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7:受付嬢、大いに興奮する

 朝、俺が目を覚ますとフィルナの姿はなかった。


 え? まさかもう傭兵支部に行っちゃったの?

 しかしよく見ると粗末な布団(というより大きな麻の布だ)は盛り上がって、硬い枕はへこんでいる。 仮面を外した透明人間のフィルナがそこで寝ていることが分かった。微かに寝息も聞こえてくる。

――ホントに透明なんだなぁ。

 ポリポリと頭を掻きながら、昨日の濃密な一日が夢じゃ無いことを俺は再認識した。

「おーい」

 身体を揺らしても反応はない。一週間近く寝食に困っていたのだ。久しぶりの安眠に、疲労がどっと出たのだろう。

 けれども宿は早々に出て行かないといけない。元々、この町に滞在するのは今日までのつもりだった。


 強く揺さぶって、フィルナはやっと目を覚ました。やにわに布団を撥ねのけて上体を起こした。黒い拘束服を着ているから、その動きが分かる。

「ここって・・・・・・そうだ、早く支部に行かなきゃ!」

 床が軋む音がして、宙に黒い服だけが浮かんだ。

「落ち着けって、その、話がしずらいから、悪いけどウサギの仮面つけてくれる?」

 

 物置のような番頭台で、俺は記帳を済ませた。番頭のおじさんが奥へ引っ込むのを確認すると、俺は廊下の影に隠れたフィルナに合図を送って、そそくさと宿を後にした。


 宿から少し歩いたところに傭兵騎士協会の支部はある。依頼に殺到する時間帯は過ぎているから、フィルナが目立つことも無いだろう。俺とフィルナは安心して扉を開いた。

 案の定、中は閑散としている。この町は騎鬼族が迫る西の辺境の中でも内陸に位置していて、出るモンスターも少ない。要するに傭兵騎士の需要はさほど無いのだ。

 だから依頼の内容も大したもんじゃない、と高をくくっていたのは大失敗だったけど。


「おはようございます、どういったご用件で?」

 このような比較的穏やかな町でも、受付嬢は大きな城塞都市のそれと変わらず懇切丁寧に対応してくれる。大したものだ。それとも転勤族で持ち回りなのかな?

「ええっと、ツレが傭兵騎士になりたいと申してまして」

 その後、受付嬢が王国民の身分証明はないですかと訊ねてきたので、俺はどうにか説得してフィルナのスタンプ帳を発行してもらうことに成功した。

「いや、ほんと凄い魔力です! 傭兵騎士にならなかったら損! もしそうじゃなかったら怪しい二人組がいるって通報していいっすよ!?」

 そう言いくるめてなんとかスタンプ帳を発行してもらった。


 スタンプ帳の表紙には複雑な模様が刻み込まれている。俺が固唾をのんで見守る中、フィルナは表紙に右手をかざした。

 スタンプ帳全体がほのかに発光して、やがて収まった。

「はい、大丈夫ですよ。一ページ目を開いて下さい」

 受付嬢の案内に従って、フィルナは緊張しているのか、ゆっくりと表紙をめくった。

 スタンプ帳のはじめの見開き二ページには、フィルナの持つ傭兵騎士としてのステータスが刻まれている。が、今はすべての項目に【開示不可】という文字が並んでいる。

「んぅ?」 

「所有者の欄に、指でお名前をご記入ください」

「ほ、本名じゃなくてもいいんですか?」

「ええっと、手をかざした本人か認証するだけなので、別に構いませんけど・・・・・・」

 フィルナは受付嬢のガイドに従って、人差し指でサインを書き込んだ。指の動きに合わせて青白いラインが浮かぶ。


【クロウサギ】


それがフィルナの新しい名前だった。

――流石に本名は書けないよな。

 

 その他、生年月日などを書き込んで、初めてスタンプ帳は完成する。

 記入が終わると【開示不可】の文字が消えて、ステータスが浮かんだ。

――これで魔力がしょぼかったら・・・・・・走って逃げるしかねぇ


俺と受付嬢は首を伸ばすようにして、フィルナのスタンプ帳をのぞき込んだ。



 【所有者】クロウサギ

 【階級】:ブラウン

 【魔力】:1218

 【身体力】:113

 【防御力】:92

 【天賦技能】:天地人の祝福

 

 後は補足的な項目が続く。

「なるほどー」と、受付嬢は神妙な面持ち。俺も口をあんぐりさせてしまった。

 全体的に見れば、なんのことはない普通のステータス。けれども【魔力】の欄だけはべらぼうな数値を示している。

「魔力に関しては、プラチナラベル級に達していますね」

 受付嬢は俺の方を向いて言った。


 傭兵騎士は所持するスタンプ帳の表紙ラベルの色から、四階級に分けられる。

 下からブラウンラベル、レッドラベル、ブルーラベル、そしてプラチナラベルが最上位にある。

 プラチナラベルの傭兵騎士は王国全体で5%弱しかいない精鋭だ。だからこそ危険地帯で活動することが多く、ステータスはどれも桁外れらしい。俺も殆どお目にかかったことはない。

 因みに一番下の階級であるブラウンラベルの俺の【魔力】が177。魔力だけで比べればフィルナに遠く及ばない。

 さらにはユニークタレントとも呼ばれる【天賦技能】も、【天地人の祝福】という珍しいものだ。運勢系のタレントでは最も上位に位置するもので、まさに王族たるにふさわしいユニークタレントといえるだろう。

――ま、これに関しては俺もある意味、負けてはいないけどな。


「この魔力なら詠唱師がおすすめですが、他の項目が傭兵騎士としては平均的、或いはそれ以下なものが多いので、後方支援に専念するとよろしいかと思います。そうですね。治癒魔術師、召喚師、広範囲の精霊通信、信心深いようでしたら、神官職もおすすめですね。けどこの魔力なら、いっそのこと不死者を従えてしまうことも・・・・・・」

 フィルナという魔力の原石を目にして、受付嬢は興奮気味にフィルナのキャリアプランを説明した。聞いているフィルナは無言のままだけど、理解しているのだろうか?


「あの、分かりました。持ち帰って検討させてもらいますのでっ」

 フィルナはもっともらしい事を言って、言いつのろうとする受付嬢に礼を言った。

「よろしいですか? では、ご武運とご活躍を、お祈り申し上げます!」

 生まれたばかりの傭兵騎士を祝福しつつ、受付嬢は深くお辞儀をした。けれども顔を上げると、笑顔の代わりに訝しがる目を俺たちに向けた。


「それにしても、あの魔力値と【天地人の祝福】・・・・・・あなた方は一体」

「ちょっと良い家柄なだけっすよ、なははは」


 どぎまきしつつ誤魔化していると、俺たちと入れ替わるように他の傭兵がやってきたので俺たちは受付嬢の興味から逃れることができた。


 あんなにもヒートアップする受付嬢を見たのははじめてだった。やっぱりあの人たちも会ってみたいのだろうか。常軌を逸するような戦士たちに――。

 俺がフィルナに多少のジェラシーを感じたのは、フィルナの魔力に対してよりも、歓喜する受付嬢を見たのが原因なのかもしれない。もちろん女の子にモテたくて傭兵騎士をやってるわけじゃないんだけれど。

「いや、男としては多少そういうことも気にした方がいいのか・・・・・・?」

「何ブツブツ言ってんの?」

「何でもねーよ」 

 

 何はともあれ、フィルナ改めクロウサギは晴れて傭兵騎士の仲間入りを果たした。後は本人が言ったことを実行しなければいけない。「何になるかは、持ち帰って検討します」

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