Episode 19:監視する者
みなさん、おはこんにちばんわ。
第19話になります。
続きをお楽しみください。
アストロが目を開けると見覚えのある空間に横たわっていた。横を見ると男の子がベッドの上で寝ていた。アストロは起き上がる。木でできたコテージのような場所だった。アストロが階段を下りていく。鼻歌を歌いながら台所に立つ影があった。その後姿には見覚えがあった。ゆっくりと階段を上ろうとすると突然呼び止められる。
「アストロちゃん。起きたのね」
アストロが俯く。
「ゆっくりお茶でもいかが?」
背後でずっと呼びかけている。アストロはため息を漏らした。そして振り向く。そこには白衣を着た可愛らしく幼い女の子が座っていた。アストロに座るよう促す。アストロはため息をついて女の子の向かいに座った。
「素直でよろしいっ」
女の子はにこにこと笑っていた。笑っていながら左手に本を、右手にペンを、そして時折何かを本に書いては左手でお茶をすすっていた。アストロは目の前に出された紅茶を眺めていた。女の子はずっとにこにこしながら本に何か書いていた。
本にはオビリオンに住む化物の名前とその行動パターンが事細かに記されていた。女の子はオビリオンのすべての化物の行動や会話、生活までをも監視する監視官だった。
アストロは紅茶を眺め続けていた。何も映っていなかった。そこに映るはずの自分の顔が映っていなかった。アストロが自分の本当の姿を見たことがないのは、鏡面や水面に自分の姿が映らないからである。女の子がアストロを見て口を開く。
「可愛そうなアストロちゃん。まだ自分の恐怖に打ち勝つことができていないのね」
「俺が恐怖だって? 笑わせるな。俺は俺だ。それ以外の何者でもない」
アストロが笑いながら言った。女の子は微笑みながらティーポットから自分の紅茶を注いだ。アストロが女の子を見る。女の子はその視線に気付きにっこりと笑った。そして何かを思い出したように口を開いた。
「そうそう。最近ルフェルちゃんが言うこと聞かないのよね~」
アストロが苦笑する。
「そんなこと俺に言ってどうするんだ?」
「ホラ、器を作る機械。発明の能力者、ルフェルちゃんの頭脳を借りて作ったじゃない? だから今度は器を保存する機械をプロトタイプから実機にしたいんだけど拒んでてね~」
アストロは器を保存する機械と聞いて女の子を見た。女の子は相変わらずにこにこしていた。女の子が続ける。
「命令違反、反逆罪、逃亡罪。色々やらかしちゃってるわね。殺しちゃおうかしら?」
「ネビィ!」
アストロはダンっと机を叩いた。紅茶がこぼれる。ネビィと呼ばれた女の子は吃驚していた。吃驚していたがにこにこと笑っていた。
「そう言えば、ルフェルちゃんとアストロちゃんて会ったことあったっけ?」
「……いや。あるにはある。が、詳しくは知らない」
アストロが笑いながら言った。するとネビィはにやりと笑って布巾を手に取ると爪を立てた。
「それじゃ、私がルフェルちゃんを殺しても、アストロちゃんは関係ないよね? なんで怒ってるの?」
ネビィが爪で付近をジョギジョギとなぞると、それに沿って布巾が裂けていく。アストロは顔をしかめて俯いた。
「同じ化物だろ……」
ネビィはそれを聞いて目を瞑り、そして机を、机にこぼれた紅茶を布巾で拭いてぽつりと呟いた。
「まぁ、私がその機械を開発した場合の未来に干渉すれば解るんだけどね~」
ネビィはまたにやりと笑みを浮かべた。アストロが左目を緑色に光らせる。そして笑う。
「俺にはそんな未来――」
「アストロちゃんが見ている未来って、どんな未来なの?」
アストロの声を遮りネビィがアストロに問いかける。ネビィは興味津々な顔でアストロの方を見ている。アストロは目を瞑った。そして口を開く。
「……王が俺たちの願いを叶えた未来だ。皆で人間と共存する。理想郷さ」
「あはは、それマジで言ってんの? どちらかが滅び、どちらかが生きる。これが世界の行く末よ。共存なんてできないの」
アストロは笑った。ネビィがにこにことしている。不穏な空気が流れていた。お互い一歩も動かず笑い合っているが、お互いに相手の隙を狙っていた。
そこに男の子が降りてくる。アストロが男の子の方を向いた。ネビィは袖口からハサミを取り出して刃をアストロの首に当てた。身を乗り出し、舌でハサミの背の部分を舐め、チラリと男の子に目をやった。男の子はまだ眠そうに目をこすっていた。アストロが笑い出す。ネビィもまた笑う。その笑い声で男の子はやっと目が冴えてきたのか、アストロとネビィを見て叫んだ。
