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5:透明人間の彼女は咀嚼を見られるのを嫌がる

 都から追放された頃は、子供ながらに反乱でも起こしてやりたい気分だった。けれども日に日に勢いを増していくクルノアン宰相の権勢に、その気分も徐々に萎えていった。

 だいいち大壊乱によって親類縁者や親しかった貴族、騎士の仲間達はちりぢりになってしまった。地勢の面でも、左遷されたザンテル州は周りを山に囲まれた盆地で、反乱の狼煙を上げてもしょうがない。

 領民達の関心も、反乱より芋の品種改良に向けられていた。


 辺境に左遷されてほどなくして親父は死んでしまった。その日から、俺の反抗精神は心の底で完全に沈黙したままになっている。


 俺とは対照的に、クルノアン卿の傍若無人な手腕について、フィルナは実の父である国王によく異議を唱えたらしい。母親である王妃は大壊乱で既にこの世になく、フィルナ王女姉妹は父親を慕っていた。その父親が、クルノアンに良いようにされている姿を見るに忍びなかったのだろう。

 フィルナの父親である国王ラヴィン二世がこの世を去ったのは一年前。奇しくも俺が傭兵騎士になって、まだ一週間も経っていないうちの出来事だった。

 次に玉座についたのは、フィルナの姉であるルーシアだった。

 行動力が旺盛な妹とは違って、どこかオドオドした感じのルーシアが玉座で百官を率いている姿は、想像するのがかなり難しい。

「お姉ちゃんの持ち味は生真面目さだからね!」

 と、妹は評している。

 クルノアンを信頼しきっていた前王に比べれば慎重な姉を、フィルナはよく補佐した。実質的な宰相であるクルノアンからすれば、王族の血縁者であるフィルナが邪魔者なのは明らかだろう。


「というわけで、こうなっちゃった」

 おどけたように言うフィルナに、俺はどんな顔をすれば良いか分からなかった。


 半年前、フィルナはとある罪をでっち上げられたらしい。そして王族に対する刑罰として最も重い「不可視の刑」に処すことを、クルノアンは有名無実化した元老院に提案した。

 ルーシアは大いに煩悶したことだろう。けれども政治的な判断として刑の執行を命じるほかなかった。


「たくさんの魔術師が魔方陣を囲んでいて、その真ん中に全裸で立たされるの。恥ずかしいっていう気持ちは無かった・・・・・・て言うと嘘になっちゃうかな。強烈な光に包まれて、目が覚めたときには透明人間になっちゃってた」

 その時から、フィルナは王族ではなく、またベルルスベルの王国民ですらなくなった。

 そもそもベルルスベルの王族は天の使い、または眷属として地上に君臨している以上、いくら咎人といえども刑によって命を奪うことはできない。その代わりとして、「最早この世に存在する価値はない」という表現として透明人間にされるのだ。

 長い王国の歴史で、「不可視の刑」に処せられた王族を俺は殆ど知らない。

 しかも辺境に護送される途中に逃亡した王族など、異例中の異例だ。

「恐らく史上初だな」

「えへへ、照れちゃうなー」

 フィルナは食べかけのスプーンを止めて、昔と変わらない笑い声を上げた。

「褒めてねぇよ」


 元王族である以外に、透明人間が存在する可能性はちょっと考えられない。墓地で遭遇した相手が女性の透明人間だと分かった時に、フィルナだと一択で見抜くことができたのはそれが理由だ。

 ちなみに今も着用している黒のローブとグローブ、それに魔女がはおるような黒い服は、護送されてきた時の格好、つまりは囚人服だった。

 黒ウサギの仮面は、逃亡した際に最寄りの町の骨董品屋にあったものをくすねてきたらしい。代金は適当にその場に置いてきたから大丈夫というけれど、

「じゃあその代金はどこから?」

「私を護送していた兵隊の一人を、ポカンと、その、ね?」

 要するに奪ったらしい。クルノアンの偽装した濡れ衣ではなく、立派な犯罪者である。

 俺はため息交じりで「相変わらずだな」と呆れてしまった。けれども直ぐにぶっと吹き出してしまった。クルノアンを少しでも出し抜いてやったという事実に、心の底の何かが震えたからだろう。


「さてと・・・・・・」

 昔話もほどほどに、俺は肝心の質問を切り出すことにした。

「フィルナ」

「んー?」

 手を机の上に組み、俺は声を低くしてウサギの仮面の両目を見つめる。

「これからについてだけど」

「ちょっと、向こう向いててよ」

「え、あ、はい」

――俺が真面目に話そうとしている時にッ!

 イラッとする気持ちを抑えて、俺は九十度首を右に回して、壁を見つめた。

 フィルナは仮面を少しずらして、潰したポテトをほおばったようだ。

「いいよ」という許可を得て、俺はまたウサギの仮面に向き直る。

 この一連の動きは、食事を始めてから何度となく繰り返されている。


 フィルナによると、食べ物の咀嚼は死んでも見られたくない行為の一つらしい。透明人間だから「動き」が丸見えになってしまうのだ。自分の口の中で食べ物が処理される工程なんて、俺だって他人には見られたくない。


――まてよ、透明人間ということは、体内にある食べ物も・・・・・・?

 気になって聞いてみると、 

「ほんっっと、デリカシー無い!」

 フィルナはテーブルをバンと叩いて怒ってしまった。俺が平謝りしていると、以外にも「見えてたまるか」と回答してくれた。

 透明になる身体の部分は、「魔力が自分の生命として及ぶ部分」に限られるというのが大原則らしい。食べ物に関して言えば、血肉として体内に受け入れられた段階でフィルナの一部となって、不可視状態になるわけだ。

 逆を言えば、例えばフィルナが腕を切り落とされてしまった場合、それは最早フィルナの一部ではないとして不可視の魔術は適用されなくなる。

「腕は無理だけど、別のを見せてあげる」

 フィルナは髪の毛を一本引き抜いて僕に見せてくれた。クリーム色に輝く髪の毛が一本、透明ではなく、その場にはっきりとあるのが分かった。

「なるほどー」

 思わず感心してしまった。

「なるほどじゃないでしょ、あほ」

「す、すんません」

 テーブルの上の皿が全て空になるまで、俺はフィルナの機嫌を取るのに手こずった。


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