第六話
「ヴラド=ツェペシ…… バカなそれは神祖の聖名だ。」
ー リーヴィスが恐れを抱きながら口を開く。 -
「し、しかしこの強大な力は、まさに!」
ー ハルトヴァリオがやはり震えつつ答える -
ー 今だ心は納得しないか。 -
『身体はすでに理解しているようだが?』
ー 我の言葉にリーヴィス達は沈黙した。 ー
ー が、ただ一人ヴェントールとやらは静かにこちらを窺っている。 -
ー やがてリーヴァスが意を決したようで我に尋ねて来た。 -
「神祖様にお尋ねしたい。 神祖様であればお口にできるはずのその言葉、聖なる我らが故郷の名を。」
ー ふむ、まあよかろう。 -
『いいだろう、その名を胸に刻み込むがいい。我らの誕生の地、その名は ”ワラキア”』
ー 我がその名を唱えた瞬間、崩れ落ちるように平服した。 ヴェントールも含めて。 ー
ー しばらくして、リーヴィスが震える口でつぶやくように話しだす。 -
「間違いない ---- 私達では口に出来ぬその名前!」
「我々の祖が捨てざるを得なかった聖地…… か。」
ー 続けてヴェントールがため息交じりに呟く。 -
ー ここで我の興味が彼らからまがい物の娘に向かう。 -
『そこのまがい物の娘であるが。』
ー 我がそう言うとハルトヴァリオが弾かれたように顔を上げる。 -
「まがい物と申されますと? そのもう一人の鮮血の花嫁の事でしょうか?」
ー 今の状態でありながらまだ分からないか -
『その娘の魔力回路を今の眼で見て見よ。』
ー 我の言葉にすぐさま反応したのはリーヴィスだった。 -
「これは…… 呪術? いやむりやり魔力回路に置き換えて? そんなことが可能なのか!? そしてどこからか力を吸い出して自分に吸収している。 どこから……? なっ!? ヴァネッサ嬢からかっ!」
ー なかなか優秀のようで安心したぞ。 -
『そう、その娘の力はヴァネッサより借り受けているだけにすぎん。 ゆえにまがい物よ。』
ー 我の言葉を聞いてハルトヴァリオが思案しだす。 -
「たしか、アリシアはサワナン侯爵の肝入りで入学を推し進められたはず。 サワナンは南方の呪術使いの蛮族との関係を疑われていたな……」
そう話しているうちに血の効力は薄まり”私”も身体の自由を取り戻した。
ー もう時間か。 あっけない物だ。 -
残念でした! さっさと引っ込みなさい!
ー つれないな。 まあよい、また出てくることもあろう。 それまで息災であれ、我が愛し児よ -
そう言い残してやつは奥へ引っ込んでいった。 消えたわけじゃないのは分かる。
で、まあこの状況どうしよう……
私は王子たちが私に向かって平服している状況にため息をつきたい気分であった。
あの後は事情を聞きたがる皆をなだめて、機会を改めてと言う事で解散となりようやく部屋に帰り着いた。
その間、ルカが一言も喋らなかったのが気にかかる。
そのルカが静かに私に尋ねて来た。
「お嬢様、貴女は誰なのですか?」
まあそう思うよねえ。 ルカとは小さい時から一緒だもの。
「私は私よルカ。 少し別人の記憶が混じってしまったけど。」
私の答えにルカはジッとこちらを見つめる。 まるですべてを見透かそうとするかのように。
「私の忠誠はすべてお嬢様に。」
そう言って頭を下げる。
「ありがとうルカ。 今日はゆっくり休んで頂戴。」
「はい、お嬢様もお休みなさいませ。」
そう言ってルカは退出した。
ハア、やれやれ。
まったくどうしてこうなったっ!
って感じよねぇ。
私は自分の身体を見下ろす。
うーむ、コレ間違いなく吸血鬼化してるわね。
#前世__むかし__#で馴染みのある感覚に懐かしさすら覚えた。
前世か……
私はベッドに寝転がりながら過去に思いをはせた。
前世での私の名前は、八雲 瑠璃というただの女子高生だった。
普通の高校に入り、そこそこの成績でそこそこスポーツが出来てそこそこ友達もいて……
でもある日突然誘拐された。
それは、鋭利目的なんかじゃない。 ヤツらの目的はおおよそまともとは思えない物だった。
それは神の具現。 人魂に神を融合させ自らを神そのものとするという物だった。
その前段階として伝説にある英雄や偉人の魂を人に移植するという研究をしていた。
私はその被験者に選ばれた。 のだそうだ。
そして運の悪いことに私はヤツらの組織で初の成功例となった。
そして私に組み込まれたのが、ヴラド=ツェペシ。
ワラキアの王、串刺し公などと呼ばれ吸血鬼のモデルとなった人物。
ヤツらはこのように強大な力を伝えられる英雄や偉人を使って、その史実ではなく伝説などの方の力を再現しようとした。
そして私はその力を発現させ、現代には存在しないはずの吸血鬼になった。
心臓を破壊されないかぎり何度でも死から甦る化け物。
それからはまさに地獄だった。
幾度となく繰り返される実験という名の拷問に心が折れ掛けた時、彼らが現れた。
彼ら、組織に反抗する者達、レジスタンス。
組織の研究所に襲撃を行ない、そして私を見つけ助け出してくれた。
その後、レジスタンスに入り私もヤツらと戦った。
長く苦しい闘いだった。 仲間を何人も失ったわ。
でもとうとうヤツらのボス、神になりたかった哀れな孤独な王を……どうなったんだっけ?
そうだヤツは倒した。 ヤツの魂を破壊した感触はあるもの。
……ああ、そのときヤツと相打ちだったのね。
それで転生したのね。
ー さよう、魂の崩壊する所を救ったのだ。 礼の一つも欲しいところだな。 -
む、アンタさっそく出て来たの?
しばらく出てこれないぽいこと言っておいて!
ー そんなことを言った覚えはないがなぁ。 -
こ、こいつは……
まあいい、付き合うだけ損よ損。
ー ククッつれない事を言うな。 -
そう言うとヴラドは突然私の側に現れた!
いやこれは実体じゃない?
闇よりもなお黒い黒髪に、まるで深淵を覗き込んでいるかと思わせる深い黒い瞳。
地上の全ての美という概念が集結したかのようなその恐ろしいまでの美貌。
前世のままの姿ね。
ー まあ我は魂のみの存在であるからな。 -
そう言うとベッドの横にあった机の上に腰掛ける。
ー そなたの死亡ふらぐ? とやらの幾つかは我が潰してやったぞ。 -
感謝しろ! そんな気配がビンビンに感じられるが無視である。
こいつは下手に出るとつけあがるのだ。
- ククッ相も変わらず。 だが我にそんな態度を取っていいのはそなただけだ。 それを忘れないようにな。 -
そう言って私の頬を一撫でして消えていった。
まったく何言ってるんだか。
前世から変わらないヴラドの態度になにやらホッとする物を感じそのまま眠りに着いた。
続く