第五話
ホールに到着すると入口で生徒会長、リーヴィス様が待っていた。
「ようこそヴァンプリージェ公爵令嬢。 遅くに申し訳ないね。」
「ご招待いただきありがとうございます。 サークリーヴ公爵公子様。 どうかお気になさらず。」
私はそう言って微笑みつつ、さりげなく彼を観察する。
絹を思わせるつややかな黒髪、おだやかな人柄を思わせる柔和な目元。
大人っぽい落ち着いた雰囲気の今季の生徒会長だ。
だが表情ではなく、その瞳を覗き込んで見れば気付くだろう。 その瞳が冷たく凍えていることを。
その知恵は賢者のごとし、と評されたほどの知者である彼はすべての者がおろかに見えるのだろう。
私を見るその瞳は#蔑__さげず__#んでいる。
私はクスリと笑ってしまう。
「なにか?」
リーヴィス様が怪訝な表情で尋ねてくる。
いくら彼であろうと、なぜ私が嗤ったのか理解できないであろう。
「いいえ思い出し笑いですわ。」
そうですか、と言いながらこちらに手を差し出してくる。
私はその手を取ってエスコートされながら中へ。
中へ入るとそこはすでに軽いパーティーが催せるようにセッティングされていた。
軽食がつまめるようにテーブルに並べられ、飲み物を給仕する者も側に控えている。
けっこう本格的なのね。
夕食の事を考えて軽い物ばかりなのは助かるわね。
そのままエスコートされながら他の人物の元へ向かう。
ハルト王子はチラリとこちらを見たあと、フンっと言いながら顔を背けた。 だがたまにチラチラとこちらを窺っているようだ。
「初めまして! オレは、ヴィヴィリオ=ヴェサ=ヴァンシュトール。 ヴィヴィリオって呼んでくれよな!」
そう言ってニカッと笑うのは、二年のヴィヴィリオ様。
綺麗な赤毛の髪を無造作に後ろで一本に束ねている。
この中では一番背が高いがヒョロッとした印象はない。 かなり身体を鍛えているのだろうことがうかがえる。
立ち振る舞いからかなり剣の腕は立つようだ。 戦闘になれば彼を無力化するのが一番大変そうね。
などと考えながら次の人を見る。
「僕はアーネリオ=ヴェサ=ヴィスターレ。 僕もアーネリオって名前で呼んでくれると嬉しいな。」
ニコニコと笑顔の少年はアーネリオ様。 柔らかなくせっ毛の緑の髪に澄んだ湖のような青い瞳。
つねに笑顔を絶やさないおだやかな人だ。
彼も二年生だ。
「はいはーい! ボクはねーサヴェリス! あっ! こっちはラヴィリス! ボクたち双子なんだよ!」
「サヴィ、挨拶はちゃんとしないと…… あ、ぼくはラヴィリス=ヴェサ=ランヴェサールです。 よ、よろしく。」
飛び出すようにして自己紹介を始めたのが双子のサヴィリス様とラヴィリス様。
うーむ、サヴィリス様が魔力で動く存在だとは思えないほど生き生きとしてるなあ。
「私は、ヴェントール=ヴェサ=ラルヴァ=ファーグナインだ。 ここの教師をしている。 が、覚えてもらわなくても一向にかまわん。」
そう言って興味なくワインを飲んでいるのはヴェントール様。
人をバカにしきった態度だが……
「ではそのように。」
と、思わず言ってしまうが、ヴェントール様は興味を持ったのかこちらを面白そうに見つめて来た。
「前言撤回だ。 私の名前を忘れるな。」
あれ? なんか好感度があがったような?
私が好感度を上げてどうする!
と自分につっこみを入れていると、ヴェントール様が入口を睨み#誰何__すいか__#した。
「そこに居るのは誰だっ!」
その叫びでビックリしたのか、一人の少女が扉の陰から転がり出てくる。
「あ、あのっすいません! 迷ってしまってここに……」
「お前はたしか、アリシア。」
王子が彼女を見てそう言った。
「あっ、ハルト王子!」
そう言ってホッと息を吐いたが、ハルトは愛称だから不敬になるよ?
現に王子は眉を寄せて睨み付けている。
「きみは新入生かい?」
リーヴィス様が彼女にそう尋ねた。
「は、はいアリシアと言います。」
「アリシア、家名は?」
そう聞き返すリーヴィス様に困ったように答える。
「あの、家名はありません。」
それを聞いた双子、サヴェリスが驚き声を上げる。
「えーじゃあ平民なの? 平民がなんでこんな所にいるの?」
「あ、あの一応ちゃんと推薦されて入学したんですけど……」
そう言いながらチラチラとこちらを窺ってくる。
ああ、そうかゲームではこんな質問とかなくてすぐに私が、というかヴァネッサが追い出しにかかったからね。
ゲームと違う展開にオタオタしているな。
面白いのでこのまま傍観していようと思う。
しかし私が動かないのに業を煮やしたのか、ジワジワとこちらに寄ってくる。
そして。
「平民だからって差別するなんてヒドイッ!」
と私に言ってきた。
いやいや、私はキミが現れてから一言も喋っていませんよ?
他の皆も呆れたようにアナタを見てますよ?
しかしそのことに気付かない彼女は、突然私の腕を掴みそのまま自分の肩に当てて私が押してるようにしてきた。
あ! コイツそのままゲームの通りにするつもりだな?
そう気付いた時には辺りに濃い血の匂いが充満しだした。
「なっ!? これは鮮血の!?」
その匂いで彼らの目が赤く光り出す。
そして強い魔力の気配が部屋を漂い出した。
だが、それよりも強く巨大な気配が彼らの力を包み込んでいく。
……ちょっとウソでしょ!?
私はこの気配に覚えがある。
まさか一緒に転生したっていうの?
私の意識がソレに飲まれながらも抵抗するが……
ー しばし我と変われ ー
その思念によって私の意識が奥へと引っ込められる。
ー 小僧どもが呆けたように我を見ているな。 ー
ー 小娘のほうは我の気配に意識を手放したか。 ー
ー しょせんまがい物であるな。 -
「この気配…… ヴァンパイアの、なぜ人間であるお前がそんな気配を纏う! キサマ何者だ!」
ー リーヴィスとやらがそう言ってこちらを睨んでくるが、薄い殺気しか飛ばせぬ弱者よ。 -
ー 静かに殺気を纏っているヴィヴィリオとやらのほうがよほどよい。 -
ー ハルトヴァリオとやらが侍従から剣を受け取りこちらに向けて来た。 ー
「ヴァネッサ嬢をどこにやった? どこの手の者だ! その変装を解けっ!」
ー ふん、我を偽物と呼ばわるか -
『平服せよ。 有象無象の者よ。』
ー 少しだけ力を込めた言葉を発してやるとヤツらは膝を突く。 -
「な、これは聖域語っ!?」
ー リーヴィスは気付いたようであるな。 -
『我が名を耳に入れる栄誉にむせび泣くがよい。 我はヴラド。 ヴラド=ツェペシである。』
ー その名を聞いたヤツらは雷に打たれたようにビクリと肩を震わせた。 -
続く