「ダメーッ!」
その叫び声と同時にアストロがハサミを弾き飛ばし、ネビィの首を手で掴んだ。ネビィが苦しそうにする。男の子は恐怖する。アストロが笑う。男の子はアストロに怒鳴った。
「アストロ! ダメ! 殺しちゃダメ!」
「あっ、ん、ちょっと、ヤバイ。漏れちゃう……」
ネビィが苦しそうに言う。アストロがそれを聞いて手を離した。ネビィが首を押さえて咳をした。そしてにっこりと笑う。アストロはネビィを見下ろしていた。
「アストロちゃんはまだまだ甘いわね。ちょっと首絞められた程度じゃ漏らさないわよ」
ネビィは口元に人差し指を当てて身体をくねらせて言った。男の子はその場にへたり込んでいる。アストロは男の子を見てため息を漏らした。
「……子供の前で下品な話をするな」
それだけ言うとアストロは男の子に近づいた。男の子の頭を撫でる。男の子は嬉しそうにした。そして辺りを見回す。
「ねぇ、アストロ。クロとおねえちゃんは? ここは、どこなの?」
男の子はアストロに質問した。アストロは撫でる手を止め、ネビィの方を見た。ネビィは企みの表情を浮かべて首を横に傾け、にっこりと笑った。アストロが苦笑する。
「ウソウソ。大丈夫よ、ボク。クロちゃんもルフェルちゃんもちゃんと生きてるから。ここにはいないけどね。それから、ここは私の家よ。牢獄から連れて帰ってきたの」
ネビィはそう言うと男の子の頭を撫でた。男の子が口を開く。
「どりうす……。ねぇ、ドリウスは?」
アストロがハッとしてネビィの方を見た。ネビィは悪戯な笑みを浮かべていた。
「そうねぇ……。ドリウスはし――」
「生きている。大丈夫だ。ドリウスは生きているさ」
ネビィの話を遮ってアストロが言った。それを聞いた男の子はにこっと笑う。アストロは男の子を抱きしめた。男の子もそれに応えるように抱きしめ返した。ネビィは吃驚しながら見ていた。アストロが男の子を抱きしめたことに対して吃驚していた。
「どうしたの?」
アストロは笑っていた。だが、同時に涙を流していた。男の子はそれを察したように片方の手でアストロの頭をぽんぽんと撫でた。男の子はあたたかかった。アストロの中にある何かが外れた。次から次へとあふれ出る涙。男の子はただひたすら、ずっと、ずっとアストロの頭を撫でていた。母のようにあたたかく、撫でて、抱きしめていた。
「大丈夫?」
アストロは笑った。
「もう、大丈夫だ。ありがとうな。お前さんは。もう、戻ったんだな……。よかった」
男の子が首をかしげる。アストロはそれ以上何も言わなかった。ネビィはくすくすと笑っていた。男の子が不思議そうにアストロを見る。
「お前さんは何も心配する必要は無い。強く、生きるという決心と、誰も恨まないという約束だけを胸に抱いておくんだ。いいね?」
アストロは男の子に教え込むように言った。男の子はコクリと頷いた。アストロの言う決心とはどういうものなのか男の子には解らなかったが、それでも、強く生きる、誰も恨まないことはアストロとの約束であるということを心に仕舞いこんだ。
読了お疲れ様です。
いかがでしたでしょうか。
今回初登場のネビィちゃん。
オビリオンの化物を監視している化物です。
ネビィちゃんは初期イメージのままのキャラです。本作の幼女枠です!!
と言うと幼女好きさんが漏れなく集まってきそうですが……。
ネビィちゃんは持っている本の能力により化物たちの行動の細部までを監視することができます。
何を考えているのか、どんな行動をしているのか。それらはすべてネビィに筒抜けなのです。
でも、わざと知らないふりをしたり、いじわるしたりします。
ネビィのモデルはヨーロッパの伝承に伝わる悪魔の一人であるネビロスから来ています。
ネビロスは魔術や悪魔学に関して記されたグリモワールと呼ばれる文献に名前が見られます。
このグリモワールが監視本としてネビィの手にあるのです。
また「干渉する」という形で未来を見ることもできます。
ネビィちゃん、いじわるで可愛いロr……(殴
さて、ネビィに助けられた(?)男の子とアストロですが、この後どうなってしまうのでしょう?
また、アストロの目的とは?
続きは20話で!!
それではまた次回お会いしましょう。




