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6:反逆なんてやめろよ、そういう時代なんだから

 久しぶりにまともな食事をとるフィルナは、半ば必死に見えた。

 護送の途中に逃亡してから一週間、フィルナはろくなものも食べずに過ごしていたらしい。野に生えた木の実が、この上なく美味しく感じたそうだ。

 

 俺は会話中、フードに隠れたフィルナの咀嚼を見ないようにほぼ壁ばかりを見ていた。

やがてテーブルの上の皿はすべて空になった。

「で、これからどうするんだよ?」と、俺は壁に向かって語りかける。

「それなんだけどねー」

 フィルナは一文無しだ。加えて追われている身でもある。王族として極刑を受けた身で、現在どんな探索が行われているかは想像に難くない。よほどの腹案があるのだろうか?


「クナパッツさんのところに行きたくて飛び出したんだけどなぁ」


 低い天井を見上げて、フィルナは考えるように腕を組んで言った。

 フィルナの発言を聞いて、俺の心拍が速さを増した。顔も少し火照ってきた。

「え、今なんて?」

「クナパッツさん。ラントもよく会ってたじゃない」

 その名前を人から聞いたのは久しぶりだった。


 クナパッツ公は大壊乱の際、辺境を脅かす騎鬼族を相手に大活躍した英雄だ。俺も親父を通じて、都で何度か会ったことがある。筋骨隆々なあの男性(だと言っておこう)を見て、忘れない人はいないだろう。

 公が治めるクナパッツ州は、俺たちがいる町から東北に位置する。西の辺境に接している地域で、クナパッツ公が今も騎鬼族の侵攻から護っている地域だ。


 そして俺が、旅の目的地にしている場所でもある。


「俺も、クナパッツに行くつもりなんだよ」

 俺はうつむき気味に言った。「俺も俺も!」というテンションにはなれない。古い縁があるクナパッツ公に、こっちは仕事を紹介して欲しくて藁にすがるような気持ちだからだ。

 フィルナは俺と目的地が同じだと知って、テーブルから乗り出すようにして俺を見た。

「え、ほ、ほんと?」

「あぁ、何か俺にも向いてる依頼がないかなーって思って・・・・・・親父のコネを使うみたいで恥ずかしいけど」

「そっかぁ、ラントのお父様、ヴィヴァル卿とは妙に仲が良かったものね」

「なんで、フィルナはクナパッツさんに会いたいの?」

「んー・・・・・・」

 それまで身を乗り出すようにしていたフィルナが黙って、椅子に座り直した。

――意地悪な質問だったかな。

 沈黙を続けるフィルナの代わりに、俺は口を開く。

「クナパッツ公は英雄級の魔術師だったし、変わった人だけど人望もある。辺境から都にやってきた時は俺たちにも気さくに接してくれたし。あの人なら助けてくれるんじゃないかって踏んだんだろ?」

 フィルナは肩をすくめる。

「だいたい合ってる。ただ一カ所補足したいんだけど、助けて貰いたいのは私じゃなくて、あくまでお姉様なの」


 フィルナは頭をもたげて俺に向き直る。陶器で出来たウサギの瞳が輝いて見えた。


「無謀と思われるかもしれないけど、お姉様をクルノアンから解放するために私は脱走したの。それ以上でもそれ以下でもないっ」

「こ、声がでかいって」

「っ・・・・・・ごめんなさい」

 俺は「下げて」のジェスチャーで、ヒートアップするフィルナを制止した。食堂が夜の喧噪にあるとはいえ、目をつけられたら面倒だ。


――できっこない。


 さっきまでの心拍の高鳴りは収まって、俺は冷静な頭でそう結論づけた。

 逃亡できただけで御の字だ。これ以上逃亡を続ければ命に関わる。銀狼に追いかけられるだけでは済まされないかもしれない。

「気持ちは分かるけど・・・・・・いくら何でも無茶すぎるだろ。今日みたいにモンスターに襲われるかも知れないし、クナパッツだってかなり距離があるよ」

「銀狼くらい、私だって」

「そういう話をしたいんじゃなくて、今ならまだ間に合うから」

 俺は言葉を振り絞るようにして吐き出す。

 頭の片隅でもう一人の俺が何かを叫んでいるけれど、無理矢理黙らせた。

「間に合うって・・・・・・?」


「・・・・・・逃亡なんてやめろよ」


 目の前のウサギの仮面は何も語らない。


「そういう時代に生まれたんだ。フィルナが何もしなければ、ルーシアは女王として君臨できるし、誰も傷つかずに済む。確かにクルノアンは国民に嫌われてるし、俺も気にくわないけど、反逆するなんてとても無理だよ。俺はただの傭兵騎士で、フィルナは」

