた。
むき出しになっていた骨も幾分か元に戻っている。そのブルエにはもう焦りなど感じられなかった。目の前の患者を救う。それだけを考えてしっかりと向き合ってテキパキと治療していた。
「そうですね。ではそろそろ始めますよ」
フォラスがそう言うとルタナスは頷いた。レフォルが薬を渡す。フォラスはその薬に小刀をつけると患部の中に入れた。傷の痕が黒ずんでいた。そこから僅かながら黒い煙が立ち上っていた。恐らくデドロの破片だろう。
デドロに飲み込まれたドリウスがルタナスの両刃剣を握った時、両刃剣はデドロによって一瞬にして侵食されたのだ。その侵食がルタナスの傷口を悪化させていた。
フォラスはその侵食された部分を小刀で取り除いていく。時間との勝負だった。早く取り除き、早く縫合する必要があった。だが、侵食は思ったよりもスピードが速かった。ルタナスの体力は凄まじいスピードで低下していく。
「もう少し、もう少し耐えて下さい」
フォラスが額に汗をかきながら、侵食されていく細胞を取り除いていった。フォラスの反対側にブルエが立つ。
「あちらは何とかなりましたぞ。あとは自然治癒に頼る形になりますな」
フォラスがルフェルの方を見る。傷口が綺麗に縫われたルフェルが寝かされていた。ブルエはあっという間にズタズタにされたルフェルを治したのだ。まさに神業だった。ブルエの技術はとうにフォラスを越えていた。
フォラスが視線をルタナスに戻してブルエに状況を説明すると、ブルエは小刀を持ちルタナスの患部に手をやった。なるべく多くを切り取らないよう慎重にかつ早く侵食された細胞を取り除いていく。
フォラスよりも早かった。フォラスは感心した。そしてニッコリと笑いながら自分も手を進める。
「これで最後ですな」
ブルエがそう言うと最後の侵食された細胞を切り取り、すぐに縫合に取り掛かる。レフォルが調合した薬を患部に塗って縫合していく。妙な違和感があった。先ほどまで聞こえていたルタナスの呼吸が聞こえなくなっていた。
「ブルエくん、お兄様は息をしていますか?」
ブルエはそう言われてルタナスの口元に耳を傾ける。微かに息はしていた。だがそれは徐々に弱くなっていく。ブルエはそのことをフォラスに伝えるとフォラスはルタナスの胸に手を当てた。鼓動が手に伝わってくる。だが不規則な動きをしていた。
「痙攣しており危険な状態です。レフォルくん例の薬を」
言うが早いかレフォルは黄色い薬の入ったビンをフォラスに渡した。そのビンの蓋に注射針を刺して吸い出すとルタナスの腕に打ち込んだ。
「ブルエくん、身体を抑えてください」
ブルエが力を込めてルタナスを押さえ込む。ガタガタと音を立ててルタナスの身体が震えだした。身体全体が痙攣しているようだった。
「先生、これは」
「新薬です。痙攣を抑えるものなのですが劇薬なため普段は使用しません。ですが効果は期待できます。これで治まれば安泰です」
ルタナスの身体が暴れる。三匹がかりでルタナスを押さえ込んでいた。ルタナスが目を開けた。唸っている。相当苦しいようでより一層暴れだした。イポとベリスも押さえに入る。当然シャラボラもだ。だがそれでも押さえ切れるものではなかった。
「水をお願いします!」
フォラスが男の子に向かって叫ぶ。男の子はオロオロしていた。
「早く!」
シャラボラが叫んだ。男の子は周りを見渡して器になるものを捜した。だがそんなものはどこにも転がっていなかった。
男の子は手で湖の水を掬い上げてルタナスの元へと運んだ。だが、その小さな手に掬われた水はただでさえ少ない上にルタナスの元へ運ばれて来る頃には既に零れ落ちていた。
「何してんだよもう!」
シャラボラが湖に駆け込んでいく。顔を水につけて口の中にその水を含んだ。そして急いで戻ってくる。
「その水を飲ませてください」
シャラボラは頷くとルタナスの口に唇を重ねて水を口移しした。ルタナスはその水を飲み込む。飲み込みながら噎せた。吐血。その血の中には黒い塊があった。
「これは……!」
ブルエがその塊を見て目を見開いた。その黒い塊からは煙が出ていた。ルタナスは目を見開いて苦しんでいる。
そして再度吐血。先ほどよりも大きな黒い塊が吐き出された。黒い塊は先ほど吐き出された塊と引き付け合うように近づいていき、更に大きな塊となる。
「どうにかならないのかよ! 医療団だろぉ!」
シャラボラが涙目になりながら訴えている。フォラスは眉をひそめて目を閉じて歯を食いしばった。もう何もできることはないのだ。最善の処置はした。だが、それは一瞬の命つなぎにしかなっていなかった。シャラボラの言葉に対しする返答は一つもなかった。
読了お疲れ様でした。
いかがでしたでしょうか。
44話という不吉な話数に合わさるように、ルタナスが危険な状態になってしまいました。
もう彼らに残された手段はないのでしょうか。
これが医療の限界なのでしょうか。
ルタナスの運命は……。
続きは45話で!!
それではまた次回お会いしましょう!!