 吐き出されていた言葉が途切れた。

「・・・・・透明になっちゃってるんだから」

 躊躇うように言ったその言葉は、喧噪にかき消されたかもしれない。


「・・・・・・お父様の、ヴィヴァル卿の墓前でその言葉が言えるの?」

「っ・・・・・・」

 今度は俺が押し黙る。それが俺の返答だった。

 フィルナが勢いよく立ち上がった。


「そんなんだからいつまでもヘボ傭兵騎士なんでしょッ! このハゲーーーッッ!」


ガタンッ! と椅子が音を立てて倒れた。

 騒いでいた食堂が一斉に静まり返った。

 物音といえは、黒いローブを羽織ったフィルナが駆け出す足音だけだ。

 フィルナはぽかんとする客と客の間を抜けて、食堂を飛び出した。

「ケンカか?」

「傭兵のペアだな」

「情けねぇ奴ぅ」

 店内がざわつき始めた。

 硬直から醒めた俺は、すぐに金を払って食堂を出た。


 通りは既に暗くなっていて、人通りもまばらになっている。

 フィルナは食堂のすぐそばで、背を丸めて突っ立っていた。

 はぁ・・・・・・俺は胸をなで下ろした。

「王女様ぁ?」

「・・・・・・無謀だってことは分かってる。けど、だからって諦めたらお姉様を見捨てることになるでしょ」

「俺がお姉様なら、早く帰ってきてくれって思うけど」

「そういうありがちな説得、要らないから」

 ぷいっと、フィルナはローブを翻してそっぽを向いてしまった。確かにありがちと言われてもしょうがないんだけれど。この手のアプローチは無理そうだ・・・・・・

「出来ることなら俺も一緒にクナパッツに行きたいけど、成功の保証は無いんだよ。そりゃあ俺だって腐っても傭兵騎士だから、カッコイイとこは見せたい気もするけどさ」

 ただでさえ一文無しの浮浪者なのに、旅をするというのも無謀な話だ。一週間の逃亡生活で妙な自信でも得たのだろうか、このお姫様は。


――いや、フィルナを突き動かすのは、きっと姉であるルーシアへの思慕、そして大好きなこの王国への、慈しみの精神なのだろう。


「金以外にも色々必要なんだよ。商人なら州を越境するための手形とか、身分証になるもの。傭兵騎士ならスタンプ帳一冊で済むけどさ」

「そんなの知ってる。だからどうしようか考え・・・・・・今、傭兵騎士ならなんて言った?」

「あ? 傭兵騎士ならスタンプ帳一冊で王国中を旅出来るんだよ。知らなかった?」


 言い終えてから、背筋が寒くなった。


「盲点だったわー・・・・・・魔術使えるのに何やってたんだ私はぁ!」

「あの、王女様、あなたまさか傭兵騎士になりたいなんて」

「なりたいじゃない。なるの」

 それを聞いた俺は、一瞬目が眩んだ。


「い、いやいやいやいや! 輪をかけて無茶だろ! 森で野鳥捕まえるのとは違うんだぞ!?」

 事前の訓練も受けないで傭兵騎士になるというのは、普通は薦められない。何事も予習は大事なのだ。 俺も傭兵騎士になる前は、ある程度の訓練を受けたのだ。

 それに、騎士の家に生まれ育った俺とは違って、フィルナはやんごとなき身分でそれ相応に育ってきた。いくら魔術が使えても、実践で生かせるかは未知数だ。

「そこんとこ、どう考えてるんだよ?」

「ちっちっち、傭兵騎士っていう呼称だけど種類は色々でしょ? ラントみたいに純粋な剣士もいれば、詠唱師に錬成師、弓使いにレンジャーだっているわけよ」

 フィルナの言いたいことが何となく分かってきた。

「こう見えても? 私は神の眷属とされる王族の血統。自分で言うのもなんだけど潜在的な魔力は相当なはずでしょ?」

 どこか胸を張って言うフィルナ。言っていることは間違ってはいない。


 魔力は傭兵騎士になる上で重要な、三大能力の筆頭だ。

 《魔力》

 《身体力》

 《防御力》

 この三つの能力バランスが、傭兵騎士には求められる。

 フィルナはおそらく、魔力にウェイトが寄っているだろう。身体力、防御力はさほど高くはなさそうだけど。


「もし傭兵になるとしたら、魔術詠唱師、それも治癒専門がいいと思うけど・・・・・・」

 いつの間にか俺は、頭を掻きながらフィルナに適性のあるスタイルを考えていた。

「詠唱師ね? よし! 今から傭兵支部に行ってスタンプ帳をもらわなきゃ!」

「ちょ、おい、もう締まってるって!」

 俺は駆け出す勢いのフィルナの右腕を掴んで制止した。

 子供の頃も、何度かこういった場面があったっけ。

「飯も食ったし、今日はもう休もう」


 俺とフィルナは宿に帰ることにした。

 宿といっても馬小屋の延長みたいなもので、崩れた土塀からは隙間風が音を立てている。

「さっきは、ハゲなんて言ってごめんなさい」

 宿までの道中、フィルナは思い出したように言った。

「気にしてないよ。ウチはそういう系統じゃないから」

「え? そういう意味じゃ無かったんだけど」

「わーってるわ!」

 俺は渾身のツッコミを入れた。こんなに人と話すのは久しぶりだなと、改めて思った。

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